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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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◆幕間②-2 ライムの受難とルー救出の裏側

「ライム、紹介しよう。トンジール・ゴーカ嬢だ。アザニー・ゴーカ会長の二番目の愛娘。歳は十六。トンジール嬢、これが甥のライム・ヒュー。私の妹の長男だ」

 しかたなくライムは社交辞令として、「宜しく」と笑顔をむりやりはりつけて答えた。

「初めてお目にかかります、ライム様。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」


 言葉はていねいだが、うもれた肉の向こうでカッと見開かれた目がギラついてて怖い。

 舌なめずりの幻聴が聞こえたのは、はたして気のせいだろうか。

 伯父は礼儀正しい人を好む。魔力の次ぐらいに重要だと思っている。性格や容姿はまったく気にしない。

 気にしてるとしたら生涯ただひとり、惚れ抜いた女魔法士ルゥティ・クランだけだ。

 ほかの女はどうでもいい。魔力さえあればどうでもいい。なんたって自分が結婚するわけではないのだから。

 落ち着け、取り乱すな。いつものようにこれからはじまる〈地獄の食事会〉を適当に受け流して、あとで伯父に断ればいいだけのこと。


「こんなに男前でいらっしゃるなんて、お見合いを断らなくてよかったわ」

 うふふと広げた扇子で口許を隠し、目を三日月のようにしてほほえむ。

 獲物を見つけたとでもいうようなそれに、怖気が這いあがる。

 正視したくないほほえみだ。だが伯父の手前、無視するわけにもいかない。

 顔幅の広いトンジールを視界の中央から外し、その背後の壁を見つめながら「そうですか、恐縮です」と、はりつけた笑顔のまま棒読みする。

「ワタクシ、刺繍と編み物が得意ですの。今度お見せいたしますわね」

 初っぱなから、次回会う約束をとりつけようとしている。

「しばらくは忙しいと思いますので、申し訳ないのですがお約束は出来ません」

 ウソではない。

 ライムもまた魔法士だが、いまはまだフェネム師のもとで修行中の身だ。

 魔法士は一定のレベルに達すれば、憑物士を狩ったりする仕事などに就く。

 高みをめざす修行との両立はきついので、あえてやらない場合が多いのだ。

 だが、ライムは魔法士組合からの仕事を受けつつ、合間をぬって修行を続けている。

 すくなくとも師に一人前とみなされるまでは、修行をやめるつもりはない。

 今日とて珍しくの休日だったのだ。

 その貴重な安息日に、毎回、伯父が前ふりなく見合い話をねじこんでくるのだが。

 もう慣れたこととはいえ、やはり多少はイラつき呆れる。


 何故、もっとまともな女性を選んでこないのか。


「女性との約束のひとつやふたつ、しておいても良かろう。フェネムには私から言っておいてやる」

 伯父が白ブタ側から、いらぬ援護射撃を撃ってきた。


 抜かった。フェネム師は伯父と旧知の間柄。


「伯父さん、師匠に余計なことを言わないで下さい!」

「固いことを言うな。そんなだから、おまえはいつまで立ってもご令嬢の心をつかめぬのだ」


 つかみたくない。つかみたくなんかないんで! 

 だいたい、毎回、ぼくからお見合い断ってるの知っててそれ言うんですか!?


 視界の端で、ポッと頬を赤らめて巨体をよじっている白ブタが映った。


 ものすごいフリルの量にたっぷりとしたひだのあるドレスなのだが、アレ、きっとふつうの体型の娘さんなら五着分はかるく取れそうだ。

 自分の女運が悪いのか、はたまた、伯父の女性を見る目がおかしすぎるのか…………後者だ。ぜったい後者だ!


 ここにきてようやく気づく。

 自分も伯父の思考に慣らされ、仕方ないなていどで妥協し、ろくに反発もせず、波風立たないように収めようと、食事会に出てのらくらと交わしていたことを。

 今回、伯父は本気だ。先の会話でクギを刺したにも関わらず、トンジールに「来週の日曜日あけておくように」と、勝手に次に会う約束をしている。

 それに対し、なぜかトンジールが「ライム様は下着はしろとピンクどちらがお好みかしら?」などとほざいてる。


 待て、待て待て待て! よりにもよってコレを本気で伯父は…………いや、本気なのは最初からわかっていたことだ。

 嫁候補を決めず、じらし続けた自分に非があるというのか!? せめて、あの紹介された中にまともな娘が一人でもいれば、いまこんな目に遭うことは…………


「お子様は何人がいいかしら? やはり、男の子と女の子をひとりずつ……」

「いやいや、もう少し欲しいですな」

「五人くらい?」

「いくらいても構いませんぞ、魔力持ちの子なら、すべてこちらが責任をもって最高の教育を施そう」

「まあっ、うれしい!」


 本人そっちのけで、何の話をしている何の! 

