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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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◆幕間③-2 恋の試練は始まったばかり

 のちにバドウェンが虫の息で発見されたと、情報収集にあたらせていた部下からガジュは知った。右腕を肩口から切断され、全身の骨を折られ───左腕と両足にいたっては粉砕されていたのだと。

 〈クトリの殺人鬼〉を追う魔法士団の部隊隊長のひとりであるガジュにも、殺意むきだしで追ってくるものと予測していたが、それはなかった。正直、彼は安堵した。

 翌日、黒髪の少女は生きていて高級旅館で静養していたとも知る。

 容態がかなり悪いのか目覚めないらしい。


 バドウェン襲撃は、銀彗の腹いせだったということか。

 いや、あのとき、戦闘のさいに放出する魔力をかぎとってきたのだろうから、背後をとられたのが自分だったなら、瀕死になったのは自分だったはず。逃げて正解だった。

 べつにアレと戦いたいわけではない。

 実力差が雲泥ほどあることは、とっくに気づいているのだ。

 そうだ、オレはただ黒髪女に………………


 そこまで考えて、どうしたいのだろうかと自身に疑問がわいた。


 何故、いまさら迷うのか。


 主君であるドナルド殿下のためというよりは、彼を支持する兄のために、第二王子よりも先に〈クトリの殺人鬼〉たる黒髪女の首をキャラベ王にさしだして、殿下の失態を挽回しようと考えていた。兄もこれには賛成だった。

 気がかりなのは、その兄と連絡がつかないことだ。

 第二王子メイリィ側にこちらの行動が筒ぬけにならないよう、すくない魔力で発動するバルフレイナの通信機を使っていたのだが、まったく応答がない。

 兄が出ずとも、いつもなら殿下がかってに兄の部屋にはいりこんで通信機をとるのに。それすらない。そこで古参の魔法士が隊長をしている第十七、第十八、第二十部隊のほうへと連絡をとるが、こちらも音沙汰なし。


 まさか、あの三部隊もメイリィ側に寝返ったのか?


 もうここで嫌な予感はしていた。

 そこで部下をひとり、キャラベの王城へと向かわせた。転移で行ったのですぐに何があったかわかるものと思っていたが、それきりもどってこない。

 ガジュは自分が行ってくるべきかと思ったが、なにかいろいろ胸の内がもやもやしてて行くに行けない。


 兄上のことが心配だ。

 だが、それがまったくの杞憂なら、黒髪女の首をとらずにのこのこ城にもどっては、敬愛する兄上に呆れられ愛想をつかされてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 それに、まだ気がかりなこともある。






 9月25日 午後三時。


 西の森林地帯を越えたところに、その高級旅館はあった。

 金持ちの上流市民や貴族専用で、たった三十名の会員制であり、その会員の紹介がなくては門をくぐることすらできないという。警備も魔法士組合から派遣された熟練の連中がついているので、正面きって乗りこむのは難しい。

 突破できないこともないが、さわぎたてるのは本意ではない。部下からこの旅館に関する報告も、〈集音の術〉で旅館にいる者の声をひろい、黒髪の少女が臥せっているのを知ったのだ。

 すぐに警備の魔法士に気づかれ、〈集音の術〉を阻まれたので、そのあとどうなったのかわからない。


 まだ、目覚めてないのか?


 うろうろと旅館のまわりをうろつく。警備の魔法士が気づく前にべつの場所に移動はしているので、いまのところバレてはいない。


 せめて、生きていることがわかれば、こんなことしなくてすむものを! 

 いや、眠っているだけなのだから生きてはいるだろう。

 もし、死んでいたら今度こそ、そのきっかけを作ったオレをヤツが放置しておくわけがない。……いまいましい、起きているなら窓から顔を出せ!


 と、ガジュは彼女のいるはずの四階をにらむ。


「まあ、イヤだ! あの時の誘拐魔じゃないッ!」


 甲高い声が背後から聞こえた。

 ふりむけばすぐそこに、どピンクのコートとドレスに身をつつみ、黒緑の髪を後頭部のたかい位置で一本のみつあみにして肩にたらした、十代半ばほどの少女がいる。


「だれかき──むぐむぐぐっ」


 警備の魔法士を呼ばれる前に、手甲のついた手でその口をふさいだ。

「ん? キサマはたしか……」

 思いだした。黒髪の少女を攫ったときに近くにいた少女だ。

 騒ぐのでついでに廃城の塔に連れていった。


 そういや、コレも黒髪の女だったか。

 これまで黒髪女なら、どこのだれにでも執着憎悪していたというのに──なぜか眼中になかった。今も路傍の石くれほどに気にならない。声を上げなければ、だが。


「おまけのロバの尻尾か」

「むぐぐぐぐ──ッ!?」


 なにやら怒っているらしい。

 黒髪女と呼ぶとアレとかぶるので、とっさに髪型で差別化したが、気にいらないようだ。

 まあ、それはどうでもいい。


「叫ばないと誓え、でなければ首の骨をへし折る」

 すると、黒いおおきな目を見ひらき、こくっと頷いた。

「キサマといっしょにいた黒髪女は目を覚ましたか? 正直に答えろ」

 口から手を放してやるが、しゃべってはいけないとでも思ったのか、また、こくっと頷いた。

「ケガをしているのか? どこをだ?」

 再び、こくっ。自分の頭のうしろを指さす。

「頭か。ていどは? 具合は? いまどうしている?」

 ロバの尻尾はおおきな目でまばたきを二回してから考えるように、小首をかしげた。


 なんだ? わからないということか?


