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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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◆幕間①-2 臆病者のひそかな危機回避

 9月18日、午前八時半。


 アクシデントがあった。

 プルートス大山脈で魔獣の蛇頭鳥が群れで大あばれ。

 どうやら今年は数十年に一度の繁殖期だったらしく、前日に登山にはいった者はことごとく襲撃されたらしい。その数およそ、七、八百羽。

 近隣の国から魔法士たちが討伐隊を組んで、魔獣狩りをすることになった。

 第十六部隊からも、手勢を割いて向かわせることになった。

 国境近くのすそ野にまで蛇頭鳥が飛びまわっているからだ。

 興奮した蛇頭鳥は人間を食べはしないが、バラバラにひき裂いてしまう凶暴さがある。町や村には魔獣除けの結界があるので安全だが、国境門からすぐに町にはいれるほどに近いので、トビたちに緊張感が走る。

 そう遠くない場所の空が蛇頭鳥の群れの波でまっくろに染まり、うねっている。

 けたたましい鳴き声と爆音と、遠い人々の喧騒にまじる悲鳴。

 時折、負傷した魔法士と、一晩隠れて逃げきってきた旅人らが国境門へとかけてくる。それを追うようにやってくる蛇頭鳥。それが、ついと国境壁の上を通過し、町の上空に進入した。


 ──通過した!? 魔獣除け結界があるのに!?


 どこにでも野次馬はいるもので、大山脈のすそ野の危険を高みの見物とばかりに、わざわざ国境警備兵に金をにぎらせて国境壁の物見台までのぼったり、国境門をのぞきこんだり近づいたり、意外なほど大勢の人がそこにいた。

 それに乗じて屋台をそこに移動してくる者までいた。はっきり言って緊張感とは無縁のお祭さわぎである。娯楽のすくない辺境なので、命がけの危険な狩りも娯楽ショウに転じてしまっているらしい。

 もちろん、それは、魔法も生物もすべて通さない国境の〈網〉と、魔獣除けの二重結界のおかげで、自分たちは決して襲われないという安心感があるからだ。

 それがいっきに覆されたのだから、国境門周辺は大パニックになった。

 だれもが我先にと、人をおしのけて建物の中に逃げこもうとする。

 屋台はひっくり返され、果物売りのテントは倒され、ころんだ人々はそのまま人や荷車に踏みつぶされ、悲鳴と怒号と泣き声がいりまじった。

 いつのまにか人ごみに流され、トビは部下たちと離れてしまった。

 トビは単独で蛇頭鳥を始末しようとするが、なぜか、術の攻撃を放っても当たらない。

 射程距離が遠すぎるわけでもない。なのに、何度やっても当たらない。


「ちょっとやりすぎた感があるよね」


「野次馬などしないことだな」


 ふいに、耳をかすめた声。

 あわててトビは声のした方にふりむいたが、人の流れは川の濁流のようにはやく、声の主は見つからない。

 はっと空を見あげれば、そこにはもう、翼をひろげて威嚇していたはずの蛇頭鳥の姿はなかった。ぐるりと三百六十度、空を見まわしてもいない。

 まるで、最初からそんなものいなかったかのように。


 ──やられた!


 そう気づいたころには、トビのまわりにあった人の波はなくなり、人々は建物内やせまい路地裏へ、あるいは町の外へと避難していた。

 そして、トビは思った。

 あざやかに逃げつづける彼らを捕まえることに、一体どれほどの意味が〈自分〉にはあるのかと。





 しばらくして、憤怒の形相で血染めのガジュがもどってきた。

 背後に二名ほど減った部下たちをひき連れて。

 全身から返り血の生臭さがただよう。

「逃げられた」

「こちらもです」

 隊長の第一声に、副隊長トビはそう返した。


「キサマ、何のための〈待ちぶせ班〉だ!」


「こちらからも蛇頭鳥退治に手勢を割かれまして。キャラベ国の属国に対する約定で、〈魔法士団は人外脅威あるとき矢面に立つべし〉というのがあるので、町長からの要請を断れなかったんですよ。おまけにそれを見物しようと、国境壁に金をはらってのぼりたがる馬鹿が続出しまして。小遣い稼ぎにうかれた警備兵どもがそれを許容したりなんかしまして。大繁盛大混雑してるそこへ、国境壁を蛇頭鳥が越えてきたものですから──すぐには幻惑とは気づけず、わたしも少々パニックに」


