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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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13 どうせ起きたらまた忘れている出来事

 9月19日、午前六時。


 また……まただよ! どーする、おいら!? 

 てか、おかしいだろ! 落ちつけ自分! 何がどーしてこうなった!?


 幾日かぶりのしろいシーツで眠ることができた朝は、最近すっかり忘れていた現象に遭遇することとなった。

 目の前に麗しの氷華のような美貌がある。爆睡してる。

 しかも、ここは彼が眠っているはずの寝台だ。証拠に、もうひとつの部屋の反対側の壁にくっつくように設置してある寝台の上には、ルーの鞄やマント、棍が置いてある。


 変だ。昨夜はちゃんと自分の寝台で眠ったはずなのに……!


 そして、はっと気づいた。

 自分が無意識に、彼が着てる灰色の毛織シャツをつかんでることに。


 なんてこった! ね……っ、寝ボケたのは、おいらの方か!? 

 はっ、そういや、山小屋で棍をもって大暴れするというすさまじい寝ボケをかましたって、サディスから聞いたっけ。床や壁に棍の打撃痕があったから言い逃れもできなかった……ということは、自分にも寝ボケ癖があったということだ。つまり両者ともか……! サディスは絶対的にそれを認めないけどな!

 …………マズイ。暴れるならまだしも、こっそりヒトの寝床に侵入して、あげくヒトのシャツをつかんでその胸にほっぺたをくっつけて寝てるなんて、ヘンタイじゃないか……っ!

 こうなったら、バレる前に自分の寝台にもどるしかあるまい。

 幸い、以前のように寝ボケた彼に抱きつかれているわけではない。

 しかし、問題がある。自分が壁ぎわにいて、彼にはさまれているということだ。

 どうやってこの位置になったかは疑問だが、今はそれどころではない。

 彼を乗り越えないと脱出は不可能だ。がんばれ、おいら! 

 世に名高い天才魔法士を脚でまたぐのはいささか気が引けるが、今後もつづく旅のその相方にチカン判定されるわけにはいかない!


 意を決して彼のシャツから手を離し、そろそろと壁ぎわへ後退する。足下から出られないのは、部屋がせますぎて寝台がふたつギリギリで収まっているからだ。

 あいかわらず、彼は呼吸の音すら静かに爆睡中だ。

 そっと膝立ちになり彼の腰をまたごうとした。すると、間が悪く彼が寝返りを打ったため、思いっきり彼の腹部に乗っかってしまった。


 ひい~ッ!!


 蒼白な顔で全身硬直した。

 薄目をあけた彼と目が合う。

「寝ろ」

 彼はひと言そう言って、ルーの腕をつかみ、さっきとおなじ場所へ引き倒した。


 か、完全に、寝ボケてる~!


 しかも、無意識に腕の中に囲われた。


 落ちつけ、おいら。まだ、すきまはある!


 はげしく鳴りはじめた鼓動を無理やり押さえつけて、そろそろと自分の肩に乗っかっているだけの腕から抜けだそうとした。だが、しかし。

 いきなり、彼の腕に力がはいり抱きすくめられる。


 失敗した! すばやく抜ければよかった──っ!


「ん……」


 起きた!?


 思わず、近すぎる顔を仰ぎみた。起きてない。

 部屋に差しこむ朝日はまぶしい。もう起きてもいい時刻だ。


 っていうか、いいかげん起きろ! 

 叫びたいが、チカン扱いされたらイヤだ。う~、どうしよ~……!?


 時間だけが過ぎる。


 チッ チッ チッ チッ チッ


 床に置かれた荷袋の上にある懐中時計が、ちいさな音を立てて時を刻む。

 あれから四十分は過ぎてる。なんとか抜けだそうとするが、またもや絶妙な力加減で、苦しくない程度にがっちり絞められている。


 そうだ! この状態で起こせばいいんじゃないか? 

 今のこの状況は、だれがどう見ても、こっ・ち・が・被・害・者・だ。


 嬉々として彼を呼んだ。

「サディスっ、起きて! 朝だよ!」

「お腹空いたよ、ご飯食べに行こうよっ」

「髪色バレたから染め粉買いに行きたいし」

「午前中には宿発つって言ってたよね?」


 ……なぜ、起きない。


 ルーは、む~っと頬をふくらませた。

 そこでふと、以前やりそこねたイタズラを思いだした。


 なにか、イタズラしちゃおうかな?


