第81話 人形に導かれるまで②
──南大陸と中央大陸の間にある、とある街。
現在、南大陸に訪れている『ベリエット帝国の勇者達』は、その街を拠点にしていた。
その一員としてそこにいる幌は、小笠原と任務の進展具合について会話をしていた。
44代目赤の勇者──坂棟日暮。
この街にいる勇者は同じ使命を持っている。それはベリエット帝国を単独で逃げ出した彼女を捕捉、追跡し、最終的には捕縛あるいは『処理』するというものだ。
とはいえその目的は、最初で最後だった追走劇以降、進展がなにもないまま時間を無駄に消費する日々に変わり果てている。やってきた勇者の何人かは、すでに散り散りになっていて、街の観光をしている始末だった。
しかし一月近い時間進展もなければそうなってしまうのも仕方がないと幌は考えていた。
「まだ、協議してるみたいなんだよねぇ」
「『坂棟日暮』、か?」
街で一番高級なホテルの、最上階の一室。
見晴らしのいい窓がふんだんに備えつけられた部屋だった。
普段訓練だと言って野宿ばかりする幌には未だに厚遇は慣れない。ここは本国のベリエットから一つの大陸を丸々飛ばした先にある街だが特殊な事情でベリエット帝国の一部だ。そしてここもベリエット帝国である以上、一団として正式にきてしまった幌たちは、勇者として最高級のもてなしをうけずにはいられなかった。一月も過ごしていると何もかもが鈍る気がして落ち着かない。
一方で、目の前にいる小笠原は完全に厚遇に慣れているようだった。
むしろ普段幌に付き合って野宿を一緒にするときよりも完全に上機嫌だ。
今も最高級の昼食を食べ終えたばかりで満足そうだった。
食べ終えた食器を間に置いたまま、会話を続ける。
内容は自分たちの任務についてだった。
「そうそう。もうそろそろ結論づけていいと思わない? 『坂棟日暮は死亡した』って。それ以外ありえないよ。ありえないんだけどさぁ……。なんかあと一歩ってところで、確定的な情報が出ないんだよねぇ。どこの方向から働きかけてもさ。なんでだろうね。
でもさぁ、正直みんな心の中では結論づけてるよ。『誓い』も消えてるらしいし、何より逃げた先が、『終焉の大陸』って……。逆に知りたいよ。何をどうしたら生きて帰れるのかさ」
「そんなに『終焉の大陸』というのは、死亡を結論づけていいほどの場所なのか?」
小笠原に尋ねる。『終焉の大陸』……この任務につくようになってからよく聞く名前だが、知ってる話は具体的じゃないものが多く、幌の中では未だに実態がはっきりできずにいた。
「あぁ、幌くんはそんなに知らないか……。まぁ僕もいったことはないけどね。そんなことしたら死んじゃうし。というか、そういう場所なんだよね。うーん。あ、そうだ。指標になるかどうかわからないけど、ちょうどいい報告が今日入っててね」
「……何だ?」
「ほら、うちらの国で前『依頼』を出していたの覚えているかい。坂棟くんが死亡しているかどうかを確かめてきてほしいって『ウォンテカグラ国』に頼んでいたのをさ」
「覚えている。今のところ、それの報告待ちだったはず。
報告が入ったのか」
「今日ついさっきあってねえ。失敗したらしいよ、あれ。
調査隊が終焉の大陸に上陸して全滅したようだ」
「…………」
「船には結構いい感じの冒険者を相当な数雇ってのせてたらしいよ。どれだけのランクの連中だったのかは知らないけどさ。まぁでも驚きはないよ。その冒険者がベリエット帝国の勇者でも、上陸までするなら同じ結果になっちゃうだろうからね」
「……相当過酷なようだな」
素直な感想として出た言葉だった。
「そうだねえ。だから近づくことなく待機して推移を見守れって話だったのに。はぁ……、上陸するって馬鹿すぎるよ。どんだけ使えないボンクラ達だったんだろうね? たっかい最新の魔導船を三隻も渡したのに、馬鹿みたいな理由で失敗してくれるね、本当。無能な国は後でしっかり追及しないと……。しかもその後も最悪でねえ。任務の最後に責任者が、国に通信で連絡をよこしてきたらしいんだけど、その通信の内容がさぁ──」
『対象は、生きているぞッ! 船と人を寄越せ! 俺を死なせていいと思ってるのかッ! 俺を見殺しにしたら、もう追えなくなるからなッ!!!』
「──って」
「……面倒なことこの上ない連絡だな」
