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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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◆幕間③-1 恋の試練は始まったばかり

拷問吏がルーに傾き始めてる話。

そして、護衛対象に怪我を負わされたあの人が報復に来ます。

「──さらばだ」


 バドウェンが攻撃を仕掛けてきた。

 ガジュはとっさに、扉の向こうにある牢に黒髪の少女がいるのを思いだした。

 バドウェンの部下は八名、ガジュの倍連れていた。

 彼らは示しあわせたように、ガジュの部下にも攻撃した。

 閃光と爆発で、あっという間に牢の壁が吹き飛んだ。

 ガジュはこのとき、黒髪の少女に結界をかけた。

 せまい塔の地下、敵はガジュの首をとるつもりで戦いを挑んできた。

 バドウェンのもつ幅広の曲刀と、ガジュの長柄戦斧の打ちあいが三分もつづいたあと───強大な魔力の接近を感じた。一直線にこの塔をめざしてくる。

 魔力を曲刀にためたバドウェンの一撃が、襲いかかった。

 曲刀から魔力の刃が飛び、間合いをとっていたガジュに向かってくる。

 それを弾き真上に軌道をそらせたとき──

 バドウェンとその部下らは姿を消していた。撤退。

 今やりあうべきでない相手が、猛然と迫っていたからだ。

 頭上から、無数の石塊がバラバラとふりそそいでくる。

 先ほどの一撃が塔の土台を破壊したらしい。


 バドウェンめ、生き埋めでも狙ったか。


 ガジュは部下に引きあげ命令をだし転移させた。

 そして、ひとり残って牢の中へ急ぎ踏みこんだ。

 結界をはるのが遅かったのか、黒髪の少女は倒れていた。

 銀髪の鬘をかぶったほうに結界をかけたつもりだったが、もうひとりの手首を握っていたからだろう、ふたりを包むように結界はかかっていた。どちらも意識がない。


 ──連れて行くか、それともここで始末するか。


 逡巡している間に、あの銀彗の気配がぐっと近づいてきた。もう、塔のまん前にいる。

 地下百メートルはあるこの場所で、その怒りと殺気にガジュの肌があわだつ。

 力の差を歴然と感じていた。そんな感覚は、かつて彼をひろってくれ、彼に今の地位をゆずり去っていった男以来だ。

 やむなく、そこからひとりで転移し脱出した。


 結界があれば、黒髪女が生き埋めになることはない……

 その結界も銀彗が壊して連れ去るだろう。


 胸に言いようのない、焦燥がのこった。






 そもそも何故、捕まえてすぐ始末しなかったのか。

 あとあと思えば、不思議なことだ。

 兄上から第二王子メイリィに、〈クトリの殺人鬼〉の排除命令が下ったのを聞いたとき、これはもう、第一王子ドナルドの王位継承権が危ぶまれているのは、だれの目にもあきらかだった。

 水面下でのバドウェンの裏切り。第二王子に寝返ったことを隠しつつ、第一王子の配下、第十九部隊隊長をつとめながら、こちらの手勢を削ぐ腹づもりだったらしい。


 あの黒髪女が裏切りを知らせなければ、不意打ちをくらった上に部下どもを全滅させられていたかも知れない。

 それでも、たかが山賊出のヤツごときにおくれをとるとは思わないが───。


 正直、今の今までバドウェンの裏切りは予想していなかった。

 野心があることは知っていた。だが、メイリィにつくとは思わなかったのだ。

 メイリィは出自といい、公に姿をみせないことといい、王族の毒殺未遂事件に関与しているのは明白なのに、証拠がないから裁かれないでいる。十二分に怪しい。

 そんな輩に博打よろしく手を貸すとは、それだけの勝算を見こんでいるということなのか……第一王子の完全な失脚を。

 そして、第二王子のこれからの栄華を。






 9月24日 午後五時。


 イーストローズ国西端の廃城から距離をとり、〈黒髪女〉のことはひとまず棚あげにし、ガジュは裏切り者を粛清することにした。

 四名の部下の内、ひとりは宿にのこした。兄へこのたびのことを報告させ、近隣の国にちらばっている部下たちに連絡をとらせるためだ。

 ほかの三名を連れて、バドウェンの捜索を開始した。

 敵もまた、魔道具で魔力の気配を断っている。

 それはキャラベ王の腹心ググヌからもたされたものだ。

 魔力を完璧に消せるかわりに、それを身につけているときには魔力を使うことはできない。隠れるのには最適だが、これをつけているときに不意打ちされてはたまったものではない。

