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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 探して森の中を泳ぐ
88/134

第79話 変わらない秋、それでも舞台は変わり②

※同日更新が1話あるので、もし読んでなければ注意してください







「【鑑定】」




 『調薬大辞典』

 

 薬の効果、作り方、材料の取り扱いなどが網羅された、ザレッツ・ベヘレスタンの著作。

 『名称:”魔力整合薬”

  概要:魔石の魔力と自身の魔力があっていない状態・魔石に活発化による魔力増幅からの不調循環状態の改善を促す。材料は──』


  と書かれたページ(239p)



 本を開き、見つめながら森を歩いていた。

 といっても見ているのは本の中身ではなく、【鑑定】の結果だ。


 千夏のことをテレストという花人族の薬師に診て治してもらう予定が、結局土壇場で断られてしまったのはほんの数時間前のことだ。

 結局自分で材料を集めて作らざるを得ない状況になってしまった。


 元々そんなに期待はしていなかったため、最初から情報を引き出すように立ち回ったつもりだが、どんなに引き出そうが口頭だけでは得られる情報に限界があった。なので手伝った報酬として、少し……多少強引に……約束通り『情報をもらった』わけだが。本を開くまで文字が読めないことに気がつかなかったのは、我ながらかなりまぬけだ。


 どうしようかと、悩んだのは一瞬でとりあえずスキルの【鑑定】を試しにかけてみたら、ページの内容も鑑定の結果として表示されたため、文字が読めない問題は解決してしまった。


 本当に都合がいいスキルだ。

 未だにこの鑑定スキル以外では見たことがない『LV極』なんていう、異質なレベルなだけはある。花人族の住処を千に聞いて、地上のルートから先回りしたが、肝心のテレストの家がわからず少し迷ってしまった。ただ、それを探し当てたのも【鑑定】だった。


「(ユニークでもない、能力でもない、ただのスキルにしては相変わらず破格の能力だ……)」


 それとは反対にユニークスキルである【ペテン神】の方は、少しバレかけていた。

 『最初の時』を除いて、魔物との戦闘や、隠れるときなどでしか使っておらず、仕方がないといえば仕方がない。


 ただ今後、人を相手に潜入するときはもう少し準備や工夫が必要そうだ。

 まぁ思い返せば、『最初の時』も騙すのに手間がかかったし、そういうスキルなのだろう。


 【鑑定】の結果を見て、必要な材料の名前を確認し、『地図』を開く。

 この地図も本と一緒にテレストから借りてきた(?)もので、ここら一帯の地形と植生が書き込まれていた。相変わらず書き込まれた文字は読めないが、【鑑定】の結果を見比べれば必要な材料を割り出すことくらいはできそうだ。


「(とりあえず一通り材料を集めよう──)」

 

