16 大好きだったかも
どこからか鐘の音がひびいてくる。
ルーは目をこすりながら顔をあげた。
窓を見れば開いたままのカーテンのむこうは、まっ暗だ。
「お腹すいた」
ぽつとそうもらすと、黙々と書面を目で追っていたサディスも顔をあげた。
「鐘は何度鳴った?」
どうやら集中しすぎて聞こえなかったもよう。
「……九回かな」
午後九時だ。鐘は三時間ごとに鳴る。
夕食の時刻である六時のときは、ルーも集中していたため聞き逃してしまった。
「もう食堂は閉まっているな」
弟子専用の食堂が北棟にあるのだが、ルーは使用したことはない。
「どーすんの?」
「俺はこのまま続けられるが」
「ええっ!?」
「おまえは無理そうだな」
「あたりまえだよっ、ばたばたしててお昼も食べてなかったのに」
朝にいっぱい食べたけど。さすがにもう消化済みだ。
「厨房に行けばなにかあるだろう」
「それってどこ?」
すると、彼は長椅子から腰をあげ扉へとむかってゆく。
ルーもあわてて古書の山をかきわけついていった。思わずにこにこしながら、彼の上着のすそをつかんで廊下を歩いていると、怪訝な顔をされた。
「なんだ?」
「だって、自分はいらないとか言ってるのに一緒に行ってくれるなんてさ、サディスやさしーよねっ」
「おまえが厨房を知らないからだろう」
それはそうだが、ふつー口で言えば済むのではなかろうか。
「それに──ほんとならもう、立場的にひいじーちゃんからの、師としての干渉は受けなくていいんじゃないの?」
「まあな」
「やっぱり、それでも協力してくれるなんて人間出来てるよね。ふつーは面倒かもって」
サディスは足を止めて振りむいた。
ついでに、ルーがつかんでいた上着をぴっと振りはらう。
「今回の件に参戦したのは誰のためでもない、自分のためだ」
「へ?」
「難易度の高い未解決事件や、未知の呪詛の秘密を探るのはおもしろいからな。それだけだ」
「……それって──」
もう一度、彼の言ったことばを胸のうちで反芻する。
ええと、自分のため? 事件やヒミツを探るのがおもしろい?
つまりは難解事件オタク……ってことか?
「ええっ!? あんなに疲れはてて無防備に寝ちゃうほど、おいらのために奔走してくれたんだと感激してたのに──っ」
キャラベから救出されて、この島に来たときのことだ。
サディスは、ちょっと驚いたようにきれいな瞳を瞬いた。
「あれは旅先の異境からもどるのに手間どり、体力を極限まで消耗していたからだ」
「……旅先が、イキョウ?」
そういや、キャラベに助けにくる前まで、旅にでて所在もつかめなかったって、ひいじーちゃんが言ってたっけ。
廊下に設置された魔法の灯が、ひとつに結われまっすぐに流れる彼の銀髪を、あわいオレンジ色に染めている。片眼鏡をつけたままなのを思い出したのか、彼はそれをはずし胸ポケットにおさめた。
「こことは時間の流れがちがう場所だ。棲んでいるものも人とは異なる。一月滞在のつもりが、アクシデントで抜けだすのに半年かかった。脱出先の町で、ノアが全財産を賭けて人探ししているという噂を聞き、ほかに打つ手なしとみたから手を貸したまでだ。ノアがキャラベを訪れたさいに得た返答は、明確な処刑予告だった。侵入者は即処分といいながら、おまえの死は告げない。それは、おまえがまだ生きて捕まっている可能性が高いことを示していた。休んでる時間はなかった」
だから、ぎりぎり間に合ったのだと知った。
彼がすこしでも休んでから迎えに来ていたなら、きっと自分は助からなかっただろう。
なんかそこまでやってもらったなら、動機が自己満足だってなんだって、どうでもいいような気がしてきた。
そして、彼への信頼は、さらにゆるぎなくこれで確定したのだ。
ルーはほそい両腕で、きゅっと彼の右腕に抱きついた。
「……何をしている」
あきれたような冷たい視線をむけてくる彼を、満面の笑みで見あげた。
「なんとなくわかったんだ。おいら、昔からサディスのこと大好きだったかもっ」
ぱっと手を放して、スキップで廊下の先をゆく。
「なー、厨房ってこっち? あ、おいしそうな匂いするっ、はやく行こ!」
ルーの姿が地下へつづく厨房への階段に見えなくなると、彼はポツリとつぶやいた。
「……かも……?」