「本当に迷惑だよお〜。正直もう切り上げようかってなってるところに、『生きてる』なんて報告さぁ。こんなのどう考えても自分が助かりたいだけの嘘っぱちだよ、馬鹿馬鹿しい。なのに他の部分からも確信が取れないもんだから、『万が一』を考え続ける時間ばかりとられて、時間の無駄になってきたよ、そろそろ。他の人たちも、いい加減、帰る準備してる人もいるらしいよ」
食事で上がった小笠原の機嫌も、すっかり下がりきっているようだった。
「『情報屋』はどうなんだ?」
「うん?」
「『すべての情報を買える』という能力の男がベリエットにはいると聞いたことがある。彼の能力は借りないのか?」
「あぁ、『情報屋』くん? 幌くんねえ、『代償型』の能力って効果はそりゃすごいけど、かかる『費用』ってえげつないんだよぉ〜? 一般人には扱いきれなくて能力が目覚めても『外れ』扱いする人もいるくらいなんだから。彼は代償型の能力だから、ベリエットとはいえポンポン買ってたら破産しちゃうよぉ。まぁ幌くんは言わなくてもわかると思うけど……どうやら『代償型』っぽいし。ちょっと特殊だけどさ」
「しかしここまで手詰まった現状、正直なところ多少高くついても、『買い時』なのではないのか? 少女一人分の生死の情報に絞れば仮に高くついたところで払えない範囲ではないだろう。それに今の任務の重要性を考えれば、値段よりも状況が打開できない方がより問題だと感じるが」
「……確かにそうだよ、幌くん。実はそうしたかったんだよ。でもそれも『ある理由』で無理なんだよねえ」
「……その理由は、聞いていいのか?」
「いいけどさぁ、少し、面倒な説明をさせてもらうよ、幌くん。あのね、『情報屋』のユウタ君の能力で買える情報なんだけど、この情報の価格はね、常に変わってる『変動相場』なんだよ。『影響力』と『知ってる人数』から割り出された『価値』が、世界のあらゆる情報に、共通通貨でつけられているのさ。
でも考えてみれば、情報をどれだけの人が知っているか、どれだけ影響力があるのか、そんなの日々によって変わってくる話だよね? だから情報の価値も日々変わってしまうんだ。そして能力者のユウタくんは能力を使用する過程で、その情報の価格をすべて見ることができるわけなんだよ。値段がわからないとそもそも買いようがないからね」
「……想像よりも、『情報屋』の能力は凄まじいのだな。
単に情報を買う程度の能力だと思っていたが、もはや『情報の監視』能力といっても過言ではない」
「理解が早くて助かるよ、幌く〜ん。ユウタくんの能力はねえ、もちろん情報を買う能力でもあるんだけど同時に『購入の前段階』で『どんな情報があるか』と『その価値はいくらなのか』をすべて閲覧できる能力でもあるってことだ。それってすごいえげつないんだよねえ。
例えばある技術を独占した商会があったとして、その独占してる技術の値段が『急落』でもしてみようものなら、『知ってる人数が増えた』、あるいは『影響力が下がった』。もしくは両方ともが『価値の低下』として考えられるよね。
そして敵対している商会の持ってる技術の情報の価値がすごい上がったとしたら、それだけで敵対している商会が上位互換の技術を開発したとか、もしくは技術を盗み出したとか、連鎖的に考えることができてしまうのさ。
要するに価値の動きを観察することができて、それを見て世界中の情報が大まかに得ることができてしまうということだよね。『代償型』なのに代償を払わないで発揮される力が強力すぎてずるいよ、ユウタ君の能力は。ちなみに『44代目灰色の勇者』がこの世界に召喚されたことも、こんな感じで情報を掴んだそうだよ。詳細は未だに高過ぎて買えずにいるままだそうだけど」
幌は『確かそんなこともあったな』と話を聞きながら考える。行方不明の灰色の勇者が44代目の勇者には存在するらしいことは聞いていたが、情報自体は個人的な興味も薄く、現在の目的にそぐうとも思えなかった。なので『情報屋』の能力を補足する情報の一つとして受け取った。
「……それで『坂棟日暮』の情報を買わない理由はなんなのだ?」
情報屋のすごさは分かったが、坂棟日暮にたいしての話は今の所進んでいない。
「『買わない』んじゃなくて、『買えない』んだよ。
坂棟くんの情報は」
「何故だ?」
「単純だよ。『高すぎる』。それだけだよ。ベリエットの一年分の予算をすべてつぎ込んでも足りないレベルでね」
「……高すぎるな、それは。他の情報もそのくらい高いのか」
