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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 水面を見上げる魚たち
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第86話 弱いは不変、出会いは必然①

※2話連続更新しています

※時系列が少し戻ってます



 ──『全てが上手く、おさまるはずだったのに』。


 そう言って、花人族の男は出て行った。

 失望か、あるいは心の底からの諦めか。そんなニュアンスが多分に含まれた、ため息を吐いたような言葉が、こうして二人で取り残されてしまった今も、耳の奥に残り続けていた。


 せっかく地上のルートを通ってティアルの住処がある洞窟の奥まで来たというのに。

 すぐにまた千さんと『二人きり』になってしまった。


 秋は私たちがいない間に花人族の男と何があったのか、それを尋ねるよりも早くに「少し出てくる」と言い残して足早に立ち去ってしまった。しかも出て行ったのは私たちがやってきた洞窟の方ではなく、断崖絶壁の横穴でしかない、飛べる種族のティアル専用のような出入り口の方だ。


 あまりの速さにまともに声すらもかけられず、千さんですら、秋に向かって延ばした手を、行き場もなく浮かせて唖然とした表情をしていた。


 そしてその後、事情を知っているだろうティアルに千さんと詰め寄ろうとしたところ「わしも雑用を済ませる」と言って、大きな屋敷の中へと入って行った。足早に去る後ろ姿は、本当に雑用を片付けに行くようにも、面倒な説明から逃げるようにも見えた。

 そして今更だけど、ティアルの家はすごい立派な屋敷だった。ティアルのこれまでの印象から私は洞窟の内部をそのまま改造して住んでるのかと思ってたけれど、思っているよりも優雅に生活していることに少し驚いた。


 静かな洞窟で、千さんと二人。ぽつりと、取り残される。

 困ったように千さんの方をみると、このときばかりは千さんも、同じような目を私の方へ向けていた。


 そして──


 私は今、千さんと『花人族の集落』へと戻ってきていた。


 今朝、助けた花人族の男『セルカ』に案内されてやってきた場所に再び戻ってきたことになる。ほぼ行って戻ってきただけだから、時刻はちょうど昼時だろうか。洞窟の中に居続けているせいか、時間感覚が曖昧で自信はないけれど。


 戻りたいと言い出したのは私からだった。ただ戻るためには再びあの入り組んだ洞窟の道のりを通る必要があるが私は道を覚えていないため一人で戻るのは不可能だった。ダメ元で一緒にいってくれるよう千さんに頼んでみたところ、予想とは裏腹にあっさりと了承してくれた。


 なので現在こうして花人族の集落の、入り口部分。

 全く光の射さない森との境界に当たる場所に、私たちはいる……のだけれども。


「うぅ〜……っ」


 そこで千さんが呻き声をあげながら、しゃがみこんでいた。

 頭を抱えこみ、ぐりぐりと首を振りながら小さな声で呟く言葉が聞こえてくる。


「千はっ。千はぁ〜〜っ……。全然秋様のお役に立てていませんっ。せっかく秋様と行動を共にできるチャンスをいただけたのにっ……。なんとなく勘で秋様がいると思い、こんなじめっとした場所に戻ってきてみましたけれどっ、秋様の『あ』の字もありませんっ。うぅ〜〜〜っ」


「じめっとしたなんて……失礼じゃ……。

 それに秋がここに寄る理由は特にないと思うけど……」


 千さんが私に付き合ってここまできてくれたのは、どうやら秋を追うためだったようだ。

 どおりで集落を周ってるうちに、テンションが落ちていくはずだと納得した。秋がここにいると考えるのは無茶な考えな気がした。そのおかげで私は今ここに戻れているから口には出さなかったけれど。


 とはいえ、千さんや春さんの思っている『いなくなってしまうんじゃないか』という気持ちは、今回のことで実感できた。秋は本当に何も言わずに、ふらりとどこかへ行ってしまう。

 

「はぁ……。それでっ、あなたはどうしてこちらにっ?」


 気持ちに一区切りつけた千さんが、ため息を着きながら立ち上がって私に尋ねた。


「私は──」


 千夏を救うという目的を軸にこれまで、私や秋たちは動いてきた。

 そして色々状況が変わりながらも、ティアルの家がある場所でそれは『振り出し』に戻ってしまった。

 そして千夏を救うためにこれ以上時間をかけてはいられない。だから私は今私にできることをやろうと思ってここにきたのだった。


 そういうと千さんが感心したように頷いた。


「へーっ。そうなんですねっ。

 でもっ、あなたにできることなんて、あるんですかねっ?

 私は想像できませんけどっ。くすくす」


「…………」


 全然感心していなかった。


「それで、あなたは何をすることにしたんですかっ?」


そもそも秋があの場所から一人いなくなった理由は想像がつく。春さんから聞いた、秋の習性の話だ。

 

 ──『孤独の性質』。


 秋は一人で、千夏を治そうとしているのかもしれない。


 そう思ったところで、私は疑問に思った。

 本当に秋は一人でできるだろうか、と。

 自分一人でできることには、限界がある。それは終焉の大陸を十年も生き抜いた秋ですらも免れないはずだ。


 ましてや今回の話は、強い魔物を倒すことや環境に適当して生き抜くなんてこととは別の話だ。どれだけ強い魔物を倒そうが厳しい環境を生き抜こうが、千夏を助けることには何一つ繋がらない。


 もし挑戦してみてできなかったら諦めればいい。

 普段の秋ならばそう思っているのかもしれない。


 でも今回はそこで諦めるわけにはいかないはずだ。

 かかっているのは自分ではなくて千夏の命なのだから。


 自分で出来ないが、やらなければない。

 そういうときに人は他の人から力を借りるしかない。

 助けを、求めるしかない。


 だから終焉の大陸を秋は出たはずだ。


 私はやっぱり秋は、千夏を助けるために『花人族』の人たちの力が、必要になると思う。

 でも秋は一人で今は動いている。ならば私が秋の代わりに花人族の人たちとの距離を、縮めておこう。そうすれば秋が一人でやろうとしている何かが、もし出来なかったとき、スムーズに花人族から力を借りれるはずだ。


 それが私が考えた今自分でできることの、結論だった。


「ふふっ」

 

 言い終えると、千さんが堪えきれないように笑みを漏らした。


「すごい舐めているんですねっ、秋様のことをっ!」


 直接的な言い回しに、一瞬言葉につまる。


「そんなつもりは、ない……ですけど」


 平静に言葉を返したつもりだったけれど、言い終えたあとに少しだけ感情が漏れてしまったことを自覚した。

 だって私はそんなに間違ったことを言っていないはずだ。実際そのために大陸を出てきているのだから。

 そう思っているのが顔に出ていたのか。くすくすと、千さんが少しおかしそうに笑っていた。


「それじゃあ確かめてみますかっ?」

 

「確かめるって……。秋が本当に、一人でできるかどうかを?

