第6話 再会
「まさか『牧場』の牛の肉がこんなにまずいとは……」
俺は『リビング』にあるテーブルを春と挟むように座っていた。
そこで俺と春は『牧場』で捕獲した牛の肉を、リビングについた簡易キッチンで簡単に調理し食べてみたのだが、それがもの凄くまずかった。たぶん、段ボールを食べたらこんな味なのだろう。
正直取れ立ての牛の肉だからと期待していただけに、この味のまずさは心に大きなダメージを与えた。
「D1ランクの牛の肉です。まずいのも当然というもの。秋様には早く『力』をつけてもらいませんとこれからの食事もままなりません」
「ああ、そうだな……未開の森で贅沢かもしれないが、この味の肉を毎日というのはさすがに辛いな。少しでもランクのいい牛を取れるようにしないと」
俺は部屋をいくつか作ったあと、そのまま作った部屋の探索をすることにした。部屋の出来映えを知るためと春が部屋について把握しときたいという要望からだった。
そしてこれは、牧場にいる動物たちを【鑑定】しながら探索していたときに気づいた事。
牧場は中央にドアがあり、そこから円形に広がるような形をしているのだが、『ドア』のある中央付近から離れれば離れるほど生息している動物の肉は『おいしくなる』ようだ。一番まずい『D1』ランクの動物は『ドア付近』に生息していて、一番おいしい『A5』ランクの動物たちは『壁付近』に生息している。
この話だけ聞くと、わざわざまずい『D1』ランクの牛の肉を食べなくても、よりおいしい肉を取りにいけばいいという話になる。
だが話はこれだけでは終わらない。その動物たちを表している『ランク表記』はそのまま『強さ』の表記でもあるのだ。つまり『D1』ランクの牛は一番弱く、『A5』ランクの牛は一番強い、ということだ。
今の俺は動物達に気づかれないよう、『D3』ランクのエリアまでいくのが精一杯だった。
『D3』エリアまでなんとか騙し騙し進み、そしてその先にバチバチと電気を纏いながら草を食べている羊を目撃して俺は引き返す事を決めた。
帰り際、『D3』エリアに生息しているヤギに見つかり、突進で右腕の骨が粉々に砕けたのは苦い記憶だ。想像以上に苛烈な牧場の洗礼を受け、涙目になりながら腕に何度も治癒魔法をかけている俺を見て、春は「愚かです……」と呟いていた。
「それに『キッチン』だな。『キッチン』は最優先で作る必要がある。おいしい料理というのは心の健康に必要な物だ」
『キッチン』は『2000RP』で作れるのだが、今『RP』は部屋を作ってしまったため全くない。
能力で作った『リビング』には、簡易キッチンが備え付けられていた。また、棚に備品として料理道具と調味料も少しだけ置かれていた。しかしそこは簡易キッチン。調味料も半月も持たないほど少なく、料理道具も包丁とフライパンと鍋くらいだ。
これが『キッチン』とかなら、本格的な調味料が最初からそろえられていただろうが、この部屋はあくまでも『リビング』。備品のほとんどは家具で、大きいソファーにテーブルや椅子などが置かれているのみだ。
それでも俺はこの部屋を見たとき「備品もそろえられているのか」と部屋の完成度に驚いたものだが、春曰く『ただの箱を、人は部屋と呼びません。中の環境を完璧にまで整えてこそ、初めてその箱は部屋と呼ばれます』と言われてとりあえず納得した。環境がいいにこしたことはない。
「RPが現在不足しているのでキッチンが作れるのは最低でも200日は必要でしょう。それに『キッチン』は今回作った部屋と違い、『維持費』がかかります。オーブンやコンロのエネルギーを『RP』で賄わなければならないので『RP』の安定した供給が必要になりますでしょう」
「『17000RP』は全部、部屋を作るのに使い切っちゃったからな。必要経費だから仕方ないが。やはり今後はRPの増やし方を探すのが課題になるな」
「そうですね。ただ、そのためにはまず、このドアの外を平然と歩けるような力がなければなりません。力は絶対です。秋様、善は急げと言います。さっそく鍛錬をはじめましょう」
えっそういう話になるの?