 本と地図、【鑑定】の結果とテレストから聞けた千夏の情報。

 これだけ揃っていれば、薬を作って千夏に届けるまでの一通りはなんとかなりそうだ。【調薬】のスキルも、さきほどの作業のおかげでかなりあげることができた。


「結局、こうなったな……。

 でもこっちのほうが、楽でいい」


 別に目的が達成できれば、手段は何でもいいと思っている。

 なのに不思議と毎回、同じ結論にたどり着いてしまう。


 人を頼るよりも。

 自分でできるようになって、やれるようになって

 そうして最終的にできればできて、できなければできない。


 思えばいつもそうで、そして今回もそうだ。

 でも、それでいい。結局そうするのが一番、潔くて、余計な手間がかからない。


「そういえば冬も行方不明だったっけ……。

 どうするか……。両方同時はさすがに無理だな……」


「ピョ」


 ポケットの中で眠っていた、『彗』(鳥の魔物)が

 鳴きながら出てきた。まるで「探すよ」と言ってるかのようだった。


「彗が行ってくれるのか?」


「ピヨピヨ」


「そうか。じゃあ、頼んでいいか?」


「ピヨ」


 最後に一度、そう鳴くと素早く羽ばたきながら上昇し

 上空で一瞬で、飛び去っていった。

 彗が飛んだ残り香のような跡だけが、一直線に空に伸びている。


 彗を見送るために止めていた足を、再び動かす。

 歩きながら、地図と本を行ったりきたりさせて、いくつかある材料を採取していく手順を整えていた。魔物が襲ってくる様子は今の所ない。


「(終焉の大陸ではないからといって、少々油断しすぎか……)」


 とはいえ魔力を辺りに撒き散らしておけば、魔物も警戒して近づいてこないし、道を塞ぐ植物も力なく萎れてちょっかいを出してこない。最初は少し戸惑ってしまったが、こういう状況ではかえって楽でもあった。早い所材料を集めてしまいたい。


「……ん?」


 そんなことを思っていた途端に、魔力の感知に、何かが引っかかったのに気がついて顔を本からあげる。遠くから、俺がいるこの場所まで一直線に近づいてくるような動きをした何かがいる。


 魔力感知だと相手から察知されるから厄介だ。ただ相手に察知されたところで、この樹海の魔物なら警戒して逃げていくと見積もっての行動だったが、すぐにあてをはずしてしまった。


 素早く本を【アイテムボックス】にしまって、代わりに武器を出そうとする──が、やめた。


 近づいてくるのが『知っている存在』であることに気がついたからだった。

 道理で、俺の魔力に気づいて、一直線に近づいてくるはずだ。


 思わず、眉を顰め──

 『なんでここにいるんだ』と、小さくぼやいてしまった。




「────ぉぉおおおじきぃぃどのぉぉぉおおおお!!!!!!」


 騒がしい声と共に、しげみを乱暴に掻き分けながら、現れたのは『青鬼あおき』。


 さらに少し遅れて、『赤鬼あかき』と『黒鬼くろき』まで現れる。

 【部屋創造】で作り出した『村』に住む、終焉の大陸と寄り添って生きる『ゴブリン達』だ。


「オジキ殿!! ご足労をかけました!」


 片膝を地面につけながら、畏まるようにハキハキとした声で青は言う。


「……いや、かけた覚えはないよ、青」


「……?」


「それは来てもらった人が、来てくれた人に言う言葉だから

 今回やってきたのは青なんだから、ご足労をかけたのは青なんじゃないか?」


「なんと……!? ご足労かけさせていただき、誠に感謝ッ!!」


「……うん」


「おジキ……、昨日ノタルト、ゴチソウさまダ……。

 オイしかっタ……。マタ……作ッテ、くレ」


「……それは何よりだよ、赤。

 でもそんなに好きなんだったら

 自分でも作ってみたらいいんじゃないか?」


「……ッ!? ソ、ソンナ……自分デ作る……。

 そンな……発想が……ッ!? それなら無限ニ食べらレル……」 


 わなわなと、噛みしめるように震えている赤。その横を見てみると

 この場に現れた三人のゴブリンのうちの最後の一人、黒が黙って立っていた。


「…………」


「全く……黒は相変わらずオジキの前だと

 いつも以上に『こんもり』でござるなぁ〜」


「『ダンマリ』、ダ……、。

 黒、挨拶ハ、礼儀……。ちゃんトスベきだ……。

 失礼だゾ……」


 ……さっきの青と赤の言葉が礼儀正しい挨拶になっていたかどうかは怪しいところだ。


「…………」


 ただ赤に本気で注意されても、黒は黙ったままだった。

 こちらを静かな目でじっと見つめている。


「……気にしなくていい。むしろ赤と青も、黒くらいの接し方くらいでいいくらいだ。

 俺は別に、ゴブリンたちの長でも王様でもないんだから」

 

