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王様とわたしの秘密の賭け事  作者: 美汐
第六章 決行
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決行 6

 館の中に入ると、わたしは緊張の糸が切れたように、ふらふらと壁に手をついた。

 心臓が、ばくばくとまだ大きく鳴っている。

 人が死ぬところを見てしまった。

 王に刃を向けた反逆者ではあったが、それでもやはり、ああいった血なまぐさい現場を見るのはつらかった。


「大丈夫か? メイリン」


 横から心配そうにリーシンが声をかけてきた。わたしは少しだけ息を整えると、彼にうなずいて見せた。


「ごめんなさい。ちょっと、びっくりしてしまって……」


「無理もない。あんなものは、誰でも見ていて気持ちのいいものではない。特に、荒事とは無縁だろうお前のようなものには、少しばかり刺激が強すぎたかもしれん」


 そう言って、リーシンはわたしを支えるように、わたしの背に手を回した。その感触に一瞬どきりとしたが、わたしはそれに素直に体を任せた。

 そして、先程のことを思い出していた。

 あのとき、リーシンがあの男に刀を向けられたとき、わたしは恐怖で身が凍った。彼の身が危険に晒されていることが、なにより耐え難かった。

 一瞬でも、彼と死が隣り合わせだったことが、酷く恐ろしかった。


 リーシンが死ぬ。

 彼がこの世からいなくなってしまう。

 そんなことは、とても耐えられなかった。

 もしそんなことになってしまったら、わたしはとても生きていかれない。

 自分自身がいなくなることよりも、彼がいなくなることのほうが、わたしはとても耐えられない。そう思った。


 幸い、彼は今もここにいる。わたしの隣にいてくれている。

 それだけで充分だ。

 なによりも、彼が無事でいてくれることが大事だと、わたしは強く思っていた。

 奥の部屋にたどり着くと、わたしはへなへなとその場に座り込んだ。


「大丈夫ですか? なにか薬湯でもお持ちしましょうか?」


 リューフォンさんがそう言ってくれたが、彼にそんなことをさせるわけにはいかない。わたしは固く辞退した。


「少し休んでいればよくなると思います。きっとあまりのことに動転してしまって、頭と体が追いついていかないんだと思います」


 わたしがそう言うと、リューフォンさんは気遣うように、その深いまなざしを細めた。


「そうですか。しかしどうか無理をなさらないよう。ゆっくりとしていてください」


 リューフォンさんはそう言うと、ふうっと深く息をついて、自分も席に着いた。リーシンも自分のいつもの席に着く。


「ユンバイはまだ来ていないようだな」


「ええ。今日は少し遅れるという話を聞きました」


「そうか。まあ、それはいいとして……」


 リーシンは眉を寄せて、一度目を伏せた。そして再び開いた目には、静かな怒りの色が見えていた。


「先程の男のことを、くわしく聞かせてもらおうか」


 王の言葉に、リューフォンさんは重くうなずいて見せた。


「先程の男は、ダーヤン丞相の息のかかったものです」


 やはり、とわたしは思った。それは、隣にいたリーシンも同じのようだった。


「やはりそうか。向こうもリューフォンの動きを怪しんでいたということか?」


「ええ。いろいろ密偵を送り込んだり、丞相の周辺を嗅ぎ回っていたことで怪しまれてしまったのでしょう。しかし、私が陛下やタオシェン将軍らと共謀していることまでは掴めてはいなかったようです。先程あの男を殺したことで、その情報が丞相側に漏れることはないはずですが、今後は充分に注意をしておいたほうがいいでしょうね」


「しかし、丞相が留守のときを狙って作戦の決行に移ったというのに、向こうはそれ以前にお前に警戒心を持っていたということだな。そして、今回の件にお前が関わっていることを知っていた」


「左様です。やはり、丞相は油断ならない男です。留守中になにか異変があったときは、私のことを疑うよう、手のものに言い含めていたのでしょう。そして、先程私に大胆にも接触を図ってきたのです。陛下が現れたことで、彼の計画にもずれが生じたのでしょうが、もしかすると、私は先程殺されていたやもしれません」


 落ち着き払ってそう話すリューフォンさんが、信じられなかった。自分の命がなかったかもしれないなどということを、よくもそんなに平静に話せるものだ。


「しかし、とにかく無事でよかった。お前が死んでしまったら、作戦どころの騒ぎではなくなる」


 そう言うリーシンに対し、しかしリューフォンさんは厳然と言った。


「おそれながら陛下。私ごときの命よりも、大義を第一とお考えください。このリューフォン、矮小な身なれど大義のために死することができれば、それは本望です。もしものときは、陛下。なにとぞこの国の民のために最後まであきらめずに計画をまっとうしていただきたい」


 リューフォンさんのその崇高な決意に、わたしは感動した。リーシンもまた、刮目して彼の言葉に聞き入っていた。


「この国の民のために、か。……そうだな。そのとおりだ。今の言葉、胸に刻みつけておく」


 こんな人が国の中枢にいる。それだけで、この国はまだ大丈夫だと思える。

 国を憂い、民を憂う。

 それができる人間が、なにかを変えていける人間なのだ。


 大丈夫。

 きっと、なにがあっても大丈夫。

 こんな人たちがいるのなら。


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