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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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25 拷問吏の心理変化と不穏分子

 階段は地下につながっていた。どんどん下りてゆく。


 うぅ、鳥肌が立つほど寒い……冷えるよ……。


 魔法のまるい灯火が頭上をてらしているが、階段の底はそれが届かないほどの深い闇だ。さっきまでニヤついていた男たちでさえ、息を潜めるようにあたりを見回している。さわさわと壁から、あるいは階段の底の闇から音がする。

 おそらく、それはあの血によってくる黒い繊毛におおわれた虫だろうと、ルーには察しがついた。


 これは、かなりいる。拷問吏たちはアレのことを知っているのだろうか。

 ………もしや、こんな地下でサクッと斬って後始末は虫におまかせとか? 

 いや待て。それなら塔の最上階でもできたはずだ。

 じゃあ、虫のことは知らないってことか……?


 たどり着いた地下の底の、まっ黒な床に魔法の灯火があたった。

 とたんに、サアッと波が引くように影が動いてすみに消えた。


 これは、数千とか数万匹レベルでいそうだ。

 ハイヒィルで踏んだぐらいでは退治できそうにない。


「なぁ、拷問吏。あんた、ここの」

「今は拷問吏ではない」

 虫のことを聞こうとしたら、遮られた。呼び方を否定され首をひねる。

「え、だって、自分でそう名乗ったよな? たしか最初に会ったとき」

「……………………そうだったか?」

 しばらくの沈黙のあと、ど忘れした人のようにヤツは曖昧な返事をした。


 って、覚えてないのか。今は魔法士として仕事してるからって意味なのか? 

 どうでもいいんだよ、そんなこと。それより。


「あのさ、ここにいる」

「何故、呼ばん」


 ナゼ四番? いや、ちがった。なに? まだ呼び方にこだわってんの? 

 部下の前だからか? 拷問吏なんて呼ばれたままじゃ、困ったことにでもなるのか?


「じゃあ……隊長、ちょっと聞きたいんだけどさ」

 こっちには向かず、不機嫌そうな地を這うドスのきいた声音で「そうじゃない」と脅された。


 そうじゃないって……?


「正式名称で呼べってことか? そんなの知らないんだけど」

「キャラベ国第一王子直属軍、魔法士団第十六部隊隊長ガジュ・ロビンだ」

「長っ!」


 名前よりも肩書きが。


「キサマの鼠のような卑小な脳では覚えきれないだろう。ガジュと呼べ」


 ……なんで、いきなりそこで呼び捨て強要?


 背後にいた部下四人がいっせいに目を見ひらき、驚愕の表情で固まっている。


 つまり……名前で呼べってことだったのか? 面倒な男だなぁ。

 こっちはめちゃくちゃ寒いの我慢してるし、虫が気がかりだし、それどころじゃないってのに。


 むっつり口を閉じていると、言えとばかりにするどい眼光でにらんできた。

 しかたがないので、こう呼んだ。

「……ロビン隊長?」

「ガジュだ」


 これでも文句があるのか。


「キャラベ隊長」

「ガジュ」

「ヘンタイ隊長」

「ガジュ」

「拷問吏」

「戻るなキサマ」


 何が何でもファーストネームで呼ばせたいらしい。部下たちは「隊長」とだけ呼んでいたはずだが? いったいどーゆうつもりだ。

 これから拷問してうさ晴らししたあげく殺すつもりの相手に、そんなことをしてどんな意味があるんだ。このヘンタイ拷問吏。


 ルーはようやく石畳の床におろされた。真正面にガジュがいる。

 身長差が四十センチ近くあるので当然、見おろされる形になるが、鎧をつけて威圧感がただよう相手に、ルーは負けじと顔を上げおおきな目でにらみ返した。

 ガジュの口から、また突飛な言葉がでてきた。

「……バドウェンは呼べて、オレの名を呼べないとはどーゆうつもりだ?」


 あのおっさんの名を呼んだ覚えは微塵もないんだが。

 なんで、そんな責められるような言い方されなきゃならないんだ?


 階段を下りかけていた部下たちが、またもや凍りついたような顔で口をあけたまま、こっちを見ている。

「あんたと馴れあう気はないって言ってんだよ、拷問吏」

 塔の地下は半円状に壁で仕切られ、そこにひとつの鉄扉があった。

 いかにも牢獄っぽいその中へ、急にだまりこんだガジュによって、ルーは放りこまれた。ガチャリと鍵をかける音が背後でひびく。

 天井に拳大ほどの魔法の灯火が浮かんでいるため、室内は明るい。



「ブス~~~~~ッ!」



 先に放りこまれたであろうキュラが、びっくりするような顔で突進してきた。

 二の腕をつかまれ、ルーはがくがく揺さぶられた。


「あなたのせいよッ! どうしてくれるの!? あなたなんかにドーマ様の絵を見せにもどるんじゃなかったわ! この疫病神! さわさわさわさわ、あいつらいるのよ! こんなところで虫の餌なんてイヤアアアア!!」


 泣き過ぎで化粧がはげかけている。目のまわりはまっ黒だし、目もとから頬にかけて灰色がかった緑と桃のすじができてる。


 そういや、昨日、お店で自分も化粧をされたが、夜に宿で顔を洗ったら全部落とせたっけ。つけてるときに泣くとこんなになるのか。

 雨にぬれても汗をかいても、やばそうだな。


 いささかドン引きながらも、とりあえず彼女をなだめた。

「まあ、これも運が悪かったと思って」


「あなたさえいなけりゃ、こんなことにはッ」


「まあまあ、まだ死ぬと決まったわけじゃないしさ」


「そんなの嘘よッ! こんな若い身空で花の美貌をちらすなんて、うぅっ、ひっく………まだドーマ様のお嫁にもなってないのに~~~~~」


 鉄扉の向こうで話し声がする。


 カッ カッ カッ カッ


 階段を下りてくる複数の靴音。人が増えたようだ。

 ルーは外の音を拾おうと耳をすますが、キュラの甲高い声での嘆きは止まらない。


「うううっ、む、虫にぐちゃぐちゃに食べられるなんて、そんな姿、ドーマ様に見られたくない~~~~き、きれいなうちにお会いしたかったのに~~~」


「ちょっとだまってて、ここから出られたら会わせてあげるから」

「そんなの出来るわけ……………ほんと?」

 ルーがこくりと頷くと、キュラは両手で涙をぬぐいながら口をとじた。

 顔は灰色がかった緑と桃のマーブルだが、その切れ長のおおきな黒い瞳は期待にきらきらと輝いている。




「……何故、ここにキサマがいる? バドウェン隊長」

 鉄扉の向こうで、拷問吏ガジュの訝る声がする。

「作戦はしばし時間がかかるからな。それまで、おぬしらのようすを見に来たのだが。なんぞ不都合でもあったか?」

 逆に問い返されて、ガジュは言葉につまった。やや遅れて「そんなものはない」と答えたものの、その不都合にルーは心当たりがあった。


 どうせ、おいらたちを拷問して愉しむつもりだったんだろう。

 このヘンタイめ。


 キャラベ国からの逃亡時と、ヨドヒル岬での〈拷問未遂前科二件〉があるため、ガジュにそれ以外の選択肢があったなど、当然ながらルーはこのとき予想だにしていなかった。

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