 片腕に模様を入れたゴブリンは、部屋の中で三人だけだ。

 赤鬼、青鬼、そして──片腕に黒い模様を刻んだ『黒鬼』。


 『黒鬼』──黒は部屋に住み着いているゴブリンの群れの中で

 長である『剛』を除けば最古参のゴブリンだ。

 俺が部屋の中に『村』を作ってゴブリンに渡す前から生きている。


 だから他のゴブリンと違って、群れで異常な大陸を放浪していたころを経験し

 同時に俺がゴブリンとまだ殺し合っていた頃を経験しているということ。


 もちろん長の剛もそうだが、剛とはなんだかんだで、助け合ったりもしてわだかまりはない。


 でも黒にそれは関係ない話だろう。もしかしたら仲間を殺していたのに、唐突に仲間面し始めたいけ好かない人間に見えてたとて、おかしくはない。そういった事情から、俺自身あまり黒との距離をつめようとはしていなかった。黒もまた同じく近づいてくることはなく微妙な距離をお互い保っていた。

  

「(ただ──)」


 ──『村』のある部屋をあげた当時。

 俺はまだ、ギィギィ言っていたゴブリンたちに名前をつけて回った。でもそうして名前をつけたゴブリンも、今では剛と黒鬼だけになってしまった……。状況が少し変わったところで、ゴブリンが終焉の大陸で弱い部類なのは変わらない。だからそれは当然の話で。何より俺自身が殺す側であった時期もあったのだからその死を嘆いたり、尊ぶ権利なんてありはしない。


 それでもいまだにこうして生き残り続ける黒鬼を見ていると、なぜか少し、贔屓目に見てしまう。黒鬼にどんな態度をされようと、あまり嫌いにはなれなかった。だから無視だろうがなんだろうが、好きなように振る舞えばいいと、そう思ってた。


 そんなことを思っていると黒が、言葉は出さないものの、仕草で挨拶をしてきた。

 

 気合いを入れる格闘家みたいな仕草だ。幻聴で『押忍』と聞こえてきてもおかしくない。少し面白くて口角が上がってしまうのを感じた。


「(思っているよりも嫌われてはいないのかもしれない……)」


 あまり関わる機会がないから、どう思っているかは、やっぱり分からないが。

 なんとなく、そう思った。


「長でも、王様(?)でなくてもオジキ殿は

 オジキ殿でござるよぉ〜〜〜〜」


「チガイなイ」


 ぴょんぴょんとはねる青鬼を、うなずきながら赤鬼が肯定した。

 

「(なんじゃそりゃ……)」


 よくわからない言い回しに苦笑する。

 でも不思議と悪い気分ではなかった。


 しかし次の瞬間、表情を引き締めると、三人ともビクリと体を硬直させた。


「それで、何でいるんだ?」


「…………」

「…………」

「…………」


 赤は目をそらし、青はあわあわと視線を泳がせ、黒は責めるように赤と青に視線を見た。


「(まぁ、聞かなくても見れば大体わかるけど……)」


 ゴブリン達はかなりの量の荷物を、大きな布に包んで

 典型的な泥棒を絵に描いたように、それぞれがその荷物を担いでいた。


「……その荷物はどうしたんだ?」


「森デ集めタ」


 果たしていつからこっちの大陸に出てきていたのかしらないが

 すでに魔物を狩ったのだろう。


 主に魔物の素材と魔石と……こっそりフルーツや木の実も紛れ込ませた赤が最初に答えた。


「むう……。『らうんじ』にいた『ばん殿』や『こう殿』の

 おみやげにと思って……。でも誰も使ってなさそうだったのでござるッ!」


 そういって力説する青は、主にたくさんの武器や防具を背負っている。しかも一人だけ布がなんだか高そうな布に『紋章』が書かれているものを使っている。


 旗の布か……?


