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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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◆幕間②-1 ライムの受難とルー救出の裏側

主人公を門前払いにした青年ライムと、ゲドルフ氏側の事情。

後半からコメディ仕立て。

 9月20日、午前八時半。


「伯父さん、おっしゃる通りに追い返しましたが、本当によかったんですか?」

 いましがた訪ねてきた女の子を門前払いし、オッドー・ゲドルフのいる書斎へもどってきた青年は、いま一度聞いてみた。

 おおきな窓を背に、立派な彫刻のほどこされた机で書類の整理をしていた老人は、フンと鼻をならした。


「ノアの一族なんぞに誰が会おうものか! 塩をまいておけッ」


「何もそこまで……年端もいかない女の子を邪険にしなくとも……」


「ならんぞ、ライム! ノアの奴がまたなんぞ企んで、差し向けたに決まっておる!」


 オッドーとノアは同じ魔法士であり、かれこれ六十年にも渡り犬猿の仲だ。

 仲が悪いなんてものじゃない。確執が多すぎる。

 大陸五大魔法士に選ばれたノアと、それになり損ねたオッドー。

 神童を弟子にしたノアと、対抗するもそれ以上の優秀な弟子を見つけられず、あげく神童の争奪戦を仕掛けて敗れたオッドー。

 女魔法士の育成基盤をつくることに成功させたノアに、それを全面否定するオッドー。


 身内の先達にこう言ってはなんだが、つねに時代を先駆けするノア・バーム氏に反発し、対抗しては失敗している人だ。

 いや、それでも世間的にみて十二分以上の魔法の才はそなえているのだ。大陸五指になり損ねるぐらいには。とかく、ノア氏の才が突出しすぎているだけであって。

 その証拠に、伯父はこれまでに三桁にのぼる弟子を育てている。

 その弟子たちの活躍ぶりとて、決してノア氏の育てた弟子らに劣るものではない。

 ……かつて神童であり、いまや伝説の英雄たる精霊の名を冠する〈銀彗の魔法士〉の活躍を除いて、ではあるが。

 ──そもそも、彼らの不仲の最初の原因は、ひとりの女性にあるのだと、両者の仲間や弟子の間ではもっぱら有名な話だ。

 それでも、傷口に塩をぬることになるかもと遠慮していたのだが、さきほどの少女に出会ったことで好奇心が刺激されてしまった。

 とても可愛い娘だった。彼女の曾祖母となる人は、伯父がいまだに未練がましく執着するほどに、鮮烈な美貌の持ち主であり才媛であったと聞く。

 いったいどんな人だったのだろうか。

 いまなら、自然に聞きだせる気がする。


「伯父さんがずっと独身でいるのは、ルゥティ・クランという女魔法士を想っているからだと聞いています」

「そうだ」

「でも、伯父さんは女性が魔法士になるのは、快く思っていないんですよね?」

 オッドーの弟子の中に、女性はただの一人としていない。

 オッドーは書類にサインを書きこみながら、顔をあげることなく強く言い放った。


「ルゥティは特別だ。別格だ。誰も彼もが彼女のようになれるものではない! 命を賭ける戦場に頭のかるい小娘どもが行って何になる、おとなしく部屋で刺繍でもしておればよいのだ!」


