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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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9 敵は内にも在り

「さて、これからどーしよ」


 サディスにも曾祖父にも置いてきぼりにされたわけだが、なんといっても自分のことだ。どうにかして、右腕に宿るこのブキミな紋様について、呪いを解く手立てを探さなくてはならない。


 ──どうやって? まあ専門的なことはあの二人にまかせて、やはり、おいらが出来ることといえばひとつだろう。記憶をとりもどす。これにつきる。

 なぜ、禁忌といわれる海域へはいったのか、どうやって古代に沈んだはずのクトリ遺跡とやらにたどり着けたのか、疑問は山積みだが───そういや、呪詛を受けるのは秘宝めあてのバカとかなんとか、サディスが言ってたような……

 おいら、その秘宝とか探してたのかな……? なんかピンと来ないなー、だいたい秘宝ってなに? そもそも、おいらは何を思って、五年前に家出なんかしたんだろう? 

 魔力ないのが原因とか聞いたけど、ほんとにそれだけが理由かな? それだけで家族のいる場所を飛びだしたりするものかな?


 想像力で記憶を辿ろうとしている自分に、はたと気づく。


 自分のこと、なにひとつ覚えてないくせに……いや、まてよ。

 ここは、ひいじーちゃんの家だ。なにか覚えのあるものぐらいあるかも。

 自分に関係するものを見つければ、そのうち自分のことを思い出すかもしれない。

 となれば探検だ。まずはこの館内をくまなく歩いてみよう。


 階段をのぼり廊下を北へと向かう。つきあたりに両開きの扉があった。

 その先は、空中を橋渡しするようなアーチ型の廊下がある。

 しばらく歩いてからその下をのぞきこむと、深い崖の谷間だった。

 人の話声に、はっと前方を見た。紺道衣を着た若い男が三人やってくる。

 彼らはルーに気づくと、鼻を鳴らしあからさまに不快げな顔つきになった。


「オレたちの修行場で、おサンポか? いいご身分だな」


 先頭を歩いていたリーダーらしき青年が、ルーを見下ろすようにまん前に立ちふさがった。浅黒い肌に白髪をつんつんに逆立てた彼は、うすいおおきな唇をゆがめ、さらに近づいてくる。つい、ルーは右に避けたが、そこにあった手すりに腰があたった。

 ヒョオッと、空に浮かぶ渡り廊下をつよい風が吹きぬけてゆく。

 わずかな間にほかの二人も、ルーを囲むようにとりまいていた。

「ったく、うざいよな」

 ずんぐりむっくりが言う。

「ほんとカスのクセによ」

 ガリガリのニキビ面が吐きすてるように罵った。

「だれがカスだよ!」

 ムッとして思わず言い返すと、いきなり白髪の男にえり元をつかまれた。

「おまえに決まってるだろ、せっかくアイツが自分から出て行ったってのに、連れもどしやがって……!」

「は?」

「どんな手を使ったんだ? てめーみたいな貧相なガキに入れこむとも思えないし」

「なに言って……?」

 鼻先に凶悪な顔をつきつけられる。

 横合いから肉にうもれまくった顔が、さらにその顔を醜くゆがめていじわるげに笑った。

「やっぱ、辞退するなんてケンキョのフリして、ハナから狙ってたんだろ」

 ガリガリも侮蔑の視線を送りながら、あいづちを打った。

「天才っつっても強欲なんだろ、こんなのを助けてあわよくばなんてなー」

 はじめは何のことかわからなかったが、「天才」の一言でピンときた。どうやらサディスの悪口を言ってるらしい。


 しかも、彼が自分を助けたことに、この三人組は不満があるらしい……って、なんてやつらだ! こっちはキャラベで殺されかけたのにっ! 

 しかもあの俗物にキョーミなしのサディスに対して、謙虚のふりだの強欲だのって……! サディスが褒賞を受けたと思ってるのか。だから、うらやましくて悪しザマに言ってるのか?


 そう思いつつ口にした。

「なんか誤解してんじゃないのか? サディスは褒賞なんかもらってないのにっ」

 ギラリと白髪頭が至近距離でねめつけてきた。

「ハッ、アイツがそんなもので満足するものか」


 そんなモノって……ひいじーちゃん、全財産って言ってたけど? 

 まあ、たしかにサディスは歯牙にもかけなかったけど、ふつーのヒトなら大喜びなんじゃないか。一生遊んで暮らせるだろうし。それともこいつにとっても、それじゃ満足できないと思うなにかがあるってことなのか……?


