第74話 ティアルの住処
「大分古い建物が増えてきたな」
「そうじゃのう」
──『最も静かな災害』。
そう呼ばれていた、『風残花』という災害を跡形もなく消し飛ばしてから、樹海の中を歩き続けていた。
この大陸に上陸した当初は、ただの鬱蒼とした未開の樹海、という感じの印象だったが進むにつれて廃家や廃城を見かける数が格段に多くなってきていた。うち捨てられた家は壁が見えなくなるほど植物や苔に覆われていて、そんな建物があちこちにみえるので、ほんの少し、滅亡した世界を歩いているかのような気分だった。
道中、試しに見かけた一つの家に入ってみたが、家の中もまた、足の踏み場もないほど植物まみれだった。ひどい部屋だと食肉植物を模した魔物の生息地になっているところもあって、これは人ですら油断して入れば食べられかねないなと思っていると、その部屋に何かしらの骨が落ちていたから実際餌食になっているようだった。
そんな場所なのに、家の中にはまだ朽ちかけた机や、くたびれた棚などがまだ残っていて、確かにひとが生活していたのだという痕跡が感じられた。この森は一夜にして一つの国を覆って作られたとティアルがいっていたが、それが事実であることを裏付けているかのようだった。それを終焉の大陸のそばにある小島で眠っていた《緑竜王》のよもぎがやったのだというのは驚きだったが……掘り下げるのが怖いのでティアルには聞いていなかった。
そんな風に一夜にして滅亡したから、だろうか。
くたびれた棚の引き出しを、なんとなく引いてみるとそこには古びた本や銀色の硬貨が何枚か入っていた。
硬貨について日暮に聞くと、普通に貨幣として使える銀貨らしかったので【アイテムボックス】に入れて、持って行く。あまり量は多くないが、お金なら持っていれば何かしらに使えるだろう。本は文字が読めなかった。この世界、言葉は共通で通じるのに、使う文字は違うんだな。ティアルの墓標には、日本語が使われていたけれど。
硬貨をしまっている俺を見て日暮が勝手に持って行っていいのか不安になっていたが、廃墟や廃城に取り残された物資やお宝を漁りに来る冒険者は多いとティアルが口にした。
「わしもめぼしい物は大分拝借したからのう」
ティアルは挑発するかのように、にやりと笑いながらそういった。
日暮はそんな言葉を聞いて顔をしかめるが口を出すことはなかった。
「樹海の中心部にある旧王都には、かなり冒険者共に漁られておるとは思うが、それでもまだ貴族共の持ち出せなかった財宝が残っておるじゃろう。かなりの魔物が居着き、うろついておるがの。さらに王族が竜災のときにどうしても持ち出せなかった秘宝も、眠っているという話を聞く」
子供に怪談を話すように、ティアルは語った。がしかし、すぐに興味を失ったように「まぁわしにはどうでもいいがの……」と吐き捨てるように言った。
「気にならないのか?」
ティアルの性格ならば、むしろ気になりそうなものだが。
するとティアルは首を振る。
「もう、大凡検討がついておるからのう。秘宝といっても十中八九、『転移』の神器じゃよ。あれは、大規模な物が多く、持ち出したくても持ち出しようがない。わしらがそれを見つけたところで、王族が持っていた転移の神器ならば、『認証機能』がついておることは間違いないから使えぬ。当然持ち出すことも厳しい。無駄に価値があるから惜しまれ噂が流れたのは理解できるが……肩すかしの伝承じゃ」
と、肩をすくめて言った。
──『転移』か……。
なかなかすごそうな響きだ。実際その効果を深く確かめなくとも、その効果や有用性は簡単に想像ができる。だがそれを聞いて俺は元々あまり無かった興味が、完全に無くなった。
「(俺にはあまり、必要なさそうだな……)」
なんせ、俺の能力は擬似的な転移みたいなものだ。実際はドアを置く必要と、部屋の中へと入って歩く必要があるので、その分手間がかかるかもしれないが、逆に言えばその少しだけの手間で同じ効果が期待できる。どこだろうと好きな場所に転移できるのであればかなり有用だと思うが……。とはいえ現状の目的にはあまりそぐわないだろう。