 それに持ちきれない剣も腰の周りに大量にぶら下げていて、その中にかなりの装飾が施された研がれていない高そうな長剣もあった。たぶん儀式用だろう。この様子だと廃屋を漁るどころの話ではなく、どっかの『廃城』を漁ってそうだ。

 

「(めちゃくちゃしてるな……)」


 とはいえ青の口から出てきた二人分の名前が

 『使用人』のため、強く注意するのもしづらい。


「俺はやめとこうっていった……」


 ぼそぼそと喋っている黒は、様々な道具や本。

 それにあふれそうなほど硬貨がつまった袋を持っていた。どれも銅色で色がくすんでいるが所々に銀色や金色などが混じっている。


「はぁ……。別にこっちの『外』に出ることを責めてるわけじゃない。

 さっきいったように長でも王様でもないんだから。ただこっちの情報が少なすぎてあまりにも何がどうなるか予想がつきにくいのが問題になるかもしれない。例えば、こっちの現地人に姿を見られたりしたら──」


「「ギク……」」


 赤と青が、揃って呟く。


「「「…………」」」


 じっと見つめる。


「そもそも剛にこっちに出ることの許可はとってるのか?」


「「ギクギク」」


「…………」


 ……ひどいな。


「はぁ……」


 どうやらこっちの人間に見られた上に、剛の許可も取っていないらしい。


「…………まあ過ぎたことをとやかくいっても仕方がないか」


「「ほっ……」」


「まず絶対に向こうを剛一人に任せすぎないこと。そうしないとあまりにも負担がありすぎる。

 下手したら簡単に死んじゃうんだから、そうならないように

 ちゃんと自分が働く時間になったら戻るんだぞ?」


「「ハーイ!」」


「まぁそうじゃなくても、もしこっちに黙っていっているのがバレたら

 死ぬほど剛が怒りそうだけど……」


「「「…………」」」


 三人とも黙ってフルフルと体を震わせていた。


「それから──」


 ゴブリントリオに『活動はとりあえずこの樹海の範囲に止める』ことと、地図で人の街がある方向を教えて『人間の街には近づかない』こと──他にも『いくつか』注意事項を伝えた。三人とも最後には頷いていたので、少し突飛なことをする連中だが言われたことは守るだろう。


