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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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20 彼を殺したら

 サディスが旅からもどり、ルー失踪の経緯を聞くべく、この館を訪ねたときのことだ。

 ノアは猛牛のごとくおしとどめる弟子たちをはねとばし、最新の鎧型・魔法拡張兵器をフル装備して、今まさにキャラベの王城に単身つっこもうとしていた。

 いくらキャラベが軍事国家で、魔法に長けた軍を配備しているとはいえ、ノアの〈クレセントスピア大陸五指の大魔法士〉という肩書きはだてではない。


 そんな兵器まで持ちだされたら、軍どころか大地ごと吹きとばされて、国そのものが消滅するだろう。無論、そんなことをすれば、キャラベと縁戚つながりのある友好国や、軍事による恩恵を受ける属国も黙ってはいない。

 すぐにでも、このスターブレス島を包囲襲撃し、各国にいるノアの弟子や旧知の者にも牙を剥き、全面戦争はまぬがれなくなる。


 それを承知でやろうとしたのだ、あの老人は。


 おそらくは、ルーに記憶がもどったとしても、海賊にもどすつもりなど毛頭ないだろう。手元にかこったまま、ルーが年頃になれば自身の気に入りの男をあてがい、危険に首をつっこまぬよう生涯監視させるにちがいない。

 ──そして、その気に入りの男の中に、まっ先に己の名があがるであろうことを彼は知っていた。


「ルーを連れもどしてくる」


 そう言った途端、ノアは「任せた」と、あっけなく武装解除したのだから。


 ───冗談じゃない。

 コレは〈生きた未知の呪詛〉だから、相手にしているだけだ。

 呪詛の謎を解く、それ以外に興味はない。


 あらゆる災禍の種の運び手たる少女……もとい、コザルはうなだれたままだ。

 呼吸があさく乱れている。

 その首の包帯がはずれかかっているのに気づいて、手をのばした。

 かなり腫れていたし、もしやひどくなっているのではと思い、ぐったりと自分の胸に預けたままの頭を動かさないように、包帯をとりはらった。

 首筋の腫れは、すこし赤みがのこるていどにまで治っていた。


 これではないとすると、急に具合の悪くなる要因はなんだ?


 ルーがぺたぺたと彼の腕をたたいてくる。

 不可解な行動にその右手をつかんだ。

「なにをして……」

「なんで、いきなり消すんだよ」

「なに?」


「だから、室内の魔法ランプ! はやく点けて」


 室内は先ほどと変わらず、オレンジ色のあかりに照らされている。

 サディスは右手を、ルーの顔の前にかざしてみた。その碧瑠璃の瞳は、何の反応も返さない。

「──おまえの周りは暗いのか?」


「なに言って……まっくら闇じゃないか! 自分の指先さえ見えない、また、さっきの夢の中に舞いもどった気分で、なんかやだ」


 視点は戸惑ったようにゆらぐが、こちらを向いてない。とつぜん失明した、というわけではなさそうだ。この感じ、ルーとの間に認識できない壁があるかのようにも思える。

「具合はどうだ」

「悪い、頭ぐらぐら、吐き気するし、なんか、サディスの声もやたら遠く聞こえるし……」

「さっきの夢とは、どんな夢だ?」

「あのさー…それよりランプ! 暗すぎていやなんだ」

「点いている」

「え? だって……」

「異変が起きているのは、おまえだけだ。解明するには、ささいなことも判断材料となる。どんな夢を見た?」

 ルーはすこしだけ首をかしげた。その額にうっすら汗が浮かんでる。


「……えーと、闇の中を何かに追っかけられたり、アスターに待ち伏せされたりとかさ。彼から逃げたあと……挿絵にあっただろ、町を襲うイボだらけの巨大ナメクジ……あれ見たせいかな。強烈だったもんな。そいつがすごいスピードで追いかけてきて、おいらを溶かそうと青い液体をまき散らしてくるんだ」


