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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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6 氷雪の裂け目に落ちたふたり

 しばらく体がだるくて動けなかった。

 それでも、彼と離れ危機感がつのってきたので、手足を小刻みに動かして回復をはかろうとした。三十分ほどもすれば、なんとか動けるようになった。

 水筒の中のまだほのかに温かい湯を飲んでいると、ふいに周囲にはられていた結界がほどけるように消えた。


「もし、俺とはぐれることがあったら、適当な洞穴で待機しろ。その鞄を洞穴の入口に置いておけ。魔力持ちが近づいたり攻撃をすれば、結界が発動する」


 どこまでも上へと伸びるはてしない氷壁を見あげながら、ルーは登山の休憩中に言われたことを思いだした。


 敵が遠ざかったから、結界が消えた……ってことか。

 以前、かってに真夜中に宿屋を抜けだし、甘味屋台へ行ったことがある。

 サディスは疲労で眠っていたのだが、そのときも追手と憑物士対策として、鞄とその中の財布などに、〈条件付発動型の防御結界〉をつけてくれていたらしい。そのときは追手にも憑物士にも出会わなくて、発動しなかったから気づきもしなかったけど。

 おそらく彼は、あの温泉町で、ほんのわずかな時間に離れている間に、食人末期悪魔に自分が襲われたのをずっと後悔していたのだと思う。


 両腕を広げたほどの幅しかないせますぎる氷の谷間を、前へ前へと移動する。

 真上以外はすべて氷。でこぼこした氷の道。

 ブーツの底に金属の爪がついてはいるが、それでも気を抜くとすべりそうで怖い。

 ずいぶん歩いたと思うのはおそらく錯覚で、実際は遅々として進んでいない気がする。

 はるか上に、細い川のように見えていたはずの青空は、もう緋色の夕暮れだ。

 谷間もかなり暗くなってきた。



 ギャーッ ギャーッ ギャーッ ギャーッ ギャーッ ギャーッ ギャーッ ギャーッ ギャーッ



 遠くで蛇頭鳥が騒いでいる。なにか落ちてくる気配。


 ん!?


 反射的にルーは数歩、後退した。


 ドシャッ


 黒いものが降ってきた。

 頭部がない。腕がねじれて後にむいている黒鎧の……キャラベ軍の魔法士だ。

 敵と見なしたものへの報復は、野良魔獣だからこそ恐ろしい。

 ガルボは凍死者が出ると言っていた。たしかに、このまま放置しておけばこの極寒の中、氷漬けになるのも早いだろう。でも、死因がそれじゃないのは明らかだ。


 あいつら……肉食だろうか? 

 いや、それなら入山する人間すべて襲われるはずだよな? 

 ……でも、たぶん、あそこにいた人間は全員、蛇頭鳥の敵としてカウントされたはずだ。

 最初は、おいらとサディスは素通りして眼中になかったようなのに、あいつがおいらたちに突進してきたところから、わけ隔てなく攻撃してきたもんな。あの拷問吏め!

 まあ、こんなせまい谷間に、あのばかでかい蛇頭鳥は入ってはこれまい。


 死体を直視しないよう踏まないようまたいで越えて、さらに前へと進んだ。

 小一時間ほど歩くと、谷間はまっ暗になってしまった。陽が沈みはじめたせいだ。

 ルーは頭の上にあったゴーグルをずらし、ベールの目許透かしの位置に装着した。


 遠景透視の魔法がかかっているだけでなく、これってまっ暗なとこでも視えるんだよ。

 暗視鏡の役割もあるらしい。


 それから、夜の帳が降りて、谷間の上空も闇となる。

 真の闇にあたりは支配された。





 さらに三時間ぐらいは歩いたと思う。

 さすがにがっちがちで、でこぼこする氷の細い道は、地上の氷雪よりも歩きにくい。

 足首痛いし、ふくらはぎがむくんで痛い。


 三叉の道にでた。おそらくいま歩いてきた氷雪の裂け目に、もう一本の裂け目が十字に交差しているのだろう。左右の谷間のほうの幅が格段に広い。


 どっちに行こう。万が一にも蛇頭鳥の襲撃があったら逃げ切れそうもないから、このまままっすぐ進むのがいいかも知れないけど、そろそろ休む場所が欲しい。

 どこかにちょうどいい洞穴はないかな?


