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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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◆幕間①-1 臆病者のひそかな危機回避

主人公たちのプルートス大山脈越えを追う敵サイドの話。

キャラベ魔法士団第十六部隊にいることに危機感を感じてる部下視点。

 9月16日、午前十時。


 ガレット国境沿いのちいさな町。にぎわう市場。

 キャラベ軍の証でもある黒鎧の一団が、ものものしく闊歩していた。

 なにかを探しているのか殺気立つ彼らに、買い物客らは関わりを避けるように道をゆずった。


「へーい、らっしゃい、らっしゃい! 安くて良い品ばかり! 中古買取りもオッケ~だよー!」


 テントの下、威勢よく店の呼びこみをしていた若い男の前に、ぬっと黒い影が立ちふさがる。

「へい、らっしゃ……」

 愛想よく笑いかけて、固まった。目の前に鎧の男がいたからだ。

 いや、いるのは別にかまわない。兵隊だろうが、客なら歓迎すべきだ。

 しかし、その黒よりも、さらに濃い深淵色のごつい手甲がつかんでいる商品に、店の男は釘づけになっていた。

 それは、昨日、客から買い取ったばかりの絹のシュミーズだ。

 ぶどう酒色で胸の谷間の切れこみがかなりきわどい、女性用の高級下着。


「おい、キサマ。これを売ったのは黒髪女だな!」


 断定的な口調で訊ねられた。

「いえ、赤毛の少年ですが……」

「赤毛だと?」

 すると、横あいからきた黒鎧の男が、淵鎧の男になにかを耳打ちした。


 よく見れば高級下着を手にした淵鎧の男は、ずいぶんと涼しげな目もとで精悍な顔つきをしている。胸もとに鮫の打ちだされた淵鎧はまがまがしいが、全体的な印象はさわやか系マッチョ戦士だ。肩までの不ぞろいにやや外ハネしている青い髪が、なんだかカッコイイ。


 凡庸顔の自分がおなじ髪型をしたら、まず彼女に不潔だとののしられそうだと、店員は思った。

 ややして、淵鎧の男がこちらに向き直った。

「フン、変装でもしたか。で、そいつはどこに向かった?」

 どこと言われても、一客の行き先など知るべくもない。

 首を横にふったら、淵鎧の男は「使えんヤツめ」と、捨て台詞をのこし背をむけた。


「あ、あの、それ……ッ!」


 かってに商品まで持ち去ろうとするので、あわてて引き止めた。

 赤毛少年の連れの、ど美人の持ち物だったので、同情もあって大奮発して大銀貨三枚で買いとったのだ。さすがに兵隊だからと見すごせる金額ではない。

 それに、万が一売れないときは、彼女にプレゼントしようと思っていたのだ。

 細身だからきっと着れるはず。

 淵鎧の男は不機嫌そうにふりむいた。急いでいるのに引き止めやがって何の用だと、そのするどい刃の切っ先のような眼が語っている。

 しまった、引き止めるんじゃなかったと、何かよくないものを直勘した。

 だが、かけた声はいまさらなかったことにはできない。

「そのぅ、お代がまだで……」

 そう言うのがやっとだった。

「ほぉ、このオレから金が欲しいだと? あいにく、いま、手持ちがなくてな。なんなら、このオレの素晴らしい技のひとつでも披露してやろうか」

 いつのまにか、その手には長柄戦斧がにぎられていた。

 その舟形の刃腹で、店員は頬をぴたぴたと叩かれた。

 直勘は当たっていた。


 外見サワヤカイケメン、中身ど鬼畜!


「──っ、ど、どどどうぞお持ちください! お代はけっこうですううぅ!」


 店員は涙目で叫んだ。





「隊長はどこですか?」

 副隊長トビは、市場からすこしはなれた場所に立ちほうけている部下に尋ねた。

 彼は「えぇと……そこにいますが……お声をかけづらくて」と、ちいさな声でぼそぼそと言った。トビは部下の視線の先に目をむけた。


「赤毛だと……? つまらん小細工を!」


 淵鎧の男が人けのない木陰で座りこみ、ぶつぶつと呟いていた。

 光沢のある布切れに鼻をつっこみ、なにかの中毒患者のようにスーハー息を吸いこんでいる。せっかくの清涼なイケメン顔も、布に隠れて変質者にしか見えない。


 また、このヒトは何やってんだか……


 〈クトリの殺人鬼〉たるルー・クランと、それを護衛している魔法士を追跡すべく、「大山脈側の国境へ魔法の移動球でとんでいった」という町人の目撃情報をたよりに、キャラベ魔法士団第十六部隊はこの市場までやってきたのだが──

 その後の足取りがさだかでない。

 ただ、ここまで来たなら、国境を越えプルートス大山脈を越えて北方諸国に行くものとふつうは考えられる。だが、北方諸国を支配するのは軍国キャラベだ。

 さすがに、敵のまっただ中へ向かう危険を冒すものだろうかと不審に思っていた。

 しかし、それを払拭する有益な情報を、トビは先ほどつかんできた。

 そうやって、部下たちがせわしなく地道に聞きこみ調査をしているというのに、かんじんの隊長は、一心不乱に女物の下着を犬のごとく嗅いでいる。

 思わず肩から脱力してもしかたがないと言えよう。


 拷問好き、黒髪女いたぶりフェチの隊長は、また新たな扉でもひらいたのだろうか?


