22 血濡れ貴婦人の蟲喰わせ塔
本日、20、21、22話を更新しています。
さて、困ったどーしよう。
回れ右して逃げることにした。
こちらもヒィルだが、足で移動することに慣れていない生粋のお嬢様よりは、はやく走れるはずだ。
読みどおり、あっという間に引きはなした。が、しつこかった。
どこの小路を通っても先回りで待ち伏せされている。さすがにおかしいと思った。
自分になにか目印でもついているのではないか。そんな懸念を抱く。
一度立ち止まって、はずんだ息を整えがてら、自分の体をチェックする。
すぐにそれは見つかった。
腰まである長いツインテールの銀髪の先に、コガネムシがくっついている。
コガネムシ。雪がちらつくこの時期に、すごく不自然だ。さわっても動かない。
ぺりっと髪からはがし、近くの塀にくっつけてから、小路の角へ隠れてようすをみる。
ほどなく、キュラはそこにやってきた。
コガネムシをつかんで地団駄を踏んでいる。
そうか……そーゆうことか。
たぶん、アレは魔法の産物で特定の人間の位置を知らせるもの、なのだろう。
あのコに魔力があるかどうか知らないが、ホリックさんが錬金術師だし、彼女がつくったものかも知れない。やれやれ、これで撒ける。
とりあえず、おいらはサディスが見つけてくれるまで、どこかに隠れていよう。
今回、桃革の鞄や棍には、「魔力持ちが攻撃をすれば、結界が発動」する〈条件付発動型の防御結界〉を付けてもらっている。
山越えのときは「魔力持ちが近づいただけでも、すぐ発動」するようにしていたけど、オッドー・ゲドルフの邸に訪問するのには、さすがに失礼になるからと、その部分をはずしたのだ。
いきなり結界付で訪ねられたら、敵視してると思われるもんな。
足音を忍ばせてキュラからはなれるべく、小路の反対側へくるりと向いた。
目の前に濃い影が落ちる。
つやつやとした淵色の金属に、息が止まるかと思った。
首を絞められた。足が浮く。ばたばたともがく。
しまったあああああああ!
息が詰まりそうになりながら、やつを睨んだ。
魔法攻撃するとは限らないんだった!
放せっ、この!
次第に手足に力がはいらなくなり、意識が遠のく中で、キュラの甲高いヒステリックな声が聞こえた。
「ちょっと、わたくしが追いこんだのだから、約束は忘れないでちょうだい!
──キャアッ!? なんなの、何するのあなたたち!!」
キュラが一枚噛んでいたもよう。
察するに、黒緑髪の彼女も、黒髪女フェチの拷問吏に目をつけられたんじゃないかな……。
にじむような夕陽が、ガラスも戸板もない石組みの窓から見える。
そこから吹きこむ寒風。床が、冷たい。床も石のようだ。
この感じ、どこかで覚えが………そうか、キャラベの城だ。
あそこの廃棄塔から逃げる際に城の屋上まで出たのだが、どこもかしこも重厚な石造りだった。
──ということは、ここは城!? まさかキャラベに連れてこられた!?
ジャラッ
起きあがろうとして、自分の手首が鎖につながれているのを知る。
うわあ、またか……。
廃棄塔や、ヨドヒル岬でも手枷につながれたことがある。
ひやりとした鉄の感触。
今回のは角もなくほそい環状か。ごつい板状なら武器になったのに。
手枷の鎖は左右にわかれ、壁から一メートルずつのびている。
足はつながれていない。寒いと思ったらマントがない。
老舗衣裳屋バルデンモーアのもので、防寒性に優れてて気に入っていたのに。
腰に違和感を感じた。
スカートの下のベルトとそれに吊るした棍が、ない!
