13 拷問吏の執着
「探したぞ、黒髪女」
目の前に、いた。
しかも、左手首をつかまれて引っぱられたと思ったら。
がしゃん!
「───ええっ!!」
両手首に鉄板状の枷をつけられた。
深海色の鎧につつまれた男は、その手枷からのびた鎖の先にある腕輪を、自分の右手首にもカチリと施錠した。
「な、な、なっ、なにすんだよ!」
「三度も逃す気はないからな」
青藁のような前髪のあいだから、刃のようにぎらついた薄氷の目。
青白くこけた頬にほそい顎。陰気の一言につきる。
「……三度?」
二度目のまちがいではないのか?
そんな疑問が顔にでたのか、キャラベの拷問吏ガジュは、にやりと口角をつりあげた。
「一度目は国の決まりでとりあげられた、二度目は銀髪の男にかすめとられた……まさかアレが、噂に聞く〈銀彗〉の名を冠する魔法士とは思いもよらなかったがな」
ルーは「はあ?」と思わず半眼でやつをみた。
「そのいい方ヘンだろ? とりあげられただの、かすめとられただのって。おいら、だれのモノでもないんだし」
すると、無骨な左手が後にまわりこみ、ルーのうしろ髪を容赦なくひっぱった。
のけぞりかけた彼女を鼻先すれすれでのぞきこんでくる。
「このオレがキャラベの海岸で最初に見つけたんだ。どうサバこうがオレの勝手だ」
───ははあ、禁忌の海域から大陸に漂着したときに、こいつと会ったのか。
「そんなことが理屈でまかりとおると思うなんて、あんたおかしいって。第一そんなのぜんぜん覚えてないし」
「そうだろうとも、キサマは意識がなかったからな」
「……え、それってつまり……おいら寝てたってこと!?」
目をまんまるにしてやつを見た。
なんだよ、やっぱ、おいら人殺しじゃないじゃん!
おいらが何人も殺したとかっていう、人でなしコンビの言葉を真に受けてたわけじゃないけど……
「なんだ、何をにやけている? せっかくの獲物を廃棄塔に投げこまれ、このオレがどれほど口惜しかったか……キサマにわかるか!?」
「いや、ゼンゼン」
うっかり素直に答えると、グッと強くうなじをつかまれた。
一瞬、息がつまり意識がしろくなった。
「本国にもどればそれは素晴らしい責め具があるのだが……悠長にしてると、またジャマが入るやもしれんな。なに、ナイフ一本あれば拷問はできる。鼻を削ぎ耳を削ぎ……」
ガジュの声が遠く聞こえる。
………………ぅあ、ヤバイよー。
こいつの目的は、ただひたすら拷問したいだけってか……稲妻で吹っ飛ばされて瓦礫の下敷きになったはずなのに、なんでこんなに早く復活すんだよ!
口を小さくぱくぱくさせてるルーに気づいて、ガジュは手をはなした。
苦しげに息を整えなおすルーを冷ややかな目で見おろし、楽しげに嘲笑する。
「キサマの命はオレが握っているんだ」
なぜ、そんなに楽しそうなのか聞いてもいい?
