18 癒し魔法禁止の理由
目をぱちぱちさせる。パッとまわりが明るくなった。部屋の中だ。
調度や間取りが、古書に埋めつくされた客間とよく似ている。
むこうが茶色を基調にしているのに対し、あざやかな赤が基調だ。
紫の混じった色味のつよい赤なのでなんだかおちつかない。
「こ、ここって……」
「うん、オレの部屋。だいじょーぶ、悪さはしないから! 外で女の子に立ち話させるのもなんだからね。箒はそこに置いてくれないかナ?」
ちょっとひきつった笑顔でアスターは、ルーがにぎりしめている箒を指さした。
「お茶いれてあげるよ。夜の海風で冷えただろうから」
そういって、テーブルにある水差しに短い呪文をかける。
空だったそこに見るまに水が溜まり、ぼこぼこと沸く。赤いポットに茶葉をさじですくいいれてそのお湯をそそぐと、ほんわり気持ちが和むようないい香りが鼻腔をくすぐる。
「……便利だね」
「この館には水場がお風呂と地下の厨房にしかないんだよ。ここに弟子として住むには、つねに生活のなかで魔法を使いならす必要もあるからね」
なるほど、だから部屋のランプも魔法が使えないとつけられないんだ。
一人で客間を使ってたとき、小さな石がひとつはいってるだけのランプを、どうしたら灯せるのか分からず、ルーは暗くなると早々に寝ていた。
「こっちは砂糖漬けの花。お茶に合うよ」
しろい糖衣がまぶされた紫や黄色のちいさな花が、紅地に金で装飾された陶器の小箱にはいっている。高価なものなんだろうかと怪しみながらも、所詮はお菓子。
ルーは好奇心から、ぱくっと口にいれた。ふわり甘くとろけるように消えた。
味わう間もなくとけたので、あれっと思ってもうひとつ口にいれる。
お茶のカップをふたつ用意してルーに椅子を勧め、テーブルのむかいに座ったアスターは、「じゃあ、さっきの話の続きをしようか、癒し魔法が禁止のワケをね」と切り出した。
「魔法を使う者にとっては、古くからのルールなんだよ。この世界のはじまりに、天の戦いに敗れた神の屍骸がたくさん落ちてきてね。陸になった。でもその中に生きてる神が三人混じっていた。天の勝ち神が悪さをしないように、三つの武器でそれぞれ地中にぬいとめたんだ。三人の敗れ神だけは死ぬこともなく、今でも痛みに苦しんでる。つまり、その怨念が自分の傷を治そうと、癒し魔法に食いつくから危険ってことなんだ」
「怨念が……癒し魔法を食う?」
「そう、異界の神や悪魔、精霊なんかの実体をもたない彼らはこの世界にはいると、どうゆうわけか魔力無効化現象〈ダウンフォール〉で魔力をうしなうんだけどね。念は時としてすさまじい力となる。魔力とは異なるから無効化はされない。実は呪詛もそうなんだよ。あれも魔力でなく、思念の産物なんだ」
「へぇ~」
「だけど、禁止っていわれるとやりたくなるのも、人の性なんだろうね。癒し魔法を研究する者もいる。じっさい毎年かならずそーゆー馬鹿がいたということも、大陸全土から魔法士組合なんかを通じて、ノア師のもとに報告があがってきてるしね。結果、伝承が本物だって証明してしまうんだよ」
「……でも、魔法を食うだけなんだろ? なにが危険なんだ?」
「術者ごと地中に引きずりこまれちゃうからだよ。たいていこういったタブーを冒したがる連中は、こっそりやるんだけどね。当人は行方知れずになるし、その現場にそれはそれは深い穴が残っちゃうからねぇ」
「へー……」
ほがらかな笑顔で、禁断の癒し魔法をつかった者の末路をかたるアスターに、なぜか違和感を感じた。
なんだろ? なんかうすら寒く感じるんだけど……?
それがなにか理解する前に、アスターが真うしろから顔をのぞきこんできた。
いつのまに転移したのかと思うまもなく、彼はルーの立襟をくいっと指先でひっぱる。
「ひゃっ」
「ルーちゃん、首……いつケガしたんだい? 昼間、ホータイしてなかったよね?」
ついさっき手放した箒を、ルーはあわてて探した。
しまった、お菓子に夢中になってる間に、アスターが戸口に移動しちゃってた!
