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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
129/270

31 怪しい密談は報告しておいた

本日、29、30、31話を更新しています。

 汗が噴きだしていた。


 べたべたする。気持ちが悪い。

 いま、何時だ? すっかりまっくらだ。

 たしか、この部屋には壁時計があったはず……。


 カーテンのすきまから月光がほそく部屋におちている。

 寝起きのせいで暗闇に慣れず、目をしょぼしょぼさせる。

 もうすこしカーテンを引いてあかりをいれないと、文字盤がよく見えない。とりあえず窓に向かおうと、寝台の上を這ってゆこうとするが、体がちっとも前に進まない。

 なにかが……ルーの左手首をつかまえている。

 闇のなか、目をこらしてじっとそれを見つめた。人の、手だ。


「ぅゃあっ!?」


 さっきの夢のつづきかと思った。


 まさか、無害と思っていた海中ただよう無数の腕のひとつが───!?


「ルー」

 聞きなれた声で呼ばれて、その手を必死にふり払おうとしていた両手から力がぬける。

「……なんだ、サディスか……」

 ふっと、ちいさな魔法のあかりが彼の手のなかに灯った。

 彼の背後にある時計の針が、一時をまわっているのが見えた。

「あれ……? なんでここにいるんだっけ? あ、そうか! もうここを発つ時間なんだ? ごめん、すぐ準備するから」

 起しに来てくれたのだと思い、あわてて鞄をとってこようとした。ひらひらブラウスとスカートを着たまま寝ていたので、そのままここを出るつもりだった。

「いや、いい。無理をさせることになりそうだ」

「いまなら頭痛おさまってるから、へーきだよ?」

 彼はすこし溜息をついて、「だったら風呂に入ってこい」と言った。

 なぜだろうと小首をかしげたものの、まだ考えるのが億劫だったので、とりあえずまだここにいるんだと思い、体べたべたの不快さをとりのぞくべく、暗い居間をぬけて廊下むかいにある浴室へと向かった。なんか自分の周りだけあかるいなと思ったら、頭上に魔法のまるい灯がぽわぽわとついてきていた。


 どうしたんだろ、サディス……妙にやさしくない?





 さすが高級旅館。脱衣場にタオルや着替えが男女分けでそろえてある。

 目測でわかるのかな? それとも、サディスが女中さんにサイズを伝えたんだろうか。


 部屋着らしき毛織の白いゆったりとした足首までの長袖ワンピースと、絹の下着があったのでサイズを見てみたら、ほぼ合っていた。

 男用のも気になったので広げてみたら、身長と身幅はサディスに合わせた感じだった。ゆったりとしたシャツとズボン。


 小さかったらこっちを借りたかったのだが……残念。


 衣装を脱いで、もうひとつ奥の扉をあけると、しろい小舟のような猫脚つきの浴槽があった。中はカラっぽだ。ポンプらしきレバーがある。

 三回ほど押したらお湯が半分たまったのでそこに浸かった。


 あ~、さっぱりする──……。

 そういや、なんか変な夢見てたな。

 禁忌の海域とふたりの……たぶん、男の会話。

 短い内容だったし最後の殺意は、明らかに、おいらに向けたものだろ? 

 ……でも夢だし、おいらの空想だったりするのかな? いや、でも、以前にも山小屋で禁忌の海域の夢をみたし……起きたら内容を覚えていなかった。

 そういや、あのときは夢遊病みたいに棍で大暴れしたってサディス言ってたっけ。

 寝ながら暴れた理由は……覚えてない。





 毛織の白いワンピースを着て浴室からでて、廊下をよこぎり居間にもどると、あかりがついていた。

 女中がワゴンで温かいお茶の用意をしてくれている。サディスは先にそれを飲みながら待っていたようだ。彼の向かいの席にちょこんと腰かけると、女中が笑顔でさわやかなミントの香りのする紅茶を渡してくれた。


 夜中にまでサービスしてくれるのか。彼女はいつ寝てるのかな?


 そんなことを思いつつ、居間にあったあのでかい花瓶と大量のうす紫のバラがなくなっているのに気づいた。


 あれ? まだキレイに咲いてたのに、どこ行っちゃったんだろ。


 ふと見れば、扉の影の壁ぎわにおおきな麻袋がふくらんでいる。

 怪訝に思っていたら、お茶を淹れ終えた女中が、退出まぎわにその麻袋をワゴンの下にいれて出て行った。


 なんかイヤな予感がするな。でも、聞いておくべきだよな? 

