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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 最初で最大の衝撃
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第72話 一難去らず、一難②



 国に帰ったら、『危険地帯』での訓練を打診すべきだろう。

 森を進むにつれて『危険地帯』と名をうたう樹海の脅威が、徐々に顔をのぞかせる。

 

 『ケルラ・マ・グランデ』のとある場所では現在、戦闘が行われていた。


 多少汚れてはいるものの、上品な服装を揃えてきた身なりのいい集団だった。また腕にはほぼ全員が同じ腕章をつけている。その集団の隊長である『ウォールグルト=ビグダム』は今まさに襲ってきているゴブリンを切り伏せながら、そんなことを頭で考えていた。


 戦況は、よくない。


 すでに三十体近い、ゴブリンに周囲を囲まれている。さらに襲われる直前に起きた『アクシデント』のせいで味方の数が減っている。ただでさえ人数差があったのに、このせいでさらに苦しい防戦を強いられていた。周囲では、自分と同じように戦っている部下が目に入るがそのほとんどが戦いを維持するだけで精一杯という様子だった。


「クッ……この、ゴブリンがッ!」


 そのうちの一人が今、うまく立ち回ることができないイラ立ちのまま、力任せに剣を振った。その攻撃をあざ笑うかのように相対しているゴブリンは身軽にその攻撃を避けてみせる。そしてその隙を狙っていたかのように、別のゴブリンが低い姿勢で素早く懐に入りこみ、部下に一撃を入れる攻撃を放つ。


 ──ゴブリンながら、見事な連携だ。

 この戦いが連携だけの戦いならばこちらの完敗だ。我々騎士が、危険地帯で戦うことを想定していないことや『鎧』を纏わず普段とは違う環境や装備での戦いを強いられていることなど、言い訳にしかならない。


 部下を狙うゴブリンに一瞬で詰め寄って、武器を持った手首を切り落とす。そして苦痛の叫び声を上げる前に首を切り落とした。


「……! 申し訳ありません、隊長!」

「落ち着いて周りを見ながら戦え。個々の強さならこちらの方が上だ。相手にのせられるな」

「はっ!」


 敵のゴブリンは、ゴブリンにしては少し高すぎるがそれでも精々『100LV』程度だ。こちらの手勢は、経験の浅い騎士が半数近くいるものの、それでも『200LV』は低くても越えている。彼らは経験を積む機会になると思い連れてきたがその見込みはだいぶ甘かったようだ。


「『糸』から離れないでください!!」


 少し離れた所で、怒鳴り声があがる。案内として我々が雇った冒険者の『ヨクン殿』。彼が連れてきた助手のものだった。


 我々は先行しているヨクン殿が『通ってもいい』と見極めて目印として置かれた糸を伝うように森を歩いている。

 ヨクン殿は間違いなくこの樹海を生きる冒険者としてのプロだ。

 そのヨクン殿が『安全だ』と垂らした『糸』から離れるというのは、つまり──


 助手殿の視線を追ってみると、戦線から出過ぎた部下の一人がいた。彼は三体のゴブリンを凄まじい剣裁きで圧倒している。だがよく見るとそれはゴブリンによる『誘い』だ。意図的に前線から離されている。


 怒鳴るようにその部下の名前を呼ぶ。


「──『上』から狙っているぞ!!」


 前に出過ぎた部下の『真上』。そこにある木の枝にはゴブリンが一体、木の葉に紛れるように隠れ潜んでいた。すでに助けに向かうため走り始めていたが、開きすぎた距離と立ちふさがるゴブリンが邪魔で、間に合わない。


 隠れ潜むゴブリンの真下を、三体のゴブリンを圧倒しながら部下が通過する。その直後、木の上にいるゴブリンは飛び降りて、そのままの勢いで彼の背中を蹴りつけた。


 蹴りつけられた部下は、さらに戦線から離れるように、森の奥の方へと勢いよく転がっていく。ただでさえ開きすぎた距離が、さらに開いてしまう。駆けつけようにも、転がった部下の相手していた四体のゴブリンがその道を閉ざすように立ちふさがった。


 さすがに四対一では、一瞬で切り伏せることもできずに手間取ってしまう。その間に転がっている部下が木に衝突して止まった。


「そこで待っていろ、すぐ行く!」

「いえ、ダメです!! 今すぐ逃げてください、早く!」

「!?」


 ヨクン殿の助手が訂正するように叫んだ。


「ぎゃあああああああああ────!!!!!」


 助手殿に疑問を尋ねる間もなく尋常じゃ無い叫び声があがる。その声の元である部下の姿は異様だった。まるで上半身が緑色の霧にでも包まれているかのようだが、違う。それに気づいて血の気が引く。部下は今『大量の虫』に集られてその中にうもれているのだ。一匹一匹が握り拳のように大きい虫の魔物に。


 大量の虫の中で部下は、まるで纏わり付く水の中を藻掻くかのように、暴れて逃れようとしている。しかし全く逃げられる様子がなく、それどころか皮膚を噛みちぎられているのか徐々に血が滴り落ちていた。あまりにも、おぞましい。

 

「(どこにそんな大量の虫が──『木の葉』か……!)」


 部下がぶつかったあの木。ただの木だと思っていたが、葉の形に擬態した虫が大量にいる魔物の巣だったのだ。その証拠にさっきまで葉が茂っていた木が今や冬の真っ只中のようにはげている。


 戦っていた最後のゴブリンを切り伏せる。その間も虫に襲われ続けていた部下の叫び声は止むことはなかった。抗うように地面を転げ回っていたが、そのたびに地面が血の色に染められていく。その光景が戦いを焦らせた。


 急いで部下の元へ駆けつけようとした瞬間「ウォールグルトさん!」と呼ばれる。同時に玉のようなものを投げて渡された。それを受け取って、名を呼んだ助手殿の方へ視線を向けると「それを彼に強く投げつけてください!」と指示を飛ばされた。

 本来ならウォールグルトが隊長であり彼に指示を出すのはある種の不敬に取られかねない。だがウォールグルトは、疑うことなく、渡された玉を指示通り部下にたかる虫どもに投げつけた。彼の真剣な表情と目を疑う余地はなかった。


 玉は虫たちに当たると、破裂し白い煙が爆発するかのように広がり、瞬く間に部下もろとも虫どもを包み込んだ。苦しむ虫の細い金切り声のような音がいくつもあがりはじめる。すぐによろよろと虫どもが煙から弱々しく這い出てきた。そして四方八方へ逃げるように飛び去っていく。剣やナイフを持って自分がかけつけるよりも、あまりにも圧倒的な効果を発揮していた。


「ぼくが彼を回収しに行きます。そのうちにウォールグルトさんはゴブリンの相手をお願いします!」

「……! 了解した!」


 助けにかけようとした所を止められ、そう告げられる。確かに歩けなさそうな