 つきあい期間すらすっとばして、子供の話とか非常識すぎる! 

 むしろこの見合い後については承諾すらしてない!


 ふだんは冷静沈着な伯父が高揚している。

 魔力ある自分の血筋が増えることに大賛成だからだ。

「ちょ、ちょっと待って!」

「結婚式は、やはり早めの方がよいのではないでしょうか。新婚旅行にも行きたいのですけど、ライム様のお師匠様は許してくださるかしら?」

「私が文句を言わさんよ、式は年内にでも」

「だから、待ってください!」

「ウェディングドレスにはワタクシが刺繍しますわ!」

「それは素晴らしい」

「いきなりすぎますよ! 遭ったばかりで!」

 会うではなく遭う。これ以上にない不幸に遭っている。

 白ブタは天井付近から彼を見下ろしつつ、フリル重ねで包んだ胸とおぼしき物体の前に手をあて、うっとりとつぶやく。

「車中のライム様をお見かけして、運命を感じたのですわ!」

「うむ、まさしく運命だな。ここまでライムを想ってくれる女性はこれまでにおらぬ」


 もはや、いまの伯父に何を言ってもだめだ。

 この状況をいかにして抜け出すか。このまま食事会なんてとんでもない! 

 そのまま二人きりにさせられる状況が、口を開けて待っている!

 いますぐ、魔獣車から飛び降りでもしないと大変な未来が待っている──そう、本能が危機を告げている。


 即座に転移をして、その場から脱出した。






 パニックを起こしていたため、逃げ場も特定しなかった。

 ただそこから逃れたかったので……見慣れた小道に立っていた。

 ゲドルフ邸のある高級住宅街の迷路のような小道だ。

 近所の子供たちが笑いながら追いかけっこをしている。


 子供は呑気でいいな。

 あぁ、できることなら子供に戻ってしまいたい。


 現実逃避しながら、ライムは彼らをぼんやり見つめた。

 脇をすり抜けた五、六歳の子供が、どこかで見たような桃色のちいさな鞄をもっていた。令嬢がもつような高級感のある革素材だ。

 つづけて通った同じ年頃の子が、背丈にあわないおおきな茶色の、これもまた生地のよさそうなマントをつけて風になびかせている。

 最後に通ったすこし大きめの子が先のふたりに追いつき、やはりどうみたって子供の玩具には不釣合いな、すばらしい光沢をはなつ棍を手に殴りかかっていった。

 戦闘用で使うにちがいない棍で殴られたふたりは、路地裏にひびくほどに盛大に泣きわめいた。

 それでもまだ殴ろうとしているやんちゃな子の腕をライムはつかみ、危ないので棍をとりあげた。地面で座りこんで泣いてる子たちの側に落ちた桃革の鞄に視線をむけ、「あ」と彼は思いだした。

 その持ち主の少女のことを。たしか、茶色のマントも羽織っていた。


 何故、こんなところにある?