それよりも気になったのは『神器』という言葉だ。ちょいちょい会話の中に出てくるが簡単に聞いた感じだととにかく不思議な事が起こせる道具だという風に捉えていた。病気をすっぱり治してくれる、安直で都合のいい神器は、この世界に果たしてあるのだろうか。
少し考えたが、こちらも問題の解決につなげるのは難しそうだ。
そんな風に丸一日睡眠も取ることなく、樹海の中を進み続けていた。
ティアルと俺が会話している間、千は一人であっちにふらついてこっちにふらついて飽きたり、会話に興味がわいたら混ざりに入ってくる。そんな中、日暮だけは森を進むにつれて口数が少なくなってきていた。
ちらりと背後に視線を向けると、日暮は淡々と歩いてついてきている。
──だが。
飾り気のない、シンプルに艶やかな髪の毛の、その赤色が。くすんでいるのを見るとやはり疲労があるように感じられた。それは仕方のない話で、終焉の大陸から氷の道を野宿続きで五日かけて渡りきり、そして上陸したとたん『風残花』と遭遇するという濃い一日を送ってからの、徹夜での強攻な進行だ。
だからこそ昨日の夜、日が暮れて見通しが悪くなってきた頃に、俺は廃墟でも借りて休息をしようかと提案したのだが──。
「千には、必要ありませんっ!」
にっこりと笑いながら、正しい姿勢でその提案を突っぱねたのは千だった。
「千に遠慮せず、お進みくださいっ!」
「千に配慮は入りませんっ秋様っ!」
「秋様のための行動が、千のための行動ですっ!」
……いや気を遣っているのは、千ではなく日暮なんだが。
そのことを俺が直接言わずに遠回しに言ってしまったのも悪いが、そのせいで何度もそんな不毛なやりとりをしてしまった。見かねた日暮が「私は別に、大丈夫だから今は進もう」と提案した。
本人もきっとわかっているのだろう。
俺も、ティアルも、千も。まだまだ余力を残している。
そんな中で休息を必要としているのは、自分だけしかいないということを。それは言葉にされなくても明らかなことだった。
その本人に、そう言われてしまえば「そうか」と頷くしかなかった。代わりに一時間だけ休息と食事をその時にとって先へ進んだ。
正直に言えば、俺は日暮がすぐにへばると思っていた。あるいは限界がきて倒れてしまうだろうとも。そうしたら俺はドアを出して日暮を部屋へと帰して、三人で先へ進むつもりだった。ただそれはさすがに侮りすぎていたようだ。
日暮は疲労を感じている。それは事実だ。
だがそれでも未だに限界は見えていない。目には覇気があるし、足取りはまだ力を失っては居ない。とはいえ無駄話をするほど余裕があるわけでもなさそうだが。
少なくとも日暮もまたこちらの世界に来て十年、決して遊んでいたわけではないしLVも『500』を超えるほどまで上げている。日暮なりにこっちの世界で積み上げたものがあり、その事実を軽視していたのはどうやら俺の方だったようだ。あまりにもこっちの大陸の魔物が弱すぎるので知らず知らずのうちに、この大陸をひとまとめにして日暮もそこに含めて、過小評価してしまったのかもしれない。
とはいえ、そろそろついても言い頃合いだろう。
丸一日歩き通しだっただけあってもうかなり今日一日で進んでいる。
「ティアル、それであとどれくらいなんだ?」
俺たちは現状なぜ樹海の中を進んでいるのかと言えば、『ティアルの住居』に向かっているからだ。そこに千夏を救うための、何か手がかりがあればいいなと思ってそう決めたわけなんだが。
「もうすぐじゃ」
そう言われて、黙々と樹海の中を進んでいく。
ティアルは魔王だ。
何をして、そう呼ばれるようになったのかは知らないが。一度も会ったことがない日暮が知っているくらいにはその名前が世界に知られているのだろう。そして日暮が言うにはこの樹海にティアルが住んでいるという情報は、国や組織など、しっかり情報を集めようとしている人たちにはかなり広まっているそうだ。最寄りの国や街なんかは安全のためにティアルの住居を探しに出たっておかしくはない。
だがそれにも関わらず、ティアルの住居は未だ樹海の中でずっと見つかっていない。
ティアルはこの森のどんなところで住んでいるのだろう。パッと思いつくのは樹海のあちこちにある『廃墟』に住みつくことだが、その予想を伝えると「そんな所よりも、もっと快適な場所じゃ」とティアルは言った。