厨房には、明日の仕込みをしている料理人たちがいたので、あまっていた魚のフライをはさんだサンドイッチを作ってもらい、果物とワインをもらって客間にもどった。
この館には専属の料理人や庭師・洗濯女中がいるとのこと。ただし、掃除だけは各自でやるようだ。
ルーが食事をしている間、サディスは汚れを落としてくると言い、奥にある浴室へと向かった。サディスの分を分けてから、自分のサンドイッチをたいらげた頃、トトンと、かすかな音が聞こえた。だれかが遠慮がちに扉をノックしてるらしい。
また古書の山が到着したのだろうかとゆううつになるが、あの少年ならすぐ「失礼します」と、はいってきたはずだ。
じゃあ、こんな時間にだれだろうと、好奇心でうっかり出てしまった。
カトリーンがそこにいた。豪華な金の巻き毛を背中にたらし、あざやかでシックな青のドレスを着ている。白いナプキンのかかった編みカゴを手にして。
ルーを見るなり、キッと鋭く目をつりあげた。
「おまえ、まだこの部屋にいたの? なんてあつかましい」
「調べものしてるんだよ」
「こんな遅くに殿方の部屋へ入り浸るものではなくてよ。とっとと出て行くがいいわ」
こんな遅くにやってきた自分はいいのか。
そんな疑問のまなざしは無視し、彼女はルーを押しのけ室内に踏みこんだ。
そこは床一面が古書の山。ドレスで通ればまちがいなく雪崩が発生するだろう。
彼女は柳のように細い眉宇をひそめた。
「ドーマ様はどこ?」
「えぇと……いまお風呂だけど」
「な…っ、なんですって? おまえ、そうと知ってて今までここに……許せないわ、この恥知らず! おまえのような下品な輩を痴女というのよ、さっさと出てお行き!」
彼女はカゴをもっていない右手でルーの腕をつかむと、ぐいぐいと廊下に引きずり出す。
「ちょ、ちょっと待っ」
あわてて扉口の壁に手をかけてふんばると、激昂したカトリーンに廊下に蹴りだされた。
あんたホントに帝国の姫?
そう聞き返す前にバタンと扉を閉められた。
カチンとたかい金属音。内側から鍵をかけられた。
───もしや、昼間の頭突きのホーフクだろうか?
いがいと執念深い姫だな……
今日の〈記憶の収穫〉。ガンドル号での白昼夢───ぐらいか。
顔のみえない仲間たち。たしかに、あのときあの場所で感じた蜃気楼のような無色透明のざわめきは、体感した覚えのあるものだった。
彼らを呼びたいのに、その名すら思い出せない────
いったい、彼らはどこへ行ってしまったんだろう。
なんで、おいらひとりだけ……?
まっくらな海と森にかこまれたこの館は、魔法の灯火によってしろくかがやくように浮かび、とても幻想的だ。
思うがままに増改築されているので、かなり奇抜な形状であることは否めないのだが。
ありえない具合に塔がななめに傾いていたり、その先端から階段がでてとなりの屋根につながっていたり、宙を橋渡しするような回廊があったり。
それでいて、中に入れば平衡感覚が狂うこともなくまともだったりする……
好奇心で不可思議な位置にある扉や窓などをあけたりしなければ。
部屋を追いだされ所在なく庭へと降りてきたルーは、館を見あげていた。
なつかしく思うこともない、むしろ、よそよそしささえ感じる。
心の空洞からはきだすようにため息をついた。
ここでの記憶はない、ということなのかな。
おいら、ここで育ったんじゃないのか……?
そこまで考えて、はたと気づく。
待てよ、おいらの家族って、ひいじーちゃんだけかと思ってたけど………
いくらなんでも親ぐらいいるだろう。じゃあ、なんでサディスはおいらをここに?
………………ほかに、おいらを連れてく場所がなかったから?
てことは、すでに親は死んじゃってるとか……? ……や、でも、そんな考えは早計なんじゃ……でもでも、フツーすぐ会わせてくれるものじゃないのか?
禁忌の海域で失踪して、乗ってた船だってぼろぼろの難破船で見つかったんだから、きっと心配してるだろうし、すでに丸五日以上経っているんだから連絡ぐらい……………………してないってことは、やっぱり……?
ぐるぐると考えが同じところにたどりつく。なんだか暗い気分になってきた。
でも、事実確認ぐらいはしておくべきだ。
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本日、あと四話更新予定。時間不定期。




