12 理不尽な怒りは山より高い
風のようにやってきて、風のように去ってゆく。
洞穴を出たとたんに、ものすごい勢いで降下してきた蛇頭鳥二羽の奇襲を受けたラムロードは、身軽にそれらを交わし、垂直にたつ氷壁を蹴ってすばやく背から大剣をはずした。一刀のもとにたてに分割。さらに襲いくるのこり一羽の蛇頭をはね飛ばすと、何事もなかったのように駆けていった。
さすが剣の凄腕も顕在だ。
それにしたって、あの拷問吏が氷壁を破壊してくれたおかげで、一度に二羽も通れるほど道幅が広がってしまったらしい。しかも洞穴をでたら即狙われるなんて、蛇頭鳥に思いっきりマークされちゃってるじゃないか!
なんてことしてくれるんだ、バカ拷問吏め!
と思っていたら、また結界が発動した。
キャラベ魔法士軍か!?
結界をぶっちぎって、朝日の逆光を受けた人影が飛びこんできた。ありえない。
ギョッとして氷壁の陰にあとずさりかけて、気づいた。
目深にかぶったフードの下から、一筋の銀の光がこぼれている。
「サディス!」
うれしくなって駆け寄ろうとして、踏みとどまった。
ベールをつけていない彼の、こちらに視線を合わせた顔が、とたんに険しくなったからだ。
あれ?
なんか……ものすごく怒ってる……!?
上着の上からでも、肌にピリピリと怒りの波動を感じる。
「ルー」
低い声音で呼ばれた。
「……ハイ?」
思わず固まって返事をした。
「何故、マントをつけていない?」
「そっ、それは……」
「凍死したいのか?」
「や、えっと、……ホラ、白火石もあることだし、ね! 昨夜はそんなに寒くなかったから!」
背後から「ルー」と、高めの声で呼ばれた。リリが起きていたらしい。
う、……いつから? ラムロードの姿見ちゃった?
リリは氷壁に手をついてゆっくり立ちあがると、マントをはずし、男物のブーツをはめた左足を引きずりながら、それをルーに手渡した。
「手当てをしてくれたのね、ありがとう。それから、これも……寒気がひどかったし熱も出てたから助かったわ」
「あ、うん。でもムリしないほうがいいよ。骨折してたから」
洞穴の外に気配を感じてふりむいた。
黒いぴったりとした薄着のやけに軽装の男が三人、音もなくひっそりと佇んでいる。
そのうちのひとりなど、驚いたことに袖なしだ。頭には黒い頭巾。
目元だけを出して鼻と口を黒いマフラーで覆っている。黒い手袋と、サンダルのような履物を黒布でおおい膝までほそいベルトで固定している。まるで全身が影のようだ。
あんなに薄着で寒くないのだろうか。
「わたしの迎えも来たようね。結界を解いてくれる?」
リリがサディスに目線を向けて頼んだ。
彼がかるく手をひと振りすると、入口をおおう銀光の膜はたちどころに消えた。
男たちは氷を踏みくだく足音すらさせず、すみやかに無言でリリの傍をとり囲むようにやってきた。ルーとサディスを警戒した目つきで見ている。
「彼らは命の恩人よ。無礼を働いてはなりません」
彼女はまるで別人のような態度で、ぴしゃりそう告げた。
ひとりの男が彼女のケガを見てとって、おもむろに抱きあげると、彼女は別れを告げた。
「それでは、ルー、銀彗殿。ごきげんよう」
リリを抱いた男を先頭に、彼らはこちらに軽く頭を下げ、その場から姿を消した。
供には魔法の使い手がいるとリリが言っていたので、転移したようだ。
「……もう一人、この場にいたようだな」
サディスがぽつり、呟くように言った。
ぎくっ。
リリにはバレてないようだったのに、なぜ、サディスはわかったのか!?
「えっ、そんなのいるわけ……」
ないじゃんと言いかけて、リリのはいてた片方男物のブーツを思い出す。
アレか。たしかにめちゃくちゃ不自然だな。
と思っていたら、屈んだ彼がなにかを指先にとって、こちらに見せた。
黒い、糸。否、髪だ。リリの髪は桃色がかった淡いスミレ色だし、ルーは染めた赤毛。
そして、あの少年は……闇のような黒髪だった。
「さ……っきの人たちじゃない?」
リリのお供三人組を指して言ったのだが。
しまった。かれらは頭髪が出ないようにしっかり頭巾をかぶっていた。
墓穴を掘ってしまった。
さあっと青ざめた。そのようすを見て、ふ、と彼が冷たく微笑した。
いっきに周りの気温が下がった。もともと氷壁の中にいるのに、何言ってんだと言われるかも知れないが……その証拠に、今の今までがんがん燃えていた白火石が凍りついた。
パキッと半分に割れた。
「おまえがマントを他人に貸した理由は分かった。また、そこまで予想出来なかったのは俺の落ち度だ。マントをはずせば凍死する可能性が高いのだということを、事前に言っておけば済むことだったのにな。あえて常識で、そのザル頭でも分かるだろうと思っていた俺にも非がある」
「ない、非なんてないから……」
なんかコワイよ? なに企んでんの……!?
