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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 花人族と魂のありか
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第76、7話 テレストの提案④


 あまりにも強張った身体の力を、急にぬいたせいだろうか。

 冷や汗にまみれた身体に、どっと疲れが押し寄せて身体がよろけた。

 倒れる前になんとか踏みとどまれた。だけどまだ身体と精神に、余韻が残っているような気がする。

 

 直前までここは、それだけ緊張した空間だった。


 ──それにしても。


『……の魔物共が……』

 

 最後、緑竜王様が吐き捨てていった言葉。少しだけ気にかかる。

 一体なんの魔物といったのだろうか? 肝心なところが、うまく聞き取れなかった。いや緑竜王様もはっきりと言葉にする気がなかったのかもしれない。そもそも誰に向けての言葉だったのかすら、わからない。たぶん鞠という少女に向けてなのだろうけど、『共』と複数をさした言葉だったのがひっかかった。


 魔物は人とは違う。

 それでも世界には人に近い見た目をした魔物がいて、『亜人』として分類され呼ばれている。

 でも亜人はあくまで人型であって、やっぱり人ではない。ゴブリンやワーウルフのように。


 私には鞠という少女が、魔物にはどうしても見えなかった。


 それに緑竜王様が、灰羽秋へ向けて言った『契約を交わした』という言葉。

 あれは……本当のことなのだろうか……。

 本当に、世界の勢力図を書き換えるほどの爆弾発言をさらりと言っていくなんて、心底やめてほしい。一体なんてことを聞かせるのだろう。ただの一魔族でしかない私に。


 とてもじゃないけど私なんかが触れていいことじゃない。


 ──『ここ』はそんなことばかりだ。

 私に備わった『超越の感覚』。だけど超越と一言でいってもその中にもやっぱり『上下』がある。

 超越した者たちの中で、さらに格差が存在するということだ。


 この場所から感じる濃厚すぎる超越の気配……。

 そもそも常識外れすぎる場所だから、もしかしたら灰羽秋という男から超越を感じた延長線で『場所』そのものに超越を感じたと思っていた。


 でももし違かったら?

 それならばある可能性にたどり着く。


 例えばまるで『上澄み』をすくったかのように、超越した者の中の、さらに超越した者たち。

 そんなのがごろごろいる場所なのだとしたら?


「(一体この場所は……ここにいる集団はなんなんだ……)」


 考えれば考えるほど、わけがわからない。

 ただ不思議と灰羽秋。すべての中心に彼がいる気がする。


 私は首を振って、思考を振り払う。


 その疑問は私が考えるべきことじゃない。

 考えてもわかることじゃないし、わかったところでどうにかできる、ことでもない。

 そもそもさっきの出来事で憔悴しきってる私が、どうにかしようとする気すらわくはずがなかった。


 彼の『人間性』だけは考えるべきだ。


 それに関しては、少し感じたことがあった。


 調薬の作業に戻ろうとしたとき、ピシャリと水音がなり思い出す

 足元は水浸しで、割れた水瓶の破片があたりに飛び散っている。唐突の出来事とはいえ、ものを壊してしまった。弁償できるだろうか。

 

 とにかく作業を進める前に、一旦片付けなければ。

 そう思ったとき、視界をすごい速度で何かが横切った。反射的に横切ったものを追って、視線を動かすとモップを持った鞠という少女の後ろ姿が目に入る。


「雑用は、鞠がやります……。

 テレストさんは、秋様と一緒に本来の作業に集中してください」


「あ、そうですか……。

 どうも、ありがとうございます」


 視線を元に戻すと、すでに床が綺麗になっていた。

 割れた瓶の破片がなく、水浸しだった床が。

 すごい手際だ。こんなところからも超越を感じるなんて。


 感心しながら、元の作業に戻ろうとしたときだった。

 再び水を汲もうとしたのだが、水瓶がなかった。割れたのだから当たり前だ。


「水瓶が……」


 ──パチパチ。

 かわいらしく、二回手を叩く音が鳴る。


「『水』」

 

 鞠という少女が、そう口にする。

 するとさっきまで竜王様がいた場所。開いたままの出入り口からテプアのようにぷかぷかと浮いた魔物が現れ、入ってきた。

 透明な、きのこの傘だけのような体から、何本も伸びた糸が漂っている魔物だ。


「この子は、『水玉くらげ』ちゃんです……」


 疑問が表情に出ていたのか、少女は私に魔物について教えてくれた。

 聞いたことのない、知らない魔物だったが名前をとりあえず頭の中にいれておく。


 少女は水玉くらげと呼ばれる魔物の柔らかそうな胴体を、つんつんとつつく。すると水玉くらげがふるふると嫌がるように震えて、水を吐き出し、その推進力で逃げるように空中を進んでいった。

 吐き出した水は地面に落ちることなく、球体となって浮いていた。さっきの水瓶で組んだ量と同じくらいある。

 水はとても透き通っていて、綺麗だ。


「……すごい。魔道具みたいですね」


「この子の水を好きに使ってください」


「えっと……」


 きっとそのために彼女がくらげを呼んでくれたのだろうことは、水を見た時点でわかっていた。

 だからこそ言い出しにくい。私にこの水は使えないことを。

 鞠という少女は首をかしげる。


「鞠……。唐突に浮いた水の玉を好きに使っていいといわれても普通は困る。

 浮いたままで動かせないし、そのままじゃ汲めないし、汲みにくい」


「……?