 ガジュは、鎧の左胸にほそい革ベルトで、ぴったりと装着させた赤銅色のちいさなメダルを見おろす。緊急時にはベルトを引きちぎればいいだけのことではあるが、そのわずかな一瞬が命取りになることもある。バドウェンの裏切りの時のように。

 あの時はもしやと、事前に外しておいたおかげで助かった。

 何にしても、魔力の気配がない相手を探すには、地道に足取り調査するしかない。

 面倒なことだ。

 確実にわかっているのは、塔から脱出のとき、バドウェンが転移した方角が東だったということぐらいだ。

 しかし、バドウェンは目立つほどに大柄な男だ。身長は二百をゆうに越える。

 キャラベ軍の黒い鎧と、あの山賊風のいかつい悪党ヅラは、通りがかりにも強い印象をあたえる。あんなものが通りを歩けば、かならず噂になるはずだというのに。

 四日も探しているのに、それらしい情報も拾えない。

「東……」

 ふとバドウェンの台詞を思いだした。


「東の歓楽街の女どもはすこぶる美女揃いときた! こう出るところは出てな、腰のくびれがたまらんほど」


 まあ、まさかあの馬鹿、罠をはっていたという、東の歓楽街にいるわけじゃないだろうな。もっとずっと東に移動したと思い、あえて通りすぎて探していたのだが……。

 一度引き返してみるか。東の海岸まで四日もかけて捜索しつつ魔獣を駆けてきたが、それでもどるのもまた面倒だし時間がかかりすぎる。

 さすがにもう、あの殺気に満ちたヤツは、黒髪女を連れてこの国を出ているだろう。

 ……別に、びびっているわけではない。


 だがあのとき、塔に向かいくる怒りと殺意の波動はすさまじいものだった。

 あの時点で銀彗に遭っていたなら、なにが起きたか。

 前頭領を討ったという元山賊ですら、狩るべき絶好の機会を放棄し、とっとと逃げだした。キャラベの拷問吏と恐れられた自分ですら、全身の毛が逆立った。

 まるで狩る側と狩られる側が、瞬時に逆転してしまったようだ。


 ──いや、キャラベからの逃亡手引きでわかっていたはずだ。

 ヤツは大魔法士クラスに迫る実力をもつ。

 ヤツが本気を出せばキャラベの魔法士軍をつぶすぐらい容易にちがいない。

 それを今までしてこなかったのは───


 らしくもなく逡巡したが、頭をふって雑念をはらい、部下はのこして単身、転移で東の歓楽街までもどることにした。

 無論、魔力の気配を断ち使えなくする赤銅色のちいさなメダルは、はずしておいた。






 バドウェンはいた。美女を五人もはべらせてご満悦だ。

 歓楽街の一等地にある金泥の屋根もはなやかな楼閣の高級料亭。

 そこの最上階で豪華な食事に舌鼓をうちつつ、酒をかっくらっていた。

 紫紺にそまりはじめた上空から、ガジュは魔法弾を連続で十発ほどぶちこみ、屋根を破壊した。






 瓦礫の中、女たちの死体しかみあたらない。奇襲は読まれていた。

 むしろ、バドウェンは待っていたのだと抜かした。


「ガジュ隊長殿。おぬしがなかなか来ぬので、ちょいと暇潰しに遊んでおったまでよ。しかし、もったいないことをした。気に入りの女たちを巻きこんでしもうてなぁ」


 緊張感のない声で、肩を露骨にだした衣装でよこたわる女を一瞥した。

 もう息はしていない。

 くずれた瓦礫があたり、首の骨が折れたのか頭は奇妙な方向をむいている。

 そして、口で言うほどには、バドウェンの顔に憐憫の情はない。


「さて、某は一年前、第一王子殿下の下についたとき、魔法士団五部隊の中でも精鋭の第十六部隊隊長を志願したが──その場で殿下に却下されてな。魔力値がおぬしとは互角にもならぬ、それだけの理由で。試合すら認めてもらえなんだ。魔力、それはたしかに目安としてはわかりやすい判断材料かもしれぬが、某にはおぬしに負けぬ技量があると信じておる」


 そんなことを確かめるために、わざわざここで待っていたのか。


「──山賊の成りあがりが大した自信だな」


「おぬしより場数は踏んでおると思うが?」


「何を根拠に言っておるのか知らんが、キサマの相手なぞ、せいぜいノミのごとき心臓の町の警邏隊だろうが。こっちは日夜、禁忌の海域からながれつく化物どもの相手をしているんだ」


