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white bird

作者: 星見 夜人

3ヶ月前、俺は交通事故に遭った。幸い命は助かったものの、その代償として脚の自由を失った。歩けなくなってしまったのだ。リハビリでも成果は一向に現れず、車椅子での生活を余儀なくさせられている。きっとリハビリなんかしても治らないのだろう、俺はそんな気がしていた。一生歩けないくらいなら自殺した方がマシだと思った。でも、俺にはそれができない。俺は刃物なんて持っていないから、首を斬って死ぬことはできない。歩けないから高いところから飛び降りて死ぬこともできない。そう、俺には自殺する手段すら与えられていなかったのだ。でも、自殺願望だけは日を追うごとに増していった。母は俺がいつか歩けるようになるのではないのかと信じて毎日俺に付きっきりで世話を焼いてくれて、リハビリも見守ってくれている。でも、リハビリでは全くと言っていいほど俺の脚は動かない。俺は母の期待に応えられないのが悔しくて、悲しかった。

「もし一生脚が治らないのなら、誰でもいいから俺を殺してください」

これが俺の切なる願いだった。


そんなある日のことだった。俺はいつものように母に車椅子を押してもらって病院の周辺を散歩していた。

僕の視界には果てしなく広がる海と空を飛ぶカモメたちが映っていた。そう、病院の近くには海がある。

というよりも、このあたりは海と民家と病院以外何もない。だから、散歩で行く場所は必然的に海になる。だけど、俺は海が大嫌いだ。脚の自由があった頃はよくこの海で泳いでいた。あの頃は今と違って海を愛していた。でも、今は泳げない。それがもどかしい。今の僕にとって海とは泳げないということ、昔の自分とは違うということを実感させられる場所なのだ。

「あれは...」

俺は砂浜で飛べずにいるカモメを見つけた。やたら翼を羽ばたかせているがその羽ばたきは弱々しく、一向に飛ぼうとする様子がない。どうやら翼に傷を負ってしまって飛べないようだった。俺は何故かこのカモメに親近感を覚えた。この町のカモメの中でたった一羽だけ飛べないカモメ。この町のなかでたった一人だけ歩けない人間。なんだか俺たちの境遇は似ていると思った。だからなのか俺はこのカモメを助けてやりたいと思った。

「母さん、このカモメを助けられないかな」

俺はカモメではなく遠くの海を見ていた母に話しかける。

「カモメ?あっ...あのカモメ怪我してるじゃない。早く獣医さんにみせてもらわないと」

母も怪我をしているカモメの存在に気付いたらしくすぐに町の動物病院に連れて行った。


それから僕は毎日カモメの様子を見るために動物病院に通った。カモメと俺は似ていると思っていたがどうやらそれは違ったらしい。カモメは俺とは違って毎日回復に向かっていた。一方で俺は未だに脚も少しも動かせない。俺はとても悔しいと思っていた。でも、それはいつもの自分自身の対する絶望ではなく、カモメに先を越されるのが悔しいというカモメに対する闘争心によるものだった。俺はカモメが再び空を飛べるように先に俺が再び自分の脚で歩けるようになりたいという想いから今まで以上に真剣にリハビリに取り組むようになっていた。いつしか俺はカモメの存在に励まされていたのだ。いつの間にか俺の心から死にたいという願いは消えていた。カモメが回復していく姿を見て俺の心に俺もいつか脚を回復させることができるかもしれないという希望が生まれたのだ。

そして、月日は流れ、カモメは再び空を飛べるようになった。獣医がカモメを空へと放つ。カモメは羽を大きく羽ばたかせて空へと旅立った。俺の心には先を越されてしまったという悔しさがあったが、それ以上に大きな希望が見えた気がした。

いつかきっと俺も自らの足でもう一度歩いてみせる、泳いでみせる。

俺は拳を握り締め、カモメの背中にそう誓った。


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