「まさか。そんなことないよ。ここまで高いのは『異常』だよ。坂棟くんの情報の価値はね、突如として『急騰』したんだ。それまではベリエットも坂棟くんの情報を買っていたんだよ。それも一役買って坂棟くんを追跡していた。でもあるタイミングで、それが出来なくなった。そのタイミングは──『終焉の大陸』に『転移』してから少し経った時からだ。何かと『結びついちゃった』んだろうねえ……」
「結びついた、というのはどういうことだ?」
「こういうことはね、たまにあるらしいんだよ。安い情報が急に高くなる。そういう時は大抵が、全く別の莫大な価値の情報に結びついてしまうのが原因なんだ。例えばさ、坂棟くんがとても有用な資源が大量にある貴重な場所で死んだとするよ。それで坂棟くんの安否の情報を購入したらどうなると思う?」
「……なるほど。死亡した場所として、その『価値の高い場所の情報』が表示されてしまうわけか」
「そうなんだよ。そうすると、その情報の分の価値が『上乗せ』されてしまうんだよ。ちなみにさっきの例は、そのままベリエット上層部の見解だけど……僕もまぁ、同意見だねぇ。そもそも終焉の大陸は未知の宝庫だから、高い価値の情報がゴロゴロしてるらしいし、たまたま坂棟くんがそれに結びついて死んじゃってもおかしくないよね。運がいいねぇ。いやでも死んでるのに運がいいも悪いもないかな? あっはっは」
「それでは、本当に今やれることがないな」
「そうだねぇ……。せっかく幌くんが参加したいって乗り出した任務なのにねえ。あれ、そういえば幌くんなんでこの任務やりたがったんだっけ? 強引にねじ込んだのは僕だけど」
「……小笠原さん、俺の『能力』は使えないか?」
「えっ、幌くんの能力? うーん……十華くんはちょっとねえ」
「そっちじゃなく、別の方の『人形』でだ」
「別の……? そういえば、だいぶ前にレベルがあがって新しい子が増えたんだっけ、幌くん。そうだそうだ、忘れてたよ。『彼』ね。まだ一回しか使ってなかったね、そういえば。……確かに、可能性がなくもないか。でもそうなると、上にかけあう必要があるねえ。『代償型』だから対価を用意しないといけないからさぁ。ちょっとこの後行ってくるよ」
「すまない、小笠原さん。面倒をかける」
「いいよいいよぉ。どうせ、上も打つ手がないし乗ってきてくれるんじゃないかな」
そして次の日、幌は『能力』を使った。
その結果──ベリエット帝国の上層部は、かなり『憤慨』した。
上層部にとっては望んだ結果ではなかったからだ。
だが幌はその結果に、満足ではないが納得していた。
そして確信を持ちながら、直後、怒気に当てられながら小笠原に頼み込んだ。
『南の樹海へ行きたい』──と。
◇
そんな風にこれまでの道のりを、幌がふと、思い返していたのは──
一つの過程が終了し、結果が現れた『節目』の時だからなのか。
現れた『結果』が思わしくなかったことを悔やんでいるのか。
あるいは心苦しさを感じているからなのか。
自分自身の感情を冷静に見つめながら、幌は内心でそう考えていた。
何にせよ、思い返してみればこれまでの道のりは、小笠原の力無くしてありえるものではなかった。
幌の唐突な願いを不思議に思いながらも聞き入れ、迅速に行動に移して、叶えてくれた。そうまでしてもらったのにもかかわらず、報告できる『結果』は散々だが。だからこそ最後までやりぬく必要があるだろう。
──現在。
幌はそうした内心の思考を出さずに、淡々と合流した小笠原に報告を行っていた。
樹海に入る時ははっきりしていた髪の色合いも、今では互いにかなりくすんだ色になっていた。髭や髪は見苦しく荒れ果てており、服の汚れや臭いは、日本人の感覚では到底耐え難いものだが、幌と小笠原にとっては慣れきっている状態であり、互いに触れることさえなかった。
報告を終えて、幌は口を閉じる。
「なるほどねぇ」
小笠原が相槌をうつ。
いちいち着たり脱いだりしていた勇者の制服も、もう着たままだ。
幌が小笠原に報告した、『結果』とは、つい先ほど起きたばかりの出来事の話だった。
対価を払い、一週間近い時間を樹海の中を彷徨って、ここまでくるまでの労力を重ねて──。
【価値人形】『十華』に導かれて出会ったのは、どうみても無関係そうな、『灰色の髪の青年』だった。
少し前にその青年と別れ、置いてきてしまった小笠原と合流した幌は