「赤毛だと……? つまらん小細工を!」


 そして、さっきと同じ台詞をくり返している。

 ちいさな市場のため、調査を終えたらしい部下も幾人かもどってきてはいたが、隊長のいる木立ちからは一定の距離を保って、それ以上は近づかない。

 上司の変態行為中に近づくことは、我が身を危険にさらすことになる。

 部下たちはよく知っていた。

 こうなると、副隊長であるトビが、彼を変態の世界から連れもどしてこないといけない。

 第十六部隊の中で、もっとも反射神経が優れているのがトビだからだ。

 危機回避力が高いといえば聞こえはいいが、単に人一倍臆病な分、いつでも逃げ腰態勢なので反応が早いというだけなのである。

 トビはひとつ深呼吸してから、慎重に彼に声をかけた。


「ガジュ・ロビン隊長」


 トビは避けた。なにからと視認する前にいちはやく。

 トビの背後にあった木が、バカッとたてに割けた。

 通行人たちが何ごとかと遠巻きにみる。

 ゆらりと、ガジュが立ちあがった。

「隊長。部下の士気が下がりますから。せめてそのヒラヒラは収めておいてください」

「む」

 不機嫌そうな顔になる。

 トビはすかさず言葉を続けた。

「あの二人に関する目撃情報は得られませんでしたが、ここで第二王子メイリィ殿が指揮する魔法士部隊の者を見かけました。仲間の応援が着くのを待っているようなので、おそらくプルートス大山脈にはいるつもりでしょう。こちらも聞きこみで市場を徘徊したので、動きを知られています。消耗戦になるだけなので、なるだけかち合わないようにプルートス大山脈を捜索するべきかと」

 ガジュはうなずいた。

「雪山に逃げこんだのは知っている。今度こそ追いつめてくれるぞ、黒髪女め」

「って、知ってたんですか!?」

 だったら、なんでさっさと言わないんですか! 時間のムダでしょがーッ、という憤慨を心の底に押しこめる。言っても聞かないのだから言う必要はない。こちらが疲れる。

 疲れるのだ、ほんとに。

「コレはヤツのものだからな」

 ひらり、ぶどう酒色をひらめかせてから、ガジュはそれを手甲のすきまに押しこんだ。

 思わずトビは首をひねった。

「え? なんでそれがルー・クランのものだと……?」

「匂いだ」

「は?」

「忌々しい黒髪女の匂いが染みついている!」

 口をあんぐり開けるトビと、部下たち。

「この匂いを辿れば、メイリィ部隊なんぞすぐに出し抜けるだろう」

 勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる。

 頼もしいと言うべきなのかどうなのか、トビは数瞬悩み、曖昧に「そうですね」と生返事をしておいた。


 これから猟犬のごとく、隊長が〈クトリの殺人鬼〉を追うと思うと、ちょっと笑えない。

 仰々しい忌み名をつけられているとはいえ、世に名だたる天才魔法士に封印を施されたルー・クランは、現在、呪いで起こる狂気や殺戮衝動とは無縁のはずだ。

 つまり、無害なただの女の子だ。それを猟犬化した隊長が追う。

 天才魔法士に追い払われる。エンドレス。

 メイリィ部隊を出し抜くことはできても、彼を出し抜くことは、ぜったい無理と思われる。

 彼は、難攻不落といわれたキャラベ城から、単身でルー・クランを脱出させたのだ。

 まるでクレセントスピア大陸に五人しかいない、大魔法士の所業のように。

 正直、相手にしたくない。


 負け戦に挑むのは、なにかの情熱が過ぎた人か、上に反論できないしがらみ社会の一員だけである。前者が隊長であることは言うまでもない。

 トビは個人的には、このまま見逃してしまえばいいのにと思っていたりする。


 彼らは逃げているというよりも、何か目的を持って行動しているようだからだ。

 おそらくクトリの呪詛を解く方法でも探しているのだろう。

 ならば、よけいに放っておけばいいのに。

 あの天才魔法士ならば、それを成しとげる可能性はきわめて高いだろう。


 だが、トビ自身、しがらみ社会の一員である以上、この捕りものから一抜けたということも軽々しくできない。上に迎合するよう育った、下っぱ貴族の宿命である。

 キャラベ軍国のきびしい掟の中に、〈クトリの殺人鬼〉には死を与えるべしとある。

 そして、ガジュは、敬愛する兄のためにも、第一王子を復帰させるべく手柄を献上するため、〈クトリの殺人鬼〉をみずからの手で討つと宣言している。

「部隊を二分する。〈登山捜索班〉と、プルートス大山脈のむこう側の国境での〈待ちぶせ班〉に分ける。オレはもちろん〈登山捜索班〉だ」

 ガジュはニヤリと笑った。

 くじ引きで、トビは国境の〈待ちぶせ班〉になった。

 別れまぎわに、ガジュに肩を骨折しそうな勢いで叩かれた。

 おそらく手を抜くなという意味なのだろう。


 いろいろ考えてたせいで、うっかりやる気のなさが顔に出てしまったのかも知れない。

 まったくもって気は進まないが、とりあえず形だけでも努力はしないといけない。


 翌々日、それは文字どおり、ムダな努力と思い知ることになるのだった。

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