「──無能の言いわけなぞ聞いとらん!」


「彼らは大混乱にまぎれて国境門を通過し、町の外に出たようなので、調査に向かわせています。四方の街道へ行かせましたから。連絡がくるまでもうすこし時間がかかると思います。それまで、鎧の血を拭き落として休まれたらどうです?」

 狂犬さながらに目を血走らせている隊長のうしろで、死相をみせ、剣を杖代わりにぐったりとしている四人の部下を慮って言った。


 このまま振りまわされては、部下がつぶれる。

 隊長は蛇頭鳥の血を浴びすぎて、気が高ぶっているらしい。


「ふざけるな! オレはまだ追える! 戦える!」


「わかってます。でも、見失っちゃったんだから休憩しててください」

 うしろにいる部下四人の顔がひきつった。

 「うわ、なんて投げやりな」とつぶやく。


「無能者め!」


「銀彗の魔法士と比べたら、たいがい無能ですよ」

 言外にあなたも無能でしょと言われ、ガジュは眉間に皺をよせ凶悪な顔つきになった。

  四人の部下たちは青ざめた。

 心の中で〈あの従順な副隊長が!〉〈遅まきの反抗か!?〉と。

「キサマ……上司を愚弄するとは、いい度胸だな」

「事実を語っただけで愚弄、というのはいささか短絡的ですよね?」

 いつになく挑戦的なその態度に、ガジュは片眉をひそめた。

 そう、いつになく、らしくない。むしろ、迎合しながら相手を立てて穏やかに物事をまとめていくタイプだったので、その不自然さはなおさらだ。

 それに気づいて、一発殴るべく拳にあつめかけていた魔力を止めた。

「ひとつ聞かせてください」

「なんだ?」

「あなたの意思の決定は、兄上がすべてなんですか?」

「……何?」


 言われた意味がわからない。


「ロリン殿も、ドナルド殿下のことも、頭からいま一度追いだしてください。〈クトリの殺人鬼〉の排除は、あなた自身が真に望んでいることですか?」

「何をいまさら……」

「この賭けは分が悪い。王や殿下に任じられたものでもなければ、今回の行動はまったくのあなたの独断です。わたしたちはあなたを隊長とするがゆえに、無条件に従っている。これまで拒否する者が出なかったのは、この行動には転落した主君を立てるという、大義名分があるからです。

 これまでのあなたが、部隊で積みあげてきた功績による信頼ゆえです。だけど、いま、あなたに対する信頼はわたしの中ではゆらいでいる。先ほどこの賭けは分が悪いと言いましたが、わたしとしては勝算がまったく見えないんです。〈クトリの殺人鬼〉を追うことに。

 銀彗の魔法士が護衛についてて手ごわいということも当然一理ありますが、それ以上に、最大の理由として、これがあなた自身の意思で始めたことではないことに気づいたからです!」

 きっぱり強く言い切ると、ガジュは目をまるくした。

 そして、激高するでもなく唖然としたようすで言葉を返した。

「確かに、きっかけは兄上のためだったが……殿下が王位継承位から転落したままで困るのは、キサマとて同じだろう。オレたちは職を失えば野良魔法士でも生きていけるが、貴族のキサマはそうもいくまい。つっかかられる意味がわからんな」


 あんた、マジで馬鹿ですか──!


 罵倒したい気持ちをぐっと、トビはこらえた。

 さすがにまだ上下関係でいる以上、上司を罵倒してはいけない。


「わたしの失業の心配してくださってありがとうございます。って、問題はそこじゃないんですよ! そんなちっさなことじゃないんです! あなたがご自分で決めた明確な意思のもとに動かないと、ぜったい何もかも失敗すると言っているんです! 