 しばし黙してのち、サディスはあることに思いあたった。

 アスターの部屋へ彼女を迎えに行ったときだ。

「アスターの部屋でなにか口にしたか?」

 その問いに、ルーは怪訝そうに答えた。

「……うん、お茶とちっちゃい花の砂糖菓子をね」

 仕掛けられた可能性があると──

「吐いたほうがいいな」

 暗闇の中でサディスの姿は見えていないルーではあるが、そのセリフとひたと頬にあてられた指先の感触にぎょっとした。


「な、なに? アスターがなんかしたってこと? でも、お茶はアスターだって同じの飲んだし、お菓子だって口のなかですぐ溶けちゃったよ!」


 必死に彼の手をふり払いながら、あとずさった。

「その菓子、どのぐらい食べたんだ」

「……わりと……たくさん」

 ルーの体がふわりと浮かんだ。否、すぐにその体勢で担がれてると知った。

「ちょっ、と、まって! なにする気!?」

「浴室。とりあえず水を飲んで吐け」

「む、ムリだってば! だから、なんなんだよっ、おいらが毒でも盛られたってゆーのかっ!?」


「あいつは根からの女好きだから、毒などつかわないだろう。おそらく術に用いられる薬だ。人体に深刻な被害をもたらさないためには、一過性で水溶のものをつかう。術が発動する前にうすめれば大事には──」


 じたばたする脚を右腕でおさえこんでいたサディスは、息をのんだ。

 ルーのほそい手足を這うように、影の蔦がざわり広がってゆく。

 彼は舌打ちした。術が発動したのだ。


「──!」


 ふたりの背後にぽかりと闇が渦まく。

 ふりむいた途端に、それは膨張し部屋全体をおおいつくした。

 とっさに、ルーを抱える両腕に力をこめた。

 しかし、彼女を侵食するがごとく増殖した影の蔦は、あっという間に彼女自身を闇の一部にとりこみ、サディスの腕からいとも簡単にうばい去っていった。

 肩から重みがうせ、しっかり掴んでいたはずのほそい体は今やない。

 漆黒にぬりかえられた室内はまばたきの間に、もとどおりの明るさをとりもどしていた。───否、天井の片すみに、無視することのできない巨大な異物がはりついている。

 闇より吐きだされたそれは、青く発光する液体を突起物よりぴしゃりとまき散らし、貴重な古書を溶かしながら、ゆるゆると彼にすりよってくる。

 時おなじくして、遠くから数多の悲鳴があがった。





 ルーは目をこらした。まっくらな場所でごろんと横たわっている。

「サディス……どこ?」

 呼んでみるがあたりは静かで、自分の声だけが闇に吸いこまれていった。

 急にめまいがこらえ切れないほどひどくなって、しばらく意識がとんでいたような気がする。自分をがっちり捕まえていた、あの大きな、でも繊細な手はない。

 さっきまで近くに感じられていた気配もない。

 体を起こし、しゃがみこんだままで前方を注視した。なにかが近づいてくる。

 ぼんやりとした灰色の人影が闇に浮くように、ひたひたとこちらへ向かってきた。


 アスターだ。……なんで、彼だけ見えるんだろ?