 そんなの時間が経たないと確かめようがないがないと思うけど」


「それ以外にもありますよっ。

 『知っている人』に、尋ねればいいだけですよぉ〜」


「知ってる人…………? あっ」


 そうだ。

 秋もティアルも、取りつく島がなかったけれど、あの時のことを尋ねられる当事者はもう一人いる。


「悪魔女は秋様と言い合っていた男を『テレスト』と呼んでいましたねっ。その男ならば知っていますよ、きっとっ! 秋様が本当に何もできずにのこのこと薄暗い洞窟まできて、人を当てにして生きる人物なのかどうかをっ!」


 そう言うことで、私たちはまた場所を移動することになった。

 移動している最中に、千さんに尋ねられる。


「ところでどうやって花人族の方たちとお近づきになる予定なんですかっ?」


「それは……困ってることがあるならその助けになったりとか……。

 何かの手伝いとか……それこそ私ができることならなんでも……」


 そう答えると、千さんは軽く鼻で笑うだけだった。





「……帰ってください」


「「………………」」


 花人族の人たちに声をかけ、テレストという男が住んでいる場所を教えてもらい、その場所に行って声をかけたところ、真っ先に返ってきた返事がそれだった。


 どうしようか。ふと横を伺ってみるとにっこりとした形を崩さない千さんの口が、珍しくいつもとは逆の形に曲がっていた。ちょっと不機嫌な様子がにじみ出ていて、なんだか珍しい表情を見れたような気がした。たぶん、それだけ秋の話が聞きたかったのだろう。


 それよりも気づいたことがあったので、帰ってきた声に私は尋ねた。


「その声、私たちをさっき案内してくれた『テリ』だと思うんだけど……。

 私たちはテレストさんに聞きたいことがあるんだ。どうか話を聞かせてもらえないかな?」


 洞窟の中に住んでいる花人族の住居は、率直に言ってしまえば丁度いい横穴にそれぞれの世帯が勝手に住みつているような感じだ。ただやはりプライベートを意識してか、仕切りで出入り口が作られている。それは大きな板を立てかけたものだ。


 一度声をかけたときはその板をほんの少しだけずらして、空いた細い隙間から目だけを覗かせテリは答えていた。

 そして一度お願いして数分すると、板が大きくずれて、ため息の音と一緒に中からテリが出てきた。


「はぁ……。今兄はみんなに配る薬を作るために徹夜明けで、疲れて寝ているんです。休ませてあげたいので、起こして会わせるのは今は無理です」


「兄?」


「……義兄です。義理の。

 私の姉がテレストの結婚相手なんです」


「あ、そうなんだ……。

 そういう事情なら、無理やり会うわけにはいかないから

 一度出直して時間経ってから会いにこよう、千さん……千さん?」


 横を見ると、千さんの姿がなかった。

 少し見回して探すと、すぐ見つけた。ただしゃがんでいて見えないだけだった。

 千さんはテリの足元でしゃがんでいて食いつくように、じーっとテリの服を見つめていた。


「(……何をしているのだろう)」


 視線を千さんにじっと向けていると、テリも足元にいる千さんに気がついて困惑したように「えっ……あっ……」と小さく声を漏らした。


「服……。服……?

 そういえばさっき案内してくれた時とテリの服が変わっている」


 さっき着ていたのは他の人も着ていた花人族の民族衣装だったが、今着ているのはその服装が少しモダンな感じにアレンジされたものだった。

 私がそう言うと、テリは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて俯いた。


「あっ……着、着替えるの忘れて……」


 顔が赤くなったのをみて今更気がついたが、少し顔色が良くなっているようだ。


「ごめんなさい……ちょっとその……。

 すぐ着替えてくるので、待っててください──」

 

 そう言って部屋の中へ入っていこうとするテリの腕を、パシリと、千さんが掴んだ。

 「へっ……?」とびっくりしたようにテリが目を見開く。

 私も千さんの方を見てみると──千さんは満面の笑みを浮かべていた。


「素敵じゃないですかっ、この服っ! かわいいですっ」


「……えっ。ほ……本当ですか?」


「本当ですよぉ〜! 触ってみていいですかっ!?」


「えっと……ど、どうぞ……」


「ありがとうございますっ!

 ……うわぁ〜! やっぱり見た通り、すごいいい手触りですねっ!

 緑さんの背中に生えた苔みたいにふわふわですよっ!」


 『緑』──背中に苔が生えている蛇のような魔物で、秋の部屋の中にいる森を作る災獣の名前だ。


 すごい当たり前の例えみたいな感じで言っているけど、服の感触よりもそっちの手触りのほうが謎めいているし気になる……。

 それに日常会話に災獣の名前が平然と出てくるのが、何とも言えない気持ちだ。

 テリも当然話が分からずに軽く首を傾けている。


 ……ちょっと触ってみたい気持ちが、ないでもなかったが口には出さなかった。


「服の素材は、他の仲間たちと変わりありませんけど……。

 ただ見た目は、その……自分で作ったものだから。

 ちょっとおかしいかもしれないです……」


「え〜! あなたが作ったんですかっ!? 全然おかしくないですよっ。それよりも、ほらっ、見てくださいっ。私も、この服を自分で作ったんですよっ! 秋様に手伝ってもらいながら、ですけどっ。私は服を作る役割も割り振られているので、かわいいの考えて作るの好きなんですっ」


 千さんは跳ねるように立ち上がった、自身の着ているメイド服を伸ばすようにみせた。

 テリはちょっとだけ千さんの顔を伺ったあと、顔を近づけて服を食い入るようにみる。


「これを、ですか? すごいです──」


 興奮したようにテリはいくつもの言葉を並べて千さんに告げていた。その様子から本当にそう思っているのだろうという熱を感じる。聞いている千さんもすごく嬉しそうだ。


「嬉しいですっ! あのですねっ、良かったら少しお話しませんかっ!?

 こっちの大陸のお洋服について、知りたいと思ってたんですっ!」


「あ、別の大陸から来たんですね……。

 でも、その、えっと、仕事しながらで大丈夫なのであれば……いいです。

 といっても池までいって魚に餌をあげるだけなんですけど……」


「大丈夫ですよっ。では、参りましょう!」


 そう言って二人が立ち去っていく……。

 

「…………」

 

 完全に置いてけぼりになった私は一人取り残される。

 結局私たちの目的はどうなったのだろう?

 でもどうするか考えたところで、正直なところ行き詰まりだ。

 他に何か思い浮かぶわけでもないので私も黙って二人の後ろからついていった。

 






 池まで案内されながら来て、大分時間が経った。

 テリと千さんが洞窟の地面に座り込んで弾ませている会話を、環境音のように耳に入れながら、私は池に餌を投げ入れる。


 池にいる魚は『貧民魚』だった。なんでも食べて消化することができて、どんなに汚くひどい環境でも大きく育つ。それでいて耐性系スキルを多く持っているから、比較的安全に食糧にすることができる。前に少し深いだけの水溜りで子供がゴミを投げて育てていたのを見たことがあった。


 ただそうする上で注意が必要なのは、頭がぶよぶよで非常に脆いところだ。お互いに頭がぶつかりあうだけで死んでしまう。なので貧民魚に餌をあげるときは、一箇所に餌をなげいれるのではなく、満遍なく散らすように与えなければならない。


「(……なんで私がやってるのだろう)」


 いや元々私が望んでいたのは、こういうことだけれど……。

 でもこんなのでいいのだろうか。手応えを感じない……。


 テリが餌を置いて本格的に話始めてしまったので、代わりにやり始めたけれど、関係を結ぶという目的は私よりも千さんの方が達成しているようにみえた。


「糸の素材では森人族の『純魔力糸』や竜族の『竜髭りゅうひげ』といったところが稀少で有名なんです。素材自体の力もすごいそうなんですけど、私はそれよりもその素材で織った布がとても綺麗らしいので人生で一度でいいからいつか見てみたいんです」


「へぇーっ! そういうのがあるんですねっ!

