20 下町宿で既視感の悪夢を見た
夢を見た。
見知らぬ男に、ぎゅうぎゅう首を絞められている。
息が苦しくてそいつの顔はよく見えない。
バサバサの前髪のすきまから獣じみた目が光る。
キャラベの拷問吏? ……ちがう。あいつ髪切ってたし……
あの薄氷の双眸はすくなくとも、ヒトとしての狂気や残酷さをみせても、獣じみたという表現は合わない気がする。
じゃあ、だれだ?
なにかが赤く光っている。朦朧とする視界でそれを捕らえた。
男の左上腕には、三叉の矛に串刺しにされた海ヘビの鮮紅印があった。
9月20日、午前五時。
はぅ……、この状態はいつぞやの既視感を感じる。
リボンが全身にからまっていた。寝苦しいと思った。
「動くな、余計にリボンがからまる」
首の下に長い指先がさしこまれ、首にぐるぐるにまきついたリボンがはずされてゆく。
た、助かった……。
いつのまにか、ブラウスとスカートについた長いリボンが解けていたらしい。
リボンにシメ殺されるとか、冗談じゃないって!
目の前でかがみこみ、腕や胴にまきついたリボンを丁寧にすべてはずしてくれた彼も、あきれ顔だ。
「何故、着替えて寝なかった?」
「自分で着れる自信がなかったから」
正直に答えた。
リボンで胸下や脇腹、胴をしめあげて形を整える衣装だからだ。
硬いコルセットがはいらない分、楽だが、店員が二人がかりでしめてくれたものを一人でできるわけがない。どうせ明日も着るのだし、シワになりにくい生地だったからそのまま寝てしまった。
そのあと、寝台の横に立たされて、サディスがリボンをしめ直しながら整えてくれた。
さすがになんでもできる天才は、蝶々結びもうまいな。
「ありがと~」
多少の気恥ずかしさから、てへへと笑って礼を言ったら、「顔を洗って髪を整えてこい」と無表情に言われた。
まるで、かーちゃんのような台詞だな。
室内に置かれた洗面器に、水差しから水を移して顔を洗う。
ついでに、ぬらしたちいさな海綿で歯をみがき、地毛を手ぐしでまとめて銀髪のヅラをかぶって、準備を終える。
「朝ごはんどこで食べる? おいら、昨日の表通りのカフェがいいな。パイシチュー食べたい」
その名のとおり、ポット型のパイにシチューがはいっているものだ。
昨日のお昼にカブ風味を食べたが、今度はかぼちゃ風味が食べてみたい。
野宿でないときは、あったかくて美味しいものを食べたい。
携帯食もいいが、ずっと乾燥モノがつづくとやっぱ飽きちゃうしね。
ここの宿屋はサービスが悪く、はじめてはいったときに、一階の食堂で食事をしてる人たちのメニューを見たが、お世辞にも美味しそうとは言えなかった。
見た目もばっさばさに乾燥しきった黒パンに、具のない脂だけが浮かんだスープ。
そして、夜中に部屋前の廊下や二階窓の外が、やたらさわがしかった。
あえて、追手の目をふりきるためにも治安の悪い下町の宿を選んだためか、どうやら強盗が夜間に複数おしよせたらしく、かちあって乱闘になったらしい。
ルーたちは結界の中にいたので、手出しもできなかったというオチだが。
そんな物騒な下町も南へ三分も歩けば、にぎやかで華やかな表通りにでられる。
この宿はもう引きはらうので、忘れ物はないかチェックした。
三十センチほどに縮めた携帯棍は、ドロワーズの上にまいた腰ベルトにつるし、スカートの下に隠した。
旅の必需品がはいった布鞄はサディスに預け、桃革のちいさな手提げ鞄についていた予備の肩掛けヒモをつけて、落さないよう体にななめ掛けした。
九月下旬だが、プルートス大山脈をはさんで北方諸国は、すでにどこもまっしろな雪景色だ。今朝も雪がちらついている。ガレット国での日中の暖かさがウソのようだ。
冷えこむのでマントをしっかり羽織り、防寒ベール付のフードをかぶる。
山越えのときほどの寒波ではないが、お尋ね者なので必須だ。
現在、プルートス大山脈のすそ野に近いイーストローズ国西側の、わりとおおきな街にいる。ここから北西の向きに二国はさんで、〈クトリの呪詛印〉をもつルーを排除したがっているキャラベ軍国がある。
地図を確認すると、その領地はほかの北方諸国十一ケ国を合わせたのとおなじぐらいの面積があった。ちなみに、クレセントスピア大陸では二番目のおおきさだ。
一番目はキャラベの三倍の領地をもつ、最南端のターナ帝国。
それにしても、なぜ、昨日バーニン邸にやつらが踏みこんできたのか不思議だ。
閑静な高級住宅街、訪ねた時間帯にまわりに人がいないのは確かめたし、事前に魔力持ちの気配がないかサディスが探ったけど、なにも感知しなかったのに。
敵ははっきりと〈銀髪の娘〉の訪問を知っていた。
それについては、第二王子の側に強い術の使い手がいる可能性が高いと、サディスが言った。第一王子が指揮する拷問吏たちとは別行動をとっているのも、ホリックの話で理由がわかった。
つまり、内乱でどっちかが潰れないかぎり、二手に分かれて追跡してくるので動向が読みにくくなる。
陣頭指揮するであろう拷問吏と、あのバドウェンとかいうおっさん魔法士。
ともに出し抜こうと策を立てるだろうから、これまで以上に周囲に気をつけろと念を押された。
むしろ、潰しあいで共倒れになって、おいらのことは永久に忘れてくれればいいのに。
サディスと一緒に宿をでた。
とたんに、人相の悪い男三人に道を塞がれた。
ルーは携帯棍をふって長くのばすと、あっけにとられている男たちを、次々と、舗装がはがれてがたがたの石畳の上に沈めた。
三人目をゴミ溜めのほそい路地に棍で殴りとばしてからふり返ると、フードの下からあきれ顔のサディスと目が合った。
「ん? どうかした?」
「……棍を出すときは見られないようにしろ」
スカートの下にベルトで棍を下げていたので、それをとるときの動作のことを言ってるらしい。
「下にはいてるからヘーキだよ?」
ドロワーズはひざ丈半ズボン型のゆったりした下着だ。
高級ブティックの店員には、ちら見せオッケーだと言われた。
ふつうに立ってる状態では、ひざ下五センチ三段重ねの桃色アンダースカートで、ほぼ見えることはないのだが。
しかし、このドロワーズ、ルーが麻の地味なものを身につけていたため、強制的にリンネルの純白レースフリル付に変えることとなった。アンダースカートがあるため、だぶつきはかなり抑えられてはいるのだが。
店員さんの流行とセンスの妥協をゆるさない信念がコワかった。
そして、いま。
目の前にいる彼の視線もちょっとコワイ。
「それは下着だ」
知ってるけど。それが何か?
「そもそも見せるものではない」
「店員さんはだいじょーぶ、って言ってたよ?」
「それは裾のレース部分のことだろう」
………ああ、なるほど。そーゆー意味か。
お嬢サマの衣装をあつかう店にしては、ずいぶん大胆なことを言うなとは思っていたけど……。
「以後、気をつけろ」
「はあ~い」
いまさらだが、スカートの裾をひっぱっておいた。
本日、午後に更新します。




