15 クトリの史実三点
サディスは、クレセントスピア大陸の六割にあたる国々の〈通過証〉をもっている。
ヨドヒル岬もそれにもれず、スターブレス島まで転移魔法で直帰することができた。
各国の国境には、魔力をもつ間者や犯罪者などの出入国を阻む魔法の〈網〉がある。
〈通過証〉とは、それらを無効化するものだ。
通常はその国の要人しか持つことができないが、その国に認められた功績さえあれば発行してもらえるのだとか。サディスは十歳のころから、大陸各地で魔法士として、数々の難事件を解決していたらしい。つまりその功績ゆえ。
ほんとすごいよね。
ひいじーちゃんでも五割で、アスターなんかは仕事のさいに、他人から勝手に拝借したものを使っていたとか……ってとんでもないな……………あ。
「アスター忘れてきちゃった───!」
陽も暮れて魔法ランプがあたたかく照らしだす客間で、いまのいままですっかり忘れていたことに、ルーは動揺した。
思わず「どうしよっ!?」と、テーブルの向かいで古びた書物をめくるサディスをみる。
彼は目線をあげることもなく「ほうっておけ、そのうち帰って来る」と、どうでもいいことのように言いのけた。
「で、でも、もしキャラベの兵に捕まってたら───!」
「クラゲ男なぞ、心配してやるだけ時間の無駄だ」
「でもっ、おいらのせいで……もしものことがあったら!」
「あいつの道衣には白線が入っていただろう。あれがあるのはこの館にいるノア弟子百名のうち、上位五名にだけだ。一本減るごとに位が上がる」
「たしか、アスターの道衣には三本あったよね……てことは三番目? ええっ、なんか意外。そんな優秀そうな魔法士って感じじゃないのに。自分でもよく修行さぼってるって言ってたし……」
いや、待てよ。あの不良のグレイが悪態をつきながらもすごすご退散してたっけ。
それって、実力はアスターのほうが上ってゆー証拠なのでは?
サディスが顔をあげた。消えかかったインク文字が見えるという魔法の片眼鏡をかけているせいで、また印象がちがう。魔法士というよりも、えらい学者さんのようだ。
なんとなく、近寄りがたさがアップしてる気がしないでもない。
「あれは信用するな」
「……なんで?」
「クラゲだからだ」
まじめな顔で言われ、ルーは目が点になる。
「えーと、それは……まさか骨がないとか海の生物とかってゆうイミじゃないよね……?」
「無害をよそおい波間を漂っているが、常に毒を隠しもち、つかみ所がない」
わかりやすい例えだが、その言い方ってなんだか……
ルーは白い包帯のまかれた首をかしげた。
ずぶぬれで帰ってきたためお風呂にはいり、白の立襟ブラウスとレース付の臙脂かぼちゃズボンに着替えたあと、首筋のはれを彼に手当てしてもらったのだ。
魔法で治すのかと思ったら、ぬり薬だった。
「そりゃ、ちょっと変なとこあるけど……悪いヒトじゃないと思うよ?」
「悪意のある奴が、悪意を見せびらかしながら近づくとはかぎらない」
「でも」
悪意満載の弟子たちからかばってくれたし、ちょっととぼけた感じも憎めない気がするのだが。
「サディスだって、ひいじーちゃんの弟子なのに……その仲間を信じないのか?」
「信じない」
きっぱり即答し、彼はテーブルの左に積みあげた古書の上に、読み終わったものをのせると、右の古書山から厚さ十五センチはある重そうな古書をひょいと片手でとった。
「言っておくが、ノアは基本的に自分を慕う者をふりわけることはしない。どれだけ野心や下心があってもな。それが、大物を育てると信じて持論にしているぐらいだ。ただ例外的に、魔法士としてのあるべき姿を逸脱した者においては、破門などの制裁を行うこともあるが」
うすぺらい古書をひざの上でひらいたままのルーは、片眼鏡で少々鬼畜ぶり感のあがった美貌をまじまじと見つめながら、納得した。
「そうなんだぁ……べつに弟子を信頼しすぎて、その悪行に気づいてないってわけじゃなかったんだね」
それは即座に否定された。
「いや、気づいてないだろう。懐は広いが、たいがい大雑把な老人だからな。小火を見過ごして大火になりやすい。まあ、それを鎮圧するだけの力があるから大事に至らないだけで」
古書に目を落とし、しばらく、ぱらぱらとめくっていた彼は再び視線をあげた。
「……何かされたのか?」
「えっ」
「さっき、弟子の悪行がどうのと言っただろう」
「え……ぇと、すごく素行の悪い連中を見かけたからさ! なんでこんなヒトたちが弟子に? って思ったんだよ。それだけ」
いまのとこ無傷だし、次になにかあったって反撃するつもりではあるし。こうしてクトリの呪詛のことを調べてくれている彼に訴えるのは筋ちがいだろう──と思い、ルーはごまかした。