 女性軽視な発言ではある。ライムはその頑固さに肩をすくめた。


 ノア氏のおかげで、いまや魔法士となる女性の割合も、全体の三割方まで増えているという。

 だいたい、魔法士は悪魔憑きと呼ばれる憑物士を狩る側で、見習いや新米魔法士でもないかぎり、命を落すことはまれである。伯父の言うことは大げさなのだ。

 まあ、昔は魔法士はほぼ男の職場で、女魔法士を見るのはごくごく珍しいことだったといわれてはいるけれど。


 いつのまにか、老いた女中が空気のように書斎に現われ、静かにお茶を二人分淹れてから、やはり足音も立てずに去っていった。

 せっかくなので、伯父の机の前にあるローテーブル前のソファにつき、温かいお茶を頂くことにした。喉を潤してから目線をあげ、聞きたかったことを口にした。

「彼女はどんな人でしたか?」

 オッドーは書類から顔をあげた。目をほそめ、窓の外をみる。

 まだ外は雪が降りつづいていた。花びらのように、ひらりひらりと。

「──並みいる男たちを尻目にさっそうと末期悪魔を倒す、あの赤毛の勇姿。蛮族すら震えあがらせる強い意思をやどす碧瑠璃の瞳。りんとした美しい姿態。雪の大地を割って咲く赤い花のように。言葉巧みに言いよる男どもを魔力をこめたしろい鉄拳でぶちのめし、命乞いをする下衆な悪魔憑きどもの頭を踏みにじるときの、あの真冬の湖のように冷ややかなまなざし」


 なんだか後半、理解しかねます。伯父さん。

 人間の男を術でぶちのめし、悪魔憑きを素で足蹴にできる女性は、たしかにそうそうこの世にはいないでしょう。


「あぁ、ナゼ、……若気のいたり、一時とは言え、よりにもよってあんな盛りのついた犬のようにくだらぬ男のものになってしまったのか……! あげく、あの男から逃げるために世間から姿まで隠して………私なら死ぬまで幸せにしたものを……ッ」

「あの子もすごい美少女でしたよ? 銀髪に、たぶんああいう瞳の色が碧瑠璃っていうのかな? 森が映りこんだ泉のような澄んだ青緑色で。小柄でお人形みたいに手足がほそくて。お茶に誘ったけど、兄に怒られますのでって断られたよ。一見の相手にすぐついて行かないのは好感がもてました」

「……ノアの曾孫はカラスみたいに、まっ黒な髪のはずだ。ルゥティとは似ても似つかん!」

「会ったことがあるのですか?」

「噂でな、ノアの一族の唯一の魔力なしとして。あの男の血を引いてるうえに魔力なし! ハッ、見てくれだけしか取り得がないとはな」

「ノア氏の孫も曾孫も、ほぼ男でしたよね。女の子はあの子だけじゃないですか?」

「何が言いたい?」

 怪訝そうに老人は甥をみた。

「可愛い子でしたよ?」

「だから何が言いたい?」

「自分の曾祖父と犬猿と知っていて、わざわざ話が聞きたいなんて、よほどの事情があると思うんですよ。しかも、供も連れずひとりで門前まで来てましたし」

「ノアの奴の罠に決まっておるわ! あやつめ、ヒマ過ぎると私にちょっかいを出すのは昔から変わっとらん!」

 バンと書類を机にたたきつけ、オッドーは立ちあがった。

「出かけるぞ、魔法士組合北方支部のアザニー会長と昼食をとることになっておる。ライム、おまえも来るのだ」

 とたんに、彼は嫌そうな顔をした。

「そんなこと言って……また、お見合いですか? もう今年に入って十二回目ですよ」


 独身の伯父は、実妹の子供である自分たちによく目をかけてくれる。

 かけてくれるのは嬉しいが、必要のない所まで手を出してくれるのには、いささかうんざりする。嫁ぐらい自分で見つけたいのに。


 それを頭が固くて考えの古い伯父は許さない。

 オッドーは血統主義なのだ。魔法士の元祖を名乗る家系であるがゆえに、その血筋を残したい。彼自身、結婚もせずにと矛盾はしているが……おそらく失踪中のルゥティを執念深く探し続けたために、婚期を逃したと思われるので、そこはあえて突っこんではいけない。