「それじゃあ、そうだな……」


 地図を頭の中で思い浮かべながら、周りを見渡す。

 確か地図にはあっちの方に……。

 そう思いながらある方向を見ると、手前にある他の木よりも背の高い大きな木が、かすかに目に入った。


 それはこの森にいくつかあるという『竜木』だった。

 最初に見たやつとはまた別のやつだ。


 ──あの辺りなら、俺にとっても薬集めの拠点によさそうだ。


「あの大きな木のところ……。

 『竜木』のところに、一つ、『ドア』を設置しておこうか」


「なんと!?」


「色々行ケる所が増エるナ……」


「……やったぜ」


「ただあそこまでの間にいくつか、採取しておきたいものがあるから

 それを採取しながらになるが……それでもよければ、一緒に行くか?」


「「行く!」」


 元気よく答える赤と青。黒の方に視線を向けると黒もうなずいていた。

 なので少しの間、一緒にいくことにした。思えばはじめてだ。外をゴブリンたちと歩くなんて。



 終焉の大陸にいた時には考えられなかったな。



 ◇



 そうして薬の材料を採取しながら進み

 俺たちは竜木へとたどり着いたのだが──


「オジキ……採取ヘたくソ……」


「オジキ殿のせいで変わってしまった場所なのだが、いくら待っても元に戻らなかったでござるなぁ……。オジキ殿の部屋みたいで、不死身だなぁ……」


「……『不思議』だ」


「取れた材料も少ないのに、生えないなんて……。

 はっ!? そういえばここは全然環境が変わらないぞ!? 黒鬼!?」


「今頃気づいたのかよ……?」


 【部屋創造】の能力で、ドアを一つ設置していく。

 メンバーが違うだけでこんなにも雰囲気が違うものなのか。

 騒々しい話声を背後から感じながらドアが完成するのを少しの間待つ。

 心なしかいつもよりできるのが遅い。いや俺が早くできて欲しいと思ってるのか……。


 そしてドアが完成する。

 ドアは、竜木の植物の生えていない範囲内に設置した。

 魔物が好んで縄張りにするだけあって、森の中に適当に設置するよりも使いやすいだろう。

 ここを縄張りにしていた魔物は、ゴブリン達が勝手に先行して倒し、回収していた。


 できたドアを開いて、繋がっている『ラウンジ』へ

 半ば押し返すような形で、ゴブリントリオを帰した後──。


 ドアを閉め、目の前にあるドアに、【部屋創造】の機能で『細工』を少々施す。


 細工は少しだけ周囲から見つかりにくくする、色を変えるだけの簡単なものだ。終焉の大陸ではドアを隠すなんてやる意味がそもそもないし、たとえやったところで環境がすぐ変わるからやっても無駄という、もはや趣味程度の機能でしかなかった。だがここはまだまだ樹海の奥地とはいえ、人がやってくる地だ。そろそろ人にドアを見つけられる可能性も考慮しなきゃいけないと思い、試しにやってみた。



 納得のいく細工を施し、再び材料集めのため、森の中へ入っていく。

 ……といってもさっきゴブリントリオから散々言われた通り、あまり順調という感じには、いっていないかった。いくつか材料を集められたものの、数は少ないし、質も悪い。


「(どうするか……)」


 薬の材料は、薬草や木の根や魔物の素材などいろいろと必要になる。それぞれに『取り扱い方』などがあるようで、それを怠ると効果が低くなったり別の効果になったり、最悪効果そのものもなくなるものまであるようだった。そうした取り扱いを本に書いてあるようにやっていく中で、やはり手こずってしまうのはこっちの大陸特有の『繊細さ』だった。


「まさか『レベルの高さ』に悩まされるなんて……。

 思えば『レベルを上げる方法』は簡単にわかるが、『レベルを下げる方法』なんて、考えたこともなかった……」


 一応薬を作っているときに、苦肉の作で咄嗟にとった手段が使えるが……。


 それも部屋の中というある程度安全な場所だからこそ取った手段であって、外という曲がりなりにも何があるかわからない場所でいきなりそれをするのも憚れる。『今の自分ならいけるだろう』と思った途端に予想を上回られて危機的状況に追い込まれたことなんて、この世界にきて腐るほど味わってきた。


 魔力を垂れ流しながら、本を見て歩くのとは訳が違う。

 それは『自分を弱く』する方法なのだから。


「(とはいえ……そんなことも言ってられる猶予も

 もうない──)」


 そろそろ『決断』をしなければならない。



 ──ガサリ。


「ん?」


 草が揺れる。


 魔力を垂れ流すのはもうやめたので、今感知できる範囲はそこまで広くはない。

 とはいえその音は明らかに感知の範囲内……というかすぐそばで音がした。


 気配を感じずに近づかれたのも、気づいた今ですら気配を感じないのも驚きだ。物音がしたあたりには今この瞬間も小さな魔物一匹すら感じられない。そのはずなのにそこには確実に何かがいると、勘が告げていた。


 音がした場所を、ゆっくりと──覗き込んでいく。


 …………『小人』がいた。


「…………」


「…………」


 

 目と目があう。


 自分の体よりも何倍も大きな木に隠れ、顔の半分だけを出してこちらを覗き込んでいた。

 鬱蒼な樹海では少し不釣り合いな妙なデザインの帽子をかぶった、たぶん女の子の小人だ。帽子は無理やり例えるなら、ピエロがつけていそうにも見えるが、やっぱりどこにもなさそうな独特な帽子だ。

 小人というよりも生きている人形みたいだ。


「……君は、『小人族』という奴……か?」


 このままお互いに黙って見つめあっても仕方がないので

 尋ねてみる。


 適当に小人族といってみたがこの世界に小人族がいるかどうかは知らない。


「…………」


 小人は答えず、木に完全に頭を引っ込めて完全に隠れてしまう。

 しかしそのままじっとまっているとまたゆっくりと顔が出てきた。

 照れ屋なのか?