 前の道をみて、右の道をみて、左の道をみる。左道の雪面になにか不自然な形をみた気がしたので、不思議に思い左の道にはいった。

「イヤリング……?」

 可愛らしい小花をかたどっている。ゴーグルのガラスが緑のため、花びらの台座やそれにはめこまれた石が何色かまではわからない。

 氷雪に埋もれてないことから、ごく最近の落とし物ではないだろうか。


 ごく最近……可愛い女の子が身につけそうなモノ。


 なぜか、ガルボの案内小屋に国宝泥棒を捜しにきた、スミレ色の髪の少女を思いだした。彼女がイヤリングをつけていたのを見たわけではないが、なんとなく似合う気がした。


 まさか、こんなところにいるわけが……。


 彼女は国宝泥棒を知ってるかどうかだけを聞いて、案内小屋で登山準備のものをなにひとつ買わずに出て行った。荷袋らしきものも持ってなかったように思う。


 ……いや、マントの下に持っていたかも知れないけど。


 さくさくと氷雪を踏んで進んでいると、氷壁の上のほうに横穴があるのを発見。

 ゴーグルの遠景透視魔法のおかげで、そこに何か生き物らしきものが蹲っているのが視える。動物……いや、人間のようだ。

 ななめ上ばかり注意して歩いていたので、なにか重いものに蹴つまづきこけた。

 死体。またもや、キャラベ軍の黒鎧をつけた腰から下のないやつが。


 ぅひい~~ッ!!


 思わず目をそむけた。

 温泉町での惨殺死体もひどかったが、魔獣に喰いちぎられたそれも、なお酷い。

 氷壁にへばりつきつつ、なるだけ見ないように移動する。といっても最初にばっちり見てしまったのだが。だいぶ前にやられたようで、霜と細かい氷をかぶっていてまるで壊れた人形みたいだった。