そして、彼の矛盾に気づく。一番弟子である彼は、出会ったときからずっと、衣装も靴もすべて白で統一している。しかし、弟子百名のうち上位五名が線入りというのなら、一番は一本線の紺道衣であるはず。
「サディス、……なんで白い衣装なの?」
ずれかけた片眼鏡の位置をなおすと、古書の革表紙の黒ずんだ汚れが気になったのか布でぬぐいつつ、彼は答えた。
「俺はこの館の弟子としては在籍していない。十四のときに師弟の誓約を解除したからな」
「師弟のせーやくを解除……? それってどーゆうこと? 破門じゃないよね?」
「当たり前だ。つまり、魔法士として師の修行を受けるレベルを越えて、独立したということだ。一番弟子の肩書きもすでに返上している。ノアは頑として受けいれる気はないらしいが」
「じゃー、元弟子になるんじゃ?」
「そうだな」
「はじめからそう言えばいいのに、なんかいろいろ変だな~って思ってたことの合点がいったよ」
サディスがここに住んでないこととか、あと、グレイがおいらに対して、サディスを連れもどしやがって、みたいな言い方をしたこととか。
ひとりでも優秀な人間がもどれば、五位内に入るチャンスが減るのが腹立たしいってことか……? ちがう。独立したなら戻ってくるわけないよな。
……あいつもたいがい、わかんないやつだな。いったいなにに対して、あんなに苛立って攻撃的だったんだろ。
サディスはまた、ぱらぱらとページをめくる。
そうしながら先の返事をした。
「記憶をなくした人間に、〈おまえの曾祖父の元・弟子が助けにきた〉と言って信用できるのか?」
「そ、それは……ちょっと、微妙だから……ついてくのはちゅーちょするかナ?」
なるほど、こまかい気づかいありがとう。
「口を動かすのは勝手だが、進んでいるのか?」
ばたんと分厚い古書をとじてテーブルの左におくと、ルーのひざの上をちらと見た。
冷たい視線にルーはあわててページをくりだす。
「だ、だいじょうぶっ、ちゃんと進んでるよっ」
大急ぎで挿絵のあるページを探して見てゆく。
彼が知り合いの考古学者から借りてきた古書は、すべて古代語でかかれている。
現代語は読めることの判明したルーでも、これに関してはちんぷんかんぷんだ。
それで、クトリ遺跡に行ったさいの記憶を引きだすためにも、挿絵を見ているのだ。
もちろん、サディスは古代語ぐらい読めるらしい。
「古代の歴史書は後世での集大成が多い。やはり、クトリに関する記述も少ないな」
テーブル右側におかれていた山積みの未読古書は、小一時間ほどですべて左側へと移動した。それは、ルーがこれから目を通さなくてはならない分で……挿絵だけを見ればいいと言われたときは、らくな作業だと思っていたが……これほど量があるとは。
しかも、クトリに関するものが自分にはわからないので、先に読んだサディスが栞をはさんでくれている。
ルーは目をしょぼしょぼさせて室内の床をみまわした。
りっぱな革装丁の古書、虫くいの古書、巻物の古書、色あせた古書、石版の古書、木板の古書……床はそれらが山積みで足のふみ場もない。
そこへコンコンと扉をノックして、ワゴンを押した幼い少年が「失礼します」とはいってきた。曾祖父の身回りの世話や給仕を担当している子だ。ワゴンに乗ったたくさんの古書を、さらに床に投下してゆく。
サディスが歴史学者らに連絡をとったところ、クトリに関係のありそうな資料を次々と送りこんでくれているのだが……いまや、となりの寝室の床も、未読の古書で占拠されている状態だ。
しかし、クトリの資料部分というのはほんとに少ない。
たとえ厚さが二十センチあろうと、わずか数行だけとか。
サディスに訳してもらったのを聞いたら内容もすごくあいまいで、〈──かも知れない〉系の文章多すぎ。これはどう考えても、後世のヒトが憶測で解釈をつけ加えた感がある。
そして、どれもたいていは似たようなことが書いてある。
〈クトリは錬金術により栄えた王国である〉
〈クトリは錬金術により世界を支配しようとした〉
〈クトリは莫大な富とともに禁忌の海に没した〉
この三点。どうも、これは揺るぎない史実であるようだ。
でも、それ以上のこととなると、なかなか見つからない。
挿絵にしたって、描かれた年代からして後の世に描かれたイメージ画ばかりみたいで、妄想大爆走って感じ。
〈これがクトリの錬金術、世界を震撼させた生物兵器だ!〉ってタイトルで描かれているのは、こぎれいな石だたみの町並みに海から出た巨大タコが、人や牛をぐるぐるまきにしてるのとか、巨大イカバージョンとか。巨大ナメクジとか巨大グモとかの大群におおいつくされた町とか城とか、そんなのばっかし。
単に突然変異か異常発生しただけでは? こんなの兵器じゃないじゃんと、つっこみどころ満載だ。
次話の更新は8/6です。