 千のこの服の素材はどうですかっ?」


「これは──」


 そんな風に二人の会話は、一切途切れることなく続けていった。

 もしかしたらずっと続くのかもしれない。

 そう不安に思い始めたときだった。


「すごく、楽しいですねっ!」


 会話の最中に、ふと千さんはそう言った。


「同じ『好き』がある方とお話するってこんな感じなんですねっ!

 よくこうさんと青いゴブリンが騒がしく話してるのを端から見て、何がそんなに楽しいか不思議で仕方がなかったのですけど、やってみたらすごく充実を感じますっ。花人族と出会ってからずっと『がっかり』することばかりでしたけど、ようやく良いことが一つあって嬉しいですっ」

 

 そういって千さんは満面の笑みを浮かべる。

 本当に心から楽しいといった様子だった。


 でも一方でテリは──暗い表情で俯いていた。

 直前まで楽しそうなのが嘘のように、一変していた。


「……なんで、がっかりしたんですか」


 楽しそうに話していたときの声を忘れそうになるほど

 暗く気落ちした声で俯いたままテリが尋ねる。


「……?

 そうですねっ。ここにくる前に花人族のことを『美しさに生きる』って聞いていたんですけどっ、全然そんなことなかったから、ですかねっ?」


「……私たちは、美しさに生きてませんか?」


 そのテリの問いかけは、まるで嗚咽のようだった。

 何かに耐えるように服を強く握りしめていた。


「……?」


 そんなテリの言葉に、心底何を言っているのかわからないと言った様子で千さんは首を傾げた。


「……逆に聞きたいのですけど、どこにそう思えるものがあるんですかっ?」


 困ったように笑みを浮かべて、千さんは逆に問いかける。


「……ッ」


「千がですねっ、教えてもらった中で一番好きな言葉があるんですっ。

 『美しい花には棘がある』って言葉をご存知ですかっ?」


「…………」

 

 少なくない沈黙の時間を挟んでテリは、こくりと頷いた。

 

「とても素敵な言葉ですよねっこの言葉って……。

 美しい花には棘がある……これって花が美しくあるためには『棘』の存在を欠かすことができないということを、千は言っていると思うんですっ。


 摘まれたり、食べられたり──『棘』はそういった外敵から自分を守る『今確かに生きている花』としての『強さ』です。そう考えれば『強さ』と『美しさ』はとても深く結びついているものだと思えませんかっ?


 つまり『棘があって初めて花は美しくなりえる』のですっ。ただただ無力なまま何もせずに死んで消えていく『棘の無い花』は、どれだけ綺麗な見た目をしていても見るに耐えません。あなた方花人族が美しさに生きる種族だとしたら……その『棘』は一体どこにあるのか。千は未だ見つけることができていませんっ!」


 千さんは萎れて枯れていく花みたいに俯いたテリの顔を、下から覗き込んで無理やり目を合わせるようにして言葉を伝えていた。それは脆弱さから背くことを決して許さないかのように。

 さっきまでお互いにあんな楽しそうに会話をしていたのに。尋常じゃ無いほど一変した空気は存在しない寒気に身体を震わせてしまいそうになるほどだった。

 この様子に私は『覚え』がある。



 私ならばその言葉はたとえ思っていても言えないだろう。


 だけど千さんは言えるし、実際に言う。

 普段から変わらない、楽しい会話をするのと同じ様子で。

 実際今も、唯一千さんだけが何も変わっていない。


 それは終焉の大陸で暮らしている人々の共通点だ。彼らは『強さ』に対して妥協を許さない。そしてそれが当たり前で、当然なのだと全員が前提であるように話をする。だから特別な感情なんておくびにも出さず、むしろそんなもの無いかのように、淡々と日常的に弱さを許さない。


「…………」


 テリは黙って俯き続けていた。

 覗き込んでくる千さんからもさらに目を背けて。


 千さんはテリから目を離して立ち上がり、そして私の方を見ると、くすくす笑った。

 いつもより少し意地が悪い目を向けて、私に言葉を投げた。


「なんだか花人族って、よく考えてみると、あなたととっても『そっくり』ですよねっ! 『助けてあげたい』ってあなたの目的も、この様子じゃ歓迎されるかもしれませんよっ? あなたも、テリさんと楽しく会話をしてみてはいかがですかっ」


 にこりと笑いながらそう言って、千さんは軽くステップを踏むように歩いていく。

 それは今いる広場部分の出入り口にあたる部分に向けてだ。ここからどこかへいくのだろうか。


 出ていく直前に、千さんはくるりと振り返って言った。


「千は少し外の空気を吸ってきますっ。なんだか今日はずっとじめじめしたところにいるので、気持ちまでじめじめになってしまいそうですっ。その間私のことは気にせずに頑張ってくださいっ。応援していますよっ! 意味があるかは、わかりませんけれどもっ!」

 

 そう言って千さんは広場から出て行く。

 地獄みたいな空気の中で、テリと私だけが取り残されてしまった。

 俯くテリに、私は声をかける。


「あの……気を悪くさせたなら、ごめん」 


「……なんであなたが謝るの?」


 低く、暗い声でテリは間を置いて言葉を返した。


「一応、私と一緒にここにやってきた人だから……。それに言うのを私は止められなかった……」


「……別に、いい。だってあの人が言ってることは、『全部本当のこと』だから。でも急に言われたから……それで辛かっただけ」


「そう、なんだ……」


「それよりもあの人が言った『あれ』は、なに?」


「……? あれ?」


「私たちのことをあなたが『助けてあげる』って」


 俯いたままで、尋ねてくるテリに答えを返す。


「あれは……。実はその、頼みがあって……。

 みんなに困ってることがあれば私のできることなら何か──」


「……なにそれ。そんなの、あるわけないじゃん」


 ギシリと、歯を食いしばる音のあとに、低く力のこもったテリの声に少し驚いた。

 

「……え?」


「言ったよね。あの人の言ってること『全部本当のこと』と思ってるって。それは『あなたと私たちがそっくり』っていうのも、そうだから。私以外のみんなは、あの人と一緒にやってきたあなたを同じ種類の人だと思って、ぺこぺこしてるけど。でも私は違うって気がついてるから──」


「……何を?」


「…………。あの人たち、すごかったね。

 あの──ティアル様の家で見かけた方たち……」


「…………」


「魔王のティアル様、かわいい服を着たあの人。それに義兄と言い合いしてた人間みたいな『灰色の男』も。全員が『この人たちは何かが違う』って一眼みて分かる何かがあった。私程度にでもわかるほどの何かが。でもそんな中であなただけ違う。すごい人たちの中で、あなただけが『不釣り合い』で浮いている」


 何も言い返せない。

 言い返すと言うことは私が、ティアルや、千さんや、秋と一緒だということだ。

 そんなことはありえないし、口が裂けても言えはしない。


「でも……そう思ったのはそのときじゃない。

 もっと前。『最初に会ったとき』に一目見てすぐに気づいた。

 きっとあなたも、そうでしょ?」


 そこでふと、言葉が止まった。


 投げかけてきた言葉が問いかける形だったから。

 自然とテリの方を向かざるをえなかった。


 そして顔を上げて、初めて自分が俯いていたことに気づいた。

 千さんに言いつめられていたテリと同じように。


 顔を上げるとテリが顔をあげて真っ直ぐに私を見つめていた。

 少し恐怖を感じるほどの視線だった。

 

