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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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19 クトリの錬金術がナメクジもどきだった件

 バス停で待ってくれていたサディスと一緒に、ルーは近くのレストランに入った。

 彼が予約しておいてくれたらしい。

 夕食時とあって一階はすでにならんで待つほど混みあっていたが、二階の個室へ通された。部屋は暖かいし人目もないだろうということで、ルーはマントをはずした。

 彼は相変わらずで、フードマントについた顔面をおおう防寒ベールをはずすも、フードを目深にかぶったままだ。

 窓からは、すっかり暗くなった通りに、ランタンが三十メートル置きに頭上をてらしているのがみえる。そのせいか、まだわりと人も歩いている。小規模な町や村では日暮れとともに、人も出歩かなくなるのがふつうなので、ちょっとめずらしい光景かもしれない。

 高級住宅街から近くとあってか、店の内装は上品でおちついていた。

 個室のせいか給仕係の青年がついたのだが、テーブルマナーがなってないルーに、ちょくちょく横から親切に教えてくれた。しかし、話ができないと思ったらしく、サディスが早々に氷点下の目線だけで追いはらってしまった。

 食事をしながら、今日の任務で得たクトリ王国に関する情報について、呪詛解きの手がかりはあったかどうかを聞いてみた。

「呪詛に関する記述はなかった、だが、はっきりしたことがひとつ……その前に、これまで調べたことは覚えているか?」

 ルーは、こくりとうなずいた。

 旅に出る前、曾祖父の館で、サディスが知人らからとりよせた大量の古書から知ったのは、次の三点。



〈クトリは錬金術により栄えた王国である〉


〈クトリは錬金術により世界を支配しようとした〉


〈クトリは莫大な富とともに禁忌の海に没した〉



 むしろ、これ以上わからないというのが現実だ。

 クトリ王朝の終焉が三千五百年前と古代であるため、資料がほとんど残ってないからだ。

 いくら忘れっぽいルーでも、部屋いっぱいの古書の海からこれだけしかわからなかったという衝撃とともに、たった三行の重要な情報まで忘れることはない。

 彼は優雅に、手もとのナイフで肉を一口大に切りわけながら続けた。

「クトリ王国が栄えたとされる高度な錬金術の中に、現在、違法とされている改造医の手口によく似た記述があった」


 一ページ一秒の超高速読みから見つけるなんて、さすがだ。


 改造医という単語も、これまた忘れっぽいルーにしては覚えていた。

 なぜって、おそらくそいつに手術を受けていたから死なかったであろう、戦慄のコゲ老人を思いだしたからだ。落雷か火事で焼けだされたかのようにぶすぶすとコゲていたのに、ひょいっと起きあがって闇の中へひたひたと去っていった。

 たしか、キャラベ王の側近だったと思うが。

「あの、魔獣の細胞を人間に移植するやつ?」

 ルーは厚切りのローストされたおおきな肉を、ナイフとフォークを使ってくるくると巻き、それをフォークで刺しておおきくあけた口にほうりこんだ。


「そうだ、たいていは事故や戦いのさなかで、体の一部を失った連中が手をだす。魔獣の特性である鋼のような強靭さを得られるが、その代わり副作用が多い。年を経るごとに心か体のどちらか、あるいは両方が人間離れしてゆく。人の言葉が理解できなくなったり、獣のような食事をしたり、体が毛や鱗におおわれたり、その例も様々だがな」


 もぐもぐと咀嚼してから肉を飲みこんだルーは、眉をひそめた。

「なんか末期悪魔っぽいね……」

 憑物士が体内に召喚した悪魔に魂を食われて、乗っとられてしまう末路に。

「あれと違うのは、自我を失わないことだな……いや、発狂する場合もあるから一概にはそうと言えないが」

 お肉が豚だったせいか少々、脂っぽかった。

 それでルーはサラダからリーフレタスをとって食べる。

 お洒落な演出なのかどうなのか、色とりどりの生の花とか蕾がサラダにけっこうはいってる。見たことのない花だ。ちょっと迷ってから口に入れた。

 食べれるけどそんなに美味しくなかった。

 黄色の花粉が口の中でぱふぱふする。


 なんてゆーか……危険区域に踏みこみたがる人たちは、ちゃんとそういったリスクを知っているのだろうか? 知ってて追いつめられてなのか、それともただ知らずなのか。どっちにしろ、改造医が儲けていることだけはまちがいなさそうだな。


「えぇーと……それで、クトリの錬金術っていったい……?」

「生物の細胞を極限まで強化することで兵器にすることだ。これまでに調べた古書の中の挿絵で頻繁にでていただろう。巨大な虫や海の軟体生物が街を襲っているのを」


 ……あぁ、出てたね。

 古代言語の読めないおいらは、挿絵だけを見ていたから。


「どうやら、想像ではなく事実に基づいているらしい。……ということだ」

「あの妄想大爆走としか思えない絵が……?」

「以前、おまえの悪夢から吐きだされたナメクジもどきも、おそらくその産物だろう」

「えっ」

 それは、曾祖父の弟子のひとりアスターが、〈悪夢を具現化する術〉をルーにかけたせいで、実体化して現実に現れたものだ。

 人よりもおおきく、すばやく、酸を吐き、攻撃や結界の魔法の効きが悪く駆除するのに大変だった。主に、襲撃を受けた曾祖父の館に住む弟子百人が。

 それでも、さすが大陸五指の大魔法士の弟子たちというか、みな軽度のケガだけですんだ。被害は酸でドロドロにとかされた館三分の一と、大量の借り物の古書だった。

「アスターの術は深層意識にあるものを引きだしていた。つまり、おまえはあのナメクジもどきを実際、クトリ遺跡で見たことになる」

「えっと、でも……あの挿絵を見たあとだったからなんじゃ……? おいらの空想の産物ってことは」

「酸を吐いたり魔法が効きにくいというのは、挿絵からではわからない」

「……そうだね」


 ということは、古代の遺物を現代に召喚したも同じことをしたのか。アスターめ。

 過ぎてしまったことはしかたないが、次に会ったら、あんな物騒な術はぜったいに封印すべきだと説教してやる。


 コース料理だったらしく、次から次へと小出しに料理がでてきて、けっこうなボリュームがあったのだが、途中でリタイヤしたサディスの分も、のこりの料理はルーが平らげた。最後にでてきたデザートの赤梨タルトが絶品だったので、追加で頼んだらさっきの給仕の青年がすぐにたくさん持ってきてくれた。ちいさかったので二十個ほど食べたら驚かれていたが、帰りしなに「またいらして下さい」と笑顔で送りだされた。

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