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悪夢~Il record dell’incubo~  作者: 霧景
序章 光《ルーチェ》と闇《ブイオ》の人々
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序章 光《ルーチェ》と闇《ブイオ》の人々

 シン、と静まり返った廊下には規則的な足音だけが響いていた。ここだけを見ればありきたりな怪談話によくありそうな話ではあるが、足音の主は怯える素振りを見せるどころか、自分の周囲にすら興味を持っていないようでただただ前へ進んでいる。揺れる白金の髪はまるで上質な絹のようで、真っ直ぐと前を見つめる青の瞳はどこか悲しげな色を宿している。

 男子にしては細身に見える少年は、白を基調としたブレザーを身にまとっていた。襟元や裾には黒いライン、胸元には輝く六芒星のバッチ。よく見ればバッチには光高等部会長と刻まれている。

 身にまとったブレザーのボタンは全て開けられていて少年の動きに合わせてゆらゆらと揺れていた。本人はこれが一番楽だと思っているのだが、ブレザーが少々長めのため見ている方としては非常に鬱陶しく感じる。

 そんな少年の名は秋月アキヅキ ミナト。ここ聖鈴セイレイ学園高等部の生徒会長だ。

 現在の時刻は十一時三十分……生徒が見回りをするには少々どころかかなり遅い時間である。普通の学生ならば今頃宿題に追われたり、眠りについていたりと思い思いに過ごしているころだろう。しかしこの学園の生徒は違う。

 この学園はブイオの生徒とルーチェという二つの大きなグループで構成され、その二つの争いが絶えることはほとんど無いのだ。教師達の殆どいなくなったこの校舎は最早無法地帯といっても良いだろう。


 「すみません、遅れました。現在の状況は?」


 なんの躊躇いも無く湊が踏み込んだ部屋の中には二人の男女がいて、複数のモニターを目で追っていた。フッと振り返った少年、三宮サンノミヤ 優希ユウキは険しい表情でただただ「こちらが不利ですね」とだけ答えて再び視線をモニターに戻す。相当焦ってここに来たらしく優希はワイシャツにズボンという格好だ。ネクタイもしていない。

 そんな様子を見て湊はグッと表情を険しいものにする。睨みつけたモニターには人よりも色素の薄い少年と少女二人。武器を持っているのは少年だけのようだ。


 「また、小鳥遊タカナシですか」

 「ええ。襲われているのは中等部の生徒のようです。回復系統の能力者のようで今は何とか持ちこたえています。他には南棟一階でも戦闘がありましたが、こちらは風雅フウガが鎮圧済みです」

 「なる程……じゃあ小鳥遊の方は僕が引き受けますよ」


 小さく頷いた湊が言えば、無言を貫いていた少女が湊に顔を向ける。サラリと白のメッシュの入った黒髪が流れる。色の薄い瞳は不安げに湊を見つめていた。

 正直なところ、少女は湊が戦うところをまだ見たことが無かった。彼女が生徒会に入ってから何度か戦ってはいるらしいが、それは全て少女の知らぬところでだ。それ故に少女の中の湊は穏やかで優しい男でしかない。

 対して、小鳥遊は何度か戦う姿を見ている。なんの躊躇いも無くその力を揮い、罪もない他者を切り捨てていくその姿を。

 そんな相手と湊が戦うなんて想像できなかった。

 この学園の生徒会は、能力、および力の強さ、頭脳、身体能力の総合値などで決められる。そのため会長である湊はトップクラスの力を持っていると言われてはいるが、やはり不安なものは不安だ。


 「戦う、ですか?」


 恐る恐ると言った感じで問いかける少女に、湊は静かに笑う。


 「ええ。と言ってもとっとと被害者さん確保して逃げますけどね。危ないかもしれませんがこれが手っ取り早いでしょう」


 静かな声で答えた湊は僅かに笑みを浮かべる。その笑みは自信の表れと言うよりはどこか悲しそうなものであった。

**

 深夜の教室。月明かりだけが静かに注ぐその場所には光を銀の髪を靡かせ、刀を振るう少年の姿があった。標的となっているらしい少年はきっちりと着た制服を血で真っ赤に染めながら、床を這いずっていた。

 対して刀を振るう少年には傷一つ無く、返り血で制服に染みを作っている程度だ。その顔には楽しそうな笑みが張り付いている。

 時折ズレた眼鏡を上げながら刀を振るう少年は非常に幼い顔立ちをしていた。浮かべている笑みだってこんな状況でなければ大層愛らしいものだろう。長めの髪は腰ぐらいまでの長さ。身にまとう制服は湊が着ていたものとは違って黒地に白いラインが入っている。