マントをはおるのも忘れて、それを抱きしめたまま思わずじりじりとあとずさった。
その分、彼は距離をつめてくる。
すぐに背中に氷壁があたって、逃げられなくなった。
「それで、わざわざ白火石でおまえを凍死から救い、あの娘の骨折の手当てをしてやったのは誰だ?」
うわあ~、出たよ千里眼が! バレまくってるじゃないか!
なんでそんなに見透かせるんだ!? でも、ラムロードには誰にも言わないで欲しいって言われてるし、助けてもらったのにまたバラすのもなんか気が引けるし。
口をむっつり貝のように閉じてしまうと、手袋をはめた手でいきなり顎をつかまれ上向かされた。
「ルー」
至近距離で覗きこんでくる、眦のつりあがった翠緑の双眸は迫力だ。
背筋がふるえる。
「礼を言わねばなるまい?」
「……っ、れ、礼?」
「俺の代わりにおまえを庇護したのだから」
「コワイ、めっちゃくちゃコワイよ!? 口許は笑っているのに目が全然笑ってないよ! なんか恩人に礼っていうより、見つけたとたんに、魔法剣でぶった斬るか魔法弾をぶちこみそうだよ!? なんでそんなに怒ってるの!? 矛盾してるよッ!」
涙目になりそうなのを堪えながら叫んだ。
せっかく、彼の無事がわかってうれしかったのに、なんでこんなことになってんだと、マジ泣きそうだ。
「……おまえが隠すからだ」
彼はルーの顎から手をはずし、くるりと背をむけて入口に置かれた彼女の鞄を拾ってきた。へなへなとへたりこんでるルーを、怪訝そうに見つめた。
ここまで怒ってる彼は見たことないと、ルーは思った。
真夜中に、勝手に甘味屋台へ出かけたときの比じゃない。つきつけられた怒りの矛先が一時的に引いただけで、はりつめた緊張の糸が切れたのだ。
「マントをつけろ」
言われて、のろのろマントを広げると携帯食料の包みがあった。
リリが凍らないように内側に巻きこんでくれていたらしい。
サディスから受けとった鞄にそれを収め、体にななめ掛けしてからマントをはおった。
「どうやってこの山から出るの?」
白火石が消えたことで、急激に体温が下がりはじめていたので、マントをつけることで気分も落ちついてきた。
それで今後の予定を訊ねてみた。
「蛇頭鳥を駆逐するため、魔法士の討伐隊がガレット国側と北方諸国側からそろそろ来るころだ」
「さっきゴーグルで見たら蛇頭鳥、減ってたけど……」
「巣にもどっただけだ。元来、むやみに攻撃をしかけない限りおとなしい魔獣のはずだが、今回は犠牲者を出しすぎたからな。興奮して仲間を呼び集めた蛇頭鳥に、なまじ、いくらかの術を使える登山者らが反撃したせいで、大量の血の雨が降った。今年は奴らにとって、数十年に一度の繁殖期だったらしく、個体数が異常に増えていたようだ。これから団体で狩りが行われる。術による攻撃がいっせいに始まったら、それにまぎれて北方諸国のすそ野へ転移する。そこからキャラベ軍の位置を探りながら……」
ふいに言葉を切って、右手の手袋をはずすと、まだフードをかぶってないルーの顔に指先をのばしてきた。
「?」
親指の腹で目尻をきゅ、となでられた。
「な、なに??」
「氷の粒……」
う、さっき理不尽な言葉責めに涙目になってたのか……!
かあっと、まっ赤になって上目遣いで彼を見ると、まっすぐにこっちを見てたので、びくっとした。
ま、また、なにか言われるのか……?
