16 不意打ちで新たに来た追手は
どちらにしろ孤立してしまった。
とりあえず、今できることと言えば、息をひそめて脱出口を探すしかない。
とはいえ、ちいさな部屋。足音を忍ばせて壁や床、書架を念入りに探るがほかに出口らしきものはない。
ここで疑問が首をもたげる。ホリック・バーニンは、はたして敵なのか味方なのか。
追手は昨日の時点で、東側の町で撒いたはずだ。
だから、そもそも、ここ西側の街にいるはずがない。
……それとも、上にいるのはやつらじゃないのか?
いやいや、ホコリの状態を思い返せば、ここに偶然、今この時期に客がくるとは思えない。やっぱ敵だ。それにしても、タイミングがよすぎる。
このまま、やつらが去るまで、ここから、おいらを出さなければホリックさんは味方ということになる。でも、もし、ちがったら……?
五分ほどして、複数の足音は去っていった。
しかし、依然として天井の出入口は開かない。
ふと、彼女がここに入るときにやったことを思いだした。
あれは、呪文を使わなかったはずだ。
似たようなのが、この部屋にもないだろうか?
奥の壁に面する書架の前に立った。
たしか、下から二段目の右端の本だった。それを抜いて、そこを覗きこんで見た。
なにもない。左端の本を抜いてそこを覗いてみた。レバーがある。
やはり魔法でなくカラクリ仕掛けだったようだ。手をつっこみ動く方向を探る。
下に下げることができたので、そのまま手を引いた。
すると、いきなり書架が横に滑って移動する。
今度は壁に四角い穴があって、上りでも下りでもない、まっすぐなせまい道が現れた。まっ暗で湿った土のにおいがする。
明かりが一片もないのではいるのに躊躇していると、また上の階を鉄靴が歩きまわる音がした。
また、やつらがもどってきた!? なんで?
もう調べて引きあげたんじゃなかったのか?
考えられることはひとつだ。だれかが疑念をもって引き返してきた。ヤバイ!
本能的に迫る危険を察知した。ルーは壁の穴に身を滑りこませた。
とたんに、背後の壁を書架がしずかに塞ぎ、あたりは真の暗闇になる。
閉じこめられた! と思う間もなく、すぐ近くで爆音が轟いた。
「な、なに……!?」
あわてて口を手でおさえ、耳をすませる。
「見ろ、隠し部屋だ!」
野太い男の声が聞こえてくる。
「……ちっ、ここにもいぬとは。あー、某の勘もなまりおったか……?」
「お疑いは晴れましたか? キャラベ国第一王子直属、魔法士団第十九部隊隊長バドウェン・ゾル様」
ホリックの声だ。
「よく知っておるな、某はそんなに有名人だったか?」
「キャラベ魔法士軍専属の魔法武器を作らないかと、お誘いを受けているもので。軍にどんな方々がいるのか、少々、調べさせて頂いたのですよ」
「ほほう? いや、でも、おぬし確か……バルフレイナ殿に破門されておったのではなかったか? うちの専属なんぞになったら、元師匠とかちあうぞ?」
「バルフレイナ様はあつかいづらい上に、すでに七十半ばを越えてのご高齢ですからね。彼女の代わりにどうかと、第二王子様からの打診のようです」
「メイリィ殿がねぇ……」
ルーは身じろぎひとつせず、息をひそめて聞き耳を立てた。
まっ暗なので、動くことでつまずいて音を立ててしまったら元もこもない。
さっき穴の内側の両端に、木箱や廃材らしきものが積んであるのがおぼろげに見えたからだ。使わないから物置にしていたのかもしれない。
「なかなか野心の多い御方であるな。で、おぬしはなんと答えた?」
「あなたのおっしゃる通り、元・師がいるかぎりは恐れ多くて」
「はははっ、おぬしそのようなナリで、意外に小心者であるな!」
「えぇ、破門の折に、彼女の新作の魔法武器の的にされまして。三ヶ月ほど生死の境を彷徨いましたからね」
ひいじーちゃんの弟子の間で伝説になるはずだ。
恐るべし錬金術師バルフレイナ。
「………なるほど、納得いたした」
バドウェンは神妙な声でそう言った。
「とりあえず、いると思うてこの建物に結界をかけてみたが、なんの反応もなしとはなぁ。出ようとぶつかっておるのもネズミだけのようだし……」
遠見鏡の魔法が遮断されたのはそのせいか!
そして、暗い道をムリに通ろうとしなくてよかった。
おそらく、この建物の地下部分から出る道につながっていたとしても、そこで結界に触れて気づかれてしまっただろう。
「うーん……ここだと某の勘が告げておったんだが……最近、第十六部隊にばかり任がまわってて、前線に出ることもなかったからなぁ、やはり、ちと鈍ったか」
まだ納得できないのか、ぶつぶつ言ってる。
とっとと、帰れよ! と、ルーは心の中で呟く。
「しかし、不思議ですね。何故、わが邸内に〈クトリの殺人鬼〉などという、物騒な輩がいると思われたのでしょう」
「あ? 銀髪の娘が訪ねて来ておったろう」
「来ていませんよ」
「いや、おぬしそんな見えすいたウソを言うてもな」
「では、僕が嘘をついている証拠を教えてくださいませんか?」
「ここにはいって行くのを見た者がおるのだ」
「当然でしょう。うちの執事や女中には、銀髪なんてざらにいますから。買い出しに出た彼女たちがもどってきたのを、勘違いされたのではありませんか?」
そーいや、女執事さんも女中さんも銀髪だったっけ。まぁ、サディスみたいな完全な銀じゃなくて、ほんのり紫がかっていたり赤みがかっていたけど。
「お気が済まないのであれば、彼女たちを呼びましょうか?」
「……いや、いい。時間の無駄になりそうだ。……失礼いたしたな」
バドウェンは、おそらく周りにいるであろう部下たちに「オイ、引きあげるぞ」と促した。重たい鉄靴の音が去ってゆく。