場所を移動し、落ち着けそうな地形を見つけて、そこで一旦腰を落ち着かせながら報告を行った。
「やっぱりダメだったねえ」
報告を聞いた小笠原は、肩を落としてため息をつくように、そう言った。
「すまない、ここまでわざわざ来たというのに『空振り』に終わってしまったようだ。
一応その『灰色の青年』が『手掛かり』の可能性も、あるにはあるが……」
「いやあ、それはないよ、幌くん。今回はどう見ても『空振り』だよ。なんせ幌くんが頼んだのは『坂棟くんに繋がる手掛かり』なんだから。坂棟くんは単独で逃亡して、ベリエットに追われながらこの樹海まで逃げて、最終的に転移の神器で『終焉の大陸』へ転移した。この一連の出来事に、『人』が大きな手掛かりになり得る余裕が、どこにあるのかって話だからね。この結果は。そんなの誰かが逃亡の手助けしたってぐらいじゃないと成立しないけど……今回のは突発的な出来事でそれもあるはずもないし」
幌自身、何か『形のある物』が手掛かりとして現れると想定していた。
それが自分の『考え』を次に進ませてくれると。
しかし現実で辿り着いたのは、見ず知らずの青年だった。
彼が手掛かりになると仮定して、一体坂棟日暮の何にどう関わりようがあるのか。
小笠原の言うとおりだ。可能性になり得る場所が、そもそも存在しない。だから幌自身、無関係だと決めつけて報告を行った。
「(──唯一、小笠原が無意識に排除していそうな可能性が一つあるが……)」
それは『転移してから関わった』という可能性だ。
とはいえ小笠原が無意識に思考から排除するほどの、あまりにも極小な可能性だ。それで『空振り』という事実を覆すには、無理があった。
「(やはり俺の『考え』は間違っていたか……?)」
もともと確信だけが先行し、根拠事態は乏しい考えだった。
しかしいろんな偶然が重なりここまで来れた。来れたこと自体が『何かがある』という証明だと、無意識に考えてしまったが。
結局のところすべてが『偶然』なのかもしれない──とも、ここにきて思っていた。
「幌くうん、元気だしなよぉ〜。仕方ないさ、そういう『不安定』な能力なんだよ。割り切るしかないと思うよ。大体『願いを叶える』なんてさ、そういう一見聞こえのいいものに限って、結局役にたつどころか足を引っ張ったり、かえって遠回りになることなんて、どこの世界でも一緒なんだよ、きっと」
「…………」
小笠原の慰めなのか、蔑みなのかわからない微妙な言葉を黙って聞き入れながら、そばにいる十華に目をやると、口をへの字にして頬を膨らませながら、顔を真っ赤にして怒っていた。小笠原は悪い人物ではないが、内心で見下したりしているものに対して、会話の最中に本音がこぼれる時がある。幌はそうした言葉を気にせずに受け止めているが、『人形たち』は違う。はっきりと足を引っ張ってるといわれてしまえば、黙っていない。
「(まずいな……)」
そう思った途端、むず痒さに似た不快感を微かに体に感じた。
「おいおいおい。俺たちがよぉ〜〜〜〜。
『役立たず』だっていうのかよぉ〜〜〜ァアァアン!!?!?!」
「ほんとよぉ、失礼しちゃうわぁ〜」
ボン、ボンと。二回小さく破裂する音が虚空になる。
幌が能力で今出すことができる人形の数は『三体』。その中でまだ出していない残りの二体が、音と同時に現れた。出てきたのは『男型の人形』と『女型の人形』で、すでにいる十華を合わせて、幌が出せる三体の人形の全員が姿を表してしまった。
「てめえも、黙って受け入れてるんじゃねえよ!! クソ幌ッ!」
あまり良くない言葉を吐き出しながら、小さな足で幌の脛を蹴り続けている『男形の人形』の方は、前の世界での小さなデビルを想起させるキャラクターのようで、全身黒ずくめの格好をしていた。背中にある黒い小さな羽がパタパタと動いていることを除けば、虫歯を注意するポスターにでも描かれていそうだった。十華よりも頭ひとつ分身長が大きいが、幌に比べれば些細な違いであり、蹴られている脛は全く痛くはなかった。
「ほら、十華ちゃん、こっちにおいで〜。お姉さんが慰めてあげるわぁ〜。……ちょっとちょっとぉ〜、もぉ〜、十華ちゃんは言われた通りちゃんと願いを叶えてあげたじゃないのぉ〜。どうしていじめるのよぉ〜可哀想じゃないの」