「──残念ながら、それは『小人族』ではない」


 全く別のところから、声がかかった。

 男の声だった。重厚で、静謐で、貫禄を感じさせる男の声。

 小人から視線を外して、声がした方へ振り向いた。


 そこには、大柄な『人間』が立っていた。

 こっちの大陸に来て、魔族とは違う『人間』との初めての邂逅だった。


「『生きている能力』を見るのは、初めてか?」


 木に隠れていた小人が、トテトテと走って男の足に隠れる。短い足にしては妙に素早い。

 大柄な男は足元に隠れた小人を、手で持ち上げる。小人は飼われた猫のように大人しく、流れに身を任せて持ち上げられていた。


 この小人が……能力……。


「こいつは俺の【能力】で、少し『探し物』を任せていたのだが……。少し早とちりすることがあって、時々間違ったものにちょっかいを出してしまう。どうやら今回もそうだったようで、驚かせてしまったようだ。すまない」


 男は、軽く頭を下げて、お辞儀をした。


「いや──」


 随分丁寧な人だ、という印象だった。

 『サイセ』と同じ、『冒険者』というやつだろうか?


 広い肩幅に、厚い胸板。頑強そうな肉体が、薄いシャツでより目立って見える。

 この気温だと少し寒そうだが、腰には着込むための『上着』が巻かれていた。

 無精髭も生えており、大きな荷物も背負っていて

 もう長い時間樹海を探索している様子がうかがえた。


「気配がなく近づかれたことに、少し驚いただけで、謝ってもらうほどのことでもない。

 謝ってもらうほどの事だとしても、それは自分が未熟だっただけのことだし」


「──『未熟』、か……」


 男は鋭い目つきで、少しの間こちらを観察していた。


「いや……随分と『優秀』そうに、俺には見える。

 この子に驚いたといっていたが、俺が声をかけたときには驚いている様子がなかったのは、気づいていたからだろう」


「……まあ、気配の察知は得意な方だから」


 確かに、気づいていた。

 でも互いの進み方から接触することもなく、同時に必要性もないと思い放置していた。

 ただ小人に話しかけた途端、一直線にこちらに方向転換してきたため、こうして接触することになったけど。


「そうか。そういうことなら、この子に気がつけなかったのは、あまり気に病まないほうがいい。ただでさえ能力として生まれたものは、それだけで気配が薄い。それに加えて、この子自身も少し特殊だ。まぁ探し物を間違えたり、気配を隠せるのに物音を立てて気づかれたりと、少し抜けているがな」


 『生きている能力』──。

 俺の能力の【部屋創造】で生まれた『春』と『ある意味』では同じ。

 ──全く同じではない。


 たぶんだが、男の能力そのものが、この小さな小人だ。

 日暮の能力が『メモリーカード』の機能そのものであるように。そこの部分が小人かメモリーカードかの違いで、大まかには同じだ。だから俺の能力よりも分類としては、日暮のほうが近いのだろう。


 一方、俺の能力は『ドアと部屋』が能力そのものだ。

 とても冷たい言い方をすれば、春は能力ではなくあくまで能力の機能の一つ。だから違うと言えば違うと言えるだろう。


 それでも俺にとっての家族であることに、変わりはないが。

 今も千夏を俺の代わりに見守ってくれているだろう春のことが少し頭によぎった。


「ところで、君は──冒険者か?」


 話を切り替え、男に尋ねられる。

 どう答えたものか、一瞬悩むが、ある程度は正直に話すことにした。


「いや……冒険者ギルドには、登録していない。

 ただ似たようなことはしてて、今は薬師に頼まれて、薬の材料を採取しにきている」


 そう答えると、男は短く「そうか」とうなずく。


「俺はそろそろ行くが、別れる前に

 君と少し情報の共有をしておいたほうがいいだろう」


「……情報の共有?」


「そうだ。君も『テールウォッチ』から来たのなら知っていると思うが、ここ最近、街の周囲に森の奥からやってきただろう『ゴブリン』が集落を作って住み着く事態が増えてきていた」