「うわあああっ! 牛八十頭分がああああ!」
あまりの大損失にパニックに陥り、思わず手枷のついた両手で頭をかかえて絶叫してしまった。
「見苦しいわね、何もがいてるのよ。このドブス」
刺々しい声に我に返り、ぴたと動きを止める。声の主を見た。
夕陽にもまぶしい蛍光ピンクのコートとドレスが目に痛……。
ふいに、気絶まぎわのことを思いだした。
すこしはなれた壁ぎわに座りこんでいる彼女に、ルーは半眼になる。
「わざわざ、おいらが捕まるように追いこんでくれたんだってね?」
ぎくっとしたように、キュラは頬を引きつらせた。
「なにやら、約束までしていたんだってね?」
キュラがキッと目を吊りあげて、こちらを睨んだ。
「〈クトリの殺人鬼〉なんだから、捕まって当然でしょ! この災いの源! わたくしを巻きこんでおいて反省の色もなし!? あなたがすべて悪いのよッ」
「なに言ってんだよ、黒髪女いたぶり趣味の拷問吏に近づいたのはあんただろ」
「……誰よ、それ?」
「青髪の男」
「あぁ、あの、……わたくしが取り引きをしたのはあいつじゃないわよ! むさいオッサンよ! 似たような黒い鎧だったし……まさか、わたくしまで拉致されるなんて思わなかったから……」
ほうほう。読めたぞ。
きっとバドウェンとかいう第二王子に鞍替えした魔法士に、おいらを捕まえる手助けをする代わりになにかを頼んだってことか。
したたかな女だな~。それにしても、ナゼ、彼女はコートを剥ぎとられていないのか。おいらだけの嫌がらせか? 拷問吏め。
「どんな取り引き?」
「あなたなんかに言う必要は……」
「ここから逃げのびてサディスに会ったら、あんたは敵の手先だって言っておくけど?」
とたんに、彼女は目を三角にして怒った。
「だれが敵の手先よ! 呪いもちの分際で!」
「その呪いもちはサディスの謎解き対象なんだよ。彼は古代の呪詛に興味がある。だから、おいらが勝手に始末されると、彼はすっごく怒ると思うけど?」
「──待ちなさいよッ! だれも言わないなんて言ってないでしょッ」
さっき言う必要ない、とか言いかけてたくせに。
「……ドーマ様に会わせてくれるように頼んだのよ! ドーマ様は第二王子が味方に引き入れたいから、丁重に説得して迎えるつもりだって言っていたから」
「……」
あいた口が塞がらない。
丁重? 説得? 遠見鏡で音しか聞こえなかったが、いきなり魔法で爆撃をかまして追っていただけだろ。
キュラを見れば、手首をうしろ手に縄でしばられているだけだ。
なんだよ、この差。
おいらも縄にしてくれれば、すぐにでも脱出するのに。
ルーは怨めしげに手首につながれた重い鎖をみつめた。
古くて所々赤錆びてはいるが、だからといって、床石に打ちつけたていどで壊れるほどの腐食具合でもない。
「残念だけど、さっきの青髪のやつは第一王子の部下だよ。で、第二王子についてるオッサンとは手柄の奪いあいをしてる。あんたが攫われたのは……そのかぎりなく黒に近い髪」
キュラは訝しげに眉をひそめた。
「わたくしの髪が何だっていうの?」
「青髪の男は拷問がシュミで、特にこの世のすべての黒髪女に対し、並々ならぬ憎悪と敵意と執着をもっている。いたぶるのが生き甲斐らしいんだ」
「なんですって!? 冗談じゃないわ!」
キュラは立ちあがり窓と扉を交互にみると、窓のほうへ駆けよった。
そこから飛び出す気だったのだろう。しかし、すぐによろけて壁に背をもたれ、ずるずるとしゃがみこむ。
「何ここ……〈血濡れ貴婦人の蟲喰わせ塔〉の最上部じゃない……!」
何そのコワイ呼び名。
「知ってる場所か?」
「イーストローズ国の西端にある、廃城の奥の塔よ。すごく高い塔だから、うちのある住宅街からだって見えるわ」
やっぱり城か。しかも廃城。
「昔、ここは一領主の持ち物で、領主の迎えた花嫁が蟲を愛でる風変わりな貴婦人だったの。でも、彼女が来た日から城の人間が毎日ひとりずつ消えていった。貴婦人が殺して、塔の中でこっそり飼っていた数万匹の蟲たちの餌にしていたからよ」
そんなホラーないわくがあるとこに連れこまれたのか。
「その彼女の行いもついにバレて、領主の手によって自分が殺した人間と同じ道をたどり、蟲たちも火をかけられて始末されたはずだった。だけど……」
だけど?