もう一体の女型の人形は、女児向けのアニメに出てくるような派手で可愛らしい格好をしていて、色もカラフルだった。涙目になっていた十華を、優しく抱き寄せて頭を撫でてあげていた。だが大きさが十華より頭一つ分しか違わないために、子供が子供あやしているような光景になっていた。
「そうだそうだ、言ってやれ! 『百蘭』!! へぼいのは俺たちじゃなくて、願いを叶えられたのにもかかわらず生かすことができない手前の雑魚さ加減だってなぁ〜ギャハハ!!」
「そこまでは言ってないわぁ〜。
『千林』ちゃんも健ちゃんをいじめちゃだめよぉ〜」
「……百蘭、俺を健ちゃんと呼ぶのはやめろ」
「えぇ〜?」
「こんなやつなんてクソ幌で十分だぜ。ギャハハ!」
デビルに似た男型人形──千林は、黒い羽で空中を飛びながら、幌の顔に近づいて挑発するような顔をする。そして飽きたらまたそこらへんを飛び回ると、かなり神経を逆撫でしようとする動きだったが、幌は動じず気に留めなかった。ただやはり『三体全員』揃うと、喧しさが倍増するのだけはひしひしと感じていた。
「(いや……煩いのは一体だけか……)」
そう思ってる幌の脇で、小笠原が慌てて、ポケットに手をつっこみながらぐずっている十華に近づく。
「あぁ、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど。ほら、十華ちゃん、ビー玉だよ。これあげるからさぁ、機嫌直してよ」
「ばっか、おめぇ、そんなんでなぁ!! 侮辱された俺たち【価値人形】の機嫌が治ると思ってんなら、舐められたもんだぜぇ!! 俺たちは最高に傷ついた!! 臓器をよこさなきゃな、俺も、十華も機嫌を直してやらねえぜ! ギャハハ、なぁ、十華ッ!!」
「直ってるぞ」
「直ってるじゃねえか!!!」
小笠原が出したビー玉に飛びつき、満面の笑みを浮かべる十華を幌が指摘すると、愕然と口を開けて千林は驚いた。直前まで神経を逆撫でするように、ハエのごとく飛び回っていたが、嘘のようにピタリと静止していた。そんな自分に「ハッ!」と気付いて取り繕うようにまた飛び始めるが、止まる前よりも勢いは衰えていた。
「へ……ヘンだ。十華は許しても、俺は許さねえけどなッ! こんな侮辱はねぇぜ。俺たち【価値人形】にとって『価値を測る』なんて呼吸のようなもんだ。価値を見誤るより、指をチョン切って血管からソーダを出すほうがまだ簡単だってのに。『対価の価値』に見合った『願い』を俺たちはちゃあんと叶えてやってるのによぉ!!! それがたとえ『情報』っつー見えないもんだとしても、お前らの『目的』に何かしらが間違いなく『繋がってる』んだぜぇ? それなのに、自分らがボンクラでわからねえからって、俺たちは役立たずかぁン? あァ? やっぱり雑魚なのは手前らじゃねえか。クソ勇者ども! クソクソ勇者ども!! ギャハハハハ」
「『繋がってる』ねえ……」
呆れたように、小笠原は呟く。幌も完全に同調するわけではないが、その気持ちはわからなくもなかった。
「……お前たちの言う『繋がり』は確かにその通りなのだろうが、あまりにも遠すぎる。前に行方を眩ませた犯罪者を追ってたときには、犯罪者とは何の面識もない一般人に案内されたあげく、調べ上げてわかったのは、ターゲットと『通っている酒場が同じ』という情報だった」
幌が千林の言葉に返すと、同調するように小笠原は二回頷いた。
「あれは、危険はなかったけどえらく疲れたねぇ……。三月近くかかったよ。あそこまで労力をかけるなら自力のほうが早かったような気もしたねえ。今回も『坂棟くんが逃げた道を次の日にたどった一般人』とかその程度の繋がりじゃないの?」
「ケッ……信用がねえなぁ〜」
しらけたように、横に寝た体勢で千林はダラダラと飛び回る。
「いやいや、これでも信用してる方なんだよねえ。じゃなきゃそもそも、ここにいないんだからさぁ。普通はベリエットからの出国なんて許可されないんだよ? 新世代の勇者なんて特にね。それほどベリエットが、喉にささった小骨が取れそうで取れない状況ってわけだけどさ。それなのに大金を用意して、幌くんの能力を発動したにもかかわらず、あの結果だよ。本来なら呆れて外になんて出してくれないよ。僕も自分で頼み込みながら無理だろうなって思ってたよ」
「ギャハハハハハ!」
「千林く〜ん。笑ってるけどさぁ、『君の話』だからね。
【十華】くんは、『安い対価』だけど『成果にはあまり期待ができない』。
