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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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8 追ってきた拷問吏、されど賢い人は

 キャラベ軍国の拷問吏。

 ルーの知っているヤツといえば、背中まである重たげな真青の藁髪で顔のほとんどをおおい、たまにのぞく薄氷の剃刀のような鋭い瞳に、不気味な笑みを刻むうすい唇、大柄でガタイがいいくせに妙に腰がしぼられてるのが気になるマッチョで……、常に深海の淵から這い上がってきたようなおどろおどろしい黒いオーラをまとい、黒髪女をいたぶるのに異常な執念を燃やしていた。

 要約すれば、ヘンタイ野郎の一言に尽きるのだが────。


「誰?」


 久しぶりに会ったヤツは以前のヤツとは、やはり、まったく別人にしか見えなかった。

 だから、ついそう聞き返した。

 髪は肩にかかる程度で無造作に切られてるし、こけた頬にあった影が消えて、細すぎた顎のラインも若干丸みを帯びてるし、あのうっとおしい前髪が短くなってることで、涼しげな切れ長の目許に様変わり───。

 なんというか、見覚えのある長柄戦斧と鮫を胸部に打ちだした黒鎧がなければ、重ねてみることすら難しい感じだ。

 つまりその印象は、サワヤカ系のマッチョ戦士である。


「………何?」


 拷問吏は片眉をひそめ、怪訝に問い返した。

 まさか、自分が誰かわからないとは思わなかったようだ。


 いや、でもやっぱヒト違いかも知れないので、もう一度ちゃんと確認しておこうか。


「だから、誰だよあんた」


 ルーの二度目の問いかけに、拷問吏ガジュはブチ切れた。


「キサマのっ、死刑執行人だ───ッ!」


 物騒な舟形の大刃がついた長柄戦斧で、結界を断ち切ろうとでも思ったのか、振りあげて突進してきてバチバチッという閃光のあと、あっけなく後方へふっ飛ばされた。


 さすが、サディスの結界。


 ガジュは起きあがると、すぐさま右手をかざし呪を唱え、青い稲妻を発する二十センチほどの光の玉──魔法弾を立て続けに二十五発ほど撃ちこんできた。

 青い閃光が激しくぶつかり、一帯に轟音が響く。

 無論、結界はゆらぎもしない。

「さすがね、銀彗の魔法士」

 リリも感嘆のつぶやきを漏らした。

 結界が崩れない代わりに、頭上の氷壁に亀裂がはいったらしく、バラバラと大きな氷塊がガジュの真上から降りそそいだ。


 惜しくも頭に命中しなかったけどな。

 だが、この怒りよう、やっぱ本人なのか。


「ところで、何で、おいらだとわかったんだ?」

 攻撃が一時止んだので、訊いてみた。

 夕刻に蛇頭鳥の襲撃を受けてから今まで、ルーはフードマントも顔をおおうベールも外した覚えはない。

「フン、キサマの足取りなどすでに調査済みだ!」

 そう言って、自慢気に鎧の手甲のすきまから、ひらりと薄布を引っぱり出した。

 ガジュの頭上を照らす明かりの魔法玉のおかげで、それは嫌でもはっきりと見えた。

 見覚えがある。どころではない。

 フリルと透かしレースの入った胸の谷間の切れこみがきわどい淡い葡萄酒色の……悩殺的な絹のシュミーズだ。

「……」

「……」

 ルーとリリは黙りこんだ。

 ルーは少々混乱していた。


 それ……ひいじーちゃんが勝手に、おいらの鞄の中に入れてた高級下着……誘拐されたときに無理やり着せられたというイワク付のシロモノで、一昨日、ガレット国を出る前に市場で買い取りしてもらったはずなんだけど……

 なんで、それをよりによってこいつが持ってんだ……?

 いやいや、落ち着け自分。あんなこっぱずかしいモノが、おいらの持ち物だったなんて何があっても知られてはならない!


「何言ってんだよ。おいらがそんなモノ着るワケないだろ! ふざけんな! だいたい、なんでそれがおいらのモノだと思うんだよ、名前が書いてあるわけでもあるまいし!」


「馬鹿め、匂いに決まっている! 黒髪女特有の忌々しい匂いがな!」


 ──あんた、犬か。


 思いがけない答えに、ルーはただ、呆れた。

 リリは眉根をよせ、目の前の見てくれだけならば格好よいともいえる魔法士と、その手に握られた不釣合いなブツと、先の言動をみて思った。


 ルーに女装癖があるかはともかく、……いかにも屈強で精悍な戦士と見せかけておいて、中身はなんて残念極まりないのかしら!