お菓子の小箱を手にしたまま、のけぞるように距離をとる。
「あ、ああ、これっ! ちょっと……キャラベの魔法士だか拷問吏だかってゆーヘンタイにつかまれて赤くなっただけだからッ」
「サディスが手当てを?」
「うん」
アスターの動きが止まる。
「……アスター?」
「……そっか、……ふぅん……」
「えっ、なに? なにが、ふうんなんだ?」
「いや、意外だなーって。アイツ、一流の薬師の資格もってるくせに、触るのがイヤだって理由で他人の手当てなんかしないんだよ。……ルーちゃんて、特別なんだね」
「べつに、そうとは思わないけど……」
なんだろう、まただ。
語尾が妙にひっかかるような言い方というか。雰囲気がうすら寒いというか……
「なんかアスター、ブキミ──」
「ええっ!?」
彼は急に情けない声をだした。
そりゃそうだろう。顔が自慢と言ってるのに、この至近距離で否定されたのだから。
もちろん、ルーは顔のことを言ったわけではない。
だが、おかげで不穏な空気が吹きとんだので、便乗することにした。
「そう、頬のハレひどくなってるよ! 手当てしてあげるから、薬どこにあるの?」
「あ、……窓ぎわの棚のなかに薬箱が」
よほどさっきの言葉にショックを受けたのか、呆然と答える。
とてて、とルーは棚にかけより、かなり高い位置にあるのに気づいて、近くのちいさな丸椅子をひきよせ踏み台にして、それらしき箱をふたつ手にとる。
アスターも、のろのろとうしろについてきた。
「なあっ、薬箱ってどっち?」
両手がふさがった状態で振りかえり、丸椅子のうえでバランスをくずした。
「わっ!?」
背後でへこんでいたアスターは、ルーのお尻で下敷きにされた。
「ごっ……ごめん! でも、ほら、どっちかわかんないけど薬箱は死守したからっ」
背中でルーを受けとめて床に激突した彼は、なんとか体裁を保とうと、すくっと起きあがった。その顔面は敷物をうつしたごとく、あざやかな紅に染まっていた。
「たっ、たいへんだ! 血、鼻血でてる!」
あまりに強烈な出血量に、ルーはパニックになった。
両方の箱をあわただしくあけて、みつけた木綿の布でアスターの鼻を押さえさせ、薬は彼が指でしめすものを使った。なんとか頬と鼻の手当てが終わるころ、なぜか彼はへこみからいっそ上機嫌なまでに浮上していた。
「アレを連れ出してどういうつもりだ」
どこからか、サディスの声が聞こえた。
「ええ? オレはルーちゃんのお願いを聞いてあげただけだよ。この館の中じゃ息つまるしね」
おどけたような調子のアスターの声も。
ということは、アスターの部屋にサディスがきた?
客間からいなくなったのを心配して探しにきてくれたのかも知れない。
じゃあ、もどろうかな。……うぅ、体が重い。鉛みたい……瞼もあがらない。
え、おいら寝てるのか? あれ? いったいいつ寝ちゃったんだろ。えーと、アスターの部屋にきて、話をして、手当てをしたとこまでは覚えてるんだけど……
「ルーちゃんも気の毒に。いらぬ敵が増えてるようだし。まあ、そりゃそうだよな、ここにはアンタのファンたちがいるし、逆に、ノア師の後継の座を蹴ったアンタがもどったせいで、心中穏やかじゃないヤツだっている」
「おまえが?」
「オレはそんなものにキョーミないよ」
「──一本線は今どこにいる?」
「アギトなら師にまわされた仕事に手一杯で、今ごろ大陸中を駆けずりまわってるよ」
「そうか」
「彼は自分こそが一番弟子だと思っているようだし、日々充実してるなんて言ってるけどね。段取りだって悪くはないし力量も十分だが、アンタほどじゃない。むしろ、足元にもおよばないとオレは思うね。とうぜん、師もアンタを一番弟子、および〈後継候補〉からはずさない。だから、アギトを支持する頭のたりない連中が、書斎をあさってまで、〈後継〉の証となるものを手にいれようと企む。おそらく彼らは、〈奥義の書〉みたいなものがあるとでも思っているんじゃないかな」
「あの筆不精のジジイが、そんなものを後世に残すとは思えないが」
「だろうね、オレもそんな危険なやり方はしないと思うよ」
……そんなワケがあったのか。
ルーは重い瞼をなんとかあげようとして、失敗した。
顔の筋肉ひとつ、ぴくとも動かないのはいったいどーゆうことなのか。
そんなに自分、疲れてたのかなと思う。
そーいや、封印はずされかけたり、岬から転落したり、難破船だらけの海をもぐったり、鉄枷はめられたり、古書の海とにらめっこしたり、カトリーンに部屋を追いだされたり……あー、けっこうストレスあったなぁ。
「ところで、その愉快な出で立ちはなんだ」
「フッ、この不器用さにルーちゃんの愛がつまってるんだよ」
「顔面ミイラが? ご愁傷様だな」
「ヤキモチ妬くなって」
馬鹿馬鹿しいと言いたげなため息がひとつ、聞こえた。
「おまえが手を出すのは、それを遊びと承知した女だけだろう。なにを企んでいる」
「たまには、小さなカワイイ女の子を自分好みに育ててみたいな~とか、思っただけだヨ」
「あきらかに人選を間違えているな」
「……それは否定しないけど。でもあーゆうコは面白いね。これまでに周囲にいなかったタイプだよ」
「振りまわされるがオチだな」
「う~ん、牽制にしては弱いね。もっと、怒涛でつっこんで取り返しにくるかと思ったのに」
「何を言っている」
「まあ、いいか。ルーちゃんはオレが預かるからさ。帰っていいよ?」
なに勝手なこと言ってんだよ、せっかく迎えにきてくれたのにっ、怒って帰っちゃったらどーするんだ!
ふわり、体が浮いた。
低い、でも透明感のある声が耳もとでささやくように言った。
「おまえにコレの呪詛は解けまい」
アスターの返事は聞こえなかった。
ゆらゆら体がゆれる。どうやら小荷物のごとく肩に担がれているらしい。
かすかに、清しい匂いが近くでする。
……髪かな、薬草の香りが染みこんでるような……?
眠りに引きこまれる直前に、サディスのつぶやきが耳をかすめた。
「──見えすいた嘘は、どこまでが本心か……」
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