 こちらも沈黙して待っていると、「あなたは……」と言いかけてから口を閉ざした。

「なんだ? 言ってみろ」

「……ルー・クランが心配なの?」

 思いがけない言葉に、「は?」と、自分の口からマヌケな声がもれた。

「だって、そんなふうに聞こえるわ。それに」

 ロバの尻尾は、こちらを検分するようにながめた。

「それに? なんだ?」

「あのコから聞いていたのとなんだかちがう。ほんとにあなた、黒髪女いたぶり趣味の拷問吏なの?」

「……」


 知ってて何故、わざわざ確認されるのか? 

 決まっている。そうは見えないからだ。そう見えない。何故? 

 母国では女はみな、自分の姿が視界にはいると、それがたとえ百メートル離れていようと危険を察した鼠のようにおびえて逃げていたものを。

 ……今のオレと何がちがう?


 目の前のロバの尻尾をにらんだが、ややひるんで一歩あとずさりしただけで、それでもこちらを見据え、なにやらもの言いたげだ。


 そんなことよりアレの容態がどうなのか、まだ聞いてない。


「オイ、黒髪女は」


「……まるで恋してるみたい」


「……は?」


「あなた、あのコのことが片時も頭から離れないのでしょう?」


「──獲物だからな」


 しかし、そこですでに矛盾が生じたことに気づく。


 一度は銀彗の目を盗んで捕まえたはずなのに、キャラベ王にさしだす首として狩らず、かといって仕事を忘れてアレをいたぶることもしなかった。

 ……思いつかなかったというのが正しい。

 捕まえた喜びのほうが大きくて、そもそも……


「獲物ならあのとき、あの塔で危害をくわえたはずよね? 第一、あなた、目の前に黒髪の女がもうひとりいるのに、ぜんぜん興味なさそうだし、危害をくわえるつもりもないじゃない。いえ、脅しはしたけど……それもあのコを心配して情報を欲しがってるだけのようだし」


 殺す気などなかった……?


 急に脱力した。

 ふらりとロバの尻尾から離れ、近くの塀に片手をつく。


 なんだ、これは一体どうしたことだ……!? 

 何故、生きがいの拷問すら忘れている!? 

 おかしい、絶対、おかしい!


「そうか、このあたりで我を忘れる奇病が流行ってるにちがいない!」


「そんなの流行ってないから」


 ロバの尻尾はあきれた顔で、右手をぱたぱたと左右にふった。

 そして、一転、まじめな表情をつくり、ひとさし指をこちらにつきつけ、声を大にして宣言した。


「だから──それは恋なのよ!」


「変だ」


「変じゃなくて、恋!」


「何故そう言いきれるのだ?」


 不快にして不可解な、自分の人生にまったく関係があるとは思えないその単語に、うなるように問い返すと、ロバの尻尾は自信満々にまくしたてた。


「今のあなたが、〈恋〉を追いかけていたときのわたくしを見ているようだからよ。いいこと? 恋は試練なの! 自分を成長させるためのね! たとえどんな結末が待っていても、目を背けたりしちゃだめなの! あ。ホリックお姉様が呼んでる。もう行かなくちゃ。そうそう、ルー・クランなら三時間前に元気に旅立ったわよ? じゃあね、健闘を祈るわ!」


 ピンクの裾をひるがえし、ハイヒィルとは思えない早さで駆けてゆく。

「………………………………恋だと? ハッ、笑わせるな!」

 人けのない道端で毒づく。

 だが、それで彼の胸の苛立ちともやが晴れることはなかった。






「隣国に散り、待機中の第十六部隊すべてを呼びもどせ! 次の作戦でクトリの殺人鬼をかならず仕留める」


 バドウェンの代わりに、だれがメイリィ部隊の陣頭指揮をするかはわからないが、黒髪女を第二王子にくれてやるわけにはいかない。

 それだけは、兄上のためにもやらなくてはならない。


 自分をのぞき四十九名いた第十六部隊は、ヨドヒル岬で重傷の五名にはひまをだし、プルートス大山脈で二名が失踪、一名が王城のようすを見に行ったままもどらず。

 副隊長に関しては「この賭けは分が悪い」だの、「あなたに対する信頼がゆらいでる」だの、「あなたの意思でやってることではないから失敗する」だの、一部よくわからないことをヒステリックにわめき、その直後に姿を消した。おそらくみずから戦線離脱。

 のこり四十名のうち三名が目の前にいる。

 町の安宿にいた部下らに先の内容を告げると、彼らはなぜか気遣わしげなまなざしを向けてきた。

「なんだ、どうした?」

「いえ、その……隊長は……いいんですかい?」

「何が?」

「……あの娘を仕留めるって」

「何故そんなことを聞く」

 「だって」「なぁ」と三名が顔を見合わせた。


 なんだ、キサマら。何を目だけで会話してやがる。


「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」


 ドスを利かせてにらんだ。

 すると、彼らはぽつぽつと意見しはじめる。

「隊長が黒髪女をいたぶらないなんて初めてのことだし」

「しかも、名を呼び捨てさせるなんて前代未聞で」

「これはもう、あの娘っコにホ──」

「だまれ、キサマ」

 言い切る前にそいつの首をしめあげた。

「……す、スススススンマセンッッ」

 あのロバ尻尾に出会って以来、さんざん頭を悩ました、あの、いまいましくも不可解な二文字が頭のすみをよぎる。


 部下にまで見透かされているのか? 

 自分はそれほど腑抜けてみえるのか。くそっ! 

 オレは認めん! 断じてこの胸のもやは××などではないッ!



 キャラベ国第一王子直属、魔法士団第十六部隊隊長ガジュ・ロビン。十九歳。

 彼が否定する〈恋の試練〉は始まったばかり。

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