「ここが廃城になった理由はね、その後々も、この城の中でわずかにも血を流したりなんかすると、どこからかやってきた蟲の大群に襲われて食い殺されるからよ」
「まさか今でも?」
「たまに度胸試しでここにはいる馬鹿な人たちがいるらしいけど、警邏に捜索願いが出たままで見つからないって、オチよ」
頬がぴりっとする。
遠見鏡が壊れたときに破片がはじけとび、傷がついたのをルーは思いだした。
かすり傷だったから、もう血は固まっているとは思うけど……。
あそこの壁のすみにいる黒いやつはなんだろう。
さっきから増えてるような……虫かな?
虫のような気がするんだけど……。
「あのさ……おいらの頬から血出てる?」
「えっ!?」
ぎょっとしたように、キュラがこっちを凝視した。
「……固まってるわ。脅かさないでよ、ブス」
「まるで挨拶のようにブスつけるの、やめてくれないかな?」
ぴらぴらの白いレーススカートやブラウスが似合ってないのは、百も承知だ。
「それに、おいらそこまで見た目に耐えられないような顔してるわけじゃないし!」
「耐えられないわよ鼻低すぎ!」
「いや、あんたも低いし」
「この平原胸!」
「かぼちゃ胸」
「なんですってええええ!?」
「あ」
「なによ!?」
黒いヤツが一列になって壁ぎわから行進してくる。
ただの黒いホコリが転がっているようにも見えるが、近づいてくるにつれ、短い繊毛にびっしり埋もれているのがわかった。毛虫にしては妙に動きがはやい。
さわさわとキュラの方に向かっていた。
「血だ! 縄が食いこんでるとこ」
キュラは真うしろにしばられた自分の手首を見ることは出来ない。
そこに、わずかに血がにじんでいる。
「きゃあっ! きゃあああ!」
彼女は即座に立ちあがると、ほそいハイヒィルで間近に迫った虫たちを踏みつぶした。それはもう怒濤の勢いで。しかも壁まで走りよって、ちいさな穴から湧きだす虫をどかどか蹴りつぶしていた。
すごいな……高級住宅街に住むお嬢様なら、逃げまわるだけかと思ってた。
黒緑巻き毛の長いポニーテールをふり乱しながら、一心不乱につぶしている。
もう、殲滅するまで戦っていそうだ。
ヒィルの片方が壁の穴にめりこんでふさぐと、それ以上、虫が出てくることはなくなった。ヒィルを抜くのはさすがにあきらめたようで、キュラはフーフーと興奮した猫みたいに肩で息をしていた。
「本当に、血に反応する虫なんているんだ……」
「ああっ! 気持ち悪い! 虫とか虫とか虫とか大ッッキライなのよ!!」
「ヒトの髪にコガネムシつけたやつが、なに言ってんだ」
「あれは高性能なつくりモノ! つぶしたってぐちゃとかべちゃっとか変な中身出ないわよ!」
「……縄はずして手首になにか巻いておかないと、また来るかも」
ルーがそう言うと、「これを!? どうやって!?」と、彼女は憤慨したように苛立ちをぶつけてきた。
ルーとて虫に襲撃されるのは御免だ。それで、彼女に自分の近くでうしろ向きに座ってもらい、手ではムリだったので、歯を使って固い結び目をほどいてあげた。
「お礼なんか言わないわよ、そもそも、あなたさえわたくしの前に現われなければこんな目には」
「はやくなにか巻いて。壁のとこからまた出てるからさ」
ハイヒィルを押しのけて、黒い虫がうぞうぞ行進をはじめる。
キュラが手首の血を舌でなめとってから、ドレスについた胸飾りのリボンをはずしてそれでしっかり傷口をしばると、とたんに目的を見失ったかのように虫たちは右往左往しはじめた。そして、壁の穴に戻っていった。




