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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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26 逃げる前に思いきり巻き込まれた

 ガジュは探られる前にとでも思ったのか、すかさずべつの話を振った。

「ところで、いったい東の歓楽街でどんな罠を張ったのか、聞きたいものだな」


「歓楽街といえば酒と女に決まっておろう!」


 よくぞ聞いてくれたとばかりに声をはりあげた男に、一瞬の沈黙があたりを支配した。

 寒さに両手をもみつつ聞き耳を立てていたルーは、目を見ひらく。


 えっ、まさか酒と女でサディスを釣るって意味じゃないよな? 

 もし、そうなら見当ちがいも甚だしいけど。

 彼は女嫌いだし、酒も食事時にワインをすこし飲むていどだ。

 酔うほど飲んだのは見たこともない。ちなみに女嫌いというのはリリの証言でも知ったが、〈銀彗の魔法士〉の噂にふくまれるほど有名らしい。


「……ほぅ、それで?」

 同じことを考えたらしい。ガジュのあからさまに蔑んだ低い声音に、相手は気づいているのか気づいてないのか。得意げに語りだした。


「まず、憑物士に襲われたフリをした美女たちが助けを求める。べつに憑物士なんぞ出さなくていい。礼によりどりみどりの美女たちをはべらせ酒池肉林! 泥酔しきった奴を襲撃するのだ!」


 なんとも言いようのない冷たい沈黙が横たわった。

 たっぷり三十秒の空白のあと、ガジュの怒号がひびいた。


「キサマは馬鹿かあああ! だれがそんな見えすいた罠にはまるかッ!」


「何をいう!? これは某が山賊時代に前頭領を討った秘策中の秘策であるぞ! しかも、東の歓楽街の女どもはすこぶる美女ぞろいときた! こう出るところは出てな、腰のくびれがたまらんほど」


 よほど女と酒にだらしない前頭領だったにちがいない。

 そして、このおっさんも同じ穴の狢ということだろう。

 なんだその台詞、エロオヤジめ。


 ルーは鉄扉のすぐ側で耳をそばだてつつ、心の中でつっこんだ。

 キュラもなぜかルーを真似て、彼女とむかいあうような形で鉄扉に耳をくっつけている。


「敵の基本情報ぐらい、頭にたたきこんでおけ! このクズがあッ! ヤツは女嫌いだ!」


「なにイッ!? そんな男がこの世におるわけなかろうッ! ハーレムは男の浪漫ではないか!」


「いるから言っているんだ! このボケ! さっさと策を練り直してヤツを追え!」


「いや、待て待て! ……おぬしの言い分がまことなら、呪詛持ちのあの娘の護衛をしているというのは、どう説明するつもりだ!?」


 キュラが眉間にタテジワを刻み、クワッと目を三角につりあげて、末期悪魔も驚愕の恐ろしい形相でルーをにらんだ。


 バラすなよ、おっさん。

 いっしょに行動してるなんて彼女には言ってないんだから。


 フッと鼻であざわらう声が、鉄扉のむこうから聞こえた。

「キサマはあの野ザルが女に見えるのか? 重症だな」

 しかし、バドウェンは聞いてないようだ。

「……ふむ、女というよりは少女であるな……つまりガキは相手にならぬということか。なるほどなるほど。あいわかった」

 よほど神経が太いのか、ガジュの蔑みにもひるまず、独自の解釈に納得していた。

 キュラが小声で「まあっ……ど、どうしましょう……いったい、いつからドーマ様は女ギライに? わたくしのような可憐な大人で完璧なレディではだめということなの? そんなぁ……」と、でかい胸の前で両手の指を組みながら真剣に悩んでいた。


 十四歳はまだ子供でいいじゃないか。ナゼそんなに急いで老けたがる。

 だいたい、おいらは彼にとって人間の範疇にすらはいってないんだ……預かりものの小動物あつかいだし。


 ルーは溜息をひとつついた。そして、キュラに訊く。

「じゃあ、会わない?」

「いえっ、お会いしたいわ!」

 そこまで言って、キュラは小首をかしげた。

「でも……何故、そんなに気持ち悪いぐらい協力的なの?」

 ルーは小声で返す。

「キュラが十八歳のサディス・ドーマを見たことがないようだから」

「まっ、それって自分が大魔法士ノア様の曾孫である立場を利用して、いつでも会えるという自慢ですの!?」

「そんなこと一言も言ってないし。まあ、おいらからの紹介がイヤだって言うなら無理にとは」

「言ってないでしょ! なんて性悪なのかしら!」

「性悪なヒトに性悪って言われてもさ。笑っちゃうから」

「んまあっ!」

「ちなみに、今の彼はどんな姿だと思ってる?」

「あなたねぇ、わたくしがそんなことも知らないと思ってるの? いくら離れてる年月が長かったからって」

「まあまあ、答え合わせのつもりで」

「……しかたないわねっ、長く淡い銀髪に濃い森緑の瞳で──」


 なぁ、初っぱなから微妙にちがうよ? 

