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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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14 バレバレ

 ハチの巣になるのを覚悟して、ぎゅっと目をつむった。

 だって自分は凡人だ。

 その凡人がいかにして、雨あられと降る魔法の矢を防げるというのか。

 転んで地にたたきつけられた後も──なぜか、それは襲ってこなかった。



「いつまで寝ている気だ」



 その声に、はっと顔をあげた。

 森の下生えを土煙がゆるやかに流れてゆく。目の前に、長い銀色の光の束が流れていた。風にゆらめくまっしろなマント。白皙のうるわしい横顔。


「──サディスっ!」


 うそっ、来てくれたんだ───!


 うれしさにすかさず地をけって駆けよったら、脳天に容赦なくこぶしをお見舞いされた。頭の骨がへこむかと思った。


「いったあああっ!? なにすんだよっ」


「誰が島を出ていいと言った?」


 冷ややかな声と視線で見おろされた。

「え……あぅ……その、…ガンドル号を見に……っ」

「キャラベの魔法士どもが追跡していると、言っておいたはずだ」

「そ、それは……わかってるよ、だから、ちょっと見てすぐ帰るつもりだったんだ……、そうだ、あいつらは……」

 空を見上げてみるがいない。いや、よくよく探せば難破船のマストに、だらりとひっかかった人影らしきものがいくつか見える。

「あれって、死んじゃってるのか……?」

「死んではいない、自力では動けないだろうが」


 やっぱり、サディスがやったのか。


 人の重みでマストの先端は右へ左へ、不安定に動いている。

 乗り手をうしなった魔獣はそれを助けるでもなく、うろうろと好きかってに飛んでいたかと思うと、そのままどこかへ行ってしまった。

 わりと薄情だなあ~なんて思っていると、近くでため息が聞こえた。

 サディスに向き直ると、そのきれいなしろい眉間にくっきりとたてじわが。

「……おまえは」

 そこでいったん言葉を区切った。ひゅ、と耳をかすめるような音。

 ルーの手首を戒めている鉄枷が粉みじんに吹きとんだ。


「わっ!?」


 まなじりをつりあげた彼に「いったいどこまで馬鹿なんだ」と、低い声音でつき刺すように言われた。たしかに軽率だったとは思う。敵については悪質で執念深いと、事前に知っていたにもかかわらず、思いつきだけで行動してしまったのだから。

 そう反省をのべる前に、彼は言葉の矢を容赦なく打ちこんできた。


「自分を殺そうとした敵の心配をしている場合か? どこまでおめでたいんだ、おまえには学習能力がないのか? なんのためにあの島に置いていったと思っている!」


 ルーはムッとした。

 自分だってここに遊びに来たわけではない。


「でもさ、あの館にいたって、おいらなにも役に立たないんだよ! クトリの呪詛にしたって自分のことなのにっ、記憶をとりもどすことが、おいらに出来るゆいいつのことだろ!」


「おまえがノアに匿われているのがキャラベに知れたら、まちがいなくスターブレス島は襲撃される」

「……え、でも、ひいじーちゃんの結界があるからヘーキだって……」


「いかに強力な結界でも、ノアの術のクセを知りつくしたバルフレイナが向こうにはいる。彼女のつくる魔法武器でも持ち出されたら、やぶられる可能性は決してゼロとは言い切れない」


 バルフレイナ……魔法武器を専門につくるという錬金術師。

 その昔、曾祖父が振ったとかいう女性のことだ。

「……そういや、フラレた腹いせになんかいろいろ強奪されたんだっけ……。てことは、当時の島の結界をそのヒトはやぶったってこと……?」

「両者ともに老いたりとはいえ、いまだ現役でその道の第一線にいるからな、どちらの術が現時点で上回っているかは予測がつかない」


 ……なんてヒト敵にまわすんだよ、ひいじーちゃん。

 でも、いままさに、匿ってくれている曾祖父らを危険にまきこもうとしていたのは、自分の身勝手な行動なわけで……


「えと……忠告ムシしてごめん……来てくれて助かったよ。でも、どうして、おいらがここにいるってわかったんだ?」


「一度、資料を置きに館にもどったらおまえはいなかったからな。衣装からはマントが消えていたし。クラゲ男もいない。おまえが外出するとすれば、まず関連のあるガンドル号の座礁したヨドヒル岬しかない」


「そ、…そうなんだ……」


 バレバレだったってわけか。


 ふと、彼の視線が自分の顔でなく、首あたりにそそがれているのに気づいた。

「なに?」

 怪訝に思って聞くと、彼はすこし眉根をよせて問う。

「首……どうした?」

「首?」

 なんのことかわからず、きょとんと聞き返すルーに、サディスは腕をのばしてその肩をひき寄せた。おどろく間もなく、みじかい黒髪のすそを長い指先が触れる。

 うなじに冷たい風がふきぬけた。

「赤くなっている。痛みはないのか?」

 首のうしろから回りこむようにはれている。虫に刺されたという感じでもないようだと彼がいぶかしんでいると、思いだしたようにルーは答えた。

「……ああ、たぶんそれ、キャラベの拷問吏に掴まれたからかな? そんなにひどい? ちょっとひりひりするぐらいだけど」

 自分では見えないのでそう尋ねたのだが、彼は不機嫌そうにつぶやいた。

「……あの深海の魔法士か」

 暗くよどんだオーラをまき散らしていた男を思いだす。

 前に対峙したとき、鬱屈のはけ口を求めるようなゆがんだ思惟や凶悪さを感じた。


 稲妻を撃ちこんで瓦礫に埋めてやったはずだが……そうとう悪運が強いらしい。


「そういえば、あの連中のなかに見なかったな、どこにいる?」

「手枷で顔をぶん殴ったから。たぶんまだ、あっちのほうで転がってると思うけど」

 ルーが逃げてきた方角を指さすと、サディスは目を細めそちらを見た。

「……魔力の気配は感じない。逃げたな」


 あのヘンタイ拷問吏……

 あれで納得してくれて、のちのち二度と追っかけて来なければいいんだけどね。


 そう願いつつも、自分の右上腕にまかれた帯をみてゆううつになる。

 〈クトリの殺人鬼〉たる印がここにある以上、それは淡い期待なのかもしれないと。

「あ、……そうだ。この封印帯って簡易ってゆーから手で外せるのかと思ったけど、とれなかったよ?」

 すると、サディスは半眼であきれたようにこちらを見た。

「誰がそんなすちゃらかな封印するか」

「でも、簡易だから絶対はずすなって言ったよね、どゆこと?」

「術が相殺されるようなことをするな、という意味だ」

「あのー…それって具体的にはどのように?」

 そこで彼も気づいた。

 術者にすれば当然のことすぎて、説明が足りなかったことに。

「古いカや強い力場に近づかないことだ。館の中でおとなしくしていれば、その心配はまったくない」

「館の中で、おとなしく……?」

「そうだ」

「……ちょー退屈なんだけど。やることないし……」

 思わず、ぽそっと小声で不満をもらすと、彼は片眉をあげて言った。

「心配しなくても、おまえがやるべきことはある」

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