「見えてきたの。歩くのも、たまには悪くない」
ティアルがそういったとき、不思議なことに周囲には何も無かった。
家らしきものも、廃墟らしきものすらなく。淡々とこれまでと同じ樹海の景色が続いていて、それは進む先も同じだった。
だけどそれが間違いなことに気づき始める。
少なくとも樹海の景色が続いていたと思ったのは、ただの錯覚だったようだ。
俺たちは──その場に立ち止まる。
これ以上進みようが無かった。地面が途切れていて、前がないのだ。
ティアルが見えてきたといったのは、断崖絶壁だった。樹海が一度途絶え、続いていると錯覚した樹海の景色は、少し遠くの対岸で再び続いている。
眼下は深い谷になっていて、かなり幅がありそうな川が細く見える。それくらい高い場所から見下ろしているということなのだろう。
果たしてこれがティアルの住処と何の関係があるのか、ティアルに視線を向けると──
「わしの家は、ここの『真下』じゃ」
と今立っている場所の、地面を指さしてそういった。
俺たちは今樹海を歩ききって、立ちふさがった深い崖のすぐ側にいる。
ティアルの住処を目指すため、本人の先導で、最終的にやってきた場所だ。
この場所の地下に、洞窟の大きな空間がある。
そこに住居があるとティアルは補足するように言った。
当然、俺たちはその話を聞いて疑問に思う。
「それでどうやってそこにいくんだ?」
「無論……」
足下の地面を指していた指が空中をスライドして、地面の無い宙へ乗り出し最終的に深い谷底に向けられる。そして──
「ここから飛んで、じゃ」
と言った。
どうやらこの場所から真下に流れる川までの間、崖の表面のどこかに、飛んでしかほぼ入れない洞窟の入り口があるらしい。その入り口もわかりにくい形をしていて、『返し』になった崖の一部が被っており、下からくぐるようにしないと入ることができないそうだ。対岸から表面を見つめるだけじゃ見つかりにくい。下から眺めれば分かるだろうが……川だしな。確かに普通の人間だとまず探索しようがない、空を飛べる魔族だからこその場所だ。
その事を伝えると「よい隠れ家じゃろう?」と笑った。
「それで千たちが、どう飛んでいけと言うんですかっ! わざわざ秋様を、長距離森を歩かせてっ、堕悪魔っ!」
「誰が堕悪魔じゃ、誰が。当然わしが飛んで一人連れていく。それで不足なかろう? この大陸に着いたときもそこの赤いのをわしが運んできたのじゃからの」
「……一人って……他の二人は?」
怪訝な顔をする日暮に、ティアルよりも先に俺が答える。答えるというよりも、提案だろうか。
「俺が【ドア】をここにおいて行こうか。それならば着いてからまた【ドア】を出せば楽に二人共これるし」
【部屋創造】は【RP】を使うので、便利な能力だけど無限じゃない。部屋の中に入るための【ドア】を設置するだけで【500RP】消費かかるし、使い捨てでも【150RP】かかる。これは一回入るときえてしまう片道用だ。
結構コストがかかる能力なのだ。ティアルはそんな俺の能力を『代償型』だと言っていたが。なので俺は普段からなるべく距離を離してドアを置くことで【RP】の節約をしている。これは終焉の大陸にいたころからそうだ。【RP】がなければ元も子もない能力において必要なことだ。
そうして節約することにこれまでは何も問題はなかった。
ここにくるまでの野宿や徹夜での歩き通しだって同じ事を終焉の大陸で何度もやってきた。だから俺にとってはなんていうこともないんだが、日暮やティアルも全く同じとは限らない。特に日暮の様子を見て、道中で俺は少し考えを変えていた。実際【ドア】を出して部屋の中で休息すれば随分楽だっただろう。
正直節約するといっても【RP】はここ十年こまめに貯め続けていたので、かなり余裕がある。実際ティアルは連れていけるといっても、一度に二人や三人運べるはずがなく、かといって千と日暮と俺の三人を運ぶために、一人で三往復させるというのは単純に気が引けるし、疲れて落とされてしまわないか不安にもなる。だから俺はここに来てそういう提案をしてみたのだが──。
「それはダメですっ秋様っ!