「……その話は聞いているな」


 ──聞いていない。


 ただ男が言ったのは、この樹海に接する一番近い人間の街の名前だ。

 テレストの地図にもその名前は書かれていた。

 もしここで否定でもしたら「じゃあどこからきたのか」というややこしい話になるのは目に見えている。『終焉の大陸からきた』と正直に言ってみる……別に隠す理由が正直あまりないのでありだが、今言う事が余計な選択であることは間違いない。とりあえず話を合わせた方が無難だろう。


「俺たちはこの樹海を進みながら、そんな巣食ったゴブリンの群れをついでにいくつか討伐してきていたのだが──その最中に俺たちは信じがたいものを目撃した」


「信じがたいもの?」


「そうだ。それもまた『ゴブリン』だった。だが──

 明らかに毛色が違う、『異色』なゴブリンだった」


「…………」


 嫌な予感がしながら話を聞く。


「そのゴブリンは、遠目からしか確認できなかったが、体つきが異様なまでに屈強だった。しかも明らかに鳴き声ではない音を上げていたように思う。あまり聞こえなかったが、騒がしく何かの音を仲間同士であげていた。

 コミュニケーション力がかなり発達していることは間違いないだろう……。まさか『言語』を発していたとは、思いたくはないが……最悪な場合、その可能性も否定できない。まず間違いなく、かなりの『進化』を重ねている。そんなゴブリンを『三体』も確認した」


 俺と男は、かなり深刻な雰囲気を発しながら、互いに眼を合わせた。

 ただ互いの深刻さがもつ意味合いは実のところ──全くの真逆だ。

 もっともそれを知るのは、俺側だけだ。


 だがこの会話を続ける分には都合がいいので、そのままのトーンを維持することにした。


「……それは本当にゴブリンだったのか?」


 真っ直ぐに、強く、静かに、男は俺に目を合わせて深く頷く。

 それは自分の言ったことが間違いなく真実だという意思を強く訴えていた。


「……疑わしい気持ちも理解できる。

 だがこれは間違いなく本当の話だ。それに樹海の奥地にいるゴブリンが、そもそも街の近くまで上がってきたことが、まず不可思議だ。やつらも馬鹿じゃない。異様なゴブリンといい、もしかしたら何か森で大きな『異変』が起きる前兆なのかもしれん」


 数秒眼を合わせて、俺はうなずいた。


「そうか……わかった。

 正直なところまだ半信半疑だが、あなたの言う話が嘘だったところで、俺に支障は何もない。それよりも『本当だった時』が一番支障がありそうだ。だからひとまず本当だと思って、行動することにするよ」


「……あぁ、そうした方がいい。

 俺も早めに倒しておいた方がいいと思ったのだが、情けない話だが気づかれて逃げられてしまった。後を追ったのだが、凄まじい速さだったために見失ってしまった」


 ……もしかしてだが──

 男が最初に言っていた『探しているもの』っていうのは

 そのゴブリンのことだろうか?

 

 一瞬、男が抱くように持っている小人に眼を向けると、こちらをじっと見続けていた。

 ……ドアを作ってゴブリントリオをさっさと帰しておいて正解だったな。


「教えてくれて、ありがとう。それじゃあ俺はもうそろそろ行くよ。

 まだ採取しなきゃいけないものが残っているんでね」


「……そうか、そうだな。長々と引き留めてすまない」


「いや……情報を聞けてよかった。

 むしろそういうことならあなた自身も十分気をつけた方がいい」


「そうだな、お互いに気をつけよう」


 そう言って、俺たちは別れ、俺は森の中を再び歩き始めた。

 少しヒヤヒヤしなくもなかったが、なんだかんだで得られた物が多い邂逅だった。

 特に男の能力は興味深いものだった。生きていること、気づかれずに近づかれてしまったこと。今知ることができてよかったと思う。

 

 『魔力』、『スキル』、『レベル』、『ユニークスキル』、『固有スキル』。

 様々な法則が『力』として、この世界では渦巻いているが。

 