 その視線の奥にある瞳は、薄暗く、濁っていた。

 周囲の何もかもを馬鹿にして嘲笑しているようにも見えるし、一方で周囲の何もかもを羨んでいるようにも見える。


 ちぐはぐで、醜く、歪んでいる目だ。


「──ほら、やっぱり」


 そう言ってテリは笑う。


「『同じ目』をしてるもんね、私たちって」


 テリの瞳に写った私が見えそうになって、とっさに顔を背けた。なぜだかはわからない。


「あなたの『本質』はやっぱり『こっち側』……。弱くて、脆くて、誰かに助けてもらいたくて仕方がない。そのくせに誰かを助けることなんてない。与えられたいだけの世界の『負け犬』。同じだから一目みただけで分かっちゃうんだよ、きっと……お互いに」

 

 嘲笑するように、テリは笑う。


「あなたもきっと私を見てすぐに気がついたと思う。すごくわかる。やっぱり隠しきれないんだよね? 滲み出てしまうの、『醜さ』が。ちぐはぐな言動、辻褄の合わない行動、そういう『歪』になって。


 だから私たちを『助けよう』って、巫山戯た発想になるんだよ。


 自分じゃ何もできなくて、そんな力なんてないくせに。そして問題を大きくして人任せにするの。それがあなた。なのにどうしてそんなに『自分を偽って』いるのかは知らなけど……。でもあなたみたいな人が、ああいう『違う人』と一緒にいる理由が何かは簡単にあてられる──」


 一言一言に、ゆっくりと頭の中をかき回されたような感覚を覚えて、少しずつこみ上げてくるような吐き気を唾を飲み込んでおさえた。

 それでもテリの瞳から目を逸らすことも、言葉をきかないために耳を塞ぐこともできずにいた。


「『助けられた』んでしょ? それでずるずる一緒にいて、今日まで生きている。

 そして助けられ続けるために今も一緒にいるんだよね。いいな……羨ましいな……。何が違うんだろう。『助けられる人』と、『助けてもらえない人』って。私も誰かに助けて、救ってもらいたいな……」


 ふと、テリの瞳が、いつかの『獣人族の奴隷』の瞳と重なる。

 そばには斬り付けられて、血を流して倒れた貴族の姿すらも見えた。


 獣人族の少女は、自分の主人が血塗れで倒れているにも関わらず一切そちらに視線を向けなかった。ただ暗い瞳で、出来事を引き起こした私を見ていた。


『…………何も……しなくて……よかったのに』


 獣人族の、奴隷の少女は、口を開く。

 

『どうせ…………また……同じ……。

 また別の場所で……別の誰かに…………。

 ……同じことをされて……同じように……死んでいく……。

 ……何も変わらない……なんでこんな意味がないことをしたの……』


 そして少女は私に、そう問いかけた。


 なぜ貴族の男に斬りかかったのか?


 そんなのは決まっている。

 少女を助けるためだ。

 

『本当に?』


 最初の言葉は実際の記憶にある、言われた言葉だ。

 でもその問いかけは、記憶にないものだった。

 なぜ記憶にないのに、そんなことを尋ねられなければならないのだろう。


 ──まるで『本当じゃない』ことを決めつけているみたいに。


「……すいません。少し、調子に乗りすぎました」


 テリは、声や話し方を千さんと喋っていたときの調子に戻して言った。


「やっぱりどこか、図星を指摘されて頭に血が上っていたのかもしれません。でも、これで『助けよう』だなんてふざけた考えは変わりましたよね? そんなことあなたにできようがないんですから。つながるべきでも、関わり合うべきでもないんです。ただ私たちは自分たちの脆弱さに溺れるように滅んで消えていく、そういう運命なんですから。滅びていくのを眺めて、今私にぶつけられた言葉の溜飲を下げたいっていうなら、止めはしませんけど──」


「そんなことは、しない」


 言葉を遮って断言すると、テリは一瞬だけこちらをみて。


「……そうですか」

 

 そう一言だけ言って、テリもまた、さっき千さんが出て行った場所へ背を向けて歩いていく。


「…………」


 その背中を立ち尽くしながら、黙って見送ることしかできなかった。

 そして広場を出ていくテリの姿が、もう少しで見えなくなるその直前でだった。


「──よぉ、テリ。ここにいたのか」


 テリとは全く別の『男の声』が聞こえた。

 姿は見えない。でも声は、どこか聞き覚えのあるものだった。


「……なに?」


「『あれ』が出来たんだろう? 俺にも、分けてくれよ。今回は作るのが早い上に出来がいいらしいな。マアナの血色がすごいよくなっていたらしいじゃないか」


「……自分で取りに行きなよ」


「……あんまり、あいつらのところに顔を出したくない。分かるだろ?」


「はぁ……一つ持ってるから、持っていけば」


「あ? なんだよ。元々くれるつもりだったんじゃないか。ハハ……だったらさっさとくれればいいのに。いつも助かるぜ、テリ」


「別に。もう私はいくから」


「……なぁ、お前その『服』まだ着てるのか? やめとけっていってんだろ。そういう服着てるから、お前、皆から浮いていくんだぞ。俺たちが馴染み育った服の形の原型が無くなりかけてるし、それに昔いた『あの国』の服にも似てるって、他の連中もあまり良い目で見てないんだから──」


「分かってるから……!

 たまたま着て出てきちゃっただけだから……ッ」


「……まぁ、分かってるならいいんだけど。それよりもお前、さっきからずっと声がここから聞こえてたけど、広場のところに他に誰かいるのか?

 おい、テリ。おーい……。はぁ……いっちまった……」


 発言の主はそこで喋るのを一度やめた。ただかわりに近づいてくるように足音があがる。

 音と視界の光景が一致したときに姿を現したのは、『セルカ』だった。

 昨日拐われているところを助けて、今朝一緒にこの洞窟までやってきた花人族の青年だ。


「おっ! よぉ、アンタか。

 どうだ、あのあと目的は達成できたのかい?」


「……いや……」


「……なんだ。泣いてるのか?」


 そう言われて、目を手で触ってみると確かに微かに濡れていた。

 

「泣いてない……」


 目を拭って、そう答えた。その様子をじっと見られているのが恥ずかしくなり「セルカはここに何の──」と尋ねようとしたところ、言っている途中で手で言葉を止められた。どこか得意げな表情をセルカは浮かべている。


「『ル』だ」


「?」


「『名前の話』だ。今朝までの俺は『セルカ』だった。

 でも今の俺は『セルカル』に変わったんだ。だからそう呼んでくれ」


「名前が、変わる?」


「あぁ、そうなんだ。俺たち花人族は年齢と一緒に、名前が増えていく。花人族にとって『伸びていくもの』っていうのはすごく縁起がいいものだからな。だから生まれたばかりの子供には短い名前をつけて、年齢に合わせて名前を伸ばしていくんだ。ちょうど新芽が育って伸びていくようにな」


 そうなんだ。初めて知った。

 別の人間の国でさえ、この世界では日本とは比べものにならないほど変わった文化がたくさんある。さらに魔族の文化ともなれば、感情を抜きに耳を傾ければとても気になる話だった。


「『三文字』で成人扱いなんだが、やっぱり『四文字』くらいはないと一人前扱いはされない。ようやく俺も一人前ってことかな、はは。まぁ他種族のあんたには馴染みがなくて、名前が変わるっていうのは面倒だろうが、堪えてくれ。本当は文字が増えてから名乗ることができれば一番楽だったんだがなぁ〜。戻って長に許可してもらわないと増やせなかったんだよ」


