表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
2/270

1 廃棄塔の少女

 おいらは、だれだろう? 

 なんで、ここにいるの……?


 闇にしずむ塔の地下室。その床に、ひとりの子供が横たわっていた。

 両手両足を鉄の拘束具でしめられ、フルフェイスの重い鉄冑が頭部をおおう。

 じめじめした湿気。床に敷きつめられた小枝のおかげで体が濡れることはなかったが、それでも体の芯は冷えきっている。子供には一切の記憶がなかった。

 だが、さっきまで縦横無尽にごろごろ転がっていたので、ここが四方を囲まれた場所だということは知っている。

 扉のきしむ音。子供は鉄冑のすきまから、いくつかの灯りが近づいてくるのを見た。

 甲高い声が耳を打つ。


「これが、例の〈クトリの殺人鬼〉か? ちんけなイモムシだなっ」


 ……くとりのさつじんき?


「お近づきになりませぬように、殿下。なりは小さくとも、屈強な兵を三名、バシュカ村の民七名を一撃で殺害しておりますから」


 柔らかい声が制止した。殿下は、フンと鼻を鳴らす。


「どーも信じられんな。見ろ。この小物ぶりを、余の偉大さの前にひれ伏しておるではないか」

「ただ転がっているだけかと」

「余が信じられんと言っておるのだ!」

「……では、処分は中止にいたしますか?」


 しょぶん?


「わたくしとしましては、ここに放置しておけば問題なく危険物は処理できるのですが……じきに満ち潮がはいる時刻ですし」


 ふいに、からっぽだった子供の脳裏に、あざやかな青い波が打ちよせた。


 ……みちしおって……しお……………し、……潮……? 

 ここ、海のちかくか……海! あぁっ、それはわかる。

 青い海、潮風……帆をふくらませて走るでっかい……船………!


 急激に自分の中が埋まってゆく感覚。

 同時に、ひどくイヤな予感に急き立てられる。


 ……そうだ、ここはまわりが囲まれていた。

 こいつらは満ち潮がはいるだの処分だのと言ってた。それって───


 「溺死」という言葉がひらめき、思わず声を上げた。


〈待て待てっ、おいらは悪いことなんかしてないぞ! 覚えてないけどっ、殺したとかなんとかって、してないと思う!〉


 彼らは、ちらっと視線をよこしただけで無視した。

 罪人用なのか、拷問用なのか──その鉄冑は外の音は聞こえても、こちらの声はこもってまともに届かない。

 カッと足を強く踏みならす音がした。

 殿下のフンッという、でっかい鼻息が聞こえる。


「お前の意見など聞いとらん、だれも中止などと言っておらぬわ! 察しろボケ」


 柔らかい口調で、従者はこれに答えた。

「仰せのままに。では、さっそくコレを獰猛な人食い魔獣の檻にほうりこみましょう。〈クトリの殺人鬼〉なれば最高のショウとなるでしょう」


 魔獣──その単語に子供は、ぴくりと反応した。

 凶悪なイメージが瞬間的にうかぶ。

 まっ赤な口腔、でかい歯牙、ヨダレがだらり……みじかい前足には太く鋭い鉤爪。

 やけに鮮明だ。さっきの海と同じぐらい。実物見たことあるって感じの。


 やばい、ヤバイよそれっ、人食いつったら人食うんだよ! おいら人じゃん!

 これって溺死よりひどくないか! いや、どっちもか。


「うむ、余だけ楽しんではまずいな。民草にもたまには娯楽が必要であろう」


〈この外道め!〉


「では、すぐに闘技場に観衆をあつめてご用意いたします」


〈おまえもだっ!〉


 柔らかい声はてきぱきと指示をだした。

「衛兵、その咎人を運びだしてください。手足の枷と冑はそのままで。殿下に噛みつかれては困りますから」

 殿下は意外そうな声をあげた。

「噛みつくのか? どんな顔か見たいのに」

「用心のためです。イモムシだの小物だの失礼なことを言う、偉大な殿下に逆恨みしてるかもしれません」

「そうか。まあ良いわ、どうせ期待できる顔でもなかろ。余は美しき者しか相手にせぬ主義だ」


〈ナニサマだ───っっ!〉


 近づく衛兵に鉄冑で頭突きを食らわし、捕まるまいと子供はごろごろ転がって逃げる。

 それを見ていた従者が、思い出したように言った。

「それにしても活きがいいですね……ガジュが残念がっていましたよ。自分がつかまえたのに素性調査をさせてもらえないと」


「お前の弟の拷問吏か。仕方あるまい。〈クトリの殺人鬼〉は生かしてはならぬのが国の決まりだからな。そもそも、拷問を楽しみたいだけの変態の理由なぞまかりとおらんわッ」


「そうですね。彼は魔法士軍の一隊長ということをよく忘れていますから」

「そのとーりだ、あやつを拷問室でばかり見かけるから、余も今の今まで、あやつが魔法士だということをすっかり忘れておったぞ」

 ハッハッハッと豪快に笑いながら、殿下と従者は去ってゆく。


〈ちょっと待て──ッ、そこの人でなしコンビ!!〉


 呼べど叫べど声は届かず。

 衛兵たちに背中を押さえこまれて、なすすべもない。





 ─────ふいに背中の重さが消えた。





 え?