【百蘭】くんは、『そこそこの対価』で『成果はまずまず』。
そして【千林】くん、君は『膨大な対価』の代わりに『不可能を可能にして莫大な成果が期待できる』。
それが幌くんの能力である君たちの特徴だ。そして千林くん、君ならベリエットの手詰まりな現状を打開できる可能性があった。だから膨大な『対価』を払って情報を求めたのに……。返ってきたのは、『たった一言』だよ? 割りに合わないよ、流石に。しかも僕たちには分からないように言ったよね、きみさぁ、幌くんに向かって──」
──『お前の勘は正しい』
「って。訳分からないし、出費することになった上層部だって、そりゃあ怒るよ」
「ハッ、知るかよ! ギャハハ! しょっぱい『対価』を持ってきたのがわりぃんだ! もっと血肉が通った対価をもってきなっ、倉庫に眠った大金なんてくだらねえものじゃなくてな! お勧めは臓器だけどよ! ギャーハッハ!」
「はぁ……」
パタパタ音をならしながら喧しく飛び回る千林のそばで、小笠原はため息をついた。
「幌くん……そろそろ君の考えてることを教えてほしいよ……。僕は結構頑張ってきたつもりだけどねえ、深く聞かずにここまできてさぁ。千林くんの言う『勘』ってやつが、何なのか気になるなぁ。正直『坂棟日暮は死んでる』っていう結論が僕の中ではっきりしてたから付き合ってあげたけどさぁ。幌くんは『坂棟くん』にどんな思うことがあるのか、教えてくれないかなぁ?」
「坂棟日暮ではない」
「……うん?」
「俺が考えているのは坂棟日暮ではない。
ずっと──ここにくる前、そしてくるまでも、きた後もずっとそうだ。
俺が考えていたのは、坂棟日暮についていた『先達勇者』の方だ」
そろそろ伝えるべきだろう、と幌は決断をした。
元々そこまで隠す気はなく、いずれ小笠原には言うべきだと思っていた。
「先達勇者って……えっと……『枢川』さん……?」
少し躊躇うような態度で、小笠原は名前を出す。
その名前に幌は眉に皺をよせた。
「……そちらではない。その前の方だ」
「あはは、顔が少し怖くなってるよ、幌くん。わかるけどさぁ。おっかないよね、あの人。
それで、前っていうと、あぁ……『日向かなで』くんかぁ。ぐすん。あの子はいい子だったなぁ……。未だに残念だよ、あんないい子が石碑に名前を刻まれちゃうなんて……。こんなおじさんに元気よく話しかけてくれてさぁ……」
少し涙ぐむ小笠原に若干の言い辛さを感じながらも、それも一瞬だった。
「俺はあの人が『怪しい』と考えていた──」
きっぱりと、躊躇なく、幌は告げた。
小笠原は涙ぐんでいた目を見開き、慌てて口を開いた。
「いやいやいや、何をいってるのさ、幌くんねえ〜。君は一番新しく召喚された世代で、よく知らないと思うけれど、彼女は本当にいい子で優秀な子なんだよ? 誰にでも分け隔てなく明るく、優しく接して、国民からも同じ勇者からも人望が厚くて、仕事だってそつなくこなすんだ」
「……小笠原さんほど彼女に対して知ってるとは、俺も思っていない。あの人と接する機会があったのは、坂棟・日向のペアと合同で魔物の討伐の任務に数回いった程度だ。それでも俺は初対面の印象から『優秀すぎる』印象を抱いて、危機感を持っていた。あの手合いが何かを企んだら手がつけられなくなる──と」
「ほらぁ、やっぱりわかってないよ。幌くんさあ。彼女はそもそも誰かを裏で陥れたりとか、ましてやベリエットに反旗を翻そうなんて思ったりするような子じゃないんだよ?」
「小笠原さん……そういう所だ……。誰も彼女に対して疑いすらもしていない。信じ切って思考を進めておらず、『発想』すらも浮かんでいない姿が、俺は不安だった。おかしいと思わないか、俺が知っている普段のベリエットの勇者達なら、絶対に考えるはずだと俺は思う。どれだけ可能性が低くともだ。なのに実際にはそういう考えが一切出ていないところに俺は『危機感』を抱いていたのだ。
人は人の懐に入るとき、どうしても『魂胆』が仕草に現れる。それは仕方がないことだ。それを察しながらも、相手の魂胆を受け入れることで人の関係は育まれるものなのだから。だが彼女はその魂胆を感じさせない。入ったと気づかないほど、当たり前のように、気づいた時には懐にいる。そこにいるのが自然と感じさせる。彼女はそういう人間だった」
「……幌くん」
小笠原は深刻な表情で、幌の名前を呼ぶ。
「もしかして──女性不信なのかい?