 サディスは銀をのばして糸にしたような冴え冴えとした髪色だし、あかるい翠緑の瞳だからね。


「おもざしは春の木漏れ日のように優しくうららかに包みこむようで」


 だれだよ、それ。いつも氷雪地帯のごとく無表情か怒ってるのが常の彼に、そんな芸当できないって!


「ええっと、じゃあ性格は?」

 キュラはあいかわらず、崩れた化粧で顔がすごいことになっているのには気づいてないようで、ぽわんとした夢見がちな瞳をうるうるさせて言った。

「温厚で優しくてだれにでも親切で、でも、わたくしを一番と思ってくれて」


 後半は斬り捨てても別人だな。

 やはり彼女は現実を知ったほうがいい。


 それが彼に紹介するという、ルーの意図だった。


 人ちがいに気づかないと、彼女の恋は永久に不毛という名の迷路を爆走しそうだ。

 迷惑なコだが、それもちょっと不憫すぎる。

 今までだれも教えてあげなかったのか? 

 それにしてもあの絵の男の子、どこかで見かけた気がするのはなぜだろう。


 キュラの話を遮って、また敵の声に耳を傾ける。


 キュラはちょっと不満そうだが、確認したかっただけなので妄想ノロケはもういい。


 鉄扉のむこうでは、まだなにごとか話が続いているようだ。

 どうやら、第一王子側の魔法士たちでここにいない連中の配置を、バドウェンがしつこく問うているらしい。だが、ガジュはのらくらと交わしてそれを言わない。

 はやく銀彗の魔法士を追えとの一点張り。とっとと、この塔から出て行ってほしいみたいだ。

 バドウェンが、ふう~といった感じで息をついた。やれやれという声が聞こえた。

「何故、そうも隠すのですかな? ガジュ隊長殿。某は近くにいる第一王子配下の位置を、すべて把握しておきたいだけのこと。万が一の事態に備え、協力を要請するやもしれぬと言っておるのに」

「──おもしろい噂を聞いてな、キサマが第二王子の側についたと。真偽を確かめるまではオレも慎重にいきたい」


 ……なんだ、ちゃんと聞いていたのか。


 スルーされたものと思っていたので、ルーは意外に感じた。

 バドウェンの大仰におどろく声がひびく。


「なるほど、某がおぬしの部下に危害をくわえると……そう思われておるということか!? これは参った! ともに戦うべき同士であると某は思うておったが、それが単なる勘ちがいとは。いやはや……」


 何がいやはやだよ。

 図星さされて被害者ぶるとか、あんたどんだけツラの皮が厚いんだ? 

 どうせ拷問吏の部下の配置知りたいのだって、第一王子の勢力を削ぐために奇襲かけるつもりなんだろ。


「その愚にもつかぬ戯言の発信源は、どこのだれですかな?」


 おいらデスが、なにか?


「ただの噂だ」

「なんと! 精鋭部隊隊長の言葉とは思えぬな」

「火のないところに煙は立たず。疑ってかかるのは当然だ」


 ヘンタイでも隊長だな。

 ヒトの話を笑ってた部下どもよりは使える感じだ。


 二人の会話から、ぴりぴりとした緊張が伝わる。

 場が転じる、そんな直前にも似た危機感に、ルーの心臓がどくんと鳴った。

 それは勘。

 バドウェンはゆっくりと語りはじめた。

 もったいぶりながら大量の油に火種を近づけてゆくような、そんな嫌な感じがした。

「なぁ、ガジュ隊長殿よ。某はまことに残念でならん。歳も同じ十九、同じ国元に仕え、同じ魔法士という生業。某とおぬしは友になれるやもしれぬと思うておった。しかし、たがいの〈信念〉がちがい過ぎる。対極とも言える。これはどうにもならぬ。おぬしが尊敬する兄を一番とするように、某がこの世でもっとも信を置くのは〈金〉だ。

 だから、此度の計画に誘わなかった。──さらばだ」

 低くつぶやくような最後の言葉。同時に空気が振動する。


 マズイ! 巻きこまれる!


 とっさにキュラの手首をつかんで、牢奥の壁ぎわへ駆けだした。

 間に合わなかった。



 ドオオオン!



 すさまじい爆風が、くだけた石塊とともに背後から襲ってきた。

 体が宙に浮き、ふっ飛ばされる。

 そして、後頭部に重い衝撃を受け、ルーの意識は暗転した。

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