第75、1話 テレスト・ラタァラ
「どうしても、ダメかの? 一刻を争うんじゃ」
「……すいません、ティアル様にお世話になっているのは
重々承知しています。ですが私の同胞もみな同じ状況なのです
私も……」
「それはその『青い肌』の事か?
テレスト。お主どれだけ『陽の光』に当たっていない?
竜木に構えていたという、集落はどうしたんじゃ」
「…………」
二人の様子を、観察してて思うのは。
ティアルとテレスト、二人はお互いのことをよく知らないのかもしれない。
ティアルはテレストさんが薬師であることを知らなかったようだし
そもそも花人族の集落のことをティアルが言った時も
『興味が無い』、そうはっきりと口にしていた。
そしてテレストさんもまた同じ。
真面目そうな顔つきをした青みがかった不健康そうな肌の花人族の男。
彼もまたティアルのことを尊敬していたりする気持ちは感じつつも、距離感をはかっているようにもみえる。相当、ティアルに気を遣って接しているのだと思う。『魔王』と呼ばれることはそこまで重いことなのか。いまいち計りかねた。
なので二人は単純にあまり深くまで踏み込まない
ビジネスパートナーといった感じなのだろう。
そんなテレストさんだが。
彼の顔は少しやつれていて節々に追い詰められている特徴が現れている。
となると彼の千夏よりも優先させたいという
切羽詰まった状況はかなり真実味を帯びているだろう。
となれば彼が俺たちの事情よりも自分たちの事情を優先させたいのは当然の話だ。
「申し訳ないのですが、今作っている薬は、私たちの同胞全員が
今日や明日を生き延びるために必要なんです。
だから量が必要で、何よりも優先したい。本来なら今すぐにでも……。
そしてだからこそ──部外者……それも薬師でもなんでもない素人に触らせるわけにはいかない」
『部外者』の部分から語気を強めるように、テレストさんは言い切って。
そして真っ直ぐに視線を俺の方へと向けていた。言葉を話終えた頃には、身体も。
「私は人間に、いい感情を抱いていません。
だからあなたにも同じく抱いていない。なぜなら人間だからです。
まあ、言わなくても分かっていたでしょうけど」
「…………」
顔を合わせた最初の頃から向けつづけていた薄暗い瞳に
俺を映しながらテレストさんは言う。
「それは偏見なのかもしれません。
私が薬の知識と技を師事した方はとても尊敬できる方で
人間も魔族も。苦しんでいたら平等に診療と調合した薬を施していました。
もし私がその方だったら……あなたのお願いを聞いていたのでしょうね……」
薄暗い瞳から、少し遠くを見つめるような視線にかわる。
しかしすぐに弱さをかみしめるように顔が丸めた紙のようにゆがんだ。
「あなたはもしかしたら『いい人間』かもしれない。
ティアル様があえてつれてきたんですからね。
私たち花人族が『魔族』と『人間』両方に狙われてるのを知りながら……。
でももしかしたら、『悪い人間』かもしれない。
私にそれを見分ける術はありません。その努力をする気もない。
時間をかけていけばいつの日かわかり合える日がくるかもしれませんが……
世の中そんなに『余裕』がある人ばかりじゃない。偏見を偏見だとわかりきっていながらもそのままにしていた方がいい人もいますよ──『楽』ですからね、そっちの方が……」
そういってテレストさんは、席を立ち去るために椅子から腰を上げた。
──なるほど。
「良かった」
話が、はやそうで。
「今……なんて?」
呟いた言葉を聞いて、これまでよりも一層侮蔑を強めた視線を向けて、テレストさんは言った。
「テレストさん、もうすこし交渉を続けましょう。
今度は、ティアルじゃなくて俺と、ですが」
「なぜ、あなたと交渉しなくてはならない……」
「それは俺が、テレストさんの今求めているものを
『利益』として提供できるからです」
「………………」
返事はせずとも、再び席に座りなおす様子のテレストさん。
どうやら話は聞いてもらえるらしい。
事態は、とてもシンプルだ。
「要するに、『利益』が足りていないわけですね。単純に、明快な話として。
少し人里を離れすぎてたかな……あまりにも当たり前なことを失念していた」
「……それであなたは私に、一体何を、差し出すことができるんですか。
今この瞬間も失っている貴重な『時間』よりも、今私に必要なものなんて、そうそうあるとは思えませんが。
いっておきますが私たちの種族は他の人間や魔族との関わりはありません。『お金』なんてもらっても何も役に立たない──」
……ゴトリ、と。
少し重い音を立てて机の上に、【アイテムボックス】から取り出した『瓶』を置く。
それは自作の『回復薬』だ。