25 拷問吏の心理変化と不穏分子
階段は地下につながっていた。どんどん下りてゆく。
うぅ、鳥肌が立つほど寒い……冷えるよ……。
魔法のまるい灯火が頭上をてらしているが、階段の底はそれが届かないほどの深い闇だ。さっきまでニヤついていた男たちでさえ、息を潜めるようにあたりを見回している。さわさわと壁から、あるいは階段の底の闇から音がする。
おそらく、それはあの血によってくる黒い繊毛におおわれた虫だろうと、ルーには察しがついた。
これは、かなりいる。拷問吏たちはアレのことを知っているのだろうか。
………もしや、こんな地下でサクッと斬って後始末は虫におまかせとか?
いや待て。それなら塔の最上階でもできたはずだ。
じゃあ、虫のことは知らないってことか……?
たどり着いた地下の底の、まっ黒な床に魔法の灯火があたった。
とたんに、サアッと波が引くように影が動いてすみに消えた。
これは、数千とか数万匹レベルでいそうだ。
ハイヒィルで踏んだぐらいでは退治できそうにない。
「なぁ、拷問吏。あんた、ここの」
「今は拷問吏ではない」
虫のことを聞こうとしたら、遮られた。呼び方を否定され首をひねる。
「え、だって、自分でそう名乗ったよな? たしか最初に会ったとき」
「……………………そうだったか?」
しばらくの沈黙のあと、ど忘れした人のようにヤツは曖昧な返事をした。
って、覚えてないのか。今は魔法士として仕事してるからって意味なのか?
どうでもいいんだよ、そんなこと。それより。
「あのさ、ここにいる」
「何故、呼ばん」
ナゼ四番? いや、ちがった。なに? まだ呼び方にこだわってんの?
部下の前だからか? 拷問吏なんて呼ばれたままじゃ、困ったことにでもなるのか?
「じゃあ……隊長、ちょっと聞きたいんだけどさ」
こっちには向かず、不機嫌そうな地を這うドスのきいた声音で「そうじゃない」と脅された。
そうじゃないって……?
「正式名称で呼べってことか? そんなの知らないんだけど」
「キャラベ国第一王子直属軍、魔法士団第十六部隊隊長ガジュ・ロビンだ」
「長っ!」
名前よりも肩書きが。
「キサマの鼠のような卑小な脳では覚えきれないだろう。ガジュと呼べ」
……なんで、いきなりそこで呼び捨て強要?
背後にいた部下四人がいっせいに目を見ひらき、驚愕の表情で固まっている。
つまり……名前で呼べってことだったのか? 面倒な男だなぁ。
こっちはめちゃくちゃ寒いの我慢してるし、虫が気がかりだし、それどころじゃないってのに。
むっつり口を閉じていると、言えとばかりにするどい眼光でにらんできた。
しかたがないので、こう呼んだ。
「……ロビン隊長?」
「ガジュだ」
これでも文句があるのか。
「キャラベ隊長」
「ガジュ」
「ヘンタイ隊長」
「ガジュ」
「拷問吏」
「戻るなキサマ」
何が何でもファーストネームで呼ばせたいらしい。部下たちは「隊長」とだけ呼んでいたはずだが? いったいどーゆうつもりだ。
これから拷問してうさ晴らししたあげく殺すつもりの相手に、そんなことをしてどんな意味があるんだ。このヘンタイ拷問吏。
ルーはようやく石畳の床におろされた。真正面にガジュがいる。
身長差が四十センチ近くあるので当然、見おろされる形になるが、鎧をつけて威圧感がただよう相手に、ルーは負けじと顔を上げおおきな目でにらみ返した。
ガジュの口から、また突飛な言葉がでてきた。
「……バドウェンは呼べて、オレの名を呼べないとはどーゆうつもりだ?」
あのおっさんの名を呼んだ覚えは微塵もないんだが。
なんで、そんな責められるような言い方されなきゃならないんだ?
階段を下りかけていた部下たちが、またもや凍りついたような顔で口をあけたまま、こっちを見ている。
「あんたと馴れあう気はないって言ってんだよ、拷問吏」
塔の地下は半円状に壁で仕切られ、そこにひとつの鉄扉があった。
いかにも牢獄っぽいその中へ、急にだまりこんだガジュによって、ルーは放りこまれた。ガチャリと鍵をかける音が背後でひびく。
天井に拳大ほどの魔法の灯火が浮かんでいるため、室内は明るい。
「ブス~~~~~ッ!」
先に放りこまれたであろうキュラが、びっくりするような顔で突進してきた。
二の腕をつかまれ、ルーはがくがく揺さぶられた。
「あなたのせいよッ! どうしてくれるの!? あなたなんかにドーマ様の絵を見せにもどるんじゃなかったわ! この疫病神! さわさわさわさわ、あいつらいるのよ! こんなところで虫の餌なんてイヤアアアア!!」
泣き過ぎで化粧がはげかけている。目のまわりはまっ黒だし、目もとから頬にかけて灰色がかった緑と桃のすじができてる。
そういや、昨日、お店で自分も化粧をされたが、夜に宿で顔を洗ったら全部落とせたっけ。つけてるときに泣くとこんなになるのか。
雨にぬれても汗をかいても、やばそうだな。
いささかドン引きながらも、とりあえず彼女をなだめた。
「まあ、これも運が悪かったと思って」
「あなたさえいなけりゃ、こんなことにはッ」
「まあまあ、まだ死ぬと決まったわけじゃないしさ」
「そんなの嘘よッ! こんな若い身空で花の美貌をちらすなんて、うぅっ、ひっく………まだドーマ様のお嫁にもなってないのに~~~~~」
鉄扉の向こうで話し声がする。
カッ カッ カッ カッ
階段を下りてくる複数の靴音。人が増えたようだ。
ルーは外の音を拾おうと耳をすますが、キュラの甲高い声での嘆きは止まらない。
「うううっ、む、虫にぐちゃぐちゃに食べられるなんて、そんな姿、ドーマ様に見られたくない~~~~き、きれいなうちにお会いしたかったのに~~~」
「ちょっとだまってて、ここから出られたら会わせてあげるから」
「そんなの出来るわけ……………ほんと?」
ルーがこくりと頷くと、キュラは両手で涙をぬぐいながら口をとじた。
顔は灰色がかった緑と桃のマーブルだが、その切れ長のおおきな黒い瞳は期待にきらきらと輝いている。
「……何故、ここにキサマがいる? バドウェン隊長」
鉄扉の向こうで、拷問吏ガジュの訝る声がする。
「作戦はしばし時間がかかるからな。それまで、おぬしらのようすを見に来たのだが。なんぞ不都合でもあったか?」
逆に問い返されて、ガジュは言葉につまった。やや遅れて「そんなものはない」と答えたものの、その不都合にルーは心当たりがあった。
どうせ、おいらたちを拷問して愉しむつもりだったんだろう。
このヘンタイめ。
キャラベ国からの逃亡時と、ヨドヒル岬での〈拷問未遂前科二件〉があるため、ガジュにそれ以外の選択肢があったなど、当然ながらルーはこのとき予想だにしていなかった。




