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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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9 四度目の再会は何某かの縁につき

 しばらくして、結界がほどけるように消えた。敵は完全に遠のいたようだ。

 ついでに、寒さも襲ってくる。リリが身震いした。

「敵に対しては完璧だけど、結界は常時発動させておいてくれればよかったのに……」

 残念そうに彼女は言った。

 結界による淡い銀光はなくなったが、拷問吏の置き土産というか、明かりの魔法玉がまだ洞穴入口のすぐ外を照らしているので、互いの姿はよく見える。

 といっても、ルーはゴーグルを頭上に上げてはいるが、顔はベールでおおったままだ。

「あなた……寒くないの?」

「ん? あんまり。防寒着のおかげかな」

 老舗衣裳屋バルデンモーアのマントや衣装、ブーツ、手袋一式を身につけているルーは、顔のベールをはずしたりしない限りは、底冷えするほどの寒さを感じることはない。

 リリも、わりとよさげな毛皮の裏打ちされたマントや防寒着を着てはいるようだが、ケガのせいだろうか小刻みにふるえている。顔色が悪い。

 汗もさっきより出たらしく、それが額や頬に凍結して氷粒になっている。

「そのマント……バルデンモーアの品ね?」

「よくわかったね」

「裾にちいさく向かいあう銀百合の刺繍がはいってるでしょ。店のオリジナルである印よ」


 ほんとだ。

 ひかえめに刺繍されているので気づかなかった。


「あなた上流市民なの? よく買えたわね」

「上流市民?」

「庶民の中でも商家とか、富裕層の人のことよ」

「いや、もらい物なんだけど……そんなに高いのか?」

「マント一枚の最低価格が金貨二十枚よ」


 牛二十頭分の価値か! しかも最低価格!

 つい金貨を牛で換算してしまうのは、単においらの想像力が貧困だからだ。

 決して、最近、新鮮な肉を食べてないからではない。

 携帯食料のパサつく堅い干し肉に文句があるからではない。

 あれはあれで美味しいから。水がないと喉につっかえるけど。

 しかし、マント一枚でそれなら防寒着一式でいくらするのか。

 彼の奢りとはいえ、ちょっとトリハダが立った。


「魔獣蚕の糸が織りこんであって、防寒と保温性にとても優れているとは姉たちから聞いていたけど、わたしは衣装にお金をかけるのはあまり好きじゃなかったから、注文しなかったのよねぇ……はぁ、……まぁ、これなら別に、結界で寒さをさえぎらなくてもいいわけよね……なんだ、やっぱり完璧なんじゃない」

 ルーのマントのすそを手にとり、その裏地をさわりつつ、リリはなにやら納得する。

 先の台詞でリリが、かなりいいとこのお嬢さんと確定した。

「あ、そうだ。はやく足のケガに薬塗らなきゃ」

 思いだしたルーがそう言うと、彼女はふぅと重い溜息をつき、冷たい氷壁に背をもたれるようにして腰をおろした。

「やっぱりいいわ……寒いからブーツ脱ぎたくない……てゆうか、たぶん、腫れすぎて脱げそうにないの」

「えぇ? でも……」

「大丈夫よ。例え骨折だとしても、そのぐらいですぐ死なないでしょ? ほら、そこにあのお馬鹿な魔法士の残した明かりもあるし、いい目印になるわ。そのうち怪鳥の群れだって鎮まって、わたしの供かあなたの魔法士が迎えに来るだろうから。……それまでちょっとだけ眠るから……来たら、知らせて……」

 すぅ、と彼女は目を閉じる。

「リリ?」

 すぐ傍まで寄って顔の前で手をふったが、すでに眠ってしまったようだ。

 ルーは手袋をはずし、彼女の頬に手をあててみた。まるで死人のように冷たい。

 かろうじて白い息を細く吐きだしている。

 額にはりついた氷粒を指先ではらいのけた。

 そして、彼女のマントをさわってみる。毛皮の裏打ちがあるのに全然、暖かくない。

 逆に、空気中の水分を吸って重く冷たくなっている感じがする。

 ルーは自分のマントを脱いでみた。すこし、寒い。だけど我慢できないこともない。

 リリの背中に左腕をまわしてから、そっと起こし、そのマントをはおらせてフードとベールもつけた。凍っては困るので、マントのすその内側に携帯食料の包みを置かせてもらった。