 動かし方わからない……?」


「いや……操作はわかるんですけど……」


 例えば魔法で『水弾』を打とうとしたとき、スキルを発動して詠唱をすると、まず水の弾が自分の魔力によって生成される。


 このとき生成された水の弾は空中に浮いたように出現する。

 『火弾』でも『土弾』でも同じだ。


 このとき宙に生成された水弾を、『発射』させずに生成の状態にし続ければ自然と浮いた状態で、水弾は保ち続ける。魔法で作った水がういているのはこの行程を利用したものだ。浮いている水には、魔力の糸が魔法を発動した者につながっていて、それが重力よりも強い力として水弾を制御している。今この水は、水玉くらげとつながっているだろう。


 糸を断てば、水は制御がなくなって落ちてくるし、別人が水弾を魔力で覆ってしまえば水の支配を奪える。

 とはいえ一瞬でやらないと、水に制御がない時間ができてしまえばその時点で水はおちてしまう。魔法を乗っ取るのは、かなり高い技術が必要だ。魔法が使えても、そんな芸当ができる人はそう多くない。


 幸いなことに技術は問題ない。

 調合は魔力を込めたり抜いたり、他にも様々なことに精密な魔力操作を要する。魔法を乗っ取ることもできる確信がある。

 ただやっぱり、何度みてもできようがなかった。


「私の魔力量では、足りませんね……」


「え……?

 ゴブリンたちより少ない」


「……すいません」


「こら、鞠」


「うにゅう……ごめんなさい、テレストさん」


「いえいえ……」


 ゴブリンより少ないと言われたのはショックだ。

 樹海で魔法持ちのゴブリンを見たことがあるが私より魔力量は少なかったのに。

 超越者からみれば私なんて、ゴブリン同然だということだろうか。


「鞠、ほら。水をこっちに持ってきて、これに入れればいい」


 空中に文字を書くように何かをしていた灰羽秋が、さっき私が割ってしまったのと全く同じの水瓶を虚空から取り出す。鞠という少女は言われた通りに浮いた水を操作して器用に水瓶の中へと水を注いでいった。あまりにも流れるようにしているが、難易度を知っている身としては、その自然に行う様は見ていて感嘆を覚えるものだった。

 

「にゅー……。

 あんまり役に立てなかった……」


 水を注いだ後、さっきまで仕分けをしていた場所に戻って座った鞠という少女は

 花の乗った頭を下げて、少し落ち込んだように呟いた。


「いえいえ、そんなことありませんよ。

 調合には、魔力のこもった水が必要なのですが、魔法でできた水はすでに魔力がこもっています。

 ですので、おかげで魔力に水をこめる手間がはぶけました。だいぶ時間が節約できるはずです。少しあったゴタゴタもこれならお釣りがくるくらいですよ。足りなければ、また頼んでいいでしょうか?」


「ほんと……?

 うにゅう……嬉しい……。雑用は、鞠に、お任せあれです」


 少しだけ気分を取り戻したように、鞠という少女はそういった。


「──それにしても」


 必要な道具を揃え、再び素材を種類ごとに分類していく。

 私含めて仲間全員分の薬の素材の仕分けは簡単には終わらない。師匠から貰った、見た目よりもたくさん物が入るリュックの中にはまだまだ素材が入っていた。

 ある程度、仕分け方を教えて三人で順調に進むようになってからは、あとはもう単純作業だ。気になることがあった私はここで、ちょっとした会話を始めた。


「ここでは、魔物と人が共存しているんですね」


 この場所が、どんな場所なのかはわからない。

 私に手がおえるとも思っていないので、あえて探ろうとすら思っていない。

 ただ私は灰羽秋という人間がどういう人間なのかは、絶対に知らなければならない。その目的は今もかわっておらず、私は彼を探るためにはなった言葉だった。


「共存……ね。

 まぁある意味、そう言えるかもしれないですね」


「尊敬しますよ。

 まだまだ魔族と人ですら禍根がありあまる昨今の時代に、こんな場所を築けるなんて」


「……そんなに立派なものじゃあないと思うけど。

 勝手に、みんな、居着くようになっただけですよ」


「そこが、すごいんですよ。『勝手に居着いていること』が。

 仮に僕が秋さんの立場だったとしたら、まず人間を居着かせることはさせません。

 それにもしかしたらゴブリンも、見下して、追い出してしまうかもしれません。魔物なら家畜として利用します。

 小さな器だと自分でも思いますが、でも実際のところほとんどが私のようだと思いますよ。

 そんなに誰も彼もを、受け入れられるほど強い人間なんてほとんどいませんから」

 

 魔族も、魔物も、亜人も。──竜王様も。

 いろいろな存在が、ここにはいる。


 それを受け入れられるのはきっと『揺らがない』確信があるからなのだとおもう。

 普通は自分が住んでる町に魔物が突然現れたら、自分の生活が揺らぐ恐怖を感じてしまう。

 だから人は、受け入れられない。もしかしたら一緒にすごせる魔物かもしれなくとも。『揺るがされる』のは、恐怖でしかないから。


 でも彼は、『受け入れている』。

 私からみて、誰彼構わずに。

 そうでなきゃ魔物がいて、竜王がいて、魔族がいて、人間がいる。こんなおかしな場所になんかならない。


 彼は『強く』、そして……『節操』がないのだ。

 私はその『節操のなさ』を、よくしっている。


「そんなこと、考えたこともなかったな」


 興味がなさそうに、彼は相槌をうった。


「(……似てる……)」


 薄々気が付いていた。

 彼のような人間を私は知っていた。

 人を救いすぎて、魔王になった師匠が私にはいる。

 

 『──テレスト』


 師匠の言葉を思い出す。


 『世界で一番優しいやつがいたとして、そいつは一体どんなやつだと思う?』


 灰羽秋。

 彼が一体どんな人間なのか、『一つ』だけ分かった。


 彼きっと『世界で一番優しい人』だ。


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