 足が浮いた。白髪頭がルーの胸倉をつかんだまま引きあげたからだ。

「ぅわわっ」

「魔力ナシがせっかくここまで来たんだ、楽しんでみるか?」


 まさか、そんな暴挙に出るとは予想だにしなかった。

 だって、ここはまがりなりにも、ひいじーちゃんの家で。


 ルーの小柄な体が、まばたく間に落ちてゆく。

 どこへって、無情にも、いともカンタンに、空を渡る廊下の手すりを越えてほうり投げられたのだから─────ひっくりかえったルーの視界に、深い深い崖の谷間が映っていた。

 びょうびょう風がうなる。つかまるものなど何もなく、真っ逆さまに落ちてゆく。

 思わず息をのんで目を閉じた。




 背中に衝撃がきた。でも、痛くない。


 ……痛くない?


 そろっと目を開けると、やさしげな青年の顔がのぞきこんでいた。


「大丈夫かい? ルーちゃん」


「…ア、…スター…?」


 にっこり微笑んで、彼はルーを抱きとめていた。

 そして、宙をけって跳び、あっという間に先ほどの廊下へとひらり鳥のように舞いもどる。そこには、蒼白な顔をした三人組が凍りついたようにこちらを見ていた。

 だれかに見られていたとは思いもしなかった、という表情だ。


「グレイ、女のコに手荒なマネをするのは感心しないなァ」


 のほほんとアスターが、ルーをほうり投げた張本人に言った。


 手荒ってゆーか、おいら、……こ、殺されかけたんじゃ……!?


 いまさらながら、ルーは蒼白になった。

 すぐ我をとりもどしたらしい白髪頭が、にくにくしげに返してきた。


「そいつが勝手に修行場にはいりこんでジャマするからさ、ちょっと脅してやっただけだろ。つぶれたトマトみたいになる前に、術で落下を止めるつもりだったさ」


「ちょ……ジャマもなにもっ」

 ここの廊下にはいっただけだ。おまえらこんな危なかしいとこで修行すんのかウソつけ! と言おうとしたが、アスターの「へぇ」という、かなり低めの小馬鹿にしきったような声音に、つい黙った。


「そんなことして、ノア師が知ったら怒り狂うだろうな~とか、微塵も思わなかったわけ? 全財産投げうってでも探してたコなのに? いや~、勇気あるねぇ」


 ちゃかすような軽い口調なのに、なんかいやあな威圧を感じるのはナゼだろう。


「は、……だれがっ、おまえみたいなクラゲ野郎の話を信じるものか!」


 そう言いつつも、グレイは逃げるようにアスターの前を大股でとおり過ぎていった。

 あとのふたりもアスターから顔を背けるようにして、グレイを追ってゆく。

「クラゲって……?」

 アスターを見上げつつたずねると、彼は軽く肩をすくめた。

「あー、…うん。よくオレ、修行とかさぼってふらふらしてるからねー…だからかな? いつのまにか変なあだ名つけられちゃって」

 ふと、ルーは自分がアスターに抱きあげられたままなのに、ようやく気づいた。


 いや、あのグレイとかいうのがあまりに常軌を逸していたので、ちょっと呆然としていたというか。だって、ひいじーちゃんの弟子にあんな危険人物いると思わなかったし。


「……降ろしてくれる?」

 しかし、そろえた両膝の裏と背中をがっちりかかえたまま、彼はルーの顔をにこにこ見つめてきた。

「いやあ、大変だったよね、どこか痛くないかい?」

「べつに痛くないけど……あの、それより降ろしてく」

「それにしても、ルーちゃん軽いね。ちゃんと食事はとったの?」

「うん、さっき食べたから。それよりはやく降」

「ほんと、オレが通らないと大変だったよね、大ピンチだったよ」

 言い終えないうちに、そうやってたたみかけてくる。

 礼を忘れてたことに気づいて、あわてて言った。


「あ、うん。それはありがと」


「お礼にキスのひとつでもしてほしいな~」


 ウィンクで催促された。

「え、いや、それはちょっと……」

 しかも、抱いている腕の力が強くなった気がするし、顔も接近してくる。

 逃がすつもりはないようだ。もたもたしてたら強引にキスされそうな気がする。


「じゃ、降ろして。ちょっと目を閉じてくれる?」


 すると、アスターはささっとルーを降ろし、言われるがままに目を瞑った。

 体を離したわずかなすきに、ルーはすみやかに風のごとくその場から遁走した。

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