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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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27 一見様お断りの高級旅館で目が醒めた

 9月21日、午前六時。


 ものすごい豪華な部屋にいた。

 白を基調とした上品な調度やカーテン、天蓋付の寝台、天井はたかく室内は明るく、楕円形の深い青の絨毯が中央に敷かれ、テーブルには黄色のバラが高価そうな陶器の花瓶にたくさん飾られている。


 ……バラだよ? この雪の舞いふる北方諸国がひとつイーストローズに! 

 拷問吏とバドウェンの大モメにみごと巻きこまれ、逃げることもできずに背後から爆風と石礫を浴びたからなぁ……けっこう頭におおきいのがガツンと来たし。

 うん、これは夢だね。もうちょっと寝よう。 


 ゆうに五人分は寝られそうなばかでかい寝台の上で、ルーはもそもそと毛布にもぐりこんだ。


 あー……ふかふかで気持ちいい……。

 衣装もリボンのしめつけがなくて楽だし…………………………


 がばっと飛び起きた。自分の着ているものを、はたっと見る。

 袖なし腰までの短めシュミーズと、半ズボン型のドロワーズだ。


 えっ、四段重ねのスカートと、ひらひらブラウスはどこ行った!?


 もう一度、改めてまわりを見る。

 場違いなまでに上品な部屋。街の宿屋なわけがない。


 なんだ? またどっかに攫われたとか? 

 にしては、やけに待遇いいな……。


 頭のうしろがズキズキする。手をやるとさらりと短い髪と巻かれた包帯がある。

 銀髪のヅラがなくなっている。ふとうしろを向けば、寝台の隅にあるコート掛けに、なぜかなくしたはずの老舗衣裳屋バルデンモーアの防寒マントと桃革鞄、棍とベルトが掛けてあった。

 おおきすぎる寝台から這っておりると、棍を手にとった。

 思わず頬ずりしてしまう。大変な金額というのもたしかにあるが、それ以上に自分の手にしっくり馴染むものはこれ以外にないと思っていたのだ。

「ああ……っ、よかった! おいらの棍だぁ」


 サディスが取り返してくれたのだろうか?


 となりの部屋に通じる扉が開け放されているのに気づいた。

 そこへ向かい顔をひょこっと覗かせる。やはりこちらの室内の印象も落ちついていて、手のこんだ彫刻のほどされたテーブルと紺のビロゥド張りの長椅子が置いてある。

 ほんのり紫色のバラが、やはり花瓶いっぱいに活けてある。

 金持ち邸の客間っぽい感じだ。暖炉に火がはいってる。どうりで部屋が暖かいはずだ。


 頭、痛いな……


 長椅子にならぶ刺繍のはいったクッションをひとつ抱えて、暖炉の前にある毛皮の敷物のうえに座った。

 暖かくて気持ちがいいのでクッションに顔を埋めながら、すぐうとうとし始めた。





 ふいに自分の体が宙を浮いているような感覚に、ぼんやり薄目をあける。

 サディスの顔が見えた。

 前を向いていたらしい彼が気づいて、こちらに視線を向けた。

 翠緑の美しい瞳を長い銀の睫毛で陰らせたやさしい眼差しと、わずかにあげた口角。

 ごくたまに機嫌のいいときにだけ見せてくれる、美貌三割増しのあの微笑とは、どこかちがう気がする。


 なんというか、糖分が……若干はいってる。若干……だけど、ふだんが吹雪を背負った冬将軍なので、えもいわれぬ甘い微笑みとなっている。

 ちょっと、これは、正直、直視できないほどにまぶしい。

 疲労ののこる心身にこの威力のゆさぶりはハンパない。目がつぶれる。


 思わず、そっと瞼を閉じてしまった。


 キュラの見た昔の彼って、もしかしてこんな感じだったのかな……? 

 ありえないとばかりに思っていたけど。


 また睡魔に押されて、ルーは夢の中へと落ちてゆく。

 その途中、額や頬がくすぐったかったのは、きっと、彼の絹糸のような銀の髪が触れたせいなのかもしれない。






 午前九時。

 目が覚めると、黒い詰襟ワンピースにしろいエプロンのお姉さんと目が合った。

 彼女から、ここが上流市民や貴族のつかう高級旅館だと知った。

 場所はイーストローズ国の南西、あの拉致された廃城から、国の西側のほとんどを占める広大な森林地帯を越えた山の中だという。

 この旅館は身元のたしかな人でないと門前払いになるので、借り主は常連のホリック。ルーとサディスは彼女の客人扱いになっていた。そのホリックとキュラも泊まっていると聞いたので、お姉さんにあのリボンだらけの衣装を着せてもらい、事情を求めて会いに行くことにした。

 サディスが見当たらないので、何がどうなって自分がここにいるのかさっぱりわからないからだ。





 ホリックのいる部屋は、おなじ四階の三部屋となりだった。


 ワンフロアを丸ごと借り切っていたらしい。すごいな上流市民。


 ホリックの父方は代々、名鍛冶師の家系で、イーストローズ国の王族おかかえ職人だったという。国宝級の剣や槍などつくったりした祖先もいたそうだ。

 彼女の祖父が魔力持ちで生まれたことから魔法武器作りに傾倒するようになって、以来、バーニン家ではその世界で研鑚を積んでいるそうだ。

 現在は祖父と父母が、北西にあるクインフォウ大陸へ向けて、憑物士討伐用の魔法武器を開発、製造、輸出する事業を行っている。二年前までは北方諸国内で商売をしていたが、ホリックがバルフレイナから破門をくらった余波は一族にまでおよんでいた。

 魔法武器の大家であるバルフレイナの怒りによって、流通経路をことごとくつぶされたため、他の大陸へ移さざるを得なかったのだという。

 ルーはまだ少しずきずきする頭を気にしながらも、旅館のお姉さんから紅茶を受けとった。どうやら、彼女はこの階の専属女中であるらしい。

 顔色が悪くみえたのだろうか、「ご気分がすぐれなければ薬師様をお呼びしますが」と言われたけれど、大丈夫だと言っておいた。

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