 名前は小鳥遊タカナシ セツ。湊たちの会話に出てきた“小鳥遊”の一人である。


 「あれれ、もしかして立てなくなっちゃいました?」


 這いつくばったまま、少しずつ少しずつ刹から離れようとする少年に、刹はきょとと首をかしげて問いかける。ご丁寧に顔の方に移動してしゃがみ込んで。

 可哀想に、何て言葉を吐いて少年の頭を撫でる刹は楽しげだ。立てなくなるまで急所を外しながら、時には少年が回復するのを待ちながら刀を振るっていた少年の言葉とは思えない言葉だ。

 虚ろな目で刹を見上げる少年はもう、逃げる気力さえない様子。


 「刹、そろそろ終わりにしましょ。明日に響くわ」

 「はぁーい。終わりだって。よく頑張りましたー」


 不意に静かな少女の声が響く。声の主は刹からは少し離れた位置にある机に腰をかけて、心底つまらなそうに様子を眺めていた。こちらは一切手を出していないらしく、返り血すら付いていない。ただただ刹が刀を振るう姿を傍観していただけらしい。

 そんな少女、小鳥遊タカナシ 紅零クレイは刹によく似た少女だった。身にまとう制服は黒のケープに灰のワンピース。ケープには裾の部分に白いラインが入っている。そして胸元には闇中等部生徒会長と刻まれた六芒星のバッチ。こちらも小鳥遊の一人である。

 軽く息を吐いた紅零はため息をついて刹を見つめる。

 パチパチと手を叩いた刹は静かに立ち上がって刀を握りなおす。そしてその刀を静かに振り上げた時、教室の扉が勢いよく開かれた。


 「あら、出来損ないが何の御用かしら」


 フッと紅零がドアの方に顔を向ける。そこに居たのは肩で息をする湊であった。立ち上がってスカートの裾を持ち上げて礼をする紅零を湊は鋭く睨みつける。その手に握られた拳銃は刹の方へ向けられている。

 無言の睨みあい。刹も一旦刀を下ろして湊を睨みつけている。そこに先ほどまでの楽しそうな表情は欠片もない。ただただ鋭く射抜くような冷たさがそこにあった。


 「久方ぶりですね、紅零さん、刹さん。あと一人はどちらへ?」

 「ふん。お姉様はとっくの前に帰ったわよ」


 紅零の返答におや残念なんて肩をすくめて、湊は笑う。どこか威圧感の漂う笑み。呼吸が安定した湊は静かに教室の中へと足を踏み込む。目に入ったのは這いつくばる少年だ。傷はないというのに意気は絶え絶えで目は虚ろ。意識があるのが不思議なくらいに疲弊しているのが見て取れる。

 ……自己治癒能力だなんて非常に便利なようにも感じるが、斬りつけられた瞬間の痛みをなくすことは出来ないし、死ぬことも出来ない。ただ単に苦痛を与えるだけのものなのかもしれない。回復するだけで反撃は結局自分の力で行わなければいけない。攻撃の役に立たない能力。

 耐えて、耐えて、最終的には壊れてしまう。それが多く、自己治癒能力を持った者の末路だった。

 だからかもしれない。疲弊しきった少年を見て湊が表情を緩めたのは。

 それでも漂う威圧感は消えない。刹に拳銃を向けながら紅零のほうにも注意を払う。タイミングを測るように湊は動かない。

 気を緩めるわけにはいかない。モニターでチラッと見ただけだし、優希からは簡単に“小鳥遊がいる”と聞いただけだ。だけどこの姉弟の危険性なんて十分に理解していた。

 やれやれ、と小さく声を漏らした後「こんなことを言っても無駄かと思いますが……こんな無駄なこともうやめませんか?」と問いかける。刹は無言で首を傾げた後、紅零のほうを見た。紅零は静かに嗤う。


 「あら、出来損ないは出来損ないね? それとも復讐を諦めた愚者はそんなものなのかしら」


 嘲笑。静かに目を閉じて息を吸い込んだ湊は「こんなことをしても“あの人たち”が戻ってくる訳ではないでしょう。それなのに復讐と称して殺意を他者に向ける。一体どちらが愚かでしょうか」と言い放つ。

