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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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28 塔の下での出来事と彼の悔恨

 正面の椅子に腰かけたホリックが話しはじめた。


「昨日の夕方、キュラがいなくなったって、彼女の家人から連絡があってね。朝から習い事をすっぽかしてるって。一昨日のこともあるし、何か巻きこまれたんじゃないかと思ってね。彼女の行方を追ったら、廃城塔の地下なんかにいるから驚いたよ」


 蜂蜜のたっぷりかかった焼き菓子を手にしたルーは、首をかしげた。

「どうして、あそこにいるってわかったんだ?」

「中身はともかく、本人が自慢するほどの容姿ではあるからね。昔からよくかどわかしに遭っていたんだ。髪留めで彼女の位置を特定できるものを渡しておいたんだよ」

「魔道具? ……あ、あのコガネムシも?」


「そう、あれは試作であげたんだ。助けがくると過信して注意を怠るから、完成品はただの髪留めとして渡したんだけどね。廃城に近づこうとしたらキャラベ軍がうじゃうじゃいるし、とりあえず魔法武器で蹴散らしつつ進んでいたら、彼がやって来てね。まぁ、僕には会いたくなかっただろうに、よほど君のことが心配だったんだろう」


 思ったよりさくさくと軽い焼き菓子を、あっという間にひと皿完食してしまった。

 もっと欲しいなと思っていたら、女中がすっと横からカラのお皿を下げ、新しく焼き菓子を盛った皿をさしだしてくれた。

「会いたくなかったって……?」


「六年ぐらい前のことだよ。出会うことあるごとに、新式の魔法武器をぶっぱなして彼を的にしようとしたせいかな? あのころは、小筒砲という魔力充填式で小型魔法弾を連射させるものに凝ってて……彼にはかすりもしなかったけど。周囲の被害が尋常じゃなくてね。建物破壊するし、地面えぐるし、通行人巻きぞえにするし──……僕もまだ子供だったからね」


「えっと、……な、なぜそこまで……?」

「一言で言えば、キライだったから」

「……」


「話を戻そうか。彼が来たときは、すでに僕も塔の間近までたどりついていた。だけど、突然、塔が根元から崩れたんだ。棒立ちになる僕とちがって、彼は迷いなくすっ飛んで行った。直後に塔の崩壊が止まった。

 彼は塔の地下から君と、……キュラまで連れだしたくれた。おそらく、君がキュラの手首をつかんでいたからだろうけど」


 最後の一言に、ルーはムッと眉をひそめた。

「ホリックさん。サディスは危険な場所で気絶した女の子を見捨てることなんてしないよ」


 自力で逃げられるなら放置するとは思うが。

 無力な被害者に対しては、彼はやさしいのだ。


「……ごめん、経緯はどうあれ、幼なじみを助けてもらったのは事実として受け入れるよ」


 それって、サディスの人助けを納得してないって言ってるようなものだよ?


 無言でにらむと、彼女は肩をすくめ済まなそうに言った。

「長年の憎悪や劣等感はかんたんに消せないものだよ。ことあるごとに、キュラに彼と比較されてきたからね」

「なんでキュラに? ……あっ」

 ふいに、あのペンダントの肖像画の男の子が、ホリックに似ているのだと気づいた。

「もしや……キュラが六歳のときに、魔法学園の雪祭でいっしょにダンスしたことある……?」


「あるよ。あのとき、彼女とはじめて出会ったんだ。雪祭では仮装で参加するのがならわしだったからね。当時、まだふつうの女の子の格好をしていた僕は、クラスのイジメっ子に見つかると雪祭を楽しめないと思って、男装で剣士の格好をしていたんだよ。

 楽しい一時を過ごして、彼女が入学してくるのがとても待ち遠しかった。でも、次に出会ったとき、キュラは女学徒の制服を着た僕に気づかなくてね。……僕も悪かったんだけど。

 歳が同じだったし、近くにイジメっ子がいたから、とっさにサディス・ドーマと名乗っちゃって。あのときのダンスの相手は僕だと言ってもまったく信じてもらえなくて、あげくウソツキ呼ばわりされて逃げられたよ」


 それはまた……自業自得って気も……。


「君と会ったのは、雪祭の一年半後ぐらいだったかな。それがまた男装するきっかけになって。今度こそキュラと仲良くなりたかったんだ。学内であのコをよく見かけていたけど、直球すぎるし言動がアレだから敵ばかりつくっていてね。授業にも身がはいってなさそうで、いつも孤立しているのを知っていたから、余計に」