せきこみつつ涙目でルーは視線を移動しかけて、ふと、鉄板の枷で拘束された自分の両手首をみた。そして、鎖につながれた先のガジュの右手首の腕輪。
あれも金属か。はずすには鍵がいる。
いくらなんでも自分もつないでるんだから、鍵ぐらいもっているだろう。
どうすればいい? 鍵を手にいれるには……隙がいる。
それで、ルーは考えた。
「……あんた、魔法士なんだろ? あの空で待機してる連中もあんたの仲間だよな? 〈クトリの殺人鬼〉は処分する決まりだって聞いたし。……拷問するとか言ってんの、あんたひとりなんじゃないか? キャラベじゃ先頭にいたし。一軍の大将的な立場なんだろ? こーゆーのってマズくないのか?」
ガジュは「む」と一瞬おし黙った。あたりらしい。
「だったらどうした? あいつらに助けを求めるか? 即座に殺されるぞ」
「おいらが聞きたいのはそこなんだよな、任務放棄してまで、なんでこんなことしたがるわけ? 拷問がシュミなのか?」
そんなことを聞かれたのは、はじめてだったのだろう。
ガジュはしげしげとルーを見る。
「そうだ。それもあるが」
その眼の中に、にくにくしげな感情が炎のように噴きあがった。
「黒髪の女は生かしておくとろくなことがない」
「はあ?」
「黒髪の女は生かしておくとろくなことがない」
おどろおどろしい声でもう一度、そう言った。
「世界中に黒髪の女がどれだけいると思ってんだよ!」
曽祖父の弟子の中にもちらほら見かけたし、特別ルーだけの色彩ではない。
ガジュは押し殺したような声で、低く呪うようにうめいた。
「できることなら、世界中の黒髪女の生皮を剥ぎ杭をうち酸で焼き血の海のなかでのたうち回らせてやりたいぐらいだ」
「つ……っ、罪もないのに!?」
「生きてるだけで罪だ、そんなこともわからないのか!」
病んでる、めちゃくちゃ心が病んでるよ、このヒト───っっ!
グレイもカトリーンも自分のわがままに忠実すぎて、おかしいしある意味コワイと思ったけど、こいつほど狂ってはなかったよ。たぶん。
そんなそら恐ろしい狂信妄想的な話の途中から、ガジュがこちらに顔を向けながらも、自分を見てないことに気づいた。
「……黒髪女にそうとうの根深い恨みがあるってことか?」
びくと、ガジュの肩がゆれた。
思い出したようにルーに視線を合わせてくる。
「そうだ」
「それを拷問でうさ晴らししようとしてる?」
「……」
髪のすきまから見える口のはしがゆがむ。肯定ともとれる無言。
メーワクな話だなぁ……
「あのさぁ、報復なら当人にしなよ」
ガジュは眉根をよせ、うなった。
「知らないだと……よくも……オレを……オレたち兄弟を」
ああっ、なんか妄想が爆走中のもよう。
前髪のすきまの目が異様にひかっててコワイ。
こっち見てないのに、おいらの首絞めようとか手のばしてくるし。
なんかその手がぶるぶる震えてるけど……?
それほど遅い動作だったわけじゃない。
でも、こっちは常に身構えてたので、そのわずかな隙を見逃すはずもない。
重たい鉄の手枷を、渾身の力でいっきに振りあげた。
みごとガジュのほそい顎にヒット。痛そうな音があたりにひびいた。
おまけにやつは転倒時におおきな石に後頭部をぶつけた。
まあ冑つけてるから平気だろうけど……
「キ…サ、……」
ム、さすが軍人。倒れても起きあがる。
しかたないので、間髪おかず手枷で顔面なぐって寝てもらおうとしたが、がっしと腕をつかまれた。だが、さっきの一撃が効いたのか、顔をしかめろくに声も出せないようだ。
ただ、底冷えのする薄氷の双眸をたぎらせて睨みつけてくる。
ルーもちょっと、いいかげんキレた。
息を吸いこむと、やつに顔をつきつけるようにして、声を大にして叫んだ。
「あのなっ、おいらの顔よく見なよ! そのヒトにそんっなに似てるか? 目の色は? 背丈は? しゃべり方は? おいらはルー・クランだ! 名はどうなんだ!?」
「……」
どのぐらい、にらめっこしてたかわからない。
……だめか、心の病んでる相手には常識なんて通じないか……
ん? いや、でも……おいらを敵視すんのは、おいらのことを恨めしい敵と思ってるわけで。じゃあ、敵意のないことをアピールすればいいんじゃないか?
