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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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17 ホリックの昔話と情熱の伝え方

「ルー、聞こえているか?」

 暗闇の中、耳に心地よいサディスの声が届いた。

 ペンダントの鏡があわく光を発している。

 どうやら敵による結界がほどかれたおかげで、遠見鏡が再び起動したようだ。

 彼も魔法が途切れたことはキャラベ軍のしわざと察していたようで、無事かだけを確認してきた。そして、次に向かう場所を教えられた。

 ペナルティはふたつあるので、そのふたつめの回収は、また別の人のところへのお使いなのだ。

 急に光が正面からさしこんできた。

 あわててペンダントを桃革の手提げ鞄におさめる。

 壁が横にゆっくりと移動し、そこにホリックが心配そうな顔で立っていた。


「よくここの仕掛けがわかったね。暗くて心細かっただろう? 出ておいで」


 さしだされた彼女の手につかまり、地下室に出た。

 天井の半分が破壊され、書架も粉砕され大量の古書も無惨にちぎれてめちゃくちゃになっている。隠し部屋を見つけたバドウェンが、魔法で攻撃したらしい。


「ご……っ、ごめん!! おいらのせいで大事な資料が! 古書が……!」


 仰天のあまり、素で謝ってしまった。

「気にしなくていいよ。言っただろう? もう頭の中にはいってるって」

「でも……っ」


 追手から庇ってくれた人なのに。


「それから、ふだん通りにしゃべってくれて構わないよ」

「あ」

 くすくす笑われて、自分の失態に気づく。

「昔とずいぶん違うなぁとは思っていたけど、よかった。変わっていないようで」

「……会ったことある?」

「何度かね。君は寮生活を送るお兄さんたちに会うために、よく魔法学園にノア氏に連れられて来ていたから」

「そう、なんだ……?」

「覚えてないのかな? まぁ、君が七、八歳ぐらいのころだったしね。よく学園内で姿を隠して、ノア氏や君のお兄さんたちを困らせていたよ。もっとも、ノア氏を敬愛する馬鹿どもに、魔力のない君がいじめられて、ロッカーや掃除用具入れに閉じこめられていたっていうのが、事実なんだけどね」

「……よく知ってるね」


 ひいじーちゃんたちが困っていたってことは、それを知らなかったってことだ。


「うん、僕もその馬鹿のひとりだったから」


 なんと。いじめっコのカミングアウトか。


「クレセントスピア大陸屈指の、大魔法士である尊敬するノア氏の血縁として、ふさわしくないと思っていた。あのころはね。僕も子供だったから」

「それはひいじーちゃんの館でよく聞いたよ。現弟子たちから非難の嵐で」

「彼らはまだ子供なんだよ。気にすることはない。君の魅力を知れば、いつか己の未熟さに気づくだろう」

 ルーは意味がわからなくて、首をかしげて彼女をみた。


「当時、僕は目立たない子供でね。いわゆるグループの中でもパシリ役だったんだ。つまり、いじめられる側だった。だけど、君が魔法学園にきたときは、いじめっコたちの関心はみな君に向かう。どうすればノア氏の目を盗んでいじめられるかを相談しあう。そのときだけは僕は仲間外れにされず、彼女たちの中に入れてもらえたんだ。そして、いつだっていじめの実行は僕が表立ってやることになっていた。

 でも始めはうまくいかなかったよ。軽いケガをさせようと、階段の上の死角からつきとばそうとして避けられて自分が落ちたり、冬の池につき落そうとしてまた避けられて自分が落ちたり、頭上からカエルの屍骸や腐った生卵や鉢植えを落としても、スキップしながら避けられたり。君の反射神経は並大抵じゃなくてね。

 しかたないので作戦を変更して、閉じこめることにしたんだ。ロッカーに仔猫をいれておけば、やさしい君はすぐにひっかかった。扉が開かないように術で封じをかけたんだけどね。声は聞こえるはずだから、いずれ泣いて助けを求めれば、大人たちが開けるだろうと楽観的に思っていた。しかし、夜になってもノア氏たちが探し回っている。ロッカーの中で、あろうことか君は熟睡しててね。お腹をすかせた仔猫が鳴くまで見つけられることはなかったんだ。