 なんとか、先ほどの横穴の真下まできた。手をのばしてようやく、その縁に届くくらいだ。もう一度、見あげながら穴の中をゴーグルで確認。

 頭の両端に結ったおだんご髪が視えた。やはり、あの女の子のようだ。

 ぴくりともしないので、生きているのかわからない。

 穴の縁に手をかけてよじ登った。

 すると、かすかな物音を聞きつけたらしい女の子が、のろのろと顔をあげる。

 びくっとしたようだが、とうに当たりはまっ暗なので、ゴーグルをかけてる自分はともかく彼女には見えてないだろう。

 と思ったら、いきなり彼女は手にした剣を抜き放ってきた。

 すでに横穴に上がっていたルーは、とっさに横っとびに転がって距離をとった。


「何者っ!?」


「お、おいらデス! ガルボの小屋で会った!」


 ケガでもして弱っているのかと思っていただけに、そのはげしい誰何にあわてて答えた。ついでに、両手をあげて敵意がないのを表わした。

 どうやら彼女は暗闇に目が慣れているようで、ぴったり視線をこちらに合わせてくる。

「ガルボの小屋……?」

「ねーちゃん、国宝ドロ捜してただろ?」

「あ、あぁ……あのときの背の低いコね……よく、わたしがここにいると分かったわね?」

「コレ、ガルボのとこで借りたゴーグル、遠景透視と暗視鏡の魔法つき。それと、さっきそこでイヤリング拾ったんだ。なんとなく、ねーちゃんを思いだしたから」

 小花のイヤリングを渡すと、彼女は顔をほころばせた。

「ありがとう、わたしのよ。とても大切な物なの!」

 きゅっとそれを握りこんだ手に、唇を寄せた。

「……ランタンつけていい?」

 彼女が頷いたので、ルーは鞄を探りランタンを点けようとして、火種がないことに思いあたり、がっくり膝をついた。

「どうしたの?」

「忘れてた……いつも火は相方に魔法でつけてもらってたんだ」

「そう、残念ね。わたしも火は持ってないの。魔力もないし……ところで、なにか食べ物ない? 供とはぐれちゃって……わたしの荷物も彼らに持たせてたから」

「あるよ」

 マントの内側の保温性は抜群で、そこに入れていた鞄の携帯食料も、温めたまま水筒に詰めた飲み水も凍ってはいない。干し肉と砂糖漬けの林檎を渡すと、彼女は匂いをかいだり触ったりして首をかしげている。

「凍ってないのね……?」

「うん、マントの下に鞄入れてたから」

「お昼に供からもらった堅焼きのパンは、ガチガチに凍ってて、とても食べられたものじゃなかったわ」


 供か……いいとこのお嬢さんなのかな。


「早く食べた方がいいよ。すぐにこの寒さで凍るから」

 ルーも同じものを取りだすと、口許のベールだけずらして食べはじめた。

「そうね」

 ふたりしてまっ暗で冷える氷穴の中に腰を下ろし、もくもくと食べる。

 ベールをずらした部分が凍えるように寒い。

 ルーはゴーグルを装着のままで、ちらちらと彼女を見た。

「どうしてここにいたんだ?」

 彼女は凍りつく前に食べきろうと、口に無理やり押しこんでから嚥下した。

 ルーから水筒を受けとり、まだ温かさの残る湯を飲んで、ほっと息をつく。

「……さっきの堅焼きパンの話だけど、結局、食べなかったの。山小屋で休憩しててね、供らはそのパンを沸かした湯でふやかして食べていたんだけどね。わたしは軽い高山病になりかけていたし、食欲もなかったから断ったのよ。一食抜いたぐらいで死ぬわけでもないし。薬も飲んだから、しばらくすれば持ち直すと思っていたし。そしたら、供がどこかでこーんな大きな卵を手に入れてきて」

 彼女は両手を五十センチばかり広げてみせた。

「これでオムレツを作りましょうとか言っちゃってね」


 こんな氷と雪と岩だけの世界で、あきらかに尋常でないサイズの卵。

 しかも、それでオムレツ。なんかもう、次の展開が読めてきた。


「鍋の中で割ったら、頭がヘビで体はワシていう魔獣がでろりと出てきて」


 やっぱり。


「供が危険だって言うんでね、サクッと殺しちゃったけど……」


 うわあ、イヤな予感。


「あれがいけなかったのよね。絶命まぎわにすんごい奇声をあげたのよ。山小屋の木窓と扉が、外にはじけ飛ぶほどすごかったわ。ものの三分もしないうちにあれの親らしきでっかい怪鳥が現われて、さんざん追い回されて氷雪の裂け目に落ちたの。あなたは?」

「どっかの馬鹿がその怪鳥に攻撃を仕掛けたせいで、巻きこまれたんだ」

「……それってうちの供だったりして?」

「黒い甲冑着こんだ連中」

「甲冑!? 信じられない……よく高山病で倒れないわね! まあ、うちの供じゃないのはわかったわ。驚くほど軽装だから……なにやってるの?」

 ルーは鞄を洞穴の入口に置きに行っていた。

「まだ食料あるんでしょ? そんなところに置いたら凍るわよ?」

「食べ物だけこっちの包みに移してるから平気」

 おおきな一枚布に包んでマントの内側にくるよう、腰のベルトに結んでおく。

「うちの相方に言われたこと思い出しちゃって。えーと……、そのうちバレると思うから言っておくけど……」

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