「なぐったのは悪かったよ。でも、おいらだって命は惜しいし、だれだって害されるって思ったら反撃ぐらいするんだから。これでチャラにしようよ。誓って、おいらはその黒髪女がやったようなことは、あんたに一切しないよ!」
いやまあ、それがどんなことか知らないけど。
でも、きっと、やつはよほどの仕打ちをその女から受けたと仮定して。
ガジュが、なんともいえない複雑な表情をしていた。
怒りなのか戸惑いなのか、あざけりなのか困惑なのか。
手をはなした。引力にひかれるように下へ落ちた感じだった。
ややうつむいて、真青な藁のような前髪が垂れておおいその顔はすぐ見えなくなった。
……納得、した……かな?
念のために身構えたままでようすをみた。いつまで経っても動かない。
それで、目の前で手枷のついたままの手のひらを振ってみる。反応がない。
あれ? なんかこのヒト……気絶しちゃってる……?
試しに、ていっとその頑丈そうな鎧の腹部にケリをいれると、ゆらりと体がかしぎ、うしろの草むらに吸いこまれるように倒れた。
さっき頭も打ってたし、気力で起きたけどダメージひどかったのかな。
なんか顎がすっごいハレて赤紫になっちゃってるし……もしかして骨砕けた?
……ま、いっか。
人間悪いことをしてるときには、手痛いしっぺ返しが必要なんだ。
手枷の鍵をさがしてその鎧をさわっていると、騒がしい気配が近づいてくる。
こいつの仲間かっ、さっき大声出したからバレちゃったんだ!
鍵っ、はやく鍵! どこにあるんだよ──っ!
拷問したがりのガジュとちがって、連中は見つけしだい命を狙ってくるだろう。
ガサガサッと背後のしげみがゆれた。
あわてて倒れこんでるガジュの側に、身を伏せた。
濃くしげる草木の陰にいたおかげで、やってきた二人の敵は気づいてない。
「おい、そっちいたか?」
「いーや、いねえな」
「ガジュ隊長にも困ったものだな、すぐ任務を忘れる」
「まったくだ、また勝手に獲物を拉致して……悦にひたりながらこっそりバラしてんじゃねえだろな」
「あえて生かしたままナマス切りか」
「そうそう、エグイよな~。オレ、拷問室にいり浸りの隊長呼びに行ったときに、うっかり見ちまったよ」
「あれなら、まださっくり殺されたほうがマシってもんだろ」
どっちも遠慮するよッ!
さらに三人の敵が合流してきた。
「まだ見つからないのか? マズイぞ、あのガキはかならず始末してこいと王命が出ているのに」
「まあ、国外に〈クトリの殺人鬼〉が逃げたんだからヤバイわな、いろいろと」
「オレらもとばっちり食うぞ、減給か降格か」
「どうせ、そのへんに隠れているんだろう」
「そろそろ、自覚のたりない我らが隊長にもお目覚めいただくとするか」
彼らは踵を返して、森のそとへと向かった。
やれやれとルーは再び鍵を探しかけたが、ふとその手をとめ、空をふりあおいだ。
魔獣をあやつり、空へとかけのぼる敵の姿がみえる。
彼らはそのまま森の上空にとどまっていた。
五人の手からはなたれた光が一点に集束している。
その光はびりびりと大気を振動させ、ただならぬ気配に、森のなかにいた鳥たちがいっせいに逃げるように飛び立った。
魔法の攻撃で、おいらを燻しだすつもりなのか?
それとも、片付ける気なのか!
どっちにしろ猶予はない。
ルーはガジュの腰に下げてある剣をひき抜き、それで自分とをつなぐ長い鎖に振りおろした。数回、おなじ場所を狙って叩きつける。なんとか斬れた。
やった!
大急ぎで走りだす。
両手を前に拘束されたままなので、走りづらいことこのうえない。
張り出した木の根につまづいた。体がおおきく宙にほうりだされる。
頭上がカッと、まっしろにかがやき、周囲に光の矢がびゅんびゅん降ってきた。
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