大切なポイントを、使ってもらうほどのことじゃ、全然ないですっ!よっ!
それならば千たちは素手で崖を伝って追いかけます!! そうですよねっ!?」
そういって千は、日暮に同意を促した。まさか自分に話が向くとは思わなかった日暮が驚きで目を見開きながら「いや……私は……」とたじろいだ。しかし有無を言わせない千の圧力から、どちらの答えも言えずに押し黙る。
千なら最悪行けなくもなさそうだが、さすがに何の装備もない日暮にこの崖を伝っていかせるのは無茶だろう。だったら俺がいったほうが全然いいな。そう口を開こうとした時。
「まぁ、待つんじゃ。確かにわしも人を持って三往復は手間じゃ。なのでわしは秋をここから飛んで先につれていく。お主らは『地上のルート』を通って、わしと秋のいる洞窟に来ればよい」
「地上からいけるルートがあるのか……?」
てっきり空を飛んでしかいけないかとおもっていた。そうじゃなきゃ隠れ家になってなさそうだが。
「行けなくはない、という話じゃ。わしのところに来る魔族の一人も空は飛べぬが実際にやってきておるからの。複雑に道が枝分かれした洞窟の内部を進まなきゃいけぬから、遠回りで面倒なのでわしは使ったことはないが。しかも繋がってる道はその内のひとつだけで大変だが、お主らは二人でそっちからいけば良い」
「えぇ~~~…………千は、秋様の使用人なんですがっ!?
あえて分かれる理由が、理解出来ませんっ!
無理に分かれるより、地上で全員でいくか。自力でいけない方だけが地上のルートを行ってもらえればいいんじゃないですかっ!?」
それはほぼ日暮に一人で地上へいけといっているようなものではないのだろうか。
「地上ルートの道中には『魔族』の『小さな集落』がある」
その言葉に、全員の聞く姿勢が変わる。
「ついでにそこの様子を見てきて、お主らはお主らで目的を達成できる情報を入手できないか当たってみればよい。ただこれは聞いたのが大分古いのが難点での。位置は合ってると思うが今どんな様子なのかわからぬ。それが不安要素なのじゃ。その点ではわしの拠点には一人の魔族がほぼ確実に顔を出す。居ない間の管理を頼んでいるからの。確実に一人と会えるほうか、不安要素がある集落へ行くか。
とりあえず片方に全員で当たるよりかは、二手に分かれたほうが都合が良いと思わぬか?」
「……そういう話ならば、千は秋様にお任せしますっ!」
「私も……」
そうして最後に三つの視線が俺へと向けられる。
「じゃあ俺とティアルは先に行って待ってるから、二人には集落の様子を見てきてもらおうかな」
そう答えた。
◇◆◇
『集落と洞窟の場所は大体こんなところかの。わしから注意すべきことは二つじゃ。一つは、どうくつの中ではわしがいる方向と真逆の道を選ぶこと。お主にはわしの気配がたぶんわからぬであろうが千ならば分かるであろうからあやつに案内させろ。それと魔族ともし接触できた際もお主ではなく、千に交渉をさせるのじゃ。勇者や人間は魔族からは基本的に信用されんからの』
ティアル・マギザムードから言われたことを頭の中で反復しながら私は、使用人の千さんと再び樹海の中を進んでいた。千さんは少し先を鼻唄を歌いながらスキップでもしそうな軽やかな足取りで少し前を進んでいる。心なしか、秋やティアルがいたときよりも歩くのが速く、少しだけついていくのが大変だ。
「(『AAランク』の危険地帯なのに、まるで遠足にいくかのように……)」
実際終焉の大陸で生きている秋や千さんたちにとって取るに足らないのだと思う。不可思議な植物も、獰猛な辿魔も、狡猾な魔物も。すべてが格下なのだ。
実際私は今ついていくだけで精一杯だ。私はこの中で飛び抜けて実力が低く、何の役にも立っていない……。それを強く感じていた……。
──『私の所に来るのなら、もっと強くなってから来なさい』。
あれからもう三ヶ月か、四ヶ月ほど経っている。
色々なことがありながらも、なんとか生きてはいるけれど、それでも自分があれから強くなったとは少しも思えなかった……。むしろ、弱さだけが浮き彫りになってばかりな気がする……。