 サディスがおいらの寝台にいたわけもそのせいな気がする……。

 手をつかまれていたのもひょっとして……


 ミントティを二口ほど飲んで、気を落ちつかせながら上目遣いで彼をみた。

「……あのさ、おいら、また……やっちゃったとか……?」

「そうだな」

 あっさりと肯定された。


 あうぅ……、やっぱりそうなのか……! 夢遊病で大暴れかっ。

 なんで覚えてないんだよ自分……。


 実際、どんな経緯でどうなったのかくわしく聞くと、小一時間ほど前のこと。

 サディスが旅館を発つために呼びにきたところ、眠ったまま、だれかに対して怒り悪態をつきながら、まっくらな居間で両腕をふりまわして花瓶を割り、暴れていたらしい。彼がとり抑えたとのこと。


 前回と同じパターンか……いったいだれに対してそんなに怒っていたんだろう。

 ……やっぱり拷問吏とかキャラベ軍かな……ほかには思いあたらない。


「被害はその……バラと花瓶だけ?」

「あぁ」


 なんかすっごい高そうな花瓶だった記憶が……。

 バラだってこの季節にあるはずのないものだし。


「その、弁償は……?」

 財布の中身で足りるだろうかと、おそるおそる訊ねた。

「心配しなくてもいい。もう休め」

「えっと、でも、……じゃあ、出立はいつに?」

「とりあえず一日半のばす」

「……でも」

 察したのか、何でもない事のようにつけ加えた。

「追手は払えば済む」

 それが面倒だから急かしていたのではなかったのか? と思いはしたが、彼がそれを許容するなら従おう。 お言葉に甘えてもう一度寝ようかと、寝室にいくために立ちあがりかけて、すとんと腰をおろす。


「忘れるところだった! また、禁忌の海域の夢を見たんだ」


 あの会話をそっくりそのまま、ひとことも漏らさず彼に伝えた。

 あまりに気持ちの悪い赤い海と空が鮮明だったのと、自分に向けられた言葉の物騒さに忘れようがなかったのだ。あと、会話が短かったというのもある。



「いるはずだ。男ではなく、女が」

「クトリ島から女の足で逃れられるはずはない」

「──の乙女ならば」

「確かにそれならば可能。運命を変える」

「遊戯の最終関門だ。千番目は死ぬが──」

「千一番目も生きてはいない。それでよいのでは?」

「ならぬ、早急に見つけよ」

「御意」

「今代の星はふたつ。至上の銀。前代未聞なり。揃わぬうちに【クトリの呪詛をもつ女】を、殺せ」



 サディスは眉をひそめ、その美しい顔をくもらせた。

「……おまえは、まるで、あの海域に呼ばれているようだな。そこまで具体的な悪意を、夢の中でも織り出せるわけがない」

 一瞬、言われた意味がわからなくて呆けてしまった。

「…………てことは何? 実際、どこかのだれかの密談を、……おいらが盗み聞きしちゃったってことなのか? 夢で受信とか?」

 彼はうなずいた。


 なんてこった、じゃあ、あれはサディスのことを言ってたってことか? 

 だって〈今代の星〉と〈銀〉という単語は、これはもう、クレセントスピア大陸にたったひとり伝説の〈銀彗〉の名を冠する、魔法士である彼のことを指しているとしか思えないし。

 ……ふたつは何かのまちがいか、あるいは別の何かを指しているのかも知れないけど。●●の乙女だの遊戯だの千、千一番目だのはなんのことだかサッパリだが、きっとクトリの呪詛につながれているおいらと無関係ではないような気がする。


「なんらかの、あるいは何者かの〈力〉が関与している感じがする。敵か味方かはわからないがな」

「……それなら味方、じゃないのか? キャラベ軍以外の敵がいるって警告してくれてるみたいだし」

「五体無事に生還することのない魔の海域で、浮遊し会話するあきらかに人間とは思われない連中の会話を、奴らに勘づかれず、おまえに夢を使って知らせることのできる存在が、怪しくないとでも?」

「……そりゃ、…………思いっきり怪しいデス」


 うーん、おいらはなにか妙なものに魅入られて支援されているのだろうか……? 

 なぜか、そっちに悪意は感じられないんだよな~。


「でもさ……教えてくれた存在よりも、むしろ物騒なあの二人の正体のほうが気になるよ。千切れた人型の闇と、ボロ布をまとった小柄な人…………いったい、だれなんだろ」

「いずれ接触してくるだろう。まだ、こちらを見つけていないようだからな。キャラベ軍とは別の意味で〈クトリの呪詛〉の関係者にちがいはない。むしろ、キャラベ軍よりそれに近く、退けるのにも難度の高い敵かもな」


 あぁ、そうかもね。

 人間じゃなかったぽい時点ですでに。


 頭の奥がちりっとする。せっかくおさまっていた頭痛がぶり返す予感。

 こちらの顔色の変化を察したサディスが、そこで話を切りあげたので、ルーは寝室へ直行した。




 それから丸三日半、ルーは食事もせずに死んだように眠りつづけた。

 それがかなり彼を心配させたのだと知るのは、のちの話。

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