 子供心に、なんてふてぶてしいコだろうと思ったものだよ。何度閉じこめても、君は泣いたり叫んだり悲観することもなく、迎えが来るのを待つかのようにぐっすり寝ていたからね。それで、他のいじめっコたちがしびれを切らして、君をとり壊し予定だった旧校舎の地下におびきだすよう、僕に命令したんだ。君のお兄さんが待っていると言えば、君は疑うこともなくついてきた。誤算だったのは、僕までいっしょに閉じこめられたことかな。

 旧校舎の地下は、学内敷地にある卒業生のための試験場〈アルビレオ迷宮〉につながっている、とのもっぱらの噂でね。試験期間には、卒業生らがクリアするための罠がはられ獰猛な魔獣が放たれる。さすがに期間外にそれはないだろうけど、複雑な迷宮であることに変わりはない。扉が古くカギが中でつまったまま折れたせいで開かなくなったんだけど、扉を術で破壊すれば騒動になるし、開けるに開けられない。

 いじめっコたちはパニックに陥った僕が泣きわめいても、一顧だにせず笑っていた。僕より四つ年下の君のほうが冷静だったよ。彼女たちと僕の顔は覚えたって。仕返しされる覚悟はあるかって聞いてきた。彼女たちはもちろん大笑いした。だけど君は、まるで飾りのように腰のベルトにひっかけていた携帯棍で扉を一撃で破壊し、ひるんだ彼女たちが術を行使する前に、棍でしたたかに殴り飛ばしていった。もちろん泣いてた僕も容赦なくね。

 結局、扉が破壊されたことで、君を閉じ込めたことが学園側に知れてね、僕と彼女たちは一週間の停学を食らったよ」


 そこで一度、話を切って、ホリックは入口のひろがった天井を見あげた。

 女執事さんが顔を覗かせ、なにやら目配せしている。

「彼らが邸の敷地外に出たようだね。そろそろ地上に出ようか」

 ホリックにつづいて石段をのぼり、床の半分ない地下一階を通った。

 のこされた床のホコリがキレイにない。それで気づいた。

 おそらく本当に掃除していたのだろう。ルーがホコリを踏んでつけた足跡を消すために。さらに、地上へむかう石段にもホコリはまったくのこってなかった。


 ……ずいぶん丁寧な仕事だな。

 魔法でやったのか?


 ホリックは話をつづけた。

「悪事はかならず我が身にはね返る。君が教えてくれたことだよ。人のせいにするのはとても簡単なことだった。僕は君がノア氏の血縁で、魔力もないのに、かの氏に可愛がられていることを妬んでいた。人に使われている、見下されていると嘆きながら、孤立するのを恐れて彼女たちとの縁を切らなかった。すべての責任の所在は自分にあると自覚してから、なにかが吹っ切れたんだ」

「……え、それで男装の麗人に?」

 彼女はおかしそうに吹きだした。

「麗人は余計だよ。まぁ、男装を始めたきっかけは君であることにはまちがいないけど。孤立した分、自分の時間を自由に使えるようになったし、魔法学に専念できるようにもなって成績も学年上位になったからね」


 殴られて悟りを開けるヒトもそうそういないと思うけど。

 妙なところで影響を与えていたんだね。


「でも、悪事がはね返るってわかってるのに、なんで師匠のモノを盗んだんだ?」

 彼女は苦笑した。

「知りたいと思うと止められなくてね、つい。複製ならバレないだろうと安直に考えてしまって……バルフレイナ様には、いずれ何らかの形で償うつもりだよ」

「そう思うぐらいなら見せてくださいって、お願いすればよかったのに!」

「したさ。百回も。でもおまえには千年早いって言われたよ。あれは絶対、死んでも見せる気なんかないね」


「だめだめっ、百回や二百回頭下げるなんて鳩にだってできるんだから。もっと、相手が参りましたっていうぐらい付きまとってお願いしなくちゃ! ホリックさんの情熱なんか伝わらないよ?」


 彼女は目をまるくして、ルーを見た。

「なるほど……だから、か」

 なにか、ものすごく納得したような顔でうなずかれた。


 ん? そんな感動するようなことを言ったっけ……?

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