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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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17 書斎の幻影

 サディスのいる客間は、カトリーンが占拠しているのでもどるべくもない。

 あのヒステリックな言いがかりを耳にするのは疲れるし。


 魔法の灯火に照らされただだっ広い庭を、南棟へと歩いた。

 さすがに人けはなくてさびしいが、トラブルの元となる弟子たちと会うこともないので気は楽だ。書斎、寝室、実験室……庭からまわりこんでみたが室内に明かりはない。

 曽祖父は不在のようだ。大陸各地の知人と連絡をとると言っていたから、遠方まで足を運んでいるのかも知れない。


 ───しかたない。客間のある東棟にもどろう。

 消灯時間がくる前に、べつの客間を確保して寝るとこを決めておかないと。


 そう思い、踵を返しかけた。

 スイと一階の書斎の窓に光がよこぎった気がして、ふりかえる。

 曾祖父が帰ってきたのかと、ふたたび窓までもどり書斎をのぞきこんだ。人影が動いている。


 ひとつ、ふたつ、……みっつ?


 部屋のあかりもつけずに、彼らは一列になってかがみ腰で移動していた。

 その手元には小さなあかり。棚をさわったり引き出しをあけたりしている。

「ないヨ?」

「よく探せ!」

「鍵のかかるところじゃないか?」

 ひそひそと声が聞こえてくる。


 ドロボー……?


 庭師が忘れたのであろう、庭木に立てかけてあった箒をにぎりしめた。


 でも、ここでなにを?


 昼間にひととおり見たが、難しそうな本と紙切れの山ばかりだったし、それも棚の中でさかさまだったり横や斜めにぎゅうぎゅうに詰めこんだりで、そうとうな不精がうかがい知れるありさまだった。きっと、一冊引きぬけばすべてが崩落してくるにちがいない。

 泥棒どもがあけた引き出しも同じらしい。苦労してあけたはいいがしまらない。

 そのままにして次々あけている。

 よく目を凝らして見れば、泥棒はグレイ三人組だった。


 ……また、あいつらか。いったいなにが目的なんだ?


 彼らは引き出しを全部あけ終えてから、たがいに顔をみあわせ首をよこに振ると、グレイらしき人影が何かを指示した。三人は床や壁に両手をべたべたつけて這いまわりはじめた。

 なにやってんだかと思ったが、すぐに頭のすみで閃いた。

 隠し棚か、隠し部屋──たぶんそういったものを探している。


 でも、ひいじーちゃんて大魔法士だから、そんなすぐ見つけてあけられるようなことは────って、見つけられてるし!


 グレイが壁に手をあてて何かつぶやくと、壁に筋がはいり勝手にスライドしてゆく。

 嬉々とした三人の前に─────────

 深い闇の奥から、青白いものが音もなくでてきた。なにか、よくわからない。

 青白く光っていてブツブツ紫の突起だらけでヌメヌメしてて巨大なナメクジのようでもあるし、生き物の舌のようにも見える。

 グレイの顔半分をでろりと撫でた。

 ねばついた透明な液体まみれになったグレイは目を見ひらき、恐怖で顔をひきつらせたまま後ずさりして尻餅をついた。残りのふたりも逃げようとして足をもつれさせ、たがいにぶつかり転げるように床を這っている。

 壁の切れめの闇から、ゾオオオという、おぞましい吐息がもれてくるのをルーは聞いた。ぴしり、体が動かなくなった。顔から、体中から、汗が噴きでてくる。


「なんで、ひいじーちゃんの……書斎の奥に、〈アレ〉がいるんだ……!?」


 我知らずそうつぶやいていた。

 グレイたちは必死に這いながら壁をはなれ、なんとか立ちあがると書斎から飛びだしていった。忍んできたことも忘れ、わけのわからない悲鳴や叫び声をあげながら。

 その声が遠ざかると、ナメクジのような舌のようなそれは、深い闇につづく壁の切れめのなかへ、スウッとひっこんだ。そして、壁は元通りにふさがった。


 なんだったんだ、今の……だって、アレは……

 こんなところにいるわけが…………アレってなんだ?