「さすがにもうそろそろ寝たいのだが。異世界に来て初日なのにいろんなことがありすぎた」
特にあのゴブリンとの追いかけっこだ。あれは本当に生きた心地がしなかったし、心と体を消耗させたため休養がほしいのだが……。
「明日やる明日やるといって人は、案外やらないものです。それにせっかく『RP』を払って作った『トレーニングルーム』。活用しなければ損というものでしょう。さ、秋様」
「えぇー……」
春に腕を組まれ引きずられるようにして『リビング』から『トレーニングルーム』へ連れて行かれた。
♦︎
俺が『RP』を使って作った部屋は全部で7つだ。
1つ目は『リビング』。使用RPは『2000RP』。
結構広く、『RP』を使って『カスタマイズ』をすればさらに快適な空間になることを期待できる部屋だ。さっきまでいたところだな。
2つ目は『牧場』。
使用RPは『4000RP』。部屋と聞いて首をかしげたくなるシリーズ第一弾だ。
食料を確保するために作った部屋だがおいしいものを食べるためには力が必要という厳しい一面がある。食料を確保できる部屋は他にも『食料庫』なんかもあったのだが、春に『食料庫は最初に入っている食料をすべて食べ切ると『RP』を使って『補充』が必要になる』と言われ、長い目でみるとコストパフォーマンスが悪いらしいので『牧場』を作った。
3つ目は『農園』。
使用RPは牧場と同じ『4000RP』。牧場と同じように既に何か生えているのかと思ったら、ただの土が一面に広がっていただけだった。どうやら農園は牧場と違いカスタマイズに頼る部分が大きいらしい。とりあえず今日一日分の10RPが増えていたため、それを使用しカスタマイズで謎の種を植えた。
4つ目は『水場』。
使用RPは『2000RP』。牧場の同じように自然が中に広がっており、そこの中心部に泉のような水たまりが広がっていた。牧場ほど広くなく、壁や天井を見る事ができた。壁は透明なのか、それとも超リアルな絵なのかわからないが、どうみても壁の先に自然が広がっていて不思議な感じだった。
水はトイレや水浴び、飲み水に使う。端と端で結構距離があるため全部同じでも問題ないだろう。
5つ目は『寝室』。
使用RPは『1000RP』。文字通り寝る場所で部屋の中にポツンとベッドが一つ置かれているのみだ。春の分がないのでどうしようか迷っているとどうやら春には睡眠が必要ないらしく、『部屋は24時間、動き続けておりますので』と言われ渋々納得した。ただ、24時間働き詰めもどうかと思うので起きている時は手伝おう。
6つ目は『武器庫』
使用RPは『2000RP』。「秋様は武器もなく闘うおつもりですか?」という春からの提案で作る事にした部屋だ。中は石造りの倉庫のようで、そこに様々な武器がおかれていた。鉄製の剣や刀などからチャクラやヌンチャク、モーニングスターなど割と豊富な種類が置かれているのだが、損失すると『RP』による補充が必要になるらしいので注意が必要だ。
そして最後の7つ目が『トレーニングルーム』。
使用RPは『2000RP』。
春につれられて、やってきた場所がここだ。
『トレーニングルーム』といっても筋トレの器具が置いてあるような場所ではない。一面が荒野で天井は曇天の空。今この部屋は春と俺以外なにもない。
こんなところで何をトレーニングするのか。
『闘い』だ。
この世界は、命が軽い。
薄々予感はしていた。LVというこの世界独特の法則。もしこれが、生き物を殺してあがるのであれば、これほど命が軽い世界はないだろう。
いや、本当は前の世界だってそうだった。
たまたま俺のいた場所が恵まれていただけで、他の人がかわりにやってくれていただけで、本当はどこまでも軽い命を感じないでいられた。
しかしもう俺の代わりにやってくれる人は、どこにもいない。少なくともこの森の中には。
これから闘っていくのは、俺自身だ。だからこそ鍛えなければならない。心も体も、鍛えられるものはすべて。理想への道にはそれが必要だ。
そのための部屋がここ、『トレーニングルーム』だ。闘いの、生き物を殺すためのトレーニングをする場所。
「今回は様子見ということをかねこのままですね」
「ああ、そうしてくれ」
『トレーニングルーム』は敵の数や動き、天候や地形まで決めることで実践的に闘いをトレーニングをすることができる。その反面、安全性も春の保証済みで怪我はしても死ぬことはない……らしい。試す気はなかった。
『RP』によるカスタマイズも豊富なので、もしかしたら長いことお世話になるかもしれない。
「それでは『敵』を出現させます」
トレーニングルームの壁際で春が告げる。地形は入ったときと同じ荒野のままだ。とりあえず一度部屋の機能を確かめるという意味もこめ、デフォルトのまま闘ってみる事にした。
「ああ、やってくれ」
今考えている俺の闘い方は一撃必殺。敵が現れた瞬間、スキル『投擲術』を発動しながら投げた槍で射抜くのが今回の作戦だ。
俺が了承の意をしめすと同時に、部屋の空気が変わる。
重い空気だ。白い部屋でサイコロを振ったときやゴブリンに追われたときと同じような、体にのしかかるような重い空気。
そんな空気の中、突然部屋に変化が起きた。
正面の少し離れた場所。そこの虚空からぬるりと『足』が出て来たのだ。思わずこれから闘うということも忘れその足を凝視する。筋肉がしなやかに盛り上がっており、『力強さ』というものをそのまま体現したような美しい足だ。
そんなことを思っているうちにその足は太ももまで現れており、地面を強く踏みしめて小さな地響きを起こす。
そして足に引きずられるかのように少しずつ、虚空から体が姿を現していく。
敵の全身が現れるにつれ、汗がとまらなくなる。頭に嫌な予感が浮かび、必死にそれを振り払おうとするが、その予感は俺の意志とは逆にどんどん強くなっていく。
そして完璧に体を出現させた敵は、どこかで聞いたことあるような雄叫びをあげた。体が振動で割れそうなほどの雄叫びを。
「なんでコイツが……」
暗い緑色の肌。目は鋭く、筋肉はごつごつと隆起し表面には筋が浮き上がっている。武器は使い込まれており風貌は歴戦を感じさせる。
そこに現れたのは俺が異世界にきて初めてみた、あのゴブリンだった。