 静まり返る氷の穴の中で、遠く蛇頭鳥の叫び声が聞こえた気がした。





 9月18日、午前零時。


 なにか聞こえた気がして目が醒めた。

 いつのまにか膝を抱えたまま、リリに寄り添うようにうたた寝していたようだ。

 どのぐらい時間が経ったのだろう。

 まだ洞穴の外は、魔法玉の明かりが持続しているのか、やけに明るい。


 ……変だ。洞穴の中まで明るい気がする。


 確認しようと顔をあげかけて、やたら頬がひきつることに気づいた。


 しまった。顔が凍っちゃってる? 睫に氷の粒がついてるようで瞼が重い。えと、ゴーグルどこやったっけ……


「もうすこし、暖まるまで眠って」

 すぐ近くで暖かい気配がする。まるで焚き火の傍にでもいるようだ。

 それで安心して、ルーはまた、うとうとした。





 ……あれ? 

 さっき、だれかの声がしたような……リリが起きたのかな?


 顔のこわばりがなくなっている。何度か瞬きをして顔をあげた。

 目の前で見たことのある拳大の白い石が、輝きながら燃えている。

 精霊言語で発火する白火石だ。


 リリが持っていたのか? 

 いや、それなら、寒がっていた彼女が、まっ先にそれで暖をとったはずだ。

 じゃあ、だれが? 心当たりがあるとすれば、白火石を持っている人。彼が来た?


 あたりを見回す。白火石の輝きでせまい洞穴の中は、隅々まで明るく照らされている。

 だが、その人は見当たらない。


「サディス……?」


 寝ぼけ眼をこすりながら呼んでみた。

「え?」

 すごく近い所から疑問の声が返ってきた。

 リリの陰で見えなかったちいさな人影が、ひょこっとこちらへ身を乗りだす。


 知ってる顔だ。名が思いだせない。いや、名は教えてもらえなかった。

 藍色のマントに黒灰色の装束の、大人びた──


「説教少年……?」


 思わずつぶやいたルーに、彼は空色のおおきな瞳をぱちくりさせて、それから可愛らしい顔で苦笑した。

「久しぶりだね、ウル。三日ぶりかな」

「うん、久しぶり」

「また逢うような気はしていたけどね。さすがに、こんな氷雪の裂け目の中だとは思わなかったよ」


 たしかに。プルートス大山脈の氷雪の裂け目なんて無数に存在するというのに、落ちる人間はまれだというのに……不思議なことだ。


「……どうして、ここに?」

「ちょっとガレット国で寄り道してたから、キミたちより入山が遅れたみたいだね。原因はわからないけど、急に蛇頭鳥が群れて襲ってきた。ひどい興奮状態だったから、鎮まるまで岩場に隠れて避難していたんだけどね。見たことのある男たちが、その群れの中を必死にかいくぐってなにかを捜し回っていたから、ピンと来たんだ。いなくなったこのコを捜しているんだと」