どきどきしながらそれでも目を逸らさずにいると、彼のほうが先に目を逸らした。
そして、手袋をつけなおす。
「追手はかいくぐって見せる。おまえは俺がいいと言うまで、勝手な行動はするな。この先、しゃべるな。分かったな?」
横暴さかげんに磨きがかかっているようだ。
しかし、ルーには反論するすべもない。こくりとうなずいた。
待つこと二時間。
プルートス大山脈のあちこちから爆音が轟きはじめたかと思うと、いっせいに、数百羽の蛇頭鳥がけたたましい奇声をあげて空を飛びまわった。
青い空はまっ黒に埋めつくされ黒い波のように蠢いている。
単体では焦げ茶の体毛色だが、寄り集まりびっしりひしめいてるので黒く見える。
サディスから言われたこれからの予定を、ルーは頭の中で反芻していた。
一日かけて降りるはずだった北方諸国側の下り面を、転移により一瞬ですっとばし、そのすそ野に着く。討伐隊の狩場をくぐり、そこから近いイーストローズ国の国境をめざす。
案内小屋は押さえられている可能性が高いので、寄らない。
ゴーグルの返却はあとまわしにするとのこと。
国境には魔法使いが不法侵入できないよう、魔法による網が張ってある。
魔法の網を無効化できるイーストローズ国の通過証はもっていないから、国境を越えて転移することはできない。
国境には百二十%の確率でキャラベ軍が待ちかまえているとの予測。
だが、おそらく蛇頭鳥狩りに駆りだされ人数はすくないはず。サディスが蛇頭鳥の幻影を出して人々を混乱させ、そのすきに国境門をとおりぬける。
傾斜のなだらかなしろい地面に、雪をかぶった岩々がたくさん突き出している。
死角が多いおかげで助かった。
転移したすそ野は、血の雨がふる戦場だった。
岩々の向こうで蛇頭鳥の一群が、討伐隊らしき魔法士らと、狩りつ狩られつという恐ろしい光景をくり広げていた。そう、蛇頭鳥らも黙って狩られるわけがない。
口から気塊を吐きだして襲い返しているのだ。
サディスから聞いたところによると、やはりあれは空気の塊らしい。口と肺で循環させて圧縮した息をだ液の粘膜でおおい、それをぶつけることで岩をもくだく。
魔法ではないというが、魔法弾もどきと言ってさしつかえない威力だと思う。
その魔法弾もどきをかろうじて避けたものの、ひるんで後退しかけた討伐隊のひとりが、あっというまに間合いをつめられ上体を噛みちぎられた。
転移のためにサディスの腕の中にいたルーは、それを目のあたりにしながら、彼のマントをにぎりしめていた。
もし、こんなところで置き去りにでもされたら、たまったものではない。
携帯棍は腰につるして常備しているが、魔法弾もどきを吐く怪鳥など、近づく前にこちらが瞬殺されてしまう。
サディスはあたりに散らばる魔力の動きを、感覚をとぎ澄ませて追っているようで、一点を見つめ微動だにしない。
なにかあっても困るので、恐怖をふりはらって彼のマントから手を離し、携帯棍を腰のベルトからはずす。自分の頭をすこし越えるていどの長さに調節してから、右手にもった。
いきなり背後にそれは現われた。
いつのまに!?
そう思う間もなく、棍をくりだそうと構えたが、同時にサディスが優雅にのばした掌から銀の閃光がほとばしり、蛇頭鳥の胸部を撃ちぬいた。奇声をあげることもなく絶命したため、討伐隊の魔法士らには気づかれていないようだ。
まぁ、向こうもそれどころではないのだろう。
「勝手なことをするなと言ったはずだ」
冷ややかな声と眼差しで脅された。
「でもっ、サディスが集中してて……」
危険だと思ったから。そう続けようとした言葉も、先ほどの彼のすばやい反撃に、集中しながらもまわりへの注意を怠っていなかったことがわかって、言葉は尻すぼみになる。
「しゃべるなとも言った」
うぐ、と彼女は口を閉ざす。
彼は依然として機嫌が悪いようで、無言でルーの肩を引きよせた。
距離が近づいたので、ルーはちいさな声で聞き返した。
「どーして?」
手袋をつけた彼の手で口をがっちり塞がれた。そして、強く睨まれた。
す……すごく怒ってる……なんで?
「命令無視、ペナルティ追加」
ぎゃあっ、なんの説明もなく!?
「そ、そんなのいくらなんでもひどいよ! せめて理由ぐらい──」
彼の手をどけて抗議しかけて、固まった。
いましがた倒されたばかりの五メートルはある蛇頭鳥の骸の上に、傷だらけの大男が立っていたからだ。こちらを薄氷のするどい目で睥睨している。総毛立った。
「キサマの甲高い声はよく聞こえたぞ、黒髪女」
襲いくる蛇頭鳥をものともせず狩ったのだろう。
長柄戦斧のおおきな舟形の刃は、まっ赤に染まり滴っていた。
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