それとも……。
ダメだよ。たまには発散させないと。
今度人形くん達をまとめて預かっといてあげようか?」
「…………」
「ギャハハハハハハ!!!!!」
小笠原の返答に、幌は押し黙る。爆笑した千林がものすごい速度で辺りを飛び回り、いつも耐えてる幌も今回ばかりは若干の鬱陶しさを感じそうになった。大分前から片足に寄りかかって並んで寝息をあげている百蘭と十華がいなければ危なかったかもしれない。
「しかしおかしいとは思わないか。小笠原さんの言う通り『優秀』だとしたら、あんなにあっさりと死んでしまうのは」
「そりゃあ、勇者だって死んじゃうよ。幌君。不老でも不死じゃないんだから。残念だけど。優秀だったりとても強かったような人でも、案外死ぬ時って結構あっさりだしね」
「だが日向かなでに限って、それはないはずだ。彼女自身の『能力』がそれを許さない。あらゆる不幸を彼女は事前に回避できる」
「──むう」
ここにきて初めて小笠原が押し黙る。
それは幌の言うことに、道理が通っていることを、一瞬たりとも認めてしまった証明だった。
「『坂棟日暮の逃亡』は、本当に『偶然』なのか?
たまたま終焉の大陸へ転移する神器を隠し持っていたのも『偶然』なのか?
このケルラ・マ・グランデまでベリエットの追跡から逃げられたこともそうだ。すべてが都合よくいきすぎている。今現在も彼女が死んだという確証を得るアプローチがすべてが失敗に終わり続けている。本当にすべては偶然なのか。答えへの手掛かりがあるなら、この森だと俺は思っている」
「それがあのとき千林くんが言った『勘』かぁ、なるほどねえ。それにいままでそれを黙ってた理由も分かったよ。確かに日向くんの影響力を考えれば、新世代のペーペーな幌くんがケチをつけるのは得策じゃない。神経を逆撫でするだけだ。正解だよ、幌くん」
「……あぁ」
「確かに、筋は通っているね、一応。
それでも正直、話を聞いても、僕はまだ『偶然』だと思うけどねえ」
「…………。
小笠原さんはなぜ、無駄だと思いながらもここまで手を貸す……?