 その中で唯一、『能力』だけは『終焉の大陸』での日々とは縁が薄いものだった。


 もしこれからも、こちらの大陸で活動をしていくことになるなら

 より色々な能力と関わることになっていくかもしれない。


 注意をしていかなければならないと思うと同時に

 どんな能力があるのか、好奇心で楽しみに感じる気持ちも一方であった。


「(それにしても『派手』な『髪の色』だったな──)」


 さっきまで会っていた、男の姿を思い出す。

 部屋の中にいる連中も、髪の色が前の世界にくらべてやたらと派手なのも、多い。だからあまり言えたものではない。俺も灰色だし、日暮にいたっては真っ赤だ。


「(それでも、見たのは初めてだ)」




 

 ──『オレンジの髪の色』は。




 ◇◆◇◇◆◇



 樹海の中で出会った、青年と別れて少し歩く。

 しかしその足も、すぐに止めた。

 それはあまり動かない方がいいという、男の判断だった。


 男は唐突に走り出した『能力』を追ってきたために

 一人の仲間を、置き去りにしてきてしまっていた。

 その仲間を待つための判断だった。


 それにしても、不思議な雰囲気の、青年だったと男は思う。


 『灰色の髪』の青年。

 着ている服は『ツナギ』にそっくりで、かなり使い込まれていた。

 妙に荷物が少なく、危険地帯の樹海に入るような装備ではなかった。


 本来なら油断をする想像力が足りない人物である可能性を考えるが

 彼はそんな人物には見えなかった。

 きっと【アイテムボックス】系統のスキルを持っているのだろう。


「──くーん……」


 森の奥から、男を呼ぶ声が聞こえてきて、ゆっくりと顔を上げる。


「──く〜〜〜ん!!!!」


 のしのしと、あまり速いとは言えない速度で

 森を走ってくる、ふくよかな体系の男の姿が、目に入った。

 それから男は、走ってきた男の名前を呼ぶ。二人は無事に合流を果たした。


「おいていってしまって、すまない」


「いいって、いいって。僕なんか待っていたら『当たり』だったとしても

 間に合わないのは、分かってるから」


 流れる汗をぬぐいながら、走ってきた男は答えた。


「それよりも『幌くん』、寒くないのかい?

 もうここに僕たちがいるの『シープエット』にばれてるし

 隠す必要なくなったんだから、上着着たらどうだい?」


「……確かに。それもそうだな」


 手に持っていた小人のような自身の能力を、地面に置く。

 それから『幌』と呼ばれた男は、腰に巻いていた上着を解いて、バサリと音を立てて広げた。

 そのまま一気に袖に腕を通して、着込んでいく。


 ──それは『勇者の制服』だった。


 胸には『ベリエット帝国』の紋章が。

 肩には『肆四』と書かれた文字が、『橙色』に縁取られている。


 その文字が、意味しているもの。それは──



 ベリエット帝国、44代目、『橙色の勇者』。


「それでは、行くか」


 『幌健介』は、森の中を再び進んでいく。

 『探しモノ』を、見つけるために。

 

【おさらいtopic】


【キャラクター】


幌健介とばりけんすけ


日暮と同じ、ベリエット帝国44代目の橙色の勇者。

元の世界では自衛隊に所属しており、召喚された当初から冷静に状況を見極めて、合理的に行動していた。自己紹介のときに能力を喋ってしまった黄色の勇者を注意してあげるなど、秋と違い人間味のある一面もある。元の世界には奥さんと子供がいるがお互いの親が金持ちで、召喚されたこと自体も割り切っており、心配はあまりしていない。好きな食べ物は納豆(大粒)。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 未だにこの鑑定スキル以外では見たことがない『LV極』 最初の話(プロローグ・ダイス)にて「ポテンシャルアップ LV極」との記載がありますが、修正し忘れでしょうか?
[一言] 次の更新楽しみにしてまふ
[一言] 更新ありがとうございます 大粒納豆良いですね…! 今後の展開楽しみにしております
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