 理由は別々だが、少女たちの気持ちはひとつだった。


〈〈このヘンタイ男!〉〉


 ルーは、はたと気づいた。

 今回、拷問吏ガジュが確実に命を狙ってきていることに。

「もう拷問はヤメたんだ?」


 以前は抹殺命令が出てるにも関わらず、それを無視してまで拷問したがっていたはずだ。その背景に、なんらかの状況の変化があるのかもしれない。


「一刻も早く、キサマの首を持ち帰らなければならんからだ」

 その非道っぷりな言葉に、隣にいたリリが、「まあっ」と眦をつりあげた。

「禍は封じられているというのに! なんてせっかちで野蛮な魔法士なのっ」

 ガジュは彼女に一瞥をくれて鼻で哂った。

「クトリの呪印を解けるヤツなど、我が国の長い歴史の中で一度たりと聞いたこともないからな」

 ルーが、ムッとしたように反論する。


「過去になかったからって、この先もないとは限らないだろ! あんた、頭カタイな!」


「そうよ、どうせはなから呪詛なんか解く気がないなら、歴史が長かろうが一度も聞かなくて当然でしょ!」


「なんだと?」

 リリは顎をつんとそらせ、ケンカ上等とばかりに強い態度にでた。


「キャラベ国が武力制圧だけしか能がないのは、どこの国だって知っているわ。武力こそがすべて。武力にしか頼れない。問題が起これば誤魔化すように当事者ごと斬り捨て! まるで考えることを拒絶するかのような外交、ここ十年、首のない王様がいると世間で言われているの、知っていて?」


「キサマは……」

 ガジュは目を細めて、訝しげにリリを見る。


「あなたごとき一兵が、このわたしを知っているとは思えないわね! いいこと? わたしを巻きこめば、あなたも、あなたをここに寄こした主もタダじゃ済まないわよ! 脅しではなく!」


 なんという強気発言。

 あの拷問吏相手に臆することなく、どころか、上から目線で脅してるよ。

 リリウォッカ、何者?


「まぁ、あなたごときに、この結界が破れるとは思わないけどね!」

 しかし、見かけ変われど中身は変わらず。

 にやりと、ガジュは大きく唇をゆがめた。

「では、どうする? ここでずっと閉じこもって助けを待つつもりか? いつまで?」

 ハッ、とヤツは哂った。

「待っても無駄だ。誰もここに来ることはない。今、上空はあの怪鳥の群れで埋めつくされている。大山脈にはいった人間は、片っぱしから襲撃され喰い殺されている。術を使っても使わなくてもな! 耳を澄ましてみろ、興奮した怪鳥どもの啼き声が聞こえるはずだ」

 思わずルーは息を潜め、ゴーグルをつけたまま真上を見あげた。

 緑のガラスの中で氷壁の亀裂の筋を映しだし、地上への標準を合わせるように昇ってゆく。かなり遠いせいか、途中でそれは止まった。

 だが、氷壁の亀裂のむこうに黒緑の点がびっしりと蠢いている。

 リリの方に顔をむけると「どう?」と、訊かれたので頷いた。

「遠いからかなり小さくしか見えないけど、数百単位の生き物の影が動きまわってるよ」

「何故、そんなことに……!?」

 二人の少女は呆然とした。

「誰もここに来れないって……でも、あんた来てるじゃん……?」

 ルーは我に返って、矛盾を問う。

 ガジュは自信満々に答えた。

「怪鳥を恐れる腰ヌケは、今、動かないということだ」




 バササササ──




 大きな影が飛来する。

 拷問吏をその爪にかけ、攫って行った。

 あっという間だった。

 ルーとリリは、ぽかんと口を開けてそれを見送った。

 そういえば、ここの氷壁と氷壁の幅は、あの蛇頭鳥が降りるには十分の広さがあったことを、今さらながらルーは思いだした。

 リリが口許に手を当てつぶやいた。

「たしかに……〈賢い人〉は今、動かないようね」

「そうだね」


 せっかく顎のケガが治ったんだろうに、こんなとこで蛇頭鳥の餌食になるなんて、やつもツイテない人生だな………………いや、でも、筋金入りの執念深さだし、また現われるような気がする。

 サディスが迎えに来るまで、入口に置いた鞄は絶対動かさないほうがいいな。


「そういえば、リリって何者?」

 さっきのリリの台詞がハッタリにしてはやけに堂々としていたので、聞いてみた。


 民間人ならすくなくとも鎧着た軍人なんて、気後れするものじゃないかと思うのだが。


「そういうあなたこそ何者?」


 ……呪詛を受ける前の経緯を話してなかったな。

 海賊で禁忌の海域に入ったせいとか、海賊の前は、大魔法士ノアの曾孫だったが魔力なしで、たぶんそれが理由で家出したとか。なんでたぶんかって言えば、記憶喪失だからとか。伝説にもなってる英雄の精霊・銀彗の名をあだ名に冠し、クレセントスピア大陸で知らないものはいないであろう天才魔法士が、なんで旅に同行してるのかとか………………………面倒だな。


「まぁ、別にどうだっていいことだよね」

「そうね、遭難してる者同士ってだけだわ」

 氷壁の青白いしずかな輝きを見つめて、リリも頷いた。

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