どうすれば、人は強くなれるのだろう……。
どうすれば、私は──
「あの千さんは……いつ頃から秋たちと一緒にいるんですか……?」
千さんの背中に、私が訊ねる。するとステップを踏むように、くるりとフリルのついたメイド服のスカートを翻し、私のほうへ身体を向けた。いつものように、にっこりと満面の笑みで。
「どうして、千がそれに答えなければならないんですかっ!?」
といった。
「えっ……?」
私はたじろぐ。頭の中が、いっぱいになる。
何か、私は悪いことをしてしまったのだろうか。気分を害することを。あまりこれまで接したことがなく、無言のままいくのも気まずいから会話をするつもりで軽い気持ちで訊ねてしまった。もしかしたら気分を害する質問だったのだろうか。
「えっと……そのっ……すいま──」
「冗談ですっ! そうですねっ! くわしい日数は千は知りませんっ。
だってあなたたちが来るまで、暦なんてありませんでしたからっ!
でも──」
本当かそうじゃないのか分からないけど、とりあえず冗談だったことにほっとしつつ、千さんの答えに耳を傾ける。
「千があの部屋で、『使用人』として加わることを許された時には、すでに千以外に『4人』の使用人がいましたっ!」
「へぇ……じゃあ、5番目なんですね。
確か使用人は今全員で8人いるって春さんがいっていたけど……」
「厳密には、『6番目』ですけどねっ! 本当はもう一人いたそうですけど、千はその方を知りませんからっ! それと──今は使用人は『8人』ではなく『9人』ですよっ! この間一人増えたのでっ!」
「あっ、すっ、すいません……。増えるんだ……」
普段はあまり見かけることのない使用人たち。関われることもあまりなく、そもそも存在からして謎めいている。そもそもとても忙しそうにしているけど普段何しているのだろう。暇なのでたずねると千さんはにっこりと笑って、答えてくれた。
「千たち使用人は、たくさんある部屋の管理がお仕事ですねっ! 例えば千は、『裁縫室』、『鍛冶場』、『調合室』など製作に関する部屋の管理を担当していますっ! 実際作ったりもするんですよっ、私はお洋服を作るのが一番好きですっ。それと製作に使う素材の管理も、千の管轄ですっ! だから素材が無くなったりしたら『外』に出て採取することもありますっ! まぁそんな理由がなくてもかり出されますけどっ!」
そういえば他のメイド服を着た、春さんや鞠ちゃんの装いはとてもシンプルなものに対して、千さんの服は可愛らしくアレンジされている。もしかしたら自分でやったのかと思って訊ねてみると、やっぱりそうらしく、可愛いですねと褒めてみるととてもうれしそうにしていた。
「他の方も似たようなものですねっ! 驃は『食料庫』『牧場』『農園』『漁場』『食堂』など食料関係を管理していますし、蛮さんは『トレーニングルーム』『武器庫』『兵器庫』など戦闘に関連するものを、錦さんは『図書室』『理科室』『治療室』『温泉』など……うーんと……余った部屋を管理していますねっ! 大まかな担当のふりわけはこんな感じでそれぞれ部屋を管理しつつ、手が空けば周りを手伝ったり、『外』の戦闘にかり出されたりしていますっ!」
「すごい……しっかりとしてる……」
自然と私は言葉を口にだしていた。それが素直な感想だったからだ。
なんで使用人と呼ばれメイドや執事の格好をしているのか、疑問だったけど、今の話を聞いて答えがわかったような気がした。貴族がやとっている使用人とやっていることはほぼ変わらない。屋敷の管理をして、部屋の管理をするのと全く同じで、秋の能力の部屋を管理しているんだ。だからメイドで、執事で、使用人なのだ。若干、部屋というにはあまりにも大きすぎる規模が気になるけれど……。
そんな風に会話をしながら、森を進んでいた。といっても私が訊ねてばかりだったけれど……。秋や春さん、冬さん以外の人たちから、あの部屋のことを聞けるのはとても新鮮で興味深かったからつい熱が出てしまった。
