10 印象が百八十度変わった
ドオン!
洞窟の前になにかが落下してきた。
否、それは両足で氷の地をヒビ入らせて、踏みしめている。
重そうな黒鎧は、あちこち鋭い鉄爪にでも引っかかれたような痕が残っていた。
ガジュはうつむいた顔をあげ、ギラついた眼差しで、ルーの顔を見るなり吠えた。
「キッサマああああああ! なんだ、その頭は!?」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
「は?」と問い返した。
「それでオレの目を誤魔化せるとでも思っているのか! 罪を免れるとでも思っているのか!?」
どうやら、髪色のことを言ってるらしい。
そういや、今まではフードを被っていたから、見られてなかったんだっけ。
そのフード付マントは今、ケガで具合の悪そうなリリに貸しているのだが。
黒髪女いたぶりフェチは、髪を赤く染めても文句があるようだ。
「知り合いかい?」
「敵だよ」
ラムロードに聞かれ、ルーは簡潔に答えた。
「出て来い! この黒髪女あああああ!!」
またもや、青い稲妻を発する魔法弾を狂ったようにぶちこんでくる。
青い閃光がドカドカと、激しい爆音とともに地鳴りを起こす。
結界はわずかなりともほつれない。だが。
さっきよりも、レベルアップしてないか?
結界内にまで振動が轟く。
まわりの氷壁にびしばし亀裂がはいり、半端ないおおきさの氷塊が落ちてくる。
やつは必死のようだ。まあ、別にこっちに被害は出たりしないが、あまり騒ぐとアレが来るのではなかろうか。道幅を広げるのはやめて欲しい。
アレの大群が降りてきたらどうしてくれる。
一通り攻撃し終わるとガジュは、ふーふー肩で息をつきながら、粉砕された白い霧氷の舞いけむる中で、依然としてこちらを睨みつけている。
「……似合わん」
ゆがんだ口許から吐きだすように、そう呟いた。
「まったくもって似合わん、何なんだ、そのふざけた赤毛は……ッ!」
いきなり何を言いだすかと思えば。
まったくよくわからないやつだ。
ルーは自分の前髪をつまみつつ考えた。
特にだれからも、似合わないとか変とか言われた覚えもないが……まあ、自分的にはちょっと赤がハデかとは思っていたぐらいなのだが。
「金髪の方がよかったか?」
別に他意はないが聞いてみた。
ガジュのやや不健康じみた白い顔が、激昂したせいかみるみる赤く染まった。
「おちょくるか、キサマ!」
「じゃあ、茶髪の方が?」
「誰がリクエストしとるかあああッ!」
そのやりとりを横で見ていたラムロードが、ふうんとガジュを一瞥した。
「赤毛でも、なかなか可愛いと思うけどネ」
氷壁の前に腰をおろしていたルーの傍で膝立ちして、彼女の頭髪をきゅっと抱きしめるように両腕で囲った。
拷問吏の全身から、どす青黒いモノが帯のように立ちのぼった。
気のせい。気のせいかもしれない。だって、ルーは魔力なしなので、そんなものが見えるのはおかしい。
いや、でも自覚なしで魔力がだだ漏れて、凍気と化しているヒトだっているのだ。
目に見えないはずの魔力だって、魔法以外でもなにかに変換されれば見えるし、感じるものかもしれない。となると、やつの魔力は心の陰気さごとまざり漏れて、この厳しくも清々しい大山脈の大気を汚染して、青黒く染めているのかもしれない。
「なんだ、その小僧は……?」
怒りの矛先がラムロードに向いた。
すると、彼は子供らしく邪気のない微笑みで。
「見ればわかるでしょ?」
「わからんから聞いている!」
「やだなァ、これだから野暮男は! どうせ、キミじゃその結界を破るなんてムリだからさ。とっととシッポ巻いて帰るといいよ」
そう言いながら腕の位置をすこし下げて、ルーの首に抱きつきつつ、拷問吏を見た。
ルーはといえば、彼が何故そんなことをし始めたのか思いあたらず、目をぱちぱちさせている。
「ええい、ベタベタするな! キサマッ!」
「男のシットは醜いよ?」
「だ、……誰が嫉妬だ!? フザケるな! キサマも出てこい! 叩き斬ってくれる!」
「あはは、やーだよー。魔力もないか弱い子供を斬ろうだなんて、サイテーの鬼畜だね!」
いやいや、魔力なくても強いからね、君。
そこでふと、彼が結界の内側に来れた理由もそれだと気づく。
魔力持ちが近づくと結界が発動して弾かれるし、発動中は魔力なしでも入れない。