 〈クトリの殺人鬼〉以外にも怪しい生き物が、主に北の海岸にやってくる。

 それらも第二王子の討伐任務となるはずだったのだが、市井から王宮にきたばかりの彼の王子の負担も考えて、現在は、キャラベ王直下の古参魔法士団がその任をおこなっている───と、ガジュは聞いていた。


「それはそれは、愉しそうな相手ではないか!」


「ふざけてるのかキサマ」


 〈クトリの殺人鬼〉は人間の形をしているから、まだ正視に耐えられる。

 たいていはどこか人間ぽいが皮膚はクラゲのようにどろぶよして半透明だったり、体の半分が魚だったり、ミイラみたいに干物状なのに生きてたり……とにかく、深海の底で人や生物になりそこねたモノとしか表現のしようがないモノだ。

 性質はどれもいたって凶暴。禁忌の海域の奥には未開大陸がある。

 交易路すらない未知の大陸だ。

 そこで生まれたものだと論じる学者たちもいるが、さだかでない。


「では参ろうか」


 ものの数分で楼閣は崩壊した。すぐに空中戦となった。

 術で風をあやつりながら宙を跳ぶ。バドウェンも風の属性もちなので、あの巨体でもみごとなスピードでついてくる。

 口先ではない証拠に、彼は次々と魔力を練り高度な攻撃をくりだし、かと思えば、強固な防御壁を築き、なかなか隙をみせない。

 さすがにガジュは、ここ二、三年、防御術の鍛錬をおこたっていたことを後悔した。

 攻めの術ばかり磨いていたからだ。

 慢心していたのかもしれない。こちらの攻撃が絶妙なタイミングではばまれる。

 攻撃力だけならまだ自分が上、魔力も上。

 そのはずなのに完全に相手のペースにはまっている。

 あせるほどに相手の弱点がつかめない。

 押され始めた。


 ヤツはそれほどに自信があったということか。

 ヤツの部下は一人も姿がみえない。こちらが一人で来ると踏んでいたのか。

 あの防御壁をくずさなければ勝機は─────


 バドウェンの右腕が飛んだ。

 その手ににぎった大振りの曲刀とともに肩のつけ根から。ガジュの頭上をすっ飛んでいった。何が起こったのか、瞬間、わからなかった。

 いま、バドウェンの防御壁は消えている。否、はじけとんで消滅している。


 好機だ、いま攻撃すれば────ちがう!


 逃げろと、頭の中で警鐘が鳴りひびく。

 右肩を左手でおさえ吠えるように絶叫する、バドウェンの巨体の背後に、だれかがいる。

 こちらからは見えない。だが、この場を支配するような凍りつくほどの殺気の渦に、それが何者か嫌でも知れた。


 ───来やがった! 

 何故だ!? 逃げるのに厭きたのか!? 

 あんなに殺る気に満ちて───いや、待て。もともとはこちらを叩きつぶす力のあるヤツだ。それがこれまで追われる側に甘んじ、必要最低限以上の相手をしないでいたのは、師や知己にキャラベ軍の牙をむけさせないためなのだと推測していた。

 キャラベ軍を壊滅させることがヤツにとって可能だとしても、キャラベには属国や友好国が多くある。王家縁戚の国も多い。

 禁忌の海域からくるあまたの化物の防波堤になるキャラベ軍を失ったとなれば、その矛先はヤツにむかわず、ヤツに関係する者たちに報復されるだろう。

 それなのに、なぜいまさら───



 もしや、あの黒髪女が死んだのでは……?



 さっき楼閣で瓦礫の下敷きになって死んだ女を思いだす。


 たしか、黒髪女も爆風で石壁といっしょに吹き飛ばされて、気絶していた。

 まさか、結界をはる直前に石壁の塊があたり打ちどころが悪くて──死んだのか? 

 だからヤツは報復に……?


 バドウェンの巨体がいとも簡単に、空中から数十メートル下の地上へと激突した。

 銀彗が、あのほっそりとした女のような体躯で、蹴り飛ばしたのだ。

 ゆっくりと、風にみだれる長い銀の髪をはらい顔をあげる。

 目があう前に、ガジュはすばやく転移した。

 痕跡をくらますべく何度か転移をくり返した。


 拷問吏である自分が、キャラベ軍国で、北方諸国で怖れられた自分が───

 これほどに死に臆病だったとは情けなくもあるが。


 だが、あの場にいては確実に殺されると、勘が告げていた。

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