 たしかに、魔力持ち同士で結婚したほうが、魔力持ちの子供を授かりやすいともいえる。ライムとて、できれば魔力持ちの女性がいいとは思っていた。

 魔力ある子を育てるのは将来が楽しみだし、その方面の仕事につけば実入りもいいから、生きてゆくのに子供が困らなくてすむ。

 だが、伯父が見つけてくる女性は魔力量は申し分ないが、それ以外で無視するには些細とは言えない問題が、毎度あった。

「おまえももう十九だ、人生いつ何が起こるかわからん! さっさと結婚して子供のひとりでも作っておけ」

 四年ほど前から、このセリフを聞かされている。


 人生いつ何が起こるか……これはきっと八十過ぎた伯父自身への言葉だろうに。


 はぁ、とかるく溜息をついた。


 こういった席での見合いは女性側からは断れない。

 仲人役の伯父よりも、立場が低い魔法士の家系だからだ。

 この話が伯父からもちかけられた時点で、相手側に拒否権などないとも言える。

 伯父は魔法士の血統主義の中でも、絶対の権力をもっている。

 彼に睨まれたら裏で手をまわされ、魔法士組合から除籍され、そこで紹介される仕事には就けなくなる。

 依頼者に単独で請け負うことは可能だが、組合の信用がないため足下をみられる。

 おまけに事前調査がないので、いろいろとリスクもある。

 魔法士の仕事の大半をしめる憑物士退治など、あっけないほどにかたのつく仕事だが、まれに規格外なほどに強い憑物士、あるいは頭の切れる憑物士に出くわすこともある。事前調査なしで、いつも通りにやろうとしてしくじることもあるのだ。

 憑物士討伐にかかる現地までの旅費や、魔法士の不手際で依頼主側に被害が出たばあいなどの出費も、すべて自前でまかなわなくてはならない。

 そして、組合にはいっていないことを理由に、強制排除の対象となる。

 つまり、正規の組合員に手柄を横取りされ、多額の罰金を科せられるか、あるいは牢に拘留されるのだ。

 話が少々それたが、もう一度言おう。

 女性側からは相手が気にいらないからと断ることはできない。

 しかし、伯父側にいる自分は理由を告げずとも断ることができる。

 理由は告げるべきではない。なぜなら。

 でっ歯黄色いとか、ドレスの腹部と背中に肉盛りの段々がついてるとか、デスマスクみたいににこりともしないとか、いきなり血液採取させろと注射器だすとか、貧乏ゆすりと歯ぎしりすごいとか、生肉以外口にできないとか、死後の世界の話ばかりするとか、眉毛太くて筋肉だるまのおっさんみたいだとか、ドレスだけ新品で、中身はあきらかに何日も何ヶ月も風呂にはいってなさそうで吐息が生ゴミ臭で髪にシラミがわいてるとか…………。


 はぁ、と再び溜息をついた。

 とにかく伯父は、結婚については魔力持ちの女性推奨だ。


 だったら一度、あの中のひとりとでもお見合いしてみればいいのにとも思う。

 ……言っても仕方がないことだが。

 今日はまたどんな珍獣………いや、変種の相手をさせられることやら。

 銀髪の美少女を、門前払いにしたことが悔やまれる。

 歳が十一か十二ぐらいなのでそういった目で見ることはできないが、あのとき強引にお茶に誘って外のカフェにでも出かけていれば、お見合いなどすっぽかしのんびりできたのに。






 午前十時。

 ゆううつな気持ちを引きずりながら、庭で待っている魔獣車にライムは伯父と乗りこんだ。どうせいつもの老舗料亭だろうから、術で転移し、さくさく行ってさくさく帰ろうと思っていたのだが……途中、街でひとり買物に出ているという変種を拾っていくことになった。