 鉄冑の目元にあるすきまから、強烈な光がさしこんでくる。

 思わず子供はぎゅっと目を閉じた。急に周りが、しんと静まり返る。

 パチ、床を埋める小枝が折れる音。空気が動いた。

 静かに気配が近づいてくる。


 だれ?


 強い光はしだいに引き、かわりに銀色の残光が、ちらちらと降ってるのが見えた。


 顔が……のぞきこんでいる。きれいな顔だ。

 白い、頬……すこしふせられた翠緑の瞳、長い……銀色の……まっすぐな髪をひとつに結い……信じられないまでに輝かしい美女だ。


 キンと金属を打つ音がして、手足の枷がくだけ散った。


「立て」


 少し低めの声音はしずかで透明感があった。


 このひと、知ってる……覚えてる……!


 足もとにはいつのまにか、ふたつに割れた黒い鉄冑が落ちていた。

「聞こえないのか」

 そう問われてあわてて立ちあがった。すこし膝がかくかくする。


 彼女はきっと味方にちがいない。ただの勘だけど。

 ここまで曇りなき美貌の主が、あのど腐れ根性のデンカにつらなる悪人とは思いがたい。思うだけ失礼だ。


 お礼を言わなくてはと、子供はその人を見あげた。

「あ……ありがと……! 親切なねーちゃん」


 ごすっ


 目の前で火花が散った。げんこつが頭上に降ってきた。

 視線だけで射殺しかねないほどの迫力とともに。


「ふざけるな」


「……ち、ちがうのか?」


 じんじん痛む頭を両手でかかえ、涙目でしげしげと相手を観察する。

 すらりとした姿態、自分より頭ひとつ半以上は背が高い。

 丈がながい上着も、ゆったりとしたズボンも、軽やかにゆれるマントや靴も──すべてが真白で統一されていた。ひとつにくくられ膝近くまで流れる銀髪の光彩は、夜空にかがやく白銀の三日月を思い起こした。

 物腰はしなやかで隙がない。拳の力もそうとう強い。


「えっと……じゃあ、男の、ヒト……だったりなんかして?」


 ありえないと思いつつ聞いたら、二度目の拳が落ちてきた。

 早すぎて避けられなかった。

「疑問符をつけるな」

「そ、そうなのか! ……ごめん!」

 すこし離れた場所で、金属板をまとった無骨なヒゲ男ふたりが倒れているのが見えた。

「あのヒトたちはどうしたの?」

「気絶している」


 いったい何故どうして? まあ、どうでもいいか。

 きっと、あのデンカとかの仲間だし、心配してやる義理はない。

 それより気になるのは、このきれいな男のひとだ。


「ところでさ、あんたダレ? 知ってるなら、おいらの事とか、ここがどことか教えて欲しいんだけど」

「何……?」

 片眉をあげ、彼はすきとおる翠緑の瞳でひたと見据える。

「恐怖で錯乱するほど繊細な脳はもっていないはずだが……頭でも打ったか」

「それはどおゆー意味かな?」

 彼はしばし考えこむように黙してのち、答えた。


「おまえの名はルー・クランだ。大魔法士ノアの曾孫紅一点。五年前に家出し、五ヶ月ほど前から禁忌の海域で消息を絶っていた。それでノアが弟子たちに捜索させていた。俺もその一人だ。名はサディス・ドーマ」


「サディス」

「なんだ?」

「いや、なんかすごく覚えがあるような気がして……もしかして、おいらの兄貴?」

「姓が違うだろう」

「友だちとか?」

「ありえん」

「じゃあ幼なじみ」

「人の話を聞かないザル脳は相変わらずか。おまえの曾祖父の弟子というだけだ」


 ん? でも、幼なじみ……否定しなかった。

 あながち外れでもないのかな?


「ここは軍事国キャラベにある廃棄施設の塔だ。面倒になる前に出るぞ」


 どこかから水の落ちる音が聞こえたような気がした。

 いまだ周囲が妙に明るいのは、頭上に小さな光の珠が輝いているせいだ。

 視線を感じた。そちらに目を向け、ギョッとする。ぽっかりと空ろな暗い二穴でこちらを見つめる、まるくて白い石。うす暗い壁ぎわをぐるりと埋めるように、山積みになっている。


「え……ええ……っ?」


 ここは廃棄施設だと彼は言わなかったか? 廃棄というからにはゴミ捨て場のはずだ。

 しかし、あれは……ヒトの頭の中にあるものでは……!? そう、ドクロだ!


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 当作品「Silver tails 」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

本日、あと四話更新予定。時間不定期。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