 疑問がわく。そして、当然、よくない想像が頭の隅をよぎる。

 子供たちを宥めつつ、それを手に入れた経緯を聞きだし、悪いとは思いつつも彼女の危急を、彼女の身内か知人に知らせる手掛かりはないかと、桃革鞄の中を調べる。

 そこから一通の手紙を見つけ、ざっと読む。

 読み終えて、思わず彼の口許に笑みが浮かんだ。


 これはまさに天の助け。


 怒れる伯父が背後に転移してきたのは、その三秒後のことだ。


「いい歳した男が、恥ずかしがって逃げるとは何事だ!」


 彼にとっては、理不尽以外のなにものでもない怒りだが。

 その矛先を叩き折るべく、切羽つまった表情でライムはふりむいた。


「大変です! 今朝訪ねてきた少女が誘拐されました!」


 だからなんだと言いたげに、片眉をあげた伯父にさきほどの手紙をつきつける。

 面倒くさそうに書面に視線を落とした伯父だが、しばし黙してのち、手入れされた灰色の顎鬚を指先でなでながら、百八十度その態度を変えた。

 みごとなまでに、コロッと変えた。

「よき縁談に水を差すようで悪いが、こちらが優先だ。悪く思うでないぞ」

 のらくら交わすのはやめだ。

 はっきりと聞きまちがえることのない意思表示をしようと、ライムは強い口調で答えた。


「ぜんぜんまったく構いません! むしろ破談にしてください! ぼくには荷が重すぎるお相手です!」


 破談も何も、自分は婚約も結婚の約束も交わしてなどいないが、伯父の中ではすでに決定事項にちがいないのでそう言った。

 すると、その宣言は効果があったらしい。

「……また、ダメなのか。……いいかげん、私を安心させてくれ」

 伯父は眉尻を下げ、溜息まじりにそうつぶやいた。

 手紙の主については甥の縁談などよりずっと重要で、このコネをどう活かすのか、頭をフル回転させている内に上がりすぎた彼のテンションも鎮静化してくれたらしい。

 否と、強行されるとばかり思っていたので、手紙の主には大感謝だ。

「近所の子供たちが見たという魔獣車の足取りは、ライム、おまえが追ってくれ。今すぐにだ。ただし、万が一、小娘を見つけて助けられそうでも手を出してはならんぞ。相手はキャラベ軍だからな。こちらに、とばっちりがきては困る。それから私の弟子の誰を使ってもよい、サディス・ドーマの居場所を見つけ私に知らせろ。ノアの耳には決して入れるな。私は一度、トンジール嬢とともに料亭に顔を出してから、すぐに邸にもどる」

「はい!」

 心はうきうきしたが、それを顔に出さずライムはその場をあとにした。


 白ブタと苦痛の豪華な山海珍味の食事より、窮地の美少女を助け出す協力をしたほうが、はるかに精神衛生上いいに決まっている。

 見つけても直接手は出せないが、〈彼〉に知らせが飛べば、すぐに救出されることだろう。


 脳裏に一度会っただけの銀髪少女が映る。

 伯父は会わないと告げたときの、しょんぼりな小顔がまた可愛かった。


 魔力なしでも別にいいかも知れない。

 そう、この世に結婚相手として探せる女の子はごまんといるのに、はなから魔力持ちだけにしぼるからいけなかったのだ。伯父には悪いが、今後は魔力なしの可愛い女の子も視野にいれよう。むしろ、そっちを積極的に探そう。

 なんかもう、魔力があるからどうしたという気分だ。

 人間外見ではない中身だというが、そんなことを言うやつは一度、視覚の暴力というものを味わってみるといい。そして、ソレと手をつないで絶望の未来を歩む自身を想像してみればいい。






 午後四時。

 「黒い鎧をつけた御者の魔獣車が街中を抜けていった」という目撃情報を追いながら、西の森林地帯までやってきた。その中へ進み、出会った樵に聞いてみる。

 それで、だいたいの方角はわかった。その先には人の寄りつかない、おどろおどろしい逸話のある廃城しかない。軍がうろつくにはうってつけだ。

 使い魔を放ち、伯父のもとにそのことを伝えるようにと告げる。これでいい。

 もう少し廃城に近づいてみたいが、向こうを刺激するのはよくない。

 あの少女がひどい目に遭わされていないか気にはなるが、誘拐犯は複数いたと子供たちが言っていた。寝てる少女を魔獣車に連れこむのを見ただけなので、誘拐だとは思っていなかったようだが。

 あの黒い鎧はキャラベの魔法士軍のものだ。キャラベ軍といえば、禁忌の海域から流れつく得たい知れない化物を掃討する役目を担っている。

 そんな猛者数人と自分ひとりでは逆立ちしたって太刀打ちできない。

 それより手紙の主と連絡はついたのか、確認にもどろう。


 くるりと向きを変え、西の森林地帯を抜け出すべく歩みはじめる。

 しばらくして異変に気づく。つけられている。


 キャラベ軍に見つかったか!?


 不自然にならないよう、足早に歩きながら周囲に視線をくばる。

 黒い巨影が太い木の胴からはみだしつつ、木から木へ隠れるようにすばやく追ってくる。


 見なかった。何も見なかった。


 しかし、さらにそのうしろから最悪なことに、キャラベ軍らしき鎧の影もいくつか近づくのに気づいてしまった。


 まずい、このままでは……ここを突き止めたのがバレてしまう!


「まってえええ」


 どうするか。


「まってよおおおお」


 どうすれば。


「未来のダ~リ~ン!」


 ヒトの思考に遠慮なく踏みこんでくる白ブタに、理性のヒモがぶちきれた。


「やめてください! 伯父から聞いたでしょう! 見合いも縁談も白紙です、というか無効です! 二度と顔を見せないでください!」


「つれないわぁ、ダ~リ~ン」


「君とは未来永劫、無関係ですッ」


「ぐふっ、照 れ 屋 サ ン」


 もともと隠れてるとはいいがたい大木の陰から、むちむちとした顔と腕を半分ずつだしてこちらを見る。

「そうそう、その伯父様がね、こうおっしゃったの。万が一、あなたの気が変わることがあれば、結婚させてくださるって」


 なんだって!? 伯父さん、余計なことを!