「そうなんだ」


「それで、アンタのほうはどうなんだ? 何かあったんだろう? テリのやつもなんか、変な雰囲気だったしな……。あいつになんか言われたのか? それにもう一人のお方の姿がないが……。あっ、つーか名前知らなかったな、そういえば。ま、それ含めて色々と俺に聞かせてくれよ。何せ俺は今……暇だからよ!」


 そう言って、池の淵に『セルカ』改め『セルカル』が座った。


「……分かった」


 隣に大人しく座って話をすることにした。

 

 テリは『関わるな』といった。

 そして千さんは『意味がない』と言った。


 正直私は今考えてもその言葉が本当かどうかわからない。

 もしかしたら、そうなのかもしれないとも思う。

 でもそれは試してみて知るべきだと思った。本当かどうか確かめるために。


 それにもしかしたら千夏を救う何かにつながるかもしれないのだから──。







「クソッ! テリのやつ!」


 八つ当たりをするように、落ちている石を池に思い切り投げ入れる。とぽり、と想像していたよりも低い音を上げて、石は池へ沈んでいった。その直後プカプカと貧民魚が力無く水面に浮かんできたのをみて「あ、やべっ……」と小さく声を漏らしていた。


「そんなことを言ってたのか!? 自分のことを『滅んで消えていく』なんて、あいつ……。俺たちはそんな滅ぶために生まれてきたような種族じゃねえッくそ!」


 そう苛立つようにしながら、セルカルは再び地面に座った。


「…………」


 その様子を少し意外に思いながら見ていた。


 ──『どうせ、いつ滅びるかもわからないんだ』。


 魔族と敵対関係である人間の見た目をした私たちを、自分の集落へ案内しようとするとき、懸念に思った私が尋ねたときセルカルが返した言葉は確かそんなものだった。それはテリの言葉とそんなに違いがないと思う。

 自分で言うことと、人に言われることは違う、ということだろうか。


「なぁ、日暮。あんた、俺たちに恩を売っときたいんだろう?

 なら俺に、いい提案があるんだ」


「……提案?」


「あぁ。俺たちで樹海へ『神獣』と契約をしにいかないか?」


 神獣……花人族が崇める自分たちを守護してくれる魔物のことだったはずだ。

 体に植物が生えた魔物ならば花人族は契約をすることで共生の関係を築けると、今朝セルカルが言っていた。


「樹海に神獣様に向いている魔物に心当たりがあるんだ。だが俺たちはあまりにも戦う力がないから無理で諦めていたんだが……あの方の相棒であるあんたと一緒なら、日暮がいれば可能性があると思うんだ」


 ……千さんの相棒? 私が?


「相棒って……私はそんなんじゃ……」


「新しい神獣様ができたら、今の状況だって大きく変わる。少なくとも暗い洞窟に引き篭り続けることだけは、どうにかできると思うんだ。それにもしかしたら前の村だって新しく復興できるかもしれない! そうしたら花人族を救うことができるんだぞ、俺たちの手で!」


 目を輝かせながら、セルカルは立ち上がり、こちらへと詰め寄ってくる。


「そうしたら日暮、アンタは恩を売るなんて話じゃない。村の英雄だ。花人族に恩を得るどころの話じゃない。そのためにちまちま魚の餌やりを肩代わりする必要なんかなくなる。俺が皆にちゃんと説明してやるよ。英雄だってな」


 話を聞く限り悪い内容ではないと思った。すべてがうまくいく妙案だ。

 でも問題なのは、それが私にできるかどうかだ……。

 正直言って荷が重いような気がする……。


「なぁ、どうだ? 悪い提案じゃないだろう?

 みんなやテリのやつに、神獣様を見せつけて俺たちを認めさせてやろう。な?」


 これまでで一番言葉に力を込めて、セルカルは迫ってくる。


「でも……私は千さんのような力は……」


「とりあえず一度いってみてみるだけでもいい。

 魔物をみてみて、考えるのはどうだ?」


 ダメ押しとばかりにそういった。


「……わかった。なら一度いってみよう」


「よし! ならすぐ準備して行こう!」


 流されるままに、なし崩しに、そういう自覚はあった。

 でもそうしなかったところで別の考えがあるのかと思えばそれもなかったから、ひとまずそうすることにした。

 

 そうしてセルカルと私は洞窟を出た。


 一切陽が射しこまない逆さの木の地帯を抜けて、空の様子が覗けるところまでたどり着くと一度足を止めた。陽の位置を確認してみてみると、思っているよりも時間が進んでいることに驚く。夕方というには早い時間だけど、真昼間はすぎていて、急がなければ夜までに帰ってこれなさそうだ。


 そして辺りを見回して千さんの姿を少し探す。

 外へ行くと出て行って以降、姿を見ていなかった。

 どこまでいったのだろう?


 本当は千さんについてきてもらえれば、それが実力的に一番確実だと思う。

 でもいないなら、仕方がない。元より事情を話したところで、千さんが来てくれる可能性は薄そう気もする。


 ふと、ふわっと、白い何かが目の前を通り過ぎていく。

 あまりにも軽やかで重さを感じないためにたんぽぽの種のようなものかと思って目をこらしてみると、それは真っ白の蝶だった。こんな綺麗で現実味のない蝶までこの森にはいるのかと少しだけ思った。


「くぅ……陽の光がしみるなぁ……。とりあえずこっちの方向へ向かうからちゃんとついてきてくれよ」


 セルカルがそう言って、先導するために私よりも先に樹海へと進んでいく。

 私も白い蝶から目を離して、その後を追って歩き始めた。



 ◇





 思えばこれまでの樹海の道のりは、危険地帯というのが感じられないほど楽で危険のないものだった。


「おいっ! 大丈夫なのか!?」


 少し遠くから、焦ったようなセルカルの声が聞こえる。


「大……丈夫っ!」


 返事を返しながら、襲いかかってきていた魔物を倒す。

 それが最後の一体で、連続で続いていた戦闘が途切れる。


「(……今朝までの静けさが嘘みたいだ)」


 少し息を整えながら考える。


 セルカルと行く道中になって、急激に魔物に襲われる回数が増えだした。

 群れの数も強さもそこまでではないため、なんとか倒して前へ進めている。だが頻度が多く、断続的に襲い掛かられているのが厄介だった。


「……俺たち花人族は肉食の魔物からも草食の魔物からも格好の獲物で、押し寄せてくるように魔物が群がってきちまう……。今朝は大丈夫だったから、なんとかなると思ったんだが……」


 申し訳なさそうに言うセルカルに「大丈夫」と返す。だけど私も甘く見ていたように思う。まさかここまで花人族が魔物に狙われて生きているとは思わなかった。


 ──同時に、千さんや秋たちの存在にどれだけ守られていたのかも。

 

 ただ、いい方の誤算もあった。


「この調子ならば、なんとかなると思う」


 セルカルを励ますように、強く言い切った。

 血の滴る剣を持った、自身の手を見つめる。


 ──強くなっている。


 魔物と戦う機会がなくて気付かなかったが、終焉の大陸へ転移する前にこの森へ来たときよりも私は『強くなっている』ようだ。同じ魔物と戦ってみてようやく気づいた。《ステータス》の変化はそんなにないが終焉の大陸へ行って帰ってきたことが何か影響しているのかもしれない。


 ──ドドド、ドドド、ドドド。


 いくつもの足音が、遠くから近づいてくるように響く。


「日暮ッ! また魔物がッ!」


「わかってる!」


 そう返事したあと、濁流のように魔物の群れが現れた。そのまま戦闘に入る。

 現れた魔物は、幸いなことに一体一体の力は大したことがなさそうな魔物だった。


 けど群れの数がこれまで襲ってきた魔物よりも多い。

 これまでのようにセルカルを守りながらというのが厳しくなり、焦る。

 そう思っているうちに魔物が一匹、少し離れたところにいるセルカルの方へ走りだしてしまった。


「……ッ」


 なんとか助けにいこうとするも、遮る魔物の群れの層が厚くうまくいかない。

 焦る気持ちに戦闘が雑になり、攻撃を食らう。その直後にセルカルに名前を呼ばれた。


「俺のことは大丈夫だッ……!