「知り合い?」

「そう、彼女がこの山に踏みこんだのも、元はと言えばボクの責任でもある」


 それはどうゆう意味だろう。


「リリの弟だったりして?」


 あちこち旅をしてる弟を心配して追いかけてきた姉、というのを想像してしまったのだが。いやいや、彼女はたしか国宝ドロを追ってたんだっけ。

 そして、その国宝ドロは青年だったはずだ。


「あはは、それはないない」

 少年は笑って否定した。

 わずか十歳にも満たないであろうちいさな彼は、手もとの道具を荷袋に片づけていた。

 ブーツを脱がされたリリの細い左足首には、足首からひざまで添え木をして布でしばって固定してある。手当てをしてくれたらしい。

「骨折してた……?」

「うん、骨はズレてはないから、応急処置でそのまま固定しておいたけどね。熱を出してるから起こさないほうがいいよ。辛いと思うから」


 ずいぶん手馴れてるな。


「添え木なんて、よく持ってたね」

 雪と岩だけの高山に、木など一本たりと生えてなかったので、首をかしげて訊いた。

「あぁ、ほら、キミの友達を誘拐しようとした男たちがいたでしょ? キミらと別れたあと、もう二度とふざけた真似しないよう〈お願い〉しておいたから。そのときに、彼らの通行手形とか、いろいろ貰っておいたんだ」

 通行手形とは国境や街の門をくぐるときに使うものだ。

 ルーも、もちろん持っている。木でできた二十センチほどの縦長の札だ。

 どうやら、短すぎるそれを、ナイフで切込みをいれて組み木のように繋げて加工し、添え木にしたらしい。


 すごい器用だな。それにしても、彼の言う〈お願い〉って……。


「足が凍傷になっても困るから、これでも履いててもらおうかな」

 添え木のおかげで、彼女は自分のブーツに足がはいらない。

 そこで荷物から、大人の男性用と思わしきブーツの左側をだして履かせた。


 なんで、そんなでかいブーツを持ってんのかな……?


 視線に気づいた彼が説明してくれた。

「これも貰ったんだ。たいがいのものは、市で買い取りしてもらったんだけどね。なんか片方だけ荷物の底につっこんでて、忘れてたみたいなんだ。まあ、使いどころがあってよかったよかった。美しい山にゴミ捨てるのなんてダメだからね!」

「それはまた……都合よく」


 片方のブーツだけ残ってたのか?


「ボクは日ごろの行いがいいから! 運も味方してくれるんだよ」

 にこにこと邪気のない笑みを向けてきた。

「そう……みたいだね……はは」


 かどわかし悪党の身ぐるみ剥いで、荷物を売り飛ばしてるけどね。


 説教少年の前に、最強の少年剣士なのを忘れていた。

 もう一度よくあたりを見まわせば、例の、彼の身長を越える馬鹿でかい剣を布で包んだものが、氷壁の陰に立てかけてある。

「そうだ、ウル」

 彼は移動してきて、ちょこんとルーの真ん前に片膝をついて、のぞきこんできた。


「ボクの名は、ラムロード」


「!」


 これまでに三度も会っているのに、名は教えて貰えなかった。

 だけど、次にまた会うことがあったなら、その時には教えてもいい──と彼は言っていた。なにか縁があるのだろうからと。


「姓はないけどね。流浪の身だから」

 明るいおおきな空色の双眸で見つめられた。

 吸いこまれるような綺麗な青。

「キミの、本当の名も教えて」

「……ルー・クラン」

 考える間もなく自然と口からすべりでた。

 思わず「あ」と口を片手でふさぐ。


 脅されたわけでもないのに、リリに続き、バラしちゃった~……どうしよ!?


 すると、手袋をつけたちいさな手で両頬をはさまれた。

「心配しなくても、キミのことは誰かに言ったりしないよ。だから、ボクのことも、誰にも言わないでくれると嬉しいな」


 顔が近すぎるよ、少年。

 ……ラムロード。とても整ったきれいな顔だ。

 笑顔は胸にきゅんとくるほど可愛いが、真面目な表情をしているときは、将来、きっとすごい美人さんになるに違いないと思わせる。うちの相方に匹敵しそうだ。


「リリウォッカにもね。たぶん、彼女はボクを見ても誰かわからないと思うから」

「えぇ? 知り合いなのにわからないって……?」

 ヴンと、耳をかすめるような音がした。

 銀光の結界膜が、洞穴の入口から内部へと広がってゆく。

 ルーは反射的に身構えた。

 ラムロードが手をはなし、ゆっくりと入口をふり返った。

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