 しかも、わたしたち部下全員を巻きこんで! 自覚してくださいよ! お願いですから! だれかのためなんて結局、ただの自己満足なんです! 変化する状況をよく見て、判断してくださいよ!」


 キレ気味に、最後はヒステリックになりかけたトビを、ガジュは、じっと真正面から見つめていた。

 はたから見ればキリっとした端整な顔で真摯に聞いているようにもとれる光景だが、睫毛すら動かさずまったく反応がないことから、その頭上で疑問符が大量にとびかっているであろうことは、つきあいの長いトビにはわかってしまった。

 案の定、ガジュの返答は「何を勘違いしてるか知らんが、アレの首をとると決めたのはほかでもない、オレだ」と言った。

 その言葉に、四人の部下はあきらかに安堵していた。

 トビ同様に、いくらかの不安があったにちがいない。

 だが、トビは騙されなかった。

 拷問が趣味という隊長なので、めずらしく脅しも暴力のひとつも出ずに話を聞いてもらえたのは幸いだったが、肝心の話が通じていない。


 彼は兄ロリン・ロビンに、精神的に依存している。

 ゆえに、発端も結末も兄のために終始している。彼はそこに気づいていない。

 気づこうともしていない。それで失敗したとき、だれがまっ先に命を落としてゆくのかを想像すらしていないのだ。

 それとも、兄だけが無事なら他はどうなったっていいのか──!


 四人の部下に目を向ける。入山したときは六人いたはずだ。

 二人ははぐれたのか。それとも滑落事故か蛇頭鳥襲撃にでも遭ったのか。

 それを問えば、ガジュはなにか微妙な間をあけてから、「生きていればそのうち戻る」と、答えた。

 いまなお、蛇頭鳥狩りはつづいている。転移すらできない状況であることは察しがつく。彼らの生は絶望的である。

 プルートス大山脈からの冷たい風が、人のいなくなったいくつものテントを強くゆらしていた。まるで、今の自分の心のようだと、トビはそれを見つめた。

 隊長はすでに話は終わったとばかりに、近くの噴水にゆき、そこではずした血まみれの冑や鎧を、ぬらした布でぬぐっている。

 噴水に布をひたすたびに、水が赤くにごっていた。



「おめぇは危機回避が得意だな───」


 いつだったか、そう言ったのはだれだったか……


「もし、本当にヤバイと思ったら、なにを捨てても逃げろよ?」


 あぁ、あれは……第十六部隊の前・隊長。すでにキャラベ国にはいない。


「仲間? もろともに全滅したけりゃ残ってもいいがな。……まぁ、奴らがてこでも動かねぇなら、忠告ぐれえはしてやれ。最後の情けでな。ただ、おめぇの口ぶりは優しいからなぁ、伝わるかどうかは微妙だがな」


 微妙もなにも、まったく伝わってないと思います。



 混乱に乗じてあの二人が逃げてしまったあと。自分をとりまく状況を考えた。

 考えるほどに、トビはこの先の未来に、絶対的に避けられない落とし穴が待ち構えているような、身の危険を感じはじめていた。

 それは、第一王子ドナルドと、第十六部隊、その両者を蹴落とすように仕向けたキャラベ王。〈クトリの殺人鬼〉を追う任をうばう形となった、第二王子メイリィとの摩擦から、自然と導きだされた答え。


 近い将来、第一王子はかならず王宮から淘汰される。

 第十六部隊を含む彼の部下すべてとともに。

 兄の願いを自分の意思だと思っている限り、命令をだしている責任の重さを自覚しない限り、隊長に冷静な状況判断は期待できない。

 不利な状況に陥れば、活路が閉ざされるのは目に見えている


 このまま、ここに踏みとどまれば、確実に命を落とすと思った。


 そして、自分がいくら言葉を重ねても、それが隊長に届くことがないこともわかった。

 たぶん、自分はとても説得ベタなのだろう。彼の心に届く言葉をつむげない。

 これはどうにもならない。


 トビの心は決まった。


 すべてを捨てて自分の命をとる。下っぱ貴族の称号も捨てる。

 実家には帰らないし、これから王位継承権をめぐり荒れ狂うは必至であろう、キャラベ王城にはぜったい近寄らない。

 臆病者とうしろ指さされようが、命はひとつしかないのだ。

 第十六部隊のかつての主な仕事といえば、禁忌の海域から漂着する未知の化け物と戦うことだった。たまに苦戦するときがあったとはいえ、それよりもずっと、王宮で渦巻く人間の陰謀のほうが恐ろしかった。




 それからわずか二時間後。

 町の外へ調査に出るフリをして、トビはそのまま二度と帰ってくることはなかった。

 この臆病者のひそかな逃亡劇が、のちのち正しかったことをガジュが知ることになるのは───わずか十日後のことである。

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