 自衛ぐらいならば、俺だって戦える!

 そいつらとの戦いに集中して、こっちには来なくていい!!」


 そういってセルカルは持っていた剣を使い、構える──。






 ──セルカルが、魔物の攻撃を受け止める。


 その攻撃はただの突進だった。

 四足で駆ける魔物が、頭から生えた殺傷に特化した角を勢いに乗せて、押し付けてくる。


「ぬうっ……!」


 攻撃は剣で受け止めた。なのに攻撃はそこで終わりではなかった。

 魔物は受け止められてなお、前へ足を踏み込ませる。その分だけ、セルカルは後ろへ引いてしまう。それを数回互いに行った時とき、こつりとセルカルの背中は木に当たった。


 もう後ろへ引くことはできない。

 なのに魔物は気にせずに前へ、前へと足を踏み出す。


「う……う、おお」


 鍔迫り合いのように、剣と角を互いに押しつけあっていた。

 だけど力の差は歴然だった。

 徐々に敵の攻撃を防いでいるはずの自分の剣が、耐えきれずにゆっくりと近づく。


 それは剣の影が、顔に写るほどにまでに。

 顔を中心で二つに両断するかのように映った影は、どこか不吉だった。

 

「う、うおおおおおおッッ!」


 でもその剣の影ももはや、見えなくなる。

 ぴったりと『ついてしまった』剣に覆われて見える余地がなくなったからだ。金属の冷たさを一瞬皮膚からセルカルは感じるが、すぐに顔の体温が金属の冷たさを塗り替えてそれも感じなくなる。


 そして剣はやがて、影を超えて、皮膚へと食い込みはじめる。

 裂けた皮膚から、薄らと血が流れていく。


 セルカルはもはや魔物の攻撃を退けるためでもなんでもなく

 自分の剣を身から離すために力を入れていた。


 ──自分の剣で、死んじまうッ!


 そう思ったとき、不意にこれまでの圧力が嘘のように、なくなる。

 魔物と対峙していた緊張のままに、状況を確認すると、体の側面から心臓を剣で一突きした日暮がいた。


 魔物が、息絶えて地面に倒れる。

 そこでようやく、重度の緊張から解放される。

 緊張して吐き出すのを忘れていた息を大きく吐き出して、セルカルは崩れるようにその場に座り込んだ──。




「ごめん、遅くなって……怪我は、平気?」


 ──間に合ってよかった……。


 ほっとした気持ちで、座り込んだセルカルに私は声をかける。

 なんとか魔物を急いで倒して駆けつけることができたが、ギリギリだった。

 今後のことを考えてセルカルを【セーブ】しておいた方がいいかもしれない……。


 その場で崩れるように座り込んだセルカルは、かなり疲弊しているようだった。


「血生臭いけど、ここでほんの少し休もう。セルカル」


 そう声をかけたときだった。


「くそッ!!」


 唐突にセルカルが叫びながら地面を叩く。

 びっくりして、思わず体がビクリと揺れる。


「なんで、俺はこんなにも弱いんだ……。あんな雑魚相手に、こんなにも苦戦して、その上力負けして殺されそうになるなんて……。みっともねえ……。アンタはいいよな、自分で戦える種族に生まれられてよ……。俺も花人族じゃなければ……」


 意気消沈した様子で、呟く。


「……そんなこと──」


「俺は花人族に生まれてきたくなかった……」


「────……」

 

 その言葉で、セルカルの話に、すべての意識が傾いていくのを感じた。

 なぜだかはわからない。ただそれは、確実に耳で音を捉える以上のものだった。

 

「本当は自分で戦って、自分で守って生きられればいいのに。神獣様にすら頼ることなく、他の種族と同じように普通に戦えられればそれだけでいい……。でも俺たちにできるのなんていろんな植物を生んで育てたり、綺麗に庭を飾るようなことだけ……。戦いには何にも関係がない……。何になる、そんなことができて。無駄だ……全部無駄なんだよ、俺たちが生きている意味は。本当は誰かに飼われているぐらいがちょうどいい種族なんだ、俺たちは。根本的に何かを頼るようにできてるんだから。出てくるべきじゃなかったんだ……あの国から……。『恥ずかしい』……俺は花人族でいることが……」


「…………」


 もう一度、地面を強く叩く。

 でもその直後には、握っていた拳が解ける力が抜けた。手の平が力なく上を向いているのをみて、まるで何か大きな力に屈服したかのようにみえた。


「でもだからといって花人族という種族を憎み切れるわけでもない……。花人族として今日まで生きてきてしまったこれまでのせいだ。何もかもが不幸せだったわけじゃないから、それが邪魔で全てを否定することもできない……。だから憎みきれれば楽なのに、中途半端なところでうろうろと……あんたからみたらすごい気持ち悪いんだろうな……」


 だから矛盾があったのだろう。

 自分では花人族を滅ぶと自虐しておきながら、テリの言葉には過剰に反応する。


 きっと『一貫』すべきだ。だってそれが一番『理想』だから。

 それこそ、秋のようになることができれば──。


 でも『現実』はそううまくいかないし、『普通の人』はそんなに強くいられない……。


「最後には結局受け入れるしかないんだ。そうやって、同じ結末を辿るなら……。

 そう思って『当て』にしたんだ……。俺は……でも……。

 それは間違っていたことなのか……?」


 それはこれまでと違って、完全に私ではなく自分に向けた言葉だった。


 ……セルカルは、今こうしていることを後悔しているのだろうか。

 でもまだ魔物の姿を見てすらいないのに、諦めるなんて気が早い。

 もう少し頑張ってみてもいいと思う。


 セルカルは「なぁ──」と私に語りかけた。


「俺たちは何も変われないのか? ずっとこのままなのか?

 追い込まれるたびに、誰かや何かを当てにして……。

 ずっと何も変わらずにそうやって俺たちは生きてくしかないと思うか?」


 今度は確かに私自身に向けられた言葉だった。

 私はすぐに口を開けて、答えようとした。


 でも……。


「…………」


 何も言葉を言うことができずに、また口を閉じた。


 『変われるよ』──と条件反射で答えようとした。

 セルカルを慰めるために。


 でもそれは何の意味もない言葉だった。

 それを言ったところで、セルカルが慰められることもきっと無かった。

 そもそも私がそうしようとしたのは慰めるためだったのだろうか?