正直なところ俺は、坂棟日暮の捜索の任務すら参加できるとは思っていなかった」
「まぁ、確かに僕のおかげだけどねえ。幌くん。答えは簡単に言ってしまえば『人材育成』のため。ただそれだけだよ。幌くんは優秀だからねえ。44代目の誰よりもさ」
「そうか……? 他にも能力が高いのはいると思うが……」
「いやぁ、能力が高いだけじゃあねえ。確かに他にも目覚ましい子はいるよ。44代目は、本当に『豊富』だからね、色々と。でも彼らは自分の能力が──『力』が強いだけだ。そういう一辺倒のやつの側にさ、あんま居たくないのさ。だって世の中って強いか、弱いか。重要な要素だけど、それだけで機能してるわけじゃないよね。困ったときに周りも顧みずにただ力づくでぶっ壊すやつのそばになんていられないよ。そういうことを考えれば、幌くん。君が一番44代目の中でバランスがいい。もうすぐ付き添わなきゃいけない『十年』が終わるけど、幌くんなら『管理部』に入って『勇者の管理』ができると思うんだよねえ──僕のようにさあ」
「そうか」
ここまで融通がきいてここまで色々できていたのは、小笠原の立場のおかげもある。そのことを知っていた幌は、素直にうなずいた。
「まぁだから最初にいったように、幌くんにはもっと優秀になってもらわないといけないからさあ、そのために一肌脱いでいたんだよねえ。最初に言ったでしょ。『能力は理解するかどうかでできることが変わる』って」
「なるほど……。ずっとそのために、だったのだな。
千林の能力の効果を測るためか」
「まぁ、そういうことだよねえ。能力の把握は誰にとっても重要でしょ。だから僕はどちらにせよ、損はあまりないんだよ、幌くん。千林くんの能力の効果がどちらにせよ、これではっきりするからね。まあでもそういう意味では、ここで終わるのがある意味、一番損かな」
そういって小笠原は一つの袋を幌に差し出す。
受け取った手にかなりの重量を感じた。袋を開けると大量の『金貨』が入っていたが、微かに聞こえる金属の音から察しはついていたため、驚きはしなかった。
幌は視線で尋ねると、小笠原は小さく頷いた。
「もう一度能力を使いなよ、幌くん。今度は百蘭くんで。彼女は結構高くつくけど、この金額があればいけるでしょ? 百蘭くん、お金好きだからさ」
「本当にいいのか?」
「ちなみにこれは帰りの予算だから、無くなってしまったらサバイバルを覚悟しておかないといけないよ」
その言葉に、幌は「ふっ」と鼻で笑う。
「今と同じだ」
そして足元にいる百蘭を起こし、袋を渡して、もう一度願った。
──『坂棟日暮へ繋がる手がかり』を、と。
「きゃあ、お金よ〜、お金〜。
お姉さん、お金が一番好きよぉ〜。任せなさぁい〜」
起きた百蘭が騒ぎ出す。
「おぉ〜今までで一番、『いい価値』じゃねえか〜。
『帰り道の金』っていうのが、特になぁ。まぁこいつら馬鹿勇者には無駄になるかもしれねえがなぁ、ギャハハ!」
そう言って笑いながら、千林は飛び回る。
幌と小笠原は反応せずに、先導して進みはじめる百蘭を追って森の中へ入るため、草をかきわけたときだった。
「──死体が落ちている」
草をかき分けた手をそのままに、幌は呟く。
「本当だねぇ。鳥の魔物だ」
そこには魔物の死体が落ちていた。
身体の形から、空に生息する鳥型の魔物であることを察した。
「これ街で注意された魔物に似てるねえ」
「あぁ、そうだな」
小型ながらもとても獰猛で、樹海の中のいくつかの『竜木』を群れで支配しており、そこを中心に活動して、かなりの冒険者を殺している危険な魔物だそうだ。他の竜木を支配した魔物を殺すして領域を奪うほどの魔物だそうで、念のため注意しといたほうがいいと、事前に言われていた。
その魔物が、死んでいる。しかも身体に頭上にある木の枝が、何本も刺さっていることから『落ちてきた』ことが推測できた。ただ注意を促す必要のある魔物が、自分たちが活動するのに一番有利なはずの『空』で死んで落ちるなんて、あまり聞く話ではない。よくわからない話だった。
この魔物が弱くて自分たちの受けた注意の情報が間違っているのだろうか。それとも──
「身体が何かに『一直線に貫かれてる』よ」
「……傷跡に微かに『羽毛』がついているな」
「『羽毛』かぁ……。幌くんさぁ、この樹海、奥の方に進むにつれて、嫌な感じがしない? ……『魔族』がいるかもねえ。何か企んで、こそこそ暗躍してるのかもしれない。この様子じゃ、『天使族』か『悪魔族』かなあ。この死体も、それの仕業な可能性が高いよ。どちらにせよ、厄介だね。はぁ、面倒くさくなってきたな」
「……腐ってもここは、『魔族領』だ。
魔族がいることも想定しとくべきなのかもしれない」
「……そうだねえ。気をつけて進もうかぁ」
そして──森を再び進んでいく。
その二人を無視して──千林は一人暗闇の中で置いていかれながらも、笑っていた。
──ギャハハハハハ!!!
その笑い声が、幌と小笠原。
二人が交わした会話の後、一段と大きくなったことには、誰も気がついてはいなかった。