「ムリだろうけど、ともおっしゃっていたけど」

 むっちりした頬にひとさし指を当てて、カワイイ仕草のつもりなのか大首をかしげる。


 決して小首とは言わない。大首。むしろ顎はどこだ。


「ムリだから!」


 大木から出て、雪に埋もれた木の葉を踏みながらじりっと、にじり寄ってくる。

 思わず、ライムも同じだけあとずさった。

「殿方の気持ちを変えるなんて、存外カンタンなものなのよ。ねえ?」

 じりじりと摺り足で近づいてくる。

「殿方に手を出された娘を、世間では放っておかないわよねぇ、それが、名のある魔法士様の甥っコともなれば」


 なんか、幻聴が聞こえた。


「……誰が誰に手を出すって?」

「いやん、もう! ワタクシの口からそんなこと言えないわ~」

 なにかを想像し身悶えるトンジール。怖気はすでにピークだ。


 だめだ、ぼくの方が食われる。自分ピンチ! 生涯に一度あるかないかの大ピンチだから! ごめん、伯父さん、こんなのと引き合わせた自分を責めてくれ! そして、ごめんよ可憐な銀髪少女、力になれなくて! きっとすでに伯父さんの優秀な弟子が、〈彼〉を見つけてくれてると思うから! 助けもすぐに行くと思うから! たぶんだけど! ほんとごめん!


 攻撃の術を出すべく、右手のひらに魔力をためた。

 それに気づいたトンジールが、フッと不敵な笑みをぶあつい唇にこぼした。

 総毛だった。思わず問答無用で、魔法弾をぶっ放した。連射だ。手加減はしなかった。

 もういっそ脂肪の一片も残さず消滅してしまえと、せつに願った。

 黄色の閃光が飛び散る。木々がなぎ倒され土煙が立つ。



「だめだめ、その程度じゃ、このトンジール・ゴーカは倒せませんわよ?」



 目を疑った。

 白ブタのまわりに乳白色の光が壁をつくって、その巨体をとり囲んでいる。


 結界だ。ブタが結界を築いている。

 これまで伯父が紹介した見合い相手は、いずれも魔力持ちではあるが、術はかけらも使えなかった。術を使う女性を伯父が好ましく思わないから、あえてそういった相手を選んでいたはずなのに。


 見透かしたように、トンジールは唇の端をあげた。

「魔法士だの魔獣使いだの錬金術師だのに興味はないけれど、せっかく魔力があるんだもの。自分の身を守るぐらいの術は体得しておかなくちゃね。あなたの伯父様も知ってることよ? それだけの理由で術を使うなら好印象。むしろ、ベテラン魔法士もびっくりのこの結界の強固さに感心して、お見合いを勧めてくれたぐらいよ」


 伯父さん、いま、ぼくは、猛烈にあなたが恨めしい。


 ライムはじりじりとあとずさる。トンジールがじりじりとにじり寄る。

 もう機を逸してはならない。彼は転移の術を発動させた。

 呪文を唱え終わらないうちに、あたり一面を、乳白色の光が覆った。

 結界にとらわれた。しかも、ブタといっしょに。

 両手の指をわきわきさせながら、トンジールは甘い声を出した。


「さぁ、ライム様ぁ、ワタクシを存分に味わって!」


「うわあああああああああ!!」


 せまい結界の中で逃げ回る男と、鼻息荒くどすどすと追いかける巨漢の女。

 敵の偵察かと警戒して見張っていた黒鎧の男たちは、たがいに顔を見合わせた。

 そして、マントや上着をむしられる男に、心の中でそっと合掌し、足音を忍ばせて廃城へともどっていった。

 その背後で、断末魔のような絶叫が木霊する。






 〈 さ が さ な い で く だ さ い 〉


 その後、震えた字づらの書き置きだけを残し、ライムは伯父の前から三年ほど姿を消すことになる。

 そして、彼が失踪することによって起こるしわ寄せが、魔法士団ゲドルフの後継を失った伯父や、実の姉、そして、ルーたちに降りかかることになるのだが……身も心もぼろぼろの彼に、そこまで頭を巡らせる余地など残ってはいなかった。

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