 ──違う……。


 もっと『利己的』な理由のような気がした。

 とても醜く目を背けたくなってしまうような。


 気持ちが、落ちていく。

 また目が暗くなっていることが自分でわかって嫌になった。

 

 セルカル……。

 私に……。

 私に、それを尋ねてしまうのか……。


 千さんなら、ティアルなら、秋なら。

 私以外の誰かなら、明確な答えをきっと用意して答えてくれるのに。


 あの日『一歩』を踏み出した日から私は自分の何かが変わって、何かが強くなったと言えるだろうか。変わったのは樹海の弱い魔物を処理できるのが早くなっただけだ。でもそれが本当に『強くなった』といえることなのかはわからない。


「(セルカル……そんなの答えがあるなら……私が教えてもらいたいよ)」


 ──『助けられるために一緒にいるんでしょ?』


 あぁ、本当に正確だ。

 テリの言っていることは、どうしようもなく。

 私がどう思っていようと、起きている『現象』はそういうことだ。


 セルカルへかける言葉も、資格も私にはなかった。

 私は彼らとあまりにも『同じ』だったから。


 だから私は──


「……わからない」


 と、正直に答えた。


「そうか……」


 相槌を打つセルカル。ゆっくりと項垂れていく様子は落ちている気分と重なっているかのように。


「私も──」


 項垂れていく頭を途中で止めて、セルカルはこちらへ顔を向けた。

 向けられた視線をまっすぐに受け止めて、自分の気持ちを絞るように言った。


「私も……変わりたいと思う側だから……」


 正直に伝えると少し気持ちが軽くなる。

 セルカルの表情も少し軽くなっていて、ふっ、と笑った。


「なら、日暮。アンタも俺たちと同じだな……。だったら、確かめにいくしかないか、俺たちで。『神獣』を手に入れて、何かが変わるのかどうか。俺たちが変われるかどうかを確かめるんだ」


「……そうしよう」


「よし。なら、とっとと行くか。

 悪かったな。時間を取らせて」


 

 そうして樹海を進んでいく。

 小さな丘の地形なのか、いつのまにか軽く傾斜がついていた。

 歩く力を少しだけ強くしながら進む。運がいいことに広い獣道のような拓けた道を通って進んだ。

 

 そして傾斜になっていて見えなかった道の先に、徐々に隠しきれない巨大な木が見え始めていく。


 道が終わったと同時に、これまでみてきた竜木と同様、独特の『広場』が視界に入る。竜木の大きな特徴の一つとして、竜木の周囲では植物が生えない。だから木々が鬱陶しい樹海とは思えないほど見晴らしがよく、その場所で雄大な大木が待ち受けるようにして生えているが常だ。


 だけど──


 この場所の竜木は、私が見てきた場所とは様子が違った。

 広場に入る手前のまだギリギリ植物が生えているところで足を止めて、木と藪に身を隠しながらセルカルと広場を観察していた。


「確か……植物は生えないはずなのに……」


 短い草が芝生のように生い茂った広場だった。

 これまで見てきた土が剥き出しの竜木の広場と違って青々しい。


 それだけではなく、竜木とは別に樹が一本生えている。根のような部分が前の世界のマングローブのように剥き出しになっていて、その根が『生えている』というよりかは『立っている』という感じで、木の幹から伸びる本体部分を支えている。不思議な形をした木だった。


「それに、魔物の姿がどこにも見当たらない……」


「おいおい、目の前にたくさんいるだろ?」

 

 セルカルはそういって指をさす。

 その先にはさっき目を向けた一本の木があった。


「よく見てみろよ。俺たち花人族がどんな特徴の魔物と契約できるのか思い出しながらな」


 花人族が契約できるのは『体に植物が生えた』特徴を持つ魔物だけ。

 植物……ていうことはあの木そのものが魔物?


「ヒントは樹にはえた根だ。あれは全部魔物の『脚』だ」


 広場にある木のサイズは竜木と比べればとても小さい。それでも木と言われて思い浮かべる普通のサイズくらいはあって、そばまで近づけば見上げるほど大きいだろう。細く長くのびた根が支える木の幹は太いけど短い。それは幹よりも支える根の方が長いほどで、全体を捉えてみると比率が少し歪だ。


 でも幹から伸びる枝と葉の密度は、豊富な生命力をありありと主張するかのように濃密で、植物に感じる力強さはそばにある竜木にも負けていないと思えた。昔父が見ていたテレビで紹介されていた名品の盆栽を見た時と似た感じを覚える。


 そんな風にじっと観察を続けていくうちに、ゆっくりと生き物の形が浮かび上がってきた。


「『蜘蛛』」


 最初は木にしか見えなかったのに、一度認識するともはやそれにしか見えない。


「そうだ。この魔物は、この竜木とここら一帯を縄張りとしている

 ──『樹新婦じゅろうぐも』だ」




樹新婦じゅろうぐも LV902


種族 樹蟲族



 【鑑定】をかけて、表示された《ステータス》を見る。

 ……強い魔物だ。私よりも一回りか二回り強い。戦うのは少なくとも無謀だ。

 

「あれを倒すのは、私には難しい……」


 セルカルに正直にそう言った。

 もし戦って勝たなきゃいけないのならば、今すぐに帰るべきだ。


「まあ待てって。話をきけって。別に倒さなくてもいいんだ。

 むしろ倒したら俺たちを守ってくれる神獣様にできない」


「なら、どうやって?」


「まず神獣として契約するには、相手に触れて俺たち花人族の『固有スキル』の【神獣化】を発動させる必要があるんだ。つまりこの場合狙うのはここから見えるあの木だから、俺があそこまでいってあいつに触る必要がある」


 セルカルの説明を頷きながら聞く。


「だが【神獣化】を完了させるには少し時間がかかるんだ。スキルを発動したあと、俺はあの樹新婦から離れずに触れ続けてスキルを発動し続けなければならない。途中で途切れちまったらまた最初からになるからな。でもその障害を乗り越えて神獣化が成功すれば、あの魔物を神獣様として迎えいれることで、俺の言うことを聞いてくれるようになるはずだ」


 つまり私はそれを手助けすればいい、ということなのだろう。

 でも具体的に何をすればいいのだろう? 


「それで私はどうすれば? セルカルがスキルを終えるまでの間、あの樹新婦が暴れるのを抑えるっていうならば……正直私には難しい」


 言葉の途中でセルカルが首を振る。


「いや、元々【神獣化】は魔物にもメリットがあることだ。元来害意のあるものじゃないからな。むしろスキルをかけることで、そのことを理解して攻撃もしてこなくなる。だから使ったから相手が暴れるということは基本無いんだ」


「話を聞いているとすごく簡単に思えるけれど……。

 というかそもそも問題すらもないような……」


 話を聞けば聞くほど、思っているよりも難易度が低く感じられた。

 今すぐにでも樹新婦のところまでいってスキルをかければいいなんて、短絡的に考えてしまう。そもそも私が今いる必要性さえ……いやそれはここにくるまでの道中がきつそうだ。


「問題なのは『他のやつ』はそうじゃないってことだ。スキルをかけられるのは一体まで。その一体以外にとって俺は通常通りの『敵』としか映らない。だから普通に襲いかかってくるんだが、そいつらをあんたに食い止めてもらって、どうにか【神獣化】するまでの時間を稼いでもらいたい」