 ギリッと歯軋りをする紅零を見て刹が動き出す。嗚呼……どうやら平和的には終わらないようだ、そんな風に考えて湊は僅かに悲しそうな表情をする。

 ふわりと光が刹の手に舞い降りたかと思えば、その光は一瞬にして弓矢へと姿を変えた。……創作能力、自分の思い浮かべたものを作り上げる特殊な能力の一つである。高度なものになればなるほど緻密で、美しいものを同時に複数個作り上げることが出来るようになる。

 しかし元々、その場にはないものを作り出すのだ。作り出したものは必ず三十分の間に形を崩してしまう。所詮能力なんてそんなもの。無制限で便利だとは言えず、メリットがある分、デメリットが必ずある。それが身体的な面か、精神的な面かは問わずに、だ。

 能力者となるベースは才能があるだけの人間。才能さえあれば赤子であっても、大人であっても、弱者であっても誰にでも発現する。まぁ、発現するためにはある程度の刺激を必要とするものが多いのだけれど。

 人間が本来はない特殊な力を揮うのだ。デメリットがないほうが可笑しいだろう。


 「戦うつもりはないのですが?」


 そんなことを言ったところで刹は問答無用で弓矢を放つだろう。そう想像して湊はため息をつくことぐらいしか出来なくなってしまう。

 案の定、だ。刹は引き裂くような笑みを浮かべて弓を放つ。それに大人しく当たるか、と問われれば流石に否な訳で、湊はヒラリと矢を避けた。

 ただ何の補助も無く矢を避け続けることができるわけがない。一度目は多分刹の方が故意に外しただけなのだろう。次の行動をとろうとした時には次の矢が放たれようとしていた。

 ヒラリ、花弁が舞う。

 不意に湊の手元から蔦が伸びて刹を絡めとる。今に湊に突き刺さろうとしていた矢も既でのところで蔦が絡めとる。

 植物操作、湊の能力の一つである。

 低く舌打ちをする刹に、紅零が苦笑いを浮かべた。そして静かに手を動かすと刹の動きを止めていた蔦が呆気なく朽ち果てていく。


 「私もいるのだけれど、忘れないで欲しいわね?」


 グッと湊が顔を歪める。だからこの二人を相手にするのは嫌なのだと心の中で毒づいて、ぐるりと辺りを見渡す。身を隠せそうな場所はない。武器となりそうなものもありはしない。

 タンッと軽やかに地面を蹴る音が聞こえた。咄嗟に顔を向ければ武器を刀に持ち替えた刹が突っ込んでくるところで。ギリギリのところで横に転がり振り下ろされる刀を回避。休む暇も無く体制を取り直して這い蹲る少年に駆け寄る。

 紅零は動く素振りを見せないけれど、いつ介入してくるかは全く読めない。刹は容赦なく切り込んでくる。弱弱しく呼吸をする少年を抱えて戦い続けるのは流石にきついものがある。

 目標はこの少年を逃がすこと。そう考えて湊は少年を抱きかかえ窓へと走り出す。その過程でポケットから小さな種子を引っつかんでばら撒いておく。

 伸びた蔦は壁のように湊と刹達の間を引き裂く。ただ、これもいつまでもつかは分からない。


 「うわ、やっぱあのコンビと飛び道具は卑怯!」


 勢いよく窓を開けた途端に響いた銃声。確認の為に視線を後ろにやれば蔦は全て朽ち果ていて、こちらに銃口を向ける刹の姿。一発目は外れたようだが、二発目も外してくれるような相手ではない。

 ええい、こうなれば自棄だと少年を抱きかかえたまま湊は窓から飛び降りる。庇うようにきつく少年を抱きしめながらポケットから数個の種子を落とす。


 「っくそ。お前がいなければあんなことにはならなかったッ!」


 窓から体を乗り出して狙いを定める刹が叫んだ。その言葉に湊はグッと顔を歪める。否定はしない。どうしてこうなったのか、湊は原因をよく覚えているから。

 だから、湊は叫ぶ。


 「ええ。分かっています。だから恨むのなら僕を恨め、関係のない人に刃を向けるな!!」


 キッと刹を睨みつける視線は鋭い。そんな湊に返す刹の目はどろりと淀んだ色で。

 引き金に指がかけられたのが見えて湊は慌てて少年を自分から離れるように放り投げる。

 突き刺さるような痛みと肩から噴出す赤。肩を押さえ、痛みに耐えながら湊はばら撒いた種子から蔦を伸ばし少年を静かに地面に下ろすことに専念する。

 少年を受け止めて地面に下ろす寸前。太股に走った痛み。

 そこで少年の無事を確認する余裕も無く湊の意識はぷつりと途切れた。

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