 瞬間的にわかっていたはずなのに、急にそれがいったい何なのかわからなくなった。


 でも、グレイたちにもきっと見えてたはず……

 だから、あんなにおびえて……


 いまだ硬直するルーに、背後からまきついてくる腕があった。

 ルーは我に返り、足に力をいれてすばやく身をひねる。その反動で相手の腕をふりほどき間をとると、手にした箒で容赦なくその顔をなぐりとばした。

「あ」

 ルーは唖然とする。


「アスター……?」


「ひどいよ、ルーちゃん……」


 左頬を痛そうに手でおさえながら、地面につっ伏したアスターはちょっぴり……いや、かなり恨めしそうな視線を向けてきた。

「だ、だって、こんな暗いとこでいきなり背後から抱きつくから!」

「そっか、おどろかせちゃったんだね。今度は真正面にするよ」

 彼はけろりと機嫌を直し、とんでもないことを言った。

「いや、それはダメ」

「冷たいな~、ルーちゃんの無事を感激してのぎゅうなのにー」

「友だちでもないんだからダメ」

「そんなー、キャラベ軍の気を引いて逃がしてあげたのにー」

「え?」

「でも、転移術かける前に崖を飛びおりるとは思わなかったよ。ふりむいたらいなかったし。度胸あるねぇ。さすが、もと海賊っ娘」

「──ええ? あのとき、背中を押したのアスターじゃないのか?」

 彼の目が点になった。ついで、あわてて両手をふって否定する。

「まさか! そんな危ないことしないよっ!」


 まぁ、彼がおいらを殺すメリットもないしね。分かってたけど。


「冗談だよ。突風に押されたんだ」

「えっ、それじゃ、あれって事故だったのかい!? よく無事で……! すごい強運というか、野生児、いや、サル並のすばらしい運動能力をもっているんだね……!」

「ホメてないよね、それ。ところで、アスターは今までどこ行ってたの?」

「情けない話なんだけどね、捕まっちゃって! でも、結界の檻にほうりこまれる直前に、ルーちゃんに加勢したよ? ほら、飛んできた斧を岩で防御してあげたんだけど……」

 そういえばと、船底をぶちやぶって目の前に巨大な岩がこつぜんとあらわれたのを思いだす。

「ああっ、あれ? そーなんだ、ありがと。それと、巻きこんじゃって悪かったよ。でも、よく逃げてこれたね」

「誰かさんが、アイツらを全滅させてくれたおかげでね、見張りもないことだし、時間さえあればあんな移動用のちいさな結界檻ぐらい解けるからね」

 なるほど。道衣の三本線はダテじゃないのか、と感心していると。

「お礼に、じっくりゆっくりこのケガの手当てをしてくれるとうれしいなー」

 彼は、きゅううとルーの両手を自分の手でつつみこむと、紅い双眼で熱っぽく見つめてくる。ペシッ、とその手をふり払った。


「そのぐらい冷やしとけばすぐ治るよ、あっ、そうだ! それより、さっきのアスターも見た!? 書斎にグレイたちが忍びこんでたの!」


 すると、アスターはうなだれるようにそっぽを向き、そばにあった木に片手をついて「それよりだなんて……オレ、女のコにここまで冷たい仕打ちされたのはじめて」と、落ちこんだようにつぶやく。しかし、ルーは思い出したとたんに、さっきのことが気になってしょうがない。かまわず続けた。


「なんでドロボーみたいなことしてたのかは、もちろん気になるけど……そんなことより、壁の中のモノのほうが重大だよ! あの〈化け物〉見たことあるんだ! アレってすごくヤバイんだよ! どうヤバイかちょっと思い出せないけど、とにかく、なんであんなモノがひいじーちゃんの書斎にいるかが大問題なわけで……っ」


 ルーの切迫したことばに、アスターも落ちこむフリをやめて真顔でたずねた。

「ルーちゃんは、書斎でバケモノを見たってことかい?」

「そうだよ! ナメクジの! きっとグレイたちだって見たはずだ」

 彼は窓から暗い書斎を見つめていたが、ややして思いだしたかのように「ああ」と、ひとつうなずいた。

「それはたぶん、ノア師が賊避けにかけた幻術だよ。自分がもっとも怖いと思うものが見えたんだろうね」

「え……?」

 ルーは呆けたような顔で見つめ返した。


 幻……? 

 あんなにリアルで体中から冷や汗が噴きだしたのに……?


「まあ、グレイからは別モノに見えたとは思うけど?」


 いまだにそのせいで、体がべたついて不快な感じが残っているのに。


「おいらの、もっともコワイものがあのイボイボナメクジってことなのか? 納得できない。ナメクジ……? そういや、あの古書の挿絵にも出ていたっけ……街を襲う巨大なやつが。てことは、あんな挿絵を見たせいか!」


「なんだか納得したようだね」

 それでなぜ、足がすくむほどの恐怖を感じたのかはわからなかった。

 それはきっと、曾祖父の幻術が想像の産物をもリアルに投影したためなのだろう……と思うしかなかった。

「あ、でも、グレイたちはなんで書斎なんかに?」

「だいたい想像はつくけどね。どうせつまんないことだし、ノア師にはオレから報告しとくから、ルーちゃんは気にしなくていいよ」


 この言いよう、よくあることなのだろうか?


「あぁ、いたた、い・た・い・なぁー……」

 とうとつに、アスターは左頬をさすりながらこちらを見た。

 なにをいまさらである。

「はあ~……オレ、顔だけが自慢なのにな~」

 未練たらしく、ルーを上目遣いでみて責めている。

 しつこさにうんざりしながら、ルーはムッとしたように言った。

「だからっ、なんでそのぐらい魔法でパパッと治さないんだよ」

 彼はかるく肩をすくめた。

「癒し魔法は禁止なんだよ」

「は? ……なんで?」

「これは魔法の使い手のだれもが例外なく、守るべき原則だからね」

 そう言われてみれば、サディスも手当てに魔法を使わなかった。


 それでもなんで? という感じだ。

 魔法士は戦ってなんぼの仕事だろうに。ふつーに考えても生傷が絶えないんじゃないのか? それなのに癒しの魔法が使えないなんてヘン。


 アスターはポケットから出したハンカチを左手にもち、右手をその上にかざしみじかく唱える。しゅると高い音がして、次の瞬間には、どこからともなく現れた水の球がはじけた。

 そうして、ぬれたハンカチで彼は腫れた左頬を冷やした。

「まあ、癒すためのこういった間接的な魔法はいいんだけどね。聞きたい?」

 ナゾかけのように言いっぱなしにされては返って気持ち悪いので、「うん」と答えた。


「あ、そうだ! 忘れてたよ。ルーちゃん、その前にちょっとこれ持って」


 アスターはポケットの中に一度いれてだした拳を、ルーの前にさしだした。

 うっかり、なんの警戒もなく、ルーもひょいと手をだしてしまう。いきなり握られた。

 次の瞬間、まわりのしめった夜の空気が、びゅうと唸る。

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