 両腕は拘束されてて動かせない。

 そこでまた思いだしたのが、ほっぺちゅーしたら驚くんじゃないかナというやつだ。


 あー、でも。やっぱダメダメ。

 こっちが恥ずかしさのあまり、ダメージ食らいそうだ。

 ちょっと、やっちゃおっかとか思ってた矢先に、何をしているとか冷ややかな目で見られて、それだけで爆死できるかと思ったもんな。


「何をしている?」


 そうそうこんな感じで、ひやっと底冷えする声で……。


「!」

 美しい翠緑の半眼で、こちらを見据えている。

 がっちり抱きしめたままで。

「ぅ、あの、………離してくれる?」


 不思議そうな顔で覗きこむのはどうしてなのか。

 そして、なぜ無言なのか。……眠いからか。

 瞼がまた落ちそうになってる。なぜそんなに眠いのか不思議だ。

 昨夜は蛇頭鳥がプルートス大山脈の上空をおおい、登山者を襲っていたので、彼はどこぞで避難して睡眠をちゃんととったのではなかったのか。


「眠いの?」

「山で、寝てない」

 ほぼ瞼が落ちかけた状態で、そう答えた。

「え、何してたの?」


 おいらを捜していたとは思えないけど。

 あの拷問吏が何度もやってこれるなら、その前に彼が来たはずだと思うから。


「元凶を……捜していた、蛇頭鳥を興奮させた奴を……」


 それってヒナを殺したリリの供とか、攻撃した拷問吏とか登山者のこと? 

 いや、それだったら、リリの供に会ったときになにか言ったはず。


「……つまり、どーゆうこと?」

「──宿を発つのは午後にする。それまで眠る。起こすな」

 彼は長い銀の睫をふせた。お休みモードに入るつもりだ。

 だが、ルーは先ほどの彼の言葉にひっかかりを覚えた。

 彼が寝入る前に聞きだそうと、あわてて声をかける。

「えっと、ちょっと待ってよ? それってまさかと思うけど、だれかがわざと蛇頭鳥を」

 うっすらと瞳をあけた彼は、ルーの左頬に右手をすべらせた。

「おまえも、休め」

 額に形のよい唇をよせてきた。

 それから、また両腕で抱きしめたまま、眠ってしまった。

 ルーは呆然とおおきな瞳で彼を見つめる。ぽかんと、ちいさく口をあけたままで。


 でこに、ちゅーされた……。


 顔中に血が集まるのを感じる。


 熱い。困った。でも、うれしい。

 なんか家族とか兄弟ぐらい距離が近くなったような気がして──


 はたと我に返り、半眼で彼の寝顔を見る。


 ……でも、きっと、どうせ起きたらまた忘れているんだろう。

 こんなこっぱずかしいようなムズ痒いような気持ちを一人で抱えなきゃいけないのか? 休めったって休めるか──────!




 どうやら、自分もかなり疲れていたようだ。

 昨日は一日中、拷問吏とその仲間たちと追いかけっこしてたし、その前はきつい雪の大山脈を強行軍したので、しかたないのかも知れない。

 いつのまにか、彼の胸に頬をよせて爆睡していた。






 正午。

「いいかげん、俺の寝台に潜りこむのはやめろ」

「それ、本気で言ってる? だったらこの手は何だよ?」

 ルーはちょっとムッとして、彼を見あげた。

 彼女の背中にしっかりまわしていた腕をほどきながら、サディスは起きあがった。

「枕と間違える」


 そう、今度はそー言うんだね!? 

 こんな肉つきの悪い枕なんてそうそうないと思うけどさ! 

 それでも間違えるとか言うんだね!? すばらしい言い訳だね!


 すくなくとも昨夜は自分から潜りこんだので表立って反論はできないが、それでも拘束されて自分の寝台にもどれなかったのだって事実なので、無言で怒りの念波をぶつけてやった。

 ぱんぱんに頬をふくらませるルーを肩越しにちらと見て、前髪をかきあげながら、彼はひとつ溜息をついた。

 そして。

「悪かった」

 ぽつりと呟いた。

 ルーは、おおきな碧瑠璃の瞳をまるくした。


 ……っ、サディスが謝った!? うそっ。


「だから、そんなにむくれるな。コブタザルになる」

 真面目な顔で、なにやら失礼なことをのたまった。

「だっ、だれがコ」

 またこっちが怒りを発動させる前に、彼はフ、と微笑した。例の美貌三割増しの。

 ナゼ、ここで急にご機嫌になるのか訳がわからない。

 真正面でその破壊的な威力をくらって、思わず罵倒を飲みこんでしまった。


 ───だめだ。この笑顔……実は、おいら大好きなんだよ。


「も、もういいよ……人間だれしも欠点があるし」

 視線を泳がせつつそう言うと。

「おまえは欠点だらけだけどな」


 ヒトが折れたとたんにコレだ。かっちんと来た。


「今度やったら寝顔に落書きしてやるからな! 炭で猫ヒゲ描いてやるっ」

「……表通りに出るか。ついでに食事だな」

「はっ、ひさしぶりにパンケーキ食べたい! お肉もっ」

 食べ物に釣られて不機嫌さもふっとんでゆく。


 いいよ、もう。口の悪さもひっくるめて好きなんだから。


 この旅が終わるまで、会うことのできない両親や四人の兄たちがいることを思いだした。当然ながら記憶がないので、彼らがどんな人たちなのかわからない。

 生きてゆくのに必要な情報は思いだせるのに、自分自身のことに関しては、相変わらずなにひとつとして思いだせないのだ。


 ──でも、きっと、兄ちゃんてこんな感じなのかも知れないな。

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