 伯父が自ら迎えにいってもいいと思うなど、これはそうとうにその娘を嫁候補に推している証拠だ。

「今度はどんな女性ですか?」

 あてにならない。伯父は見かけや性格を重視することはしないので。

 それでも、事前の情報があれば、出会ったときの衝撃をいくらかは軽減できる。

 術で発火させた葉巻をふかく吸いこんでいた彼は、ひとつうなずいて葉巻を指にはさみ、しろい煙をはきだした。

「うむ、礼儀正しくよくひびく声で返事をする。少々大柄だが健康で、風邪をひいたことはただの一度もないと言っておったな。あれなら丈夫な子を産めるだろう」

「……」


 風邪をひいたことはただの一度もない───

 男ならそう言われれば頼もしく感じるが、女性でそれはどうなのか。


 以前会った、筋肉だるまなおっさん風の女性を思いだした。

「筋肉がついてそうですね」

「いや、むしろ筋肉とは無縁だな。顔も愛らしくふくよかだぞ」

 これまでに培った伯父のお見合い相手に対する〈賛美の言葉〉と、〈現実〉の誤差を脳内修正してみる。


 少々大柄=わりと太め、愛らしくふくよか=まるくて太め、丈夫な子を産める=脚腰がかなり太め……。

 想像できた。筋肉のない脂肪たっぷりのむちむちボディ。その上に乗るやはりむちむちのまるい顔。丸太のような脚におおきなお尻。

 若干太めならまだ許容範囲だ。まるくて太くても世の中にかわいい女の子はいる。

 そう、くたびれたおばさんのごとく段々になってないならまだ許容範囲だ。

 ……最近なんだか理想が下がりまくっているな……。


 だがしかし。

 たいていは、いつもこのあと、予想外の衝撃に見舞われる。

 背にみっつコブがあるサイ似の二頭立て魔獣車が、ゆっくりと駆けだした。

 どっしりとした足取りで、地響きを立てながら広い庭を抜け門をでたところ、ライムはふと視線を感じて窓に目を向けた。

 異様なものを見た。何も見なかったことにして、目をそらした。


「あ~け~てぇ~」


 何も聞こえない。聞いちゃだめだ。


「あ~け~てぇ~」


 まっしろなしゃべるブタ饅頭が、窓ガラスにべっちゃり頬を押しつけてなにか叫んでいる。


 何も聞こえない。聞いちゃだめだ。


「おぉ、トンジール嬢ではないか。御者、止めてくれ」


 ああっ! なんで気づくんですか伯父さん! 

 スルーして振り落としてほしかったのに! 

 親しげに引きこまないでください!


 巨漢のトンジール嬢は、遠慮なく魔獣車に乗りこんできた。

 白昼夢は、みしっと座席を壊しかねない勢いできしませて、ライムのとなりに、どしんと座った。

 ふたつの座席があり、向かいあうように彼と伯父が座っていたのだが、躊躇なくこの巨大な白ブタは彼のとなりに座った。ひとつの座席に三人は余裕で座れるはずなのに、ライムは巨大なボディに胸部を圧迫され呼吸困難になりかけた。

 意識があるうちにすばやく決断し、窓枠をつかんでそこから脱出すると、さっと伯父のとなりに座った。そのようすをトンジール嬢は一瞬ジト目でみて、ついで伯父に向けほがらかに笑った。

「お久しぶりでございますわ、ゲドルフ様。本日のお招きありがとうございます」

 脂肪にうもれた細い目をさらに細めて、巨体を折り曲げて伯父にていねいな挨拶を送った。ていねいだが、暑苦しい。

 もどした頭が魔獣車の天井につくので自然、猫背ぎみだ。


 読みまちがえた。

 伯父が言うところの少々大柄=わりと太め、ではなく、少々大柄=驚くほど巨大、だ。


 魔獣車がひっくり返らなかったのは、いつもならロバ似魔獣を車引きに使うところを、重荷運搬車用のサイ似魔獣が使われていたからだ。

 早々に、その異変に気づくべきだった。


 みしっ みしっ ぎいいいぃぃぃ


 妙な軋み音があちこちから聞こえる。


 背もたれのクッションがいつもより多めにあった気はするが、それはすでに白ブタのお尻と背中の間で存在さえ許されず、紙のごとくつぶれている。

 緩衝材など意味はない。車体や座席に補強は何もされていない。

 走りながら車が分解しないか心配だ。


「うむ、元気そうだな。だが、走る魔獣車に飛びつくのはやめなさい。ケガをする」

「申し訳ありません、今日この日をとても待ちわびていて、いてもたってもいられませんでしたの」

 白ブタは、ポッと頬を染めた。

 伯父はさきほど、街にいる見合い相手を迎えにいくと言っていた。

 それを待たずに自宅までやってきた。 

 わりとけっこう距離があるはずなのに、やってきた。

 執念深さを垣間見て、ライムの背筋に汗がひとすじ流れた。

 魔獣車がまた、ゆっくりと駆けだした。

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