「他の魔物?」


「……まだ気づいてなかったのか? あの木の樹新婦は成体だ。

 小さいのが足下にたくさんいるだろ」


「足下って、まさか……。この『芝生』が……?」


 セルカルはうなずく。

 かなり広い範囲に広がる、竜木の広場に生えた芝生。これが全部……魔物……。


「この子蜘蛛共がとても厄介で邪魔になるんだ。『単純な戦闘力』が半端じゃない『成体』に比べて、小蜘蛛はとにかく数が多い。凄まじい数が一斉に襲いかかってくる。そのうえ『毒』をもってもいて、これも厄介な要因の一つだ。成体になったら使えなくなる程度の微弱な毒で致死性はないが、毒が回ると身体が動かなくなるから……まぁ、結局食らったら終わりだな。魔物の前で動けなくなるなんて死ぬのと変わらない。

 とにかくこの状況だと子蜘蛛の方が厄介なんだ。『樹新婦に子供がいるなら成体が一体増えたと思って戦え』って教訓めいた言葉すらあるほどだからな」


 樹新婦は陽が出ている時はあまり活動をしないため大人しい。

 だけど縄張り意識がとても強い。縄張りの中に入ると容赦なく小蜘蛛が一斉に全員で襲い掛かってくるらしい。


 縄張りの範囲をセルカルに尋ねると、広場の地面を指差した。

 その場所をよくみると微かに見える白い糸が地面に落ちているかのようにそこにあった。でもよくみるととうもろこしのひげのようにも見えるそれが、広場全体を血管のように張り巡らされて広がっている。私が「糸……」と呟くと正確には『糸根毛』という根っこなのだと教えてもらえた。どうやらこれを少しでも踏むと小蜘蛛が全員襲いかかってくるようだ。


「成体の方は?」


「成体の方は、そんなに動くことはない。特にこの時間だとな。あんま血の気が多いタイプじゃないんだ。植物を身体から生やしたやつっていうのは。まぁ、夜になるとまた話が変わってくるが……。成体は長い手足をめちゃくちゃ強い力で振り回してくるし、身体がでかくて硬い。そのくせ動きが素早い……みたいに単純でわかりやすくい強さを持ってる。こういうのが結局一番シンプルにヤバイんだ。今回は一体しかいなくて本当にラッキーだったな」


「それじゃあ、小蜘蛛がなんとかなればなんとかなる……?」


「あぁ、とはいえそれが難しいんだが──」


 ……私の能力なら小蜘蛛に襲い掛かられたとしてもなんとかなるかもしれない。


 倒すのではなく、粘ることに関して言えば私の能力はとても向いている。

 毒も怪我も、事前に無事な身体を【セーブ】しておけば【ロード】で全てなかったことにできるからだ。


 手のひらに【メモリーカード】を『三枚』取り出して確認する。


 これが今私が出せるすべてのメモリーカードだ。『自分自身』、『セルカル』、『武器』をそれぞれのメモリーカードに【セーブ】している。セルカルには道中で【セーブ】をさせてもらうとき際に能力の説明をしているから、方法を説明すれば私のやり方に賛成してくれると思った。


 来るまでは不安だったけど。

 でもセルカルが持っている情報のおかげで

 話を聞いているうちになんとかなるような気がしてきた。


「セルカルは、この魔物に随分詳しいんだね」


「────。……元々、目をつけてたんだよ。

 長とかに話を聞いて回ったりして、情報を集めておいたんだ。

 別に、おかしなことじゃないだろ」


「え? う、うん」


 少し低い声で吐き捨てるように言われて、動揺した。何か気に触ることを言ってしまっただろうか……。私はただ情報をしっかりと集めてくれていることに感謝をしたかったのだけれど、うまく伝えられなかった……。


「ここまでしっかりとした情報があるなら、なんとかやれるかもしれない」


「なんか策でもあるのか!?」


 私が能力を使って引きつけることを伝えると「確かに、そうか。なるほどな」と納得したように肯いた。


「ならその手でいってみるか。どうせ日暮まかせになっちまうんだしな。細かい作戦はあんたの好きなように決めてくれ。あんたならそれで問題ないだろうしな。なんならガンガン倒しちまってもいいぜっ! おっきい方が手に入れればこっちは問題ねえし!」


 そんな冗談交じりの言葉に、軽く笑って答えた。


 そしてその後軽く話あってから、作戦を実行する。

 私が広場に足を踏み入れた瞬間に小蜘蛛は一斉に私の方へと向かってくる。そのときセルカルがいてしまうと巻き添えになって襲われる危険があるため、互いに離れた場所から竜木の広場へ踏み込むことにした。


 広場を挟んで向かい側に見えるセルカルへ視線を送ると頷いて返される。

 私が小蜘蛛を引きつけている間に、無防備になった成体に近づいてスキルをかけてくれるはずだ。


 あとはどれだけ、私が時間を稼げるかの勝負だ。


 藪を揺らしながら、広場の中へと足を踏み入れる。


 まだ縄張りを示した糸根毛は踏んでいない。

 作戦を遂行するにはさらに奥へ進む必要がある。ほんの二歩か三歩ほどだ。


 自分を殺せるほどの強い魔物が目の前にいて、自分は何も身を隠せずに剥き出しの状況というのは、怖い。冷たい空気に恐怖の冷たさが混じって肌を舐めるような感覚があった。


 それでも私は『一歩』を踏み出す。

 いつもそうだ。こんなにも怖いのに、なぜか私は進めてしまう。

 何が背中を押すのか……それすらわからず。


 ──『俺たちが変われるかどうかを確かめるんだ』。


 そうだ。確かめよう、セルカル。

 私たちが『より強く変われか』どうかを。


 せめてそれくらいはこの戦いに『実り』があればいい。

 祈るようにそう思いながら、『糸根毛』を踏み抜いた。


 ぞわぞわぞわ、と。

 視界に広がっている芝生部分のすべてが波打つように震えた。


 直後、地面そのものが歪んだ様子が一瞬液体のように見えた。

 それほどの変化だった。

 芝生の地面だったものが大量の小蜘蛛に別れる。さらに内側から漏れ出て溢れる。


 そして──雪崩れかかってくるかのようにとてつもない勢いでこっちへせまってきた!




【新着topic】

パラメーター


S……ほんとにやばすぎる

A……やばい

B……すごい

C……なかなかできる

D……頑張ってる

E……普通

F……うーん

G……赤子


【キャラクター】


テリ  強さ:F


花人族の少女。マアナの妹でテレストの義妹。若く、良い時代の花人族を知らないため、思考がマイナスに振り切っている。同世代の友人もいないために本を読んだり、服を作って一人で着たりと一人遊びに長けるようになった。服のセンスが時代を先取りしすぎて古い人から顰蹙ひんしゅくをかうようになったため、誰かと一緒に趣味を楽しむという考えがなく、引っ込み思案に拍車がかかっている。弟か妹がほしかった。姉との関係はそこそこ良好。お酒に興味がある。



セルカル  強さ:D


花人族の青年。セルカから1文字増えてセルカルとなり、晴れて一人前になった。マアナの幼なじみ。気がよく世話好きでおせっかいな兄貴肌タイプの性格と花人族の種族的な弱さが致命的に噛み合わず情緒不安定になりがち。昔は郵便や荷物を届ける仕事の手伝いをやっていたが本来は戦いたいと思っていた。魔王は男が一度は夢見るべきというなぞの信条がある。


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[気になる点] 第79話 で秋が花人族の住処を千に聞いたはす。 ここでは秋は何も言わずに行っていたと書いている 第74話でのティアルの説明を思い出したのか
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