おそらく結界が発動してないときに、ひょいと入ってきたのだろう。
まったく運がいい。守りたい相手は結界の内側に入っているのだから。
しかし、敵なら無惨に死ねばいいなんてことを思っているわけではない。
いい加減、その執念深さに辟易しながらも、ルーは忠告した。
「え~と、あのさぁ、拷問吏。あんたも一度は蛇頭鳥から逃れたんだから、もっと自重するなりすれば? こんなとこでいつまでも騒いでると、また攫われるよ? あんたの仲間だって二人やられてたし」
「馬鹿にするな! キサマなどの指図、は……」
言葉を途切れさせてこっちを見た。
なぜか、目を見開き、ひどく驚愕の表情をしている。
ルーは自分の背後になにかいるのかと思って、つい氷壁をふり返ってしまったが当然、何もない。
え? やつはいったい、何に驚いているというのか。
バササササ──
洞穴の入口に顔を向けると、拷問吏は消えていた。
茶色の大きな羽が、ひらりひらりと舞っている。
忠告は無駄だったようだ。
まあ、どうせまたなんとか逃げ切るだろう。
「あのー……ラムロード? いつまで抱きついてんのかな?」
「ルーが寒いかと思って」
彼は体を起こして離すと、自分のマントの前をはずし片側へとのばしてから、「ハイ、一緒にかけよ?」と、にこにこと笑顔で誘う。
ルーは首を横にふった。
「大丈夫だよ、白火石で十分暖まってるから」
とはいえ、また結界が消えると隅からじわじわと冷気がおしよせてくる。
だが、自分よりちいさなコの防寒マントを半分でも借りるなんて、ちょっと罪悪感がある。
「リリウォッカが山に入った責任は、ボクにあるって言ったでしょ? キミが彼女にマントを貸すことになった責任も、ボクにあるからね。遠慮しないで」
「でも」
それでも断ろうとしたら、彼はさっさとマントの片側をルーの肩にかけて、自分も彼女にぴったりくっつくように寄り添い、ふたりしてマントの内側におさまる形となった。
こうなっては、無理やりどけるのも躊躇われる。
でも、何だろ? 親切にされてるようで、実は甘えられてるような気がするんだけど…………これまでに、巨躯の末期悪魔を大剣でコマ切れに刻んだり、大人びて説教してきたりという彼を見てきたので………この一面には、ものすごいギャップを感じる。どうすればいいやら。とりあえず、味方にはちがいないので邪険にするつもりはないが。
いや、でもね。いつのまにか、自分の右腕に両腕をまきつけてるのは、ちょっとどうしたという感じなのだが……。
「なんで腕に抱きついてんのかな……?」
「だって、ボクの方が年下だし!」
え、それが理由?
いや、なんかね。全然そんなふうに思えないんだけどね。
今まですっごい大人びてたよね? おいらに、びしばし説教かましてたよね?
そんな君はどこに行った?
ちょっと困惑気味の顔を向けると、あからさまにしゅんと哀しそうな表情をする。
まるで捨てられた仔犬のように。
……や、イメージ的にはなんとなくだが仔犬……より仔狐ぽい感じかな。
「イヤかな?」
なんでそんな顔するんだよ。……可愛すぎる。
いきなり甘えっこの弟ができたみたいだ。
ちょっと照れて、それから、ルーは折れた。
「いいけど……ずいぶん印象変わってるよ?」
すると、彼はさらにきゅっと腕に抱きついてきて、ルーの肩にちいさな頭を寄せた。
口許になにやらうれしそうな微笑を刻んでいるのが見えた。
なにかちいさく呟いたようだが、よく聞きとれなかった。
それで聞き返そうと思ったら、彼はパッとふり仰いだ。
彼のほうがルーより十センチほど低いので、目線がすこし下だ。
「朝まですこし眠ろう? 疲れた顔してるよ。体力を回復しなくちゃね」
それはごもっとも。追われる身なのでしっかり体調管理して、サディスが迎えに来たときには、足手まといにならないようにしないといけない。
ほんとは、ラムロードにいろいろ聞きたいこともあったのだが……リリとの関係や、ここにどうやって辿り着いたのか、とか。
だが、一度眠りを意識すると、どっと疲れがおしよせてくる。
───いつのまにか眠っていた。
そして、夢の中で三度目にやってきた拷問吏が、結界の外でなにか喚いていたが、ラムロードとの子供じみた言いあいで負かされたあげく、今度は三羽の蛇頭鳥に取りあいされながら攫われていった。
さすがにもう来ないような気がする。
静かに昇天してくれ。