 ──ごめん。一瞬あっちのヒトかなぁとか思っちゃって。

 単に危なげな妹分が気になってただけなんだね。男装してても頼りになる姐御って感じだ。キュラもちゃんと彼女を見ればいいのに。きっといい友達になれるだろう。


 カラになったカップに気づかず手をのばそうとしたら、その前に女中が紅茶を注いでくれた。

「ありがとう」

 彼女はにこりと笑って、そして、もう一度訊ねてきた。

「いえ、……おケガは痛みませんか? お連れ様がとても心配なさっていました」

「ちょっと痛むけど、話をするぐらいは平気だよ」


 そういや、サディスどこ行ってるんだろ。

 暖炉前でうたた寝してたときに、彼が運んでくれたような記憶があるんだけど……


「すこし長話をしすぎたね」

 話を切り上げようとするホリックに、ルーはあわてて言った。

「キャラベ軍のバドウェンと、……っと拷問吏……えと……そうだ、ガジュってやつどうなった?」

「二人がいたのかい?」

「うん、ガジュが第二王子に鞍替えしたことを疑ってかかったら、はじめはあのおっさん被害者ぶってたけど、なんか、おぬしとは信念がちがう、さらばだ……とか言って。やばそうなんで部屋の隅に逃げようとしたら、うしろからきた爆風に飛ばされて……」

 ホリックは難しい顔をしていた。

「第二王子による、第一王子側につく勢力の強制排除が始まったということだね。キャラベの王宮は荒れるな」


 やっぱり内乱が起こるのか。

 やるなら、おいらを巻きこまないとこでやってくれ。


「サディス・ドーマは言っていたよ。塔の最下部についたとき、君とキュラは結界の中によこたわっていたって。そのおかげで瓦礫での生き埋めをまぬがれた。ほかには誰もいなかった。おそらく彼のすさまじい殺気と魔力の接近であわてて引いたんだろう。追手の隊長クラスがふたりもいれば、まとめて潰すチャンスを与えるようなものだからね」

「じゃあ、だれが結界を……?」


 張るなら爆風がくる前にしてくれればよかったのに、とも思うが……しかし、あのときは敵の渦中だ。ガジュとその部下四人と、バドウェンとおそらくその部下が数人、あの牢の鉄扉の外にはいたはず。

 「オレたちは逃げるが生き埋めはさすがに気の毒だ、結界をのこしておいてやろう」なんて心優しい気配りをしてくれるような輩がいたとは思えない。

 ……あ、いたといえば……あの血に寄ってくる虫、どうなったんだろ。魔法戦に巻きこまれて全滅したかな? 

 ──そういえば、めずらしくあの拷問吏……出会い頭の首シメ以外は、髪をひっぱったり刃物を向けたり、どんなふうに拷問するかを嬉々と語るという狂気じみた発言が……なかったな。


 うつむいてぐるぐる考えていたら、頭痛がひどくなっていて、頭を上げられなくなってしまった。異変に気づいたホリックと女中によって、さきほどまで寝ていた部屋へと連れて行かれた。





 すぐに薬師のおじいさんがやってきて、頭の包帯をとって薬を新しく塗布し直し、飲み薬を処方してくれた。「コブになってないのが気になるのぅ。頭を強く打ちすぎて死ぬヒトもいるから気をつけなさい」と、コワイことを言われた。


 気をつけろったって不可抗力だし、おいらに落ち度はないはずなんだけど。


 老薬師と入れ代わりにサディスがやってきたが、なにかもう頭痛のひどさにろくに目もあけられなくて、それでもどこ行っていたのか、追手はいまどこに行ったとか青息吐息で聞いたら、いまはなにも考えずに寝ろと言われた。


 頭が痛すぎて眠れまセン。

 しゃべる気力も落ちてきた。

 このまま目が醒めなくなったらどうしよう。頭痛い。アタマイタイ。


 ふいに冷たい手が額にのせられた。

 痛みが引いてゆくとともに強烈な眠気がやってくる。


 魔法だ。おそらく痛み止めと眠りの。

 ……ふしぎ。いつもは聞こえないはずのサディスの詠唱が、耳の奥というか頭の奥で、歌のように聞こえてきた。これまで聞こえたためしはないのになぁ……


 心地よい睡魔にダイブする前に、ルーは額にのせられた手に自分の手をかさねて微笑んだ。


 この人の傍が一番安心できる。───大好き。


 心の中でそっとつぶやいた。



 眠ったルーは知らない。

 彼女の額に、たったいま刻まれた〈銀に輝く星の印〉を。

 サディスが後悔とともにちいさな溜息を吐きだし、それを速やかに消し去ったことを。

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