 五歩ほど先で彼は足をとめた。

 そして、心配そうに身をかがめたずねてきた。

「体の具合はどう? 悪くない?」

 そこではじめて、ルーは自分がいま、吐き気もめまいもしていないことに気づいた。

 あれは何だったんだというぐらい。

「……へいき……だけど。なんで知ってるんだ?」

 アスターは、ほっとしたような笑みをみせた。


「あんなにたくさん食べるとは思わなかったからね。術が発動すれば薬はぬけるとはいえ……一時的に起きる副作用はきついから心配だったんだ」


「……術……って、なんの……?」

「ルーちゃんは知らなくていいよ。ただ、もうしばらくここにいて。ことが済めば、ちゃんと館に帰してあげるから」

 そう言って、くるりと背中をむけ去っていこうとする。


「ちょっと待てって! ぜんぜん説明になってないだろっ」


 ルーはあわてて立ちあがり、彼を捕まえようとかけだして──

 すぐになにかに顔をぶつけ、はねかえるように尻餅をついた。

 アスターがふりかえり、苦笑して、目の前のなにかに手を沿わせてそれの存在を教えた。

「ここ、柵があるから。気をつけて」

 ルーは鼻をおさえながら、闇と同化しているその柵に飛びついてさけんだ。

 ついでに、アスターの左袖を右手でギュッとつかむ。


「おいらに薬盛ったってほんとうだったのか!? 一体なんのためにっ、なにが目的なんだよ! 言うまで放さないからなっ」


 すると、彼はちょっとおどけたような表情で肩をすくめてみせた。

「うーん、困ったな……これ言うと、ルーちゃん怒るだろうし。いや、泣くかも? 女のコ泣かすのってシュミじゃないしねー」


「わざわざ、おいらに薬盛ってどんな悪巧み考えてるわけ? 親切ぶっておいらに近づいたのも、はなからそれが目的だったんだろ! 魔力ナシに偏見ないなんてウソついてっ」


「え、いや、そのさいごのだけは嘘じゃないよ。キミをわりと気にいったのもホントだし」


「おいらだって、ちょっといいヒトかもって思ってたのにさ! なんか不審で怪しい感じもしてたけど、まさか、こんなふうに裏切られるとは思わなかったよ!」


 のらくら適当に逃げるつもりだったアスターは、じっとルーを見つめ返した。

「キミって正直だね……でも、ふつー不審で怪しいと思ったら、距離をとろうとするものじゃないかナ」

 ルーはムッとして、かみつくように言った。

「そーだよ、今後あんたのことは一切信用しない!」

「思いきり嫌われたねぇ、予想の範囲だけど。……ちょっと悲しい」

「だったらワケぐらい言えよな! おいらにちょっとでも悪いと思ってるならっ」

 アスターはほんの少しだけ、困ったように眉をひそめた。

「……そうだね、ルーちゃんを苦しめる気はなかったけど、最初から巻きこむつもりではいたよ。オレにはそれ以外の手段がなかったから」

 そこで区切って、彼はルーの顔をのぞきこむように、信じられない言葉を吐いた。


「キミはサディスを罠にはめるための人質。だから、彼を殺したら自由にしてあげるよ」


 一瞬、なにを言ってるのかわからなかった。


 おなじ師のもとで学んだ弟子のはずなのに───

 いま、殺すって言ったのか……?


 だが、彼の顔からは、グレイらから感じたようなサディスに対する羨望や嫉妬、怒り、苛立ち、卑屈さのないまぜになった負の感情は微塵も感じられなかった。

「さ、答えたんだから放してくれないかな」

 にこやかに袖を引こうとするアスターに、はっと我に返る。

「そ、…そんなこと聞いて行かせられるわけないだろっ、なぁ、冗談だよな……?」

 放そうとしないルーの右手をつかむと、アスターは、すっとかがんでその指先に唇をおしつけた。

「な…っ!?」

 ぞわっと鳥肌を立てたルーが、とっさに手をひっこめると、彼はおおきく一歩退く。

 じゃあね、とかるく手をふって闇のなかへ消えていった。


「あっ、こら! 待てってば───ぜったい、ムリ! ダメだって! むしろ、アスターのほうが返り討ちにあうって───」


 一寸先も見えない闇の空間に吠えてみたものの、返事はなかった。


 なにを思って殺す気なのかは知らないが、所詮、彼は曾祖父のさだめた弟子格付けからして三番……いや、サディスが一番上なんだから四番目か。

 間にふたりもいるんだから差は歴然だろうに。


 そこまで考えて、自分が〈人質〉と言われたことを思いだす。

 〈サディスを罠にはめるための人質〉だと。

 いまこの時点でそれが成立しているのなら、ここからはやく脱出しないといけない。

 柵は押しても引いてもびくともしない。柵の切れ目はないかとそれに沿って歩いてみるが、カーブしてるので円形らしいことと、そこがせいぜい直径十歩ていどの狭い檻と知る。

 ならば上はどうだと、ちょっとのぼってみたが天井に頭をぶつけ断念した。


 そもそも、ここはいったいどこなのか。


 どこからか、悲鳴が聞こえてきた。

 目をこらしてあたりの闇を凝視すると、ぽつ、ぽつと数メートル先にひかる四角いものが浮かびあがった。それは戸もガラスもない窓のようで───その向こうに繰り広げられる〈光景〉を見たとき、やはり、ここは悪夢のつづきだと疑う余地はなくなったのだ。

次話の更新は8/7です。

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