さすがに樹海の中で気を抜きすぎだと、私はこのあとで反省した。でもこのとき、私たちはなぜか魔物と一切出会うことがなくその道のりはあまりにも順調だった。実際何の出来事もなくティアルに言われていた場所に辿り着いてしまった。
「もうそろそろ、このあたりのはずなんだけど……」
二時間ほど北に樹海を進み、ティアルに言われていた場所に辿り着いた。
少なくとも目印として聞いていた、少し急な斜面にある、森に飲まれた街の廃墟は確かに存在していた。
この街の中心部に、一度前にみた竜木がまたはえていて、その木の周りに寄り添うように集落があるそうだ。廃墟の中に住まないのかと来る前は思っていたけど、中で巣くう植物の魔物を一度道中でみたおかげでそのことに疑問は持たなかった。そこでここの竜木を縄張りにする魔物と一緒に住んでいるのだそうだ。
歩いて廃墟を進んでいくと、竜木の広場が少しずつ見えてくる。
草をかき分けて、その場所に踏み込もうとした時、手を引かれて止められる。振り返ると、千さんが人差し指を唇に当てていた。音を立てるなということらしい。そして私に意図が伝わったことを確認すると、千さんは指を竜木へと向けた。
私はその指に示されるままに、視線を向ける。
静かに、草と草の間から覗き込むように。
そして見えた光景──それは竜木を取り囲むように作られた住居と思わしき建物がすべてボロボロに壊れている光景だった。
──『どうなっておるかわからぬ。それが不安要素じゃ』
目当てだった集落は、すでに壊滅していた。
◇◆◇
──ドゴン、と。
物と物がぶつかる音が響く。それは何かが壊れるほどの大きなものだった。
洞窟の中。
崩れていく洞窟の一部分に、俺はめりこむように頭を突っ込ませていた。
周りの岩に手をついて力を入れ、頭を引き抜くと、髪に絡みついた石がパラパラと落ちた。頭を振って、それらを落として周りを見回すと、細かく砕けた石やほこりが煙のように漂っていた。どれだけの勢いで洞窟の壁に突っ込んだのか、その勢いの強さを物語っている。
ふと、けむりの中でじとりとした視線をむけて、呆れた空気を纏ったティアルと目があった。
「まさか、本当に一人でここまで辿りつけるとはのう……」
「ここに来るだけで、精一杯だったけどな……。練習は必要だな、やっぱり。後で『トレーニングルーム』でやっておくかな」
服についた細かな石を払いながら、ティアルに答える。
日暮たちと別れた俺たちは、目的であった岸の隠された横穴の中に既についていた。少し細い、洞窟のような場所。もしくは坑道のような少し細いトンネルのような場所だ。
実際に来てみてここの存在を知らずに来るのは無理だな、と再認識した。悪魔族だからこその、場所だと思う。
「少し試してみたいことがあると言い出すから、興味深くみていたら、やれやれとてつもないことを気軽にしてくれるの、お主は。結局この場所に運ぶ必要もなく来れてしまうし、手を貸す隙もありはしない。春が嘆く気持ちも分かるというものじゃ。前に部屋を見た報酬に【鑑定】をかけることを望んだのは、それが理由かの?」
「そうだよ」
と頷いて答える。あの時は、大陸を出る手段を求めてだったけど。結局使わなかった。そして今実験してみたものの、やっぱり新しい手段は一度、試してみてからじゃないとダメだな。
「それで、ここを真っ直ぐ行けばいいのか?」
「そうじゃ。わかっておると思うが、あの光の所が入り口になっておる」
この横穴のような洞窟は、短いようで少し歩いた先にもう行き止まりが見える。その場所に、ぼんやりと明かりがともっていた。そこに何かがあるのはティアルの言うとおり、簡単に想像がついていたことだった。
二人で、足音の反響する洞窟を進んで、あかりのそばまで辿り着く。
そこにはドアがあった。横穴の側面の部分で、外とは反対側の位置。正真正銘奥へと続くドアだ。
まるで俺の能力のように浮いたドアだと思った。
だけど少し違うのは、そのドアの側には鉢植えが置かれていることだ。少し青みがかった観葉植物のような異世界の植物がドアを飾るように周りにおかれている。ランプがかかり、凝った模様のドアに小さな看板がかかっており、『ティアル・マギザムード』と、日本語とそれ以外のいくつかの文字で書かれていた。雰囲気は、街のはずれで隠れ家的なレストランを見つけたような感じだ。
ドアの周りをよくみてみると土で埋められているので、俺のドアのように異次元に繋がってるというわけではなく、普通にこの場所にドアをはめ込んだのだろう。それが当たり前の事なんだけれど。
ティアルはそのドアを平然と、慣れたように開けて中へと入っていく。
俺もまたその背中を追って、中へと入る。
いままでの狭くて暗い空間が、一気に開く。
その感覚に、少しばかりの快感を覚えた。
「すごいな……」
中へ入った俺は、入ったその場で立ち止まって呟いた。
ドアをくぐった先はとても広い、洞窟の広場とも言うべき空洞だった。
サッカーのグラウンドが丸々入ってしまいそうな広さ。
当然洞窟なので天井はある、だけどそれがものすごく高いので、広さと相まって、洞窟に感じる閉塞感を全く感じない。
それどころか天井を覆う鍾乳石が星空のように。
端に微かな水音を立てて流れている小さな湖が光を当てた宝石のように。
それぞれ光を発しており、加えて、樹海でみかけた光を発して宙に浮く植物『テプア』がいくつも光りながら浮いているものだから、暗さもそこまで感じない。
むしろ、神秘的で贅沢な光景だと思った。だからこそ漏らした言葉だった。
「中々よい場所じゃろう?」
「あぁ、これはさすがに驚いた。すごいな、言うだけのことはあるという感じだ」
ティアルが俺の反応を楽しむようにかけてきた声に、素直に返した。
「これだけの場所見つけるのも、整えるのも苦労しそうだ」
「まぁ、大変だったのー。なんせの──」
ティアルと会話しながら進んでいく。
一歩踏み出した感触は、土と草の混じった柔らかいもの。洞窟の地面は自然のもので本来なら平らな場所すらさがすのが難しいはずだけど、敷き詰められた土が地面を平らにしている。それは労力がかかるはずだろう、と思った。
そしてそんな洞窟の様子でも感嘆すべきはずなのに、極めつけとばかりに嫌でも目に入る『そこ』に俺たちは自然と歩いていた。そしてそれの目の前に来たところで、ティアルはいった。
「これがわしの家じゃ」
見上げるように、目に入れる。
それは普通の、大きな洋風っぽい屋敷だった。普通に立派で、普通の作りをしている。
でもだからこそ、洞窟の中でそれを見かけることがどこかおかしく感じる。果たしてこれはどうやってここに持ってきたのだろう。完成したものを持ってきたのか、材料を持ってきて組み立てたのか。どちらにせよ、これを持って入れる道はこの洞窟にはないけれども。
【アイテムボックス】のようなスキルはティアルにはないから、何かそういう道具でもあるのかもしれない。
そんな事を考えながら立派な屋敷から、整えられた花壇に目を移した時だった。
「お戻りになったんですね。ティアル様。ご無沙汰してます」
と、俺とティアルのものではない声がかかった。
声のしたほうに目を向ける。一人の男が道具を持ちながら経っていた。かなり特徴的な男だった。
民族的な衣装を身につけて、胸に花のブローチを付けている。
身体は華奢で、どちらかというと余り強そうには見えない。身体を動かすよりも、頭を動かすのを得意とするような顔つきと体つきをしている。
肌はあまり健康的とは思えないほど、青白く。
そして一番気になったのが、『葉っぱ』が身体の所々に見えることだ。特に髪の毛の中に紛れて何枚か見え隠れしていて、首の辺りになると髪の毛よりも茎とそれについた葉っぱのほうが多く見えた。
──つまり、この人がそうなのだろう。
「あまりにも、戻りが遅くて、戻ってこないかと心配してましたよ」
「ふむ、まあかなり色々とあっての。秋、こやつがわしの物資の取引や家の手入れなど細々したものを頼んでいるものじゃ。『花人族』の『テレスト』という」
ティアルに振られ、俺はようやくその男と向き合った。
まるで今初めて気づいたかのように。なんとなく最初の一言目と、ティアルと会話しているときの様子から『もしかしたらそうかも』と思っていたことが、目を合わせたときに確信に変わった。
男は笑みを浮かべて、向き合っていた。だけど目は微塵も笑っていない。
警戒、嫌悪、憎悪、侮蔑。そうした感情を混ぜて、濁したような色の瞳だった。それはこれから『お願い』をしたい俺としては、「大丈夫か?」と不安を抱いても仕方の無いほどのものだった。前途多難さにため息をつきたくなる。
「……人間、ですね?」
男はまるでちょっとした疑問のように呟く。
しかし声色の奥底にティアルを責め立てるような感情が隠れていた。そしてそれを察するのは容易いことだった。
「そう邪険にするでない。お主の気持ちも分かるが、秋は他の人間とつながりが全く無い未開の場所から来た男じゃ。本人も人間離れしておるしの。信じられぬだろうが、他の人間と一緒にするのは良くも悪くも、致命的な齟齬を生むからやめておいたほうが良い。ちょっとした事情があって、魔族との接触を求めているからここに連れてきたのじゃ。テレスト、ちと話を聞いてもらえぬか?』
「事情、ですか……」
話が長くなるから、と一度ここで区切り家の中へ入ろうと言い、ティアルは先に家の中へと消えていく。俺はそのすきに「灰羽秋です」と挨拶をすると、目を全く合わせずはき出すように「テレスト・ラタァラです」と言って家の中へと入った。
花人族は何でも他人に特殊な効果を及ぼす珍しい花を咲かせることができるらしい。だから魔族人間にかかわらずその力を求めて追われているようだ。本人達が種族的に弱いため他の種族との確執が多く、かなりの確率でこうなるかもしれないとティアルに事前に説明を受けていた。そうなったときはティアルから話を通してくれるらしいが、この調子だと果たしてどうなることか……。
それからティアルの家の中で、俺たち三人席についていた。
ティアルから花人族の男、テレストに事情の説明がされていく。
「──魔人族の子供、ですか」
ティアルの家の中は見た目の立派さと裏腹に、中は気取った感じはなく、雑然としていた。決して汚いというわけではないが、とにかく物が多い。一階部分は壁のない、広い一つの部屋のスペースを分けて使っているのか、その部屋の隅のほうにキッチンと今座っている椅子とテーブルがあった。
周囲に使っていないテーブルが複数あるが、すべてその上には本が積み上げられるようにのせられて、壁に沿うように使われてない椅子がいくつも置かれている。最初ここに案内したときティアルはその中の二つの椅子を手に取り、テーブルのそばに投げやりに置いたのだ。
ティアルの住処の全体を、統合して抱いた印象としては『魔女の隠れ家』だ。
完全に趣味に没頭するためにあるような。整理もされてるし片付けもされているのに、ぬぐいきれない雑然とした感じがある感じが。
「そうじゃ……どうにかしてその魔人族の少女を見てもらいたいと思っておる。できれば早めにの。だからお主達の集落の中に医者か、あるいは薬師でも構わぬ。誰か見てくれそうなものはおるか?」
話は一番の重要な所へと入り、会話に集中する。
「なるほど……」
会話の中で俺は、この交渉が失敗することも念頭におきはじめていた。
もし失敗したら、簡単に諦めるつもりはないが、本当にだめなら別のところに当たるしかない。
そうして失敗が重なる。
そのたびに、俺は追い込まれると思う。
少なくともタイムリミットは確実に存在するからだ。
そのとき俺は、きっと躊躇わないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていた。
こちらの大陸で過剰な暴力的な力を、用いることを。
「そういうことなら私が診ましょうか」
「む……、お主がか?」
「えぇ。言ってませんでしたっけ? 私が集落の薬師をやっているのですよ。
まぁここでは庭師みたいなことを、やっていますけどね」
物騒な思考とは反対に、話はどうやら加速的に進んだようだった。