11 計算ずくでも想定外はどうにもならない
最近、思うのだが……目覚める度に驚くことが多くなった。
中でも一番は、やはり、いつも無表情で沈着冷静な相方の──膝枕だった。
衝撃的だったが、よくよく考えれば、彼はおいらを人間とか女とか思っていないので、おそらくは、完全に病に倒れた小動物扱いをしていたのだと思う。
親切で介抱してくれていたのだから、動揺することなどなかったのだ。
遠慮なく甘えればよかったかも知れない。そのほうが、もっと仲良くなれるはずだし………………………………………………………………こんなふうに、べったりぎゅうっと抱きつくとか? いやいやいやいや、それはない。ぜったい無理ムリむり。
……逆なら寝ボケ状態のときにあったが、自分からはムリだ。
そんなこと寝てる間にしたら、チカン判定されるじゃないか。
それでなくとも、彼は自分の寝ボケ癖を全面否定しているのに。
目の前のやわらかい黒髪が、ルーの頬にあたってくすぐったい。
避けようにもできない。というのも、昨夜は真横に座っていたはずのラムロードが、真正面からしっかりその両腕を、自分の体に巻きつけているからだ。
すぅすぅと規則正しい寝息が、ちいさな桜色の唇からもれている。
子供の体温は高いというが、ほんとにあったかい。
白火石はまだ燃えているが、結界は発動しておらず、洞穴の入口から見える外の氷壁がやや白んでいる。魔法玉の明かりはなくなっているので、夜が明けたようだ。
リリの方を見ると、まだ眠っているらしい。
「待ちなさいよ~」と、ちいさな寝言を呟いているのを聞いて、ほっとした。
「ラムロード、起きて」
肩を軽くゆすると、さらにきつく抱きつかれた。
「んー、もう少し……」
ほんとにギャップのありすぎるコだな。
子供っぽすぎるよ。いや、子供か。九、十歳ぐらいかな。
むしろ、あの大剣を振り回してるほうが普通じゃないよな。
でも、年下に懐かれるのって悪くないかも。
仔犬とか仔狐とか小動物って感じで。
……はっ、もしやサディスも、おいらが年下だからそんなふうに見てるのかな?
コザルという形容もそのせいか?
「朝だよ」
目をこすりながら、彼はルーの胸の上から顔をあげた。
「おはよう、ルー」
空色のおおきな双眸をすこしだけ細めた、可愛すぎる笑顔にきゅんと来た。
変な趣味はないはずだが、ちょっと胸がどきどきする。
彼はリリの元へ行くと、膝をついてそのベール下の顔を覗きこみ、ちいさく笑ってから、またルーの傍にもどってきた。
「顔色がよくなってるようだね。安心した」
「あ、そうだ!」
ルーはゴーグルを装着し、遠景透視の魔法で地表を見あげる。
黒緑の点がまだいくつか蠢いているが、昨夜に比べたら極端にすくない。
「蛇頭鳥の数がずいぶん減ってる。真上だけなら十二、三羽程度かな……視界を広げたら、もっといるかも知れないけど」
数百羽はいたはずなのだが、夜通し飛びまわって疲れて巣にもどったのだろうか。
「夜も明けたし、おそらくガレット国と北方諸国側から、魔法士の討伐隊が組まれてやってくると思うよ。昨日、この山に踏みこんだ人たちは災難だったね」
「うん……」
サディスは無事だろうか。無事だとは思うけど……
彼ですら一晩動かない選択をするなんて、恐るべし野良魔獣の猛威!
ラムロードが肩までの短い黒髪をゆらして、ルーの顔を覗きこんできた。
「キミがここにいるのは、昨夜の陰険鬼畜な魔法士のせい?」
「うん、あいつとその仲間が蛇頭鳥を攻撃してるところで、鉢合わせちゃって巻きこまれたんだ」
ラムロードはちょっと眉根を寄せた。
「そういえば、またキミの連れの魔法士は、キミを一人にして……」
「しかたないよ、あれだけの蛇頭鳥の群れじゃ動けるわけないし」
「ボクは来たよ? あの陰険鬼畜魔法士も、三度もしつこくここへ来たって言ってたし、リリウォッカの供たちも、きっとまだ彼女を捜している」
……そう言われれば、そうなのかも知れない。
ルーは蒼白になった。
おかしい。確かにおかしい。
今までどんな時だって、どこにいたって捜して助けに来てくれていたのに、今回だけ一晩過ぎても来ないなんて……!
「まさか……蛇頭鳥にやられたんじゃ……」
「キミの連れ、強いんじゃなかったの?」
「強いよ、すっごく強い魔法士だけど! でもっ、人生にアクシデントはつきものだし……っ! ま、まさか実は高山病になっててカッコ悪いからとか、おいらには黙っててあげく弱ってるとこを襲撃されちゃったとか!?」
キャラベ魔法士軍の死体が、脳裏にちらついた。
あいつらだって魔法使えたはずなのに、あっさり頭もがれたり、体半分ちぎられたり、してた。
「ど、どーしよう!? そんなことになってたら……」
そんなことあるわけない。あるわけないけど──
「落ちついて、ルー」
彼は来なかった。
「おいら、どうしたら……」
頭の中がぐるぐるしてしまった。
怒られたり罵倒されたりしたけど、いつだって傍にいてくれて、口は悪いけど気遣ってくれた。たまに機嫌のいいときにだけ、人前では見せないようなやさしい微笑を見せてくれた。
いなくなったら、やだ……!
手袋越しに手をにぎられた。うつむいて両手で頭をかかえていたルーの前に膝をついて、ラムロードが見つめている。
「ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。危険回避に動かない選択をするヒトだっているよ? それはそれで賢い選択なんだ。それに、キミに結界を施しマントを与えたのが彼なら、むしろ計算ずくでキミの身の安全は守っていたと言えるよ」
ルーはうなずいた。
「結界つけてくれたのも彼だし、マントも彼が用意してくれたよ」
「そう、ただ、その彼には残念なことに、キミが他人にマントを貸してしまうのは、想定外だったということかな」
「……怒られてもいいよ。怒られるのは慣れてるから。……でも……」
もしもの喪失感はまだ拭えない。面倒見のよさはもう十分知っている。
保護している小動物には責任感がとても強い。
だから、なぜ、いまだに彼が来ないのか、その理由がまったくもって思い当たらない。
「捜してくる!」
そう決意し、いきなり立ち上がろうとするルーに、ちいさな彼が「ちょっと待って!!」と抱きついて止めてきた。というか勢いあまって押し倒した。
ゴンと氷壁に後頭部をぶつけ、ルーは頭をかかえて涙目になった。
「ご、ごめん、ルー大丈夫?」
「……へい、き……っ…………て、なんで止めるの?」
「見てごらん」
周りが朝日で明るくなってきたせいで、気がつかなかった。
入口の結界が発動し、銀光の膜で閉ざされている。
また、キャラベ軍の魔法士か……!?
ややして、ふうっと結界がほどけるように消えた。
「どうやら、近くを通り過ぎただけのようだね。ボクが様子を見てくるから、ここから動いちゃだめだよ? もし、ボクがもどらなくても、キミの魔法士が迎えに来たら一緒にここを出るんだ。いいね?」
布で包んだおおきな剣を背負い、荷袋を右手に提げると洞穴の入口へと向かいかける。
「でも、もし、サディスが来なかったら……っ、おいらも捜しに行くよ!」
ラムロードは、ハッとしたように息を呑み振り返った。
「それが、キミの連れの名?」
「え、……えと……」
またもや。うっかり発言でしどろもどろになるルーに、彼は向き直った。
「まさか……銀彗の魔法士、サディス・ドーマ?」
たじ、となる彼女に彼はつめ寄った。
「誤魔化さずに答えて」
説教少年顕在。言い逃れを許さない強い口調で、問いただされた。
「…………………………そぅ」
ちいさく肯定すると、ラムロードはなんとも言えない複雑な表情をした。
なにか考えこむかのようにルーを見つめて黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「じゃあ、何も心配することはないよ。ここで待っているのが、一番確実だからね。ところで……キミは何故、彼と旅をしてるの?」
う、と言葉に詰まり、ルーは視線をさ迷わせた。
しかし、ラムロードが手袋をはめた両手でその両頬をはさんで押さえ、まっすぐな空色の瞳で見据えると、やがて観念したように彼女はしろい息を吐いた。
「……話せば、すっごく長くなるよ……?」
リリに話したように簡潔にもできるが、とりあえずの回避策としてそう答えた。
進んで話せる内容ではないことは容易に気づいたようで、彼は「そぅ」と目を細めた。
あれ?
なにか、空気が剣呑になった気がするのは……気のせいかナ?
「じゃあ、質問を変えるよ。キミは彼の何?」
何? ………って何だ?
「旅の相方だけど……?」
首をかしげつつ言うと、目の前の少年は「そうじゃなくて」と返す。
なぜかわからないが、とても真剣な顔つきだ。
ちょっとイラついてる気もする。
まぁ、なにかと言われたらアレかな……。
「サディスには、コザルだって言われてるけど」
ラムロードはおおきな目をまんまるにさせて、脱力したようにルーの両頬から両手を離した。
「あぁ、そっか。……そうだね、ちょっと期待したボクがアレだったかな。けっこう好みだったのに……でも、まだみたいだし……うん、それでもいいか」
彼は左手を口許にあて、うつむいてぶつぶつ呟きながら、何やらひとりで納得しているようす。
そして、ぱっと顔を上げると、にっこりと可愛らしく微笑んだ。
「じゃあ、行くね」
Ⅱ-15の冒頭
野良魔獣と飼い魔獣がいるので、街での〈魔獣避け〉結界に対する説明が不足と思い、以下のように補足しました。
人の住む街や村には、かならず〈魔獣避け〉や〈憑物士避け〉の結界があるのだという。
ここで言う〈魔獣避け〉の対象は、人に移動用の脚として調教されていない野良魔獣のことだ。飼育されてるものには、この結界を素通りできるよう小さな相殺石が蹄や角に仕込まれている。
たまに、この結界を構成・維持するための魔道具などが部分的に老朽化して壊れ、野良魔獣や憑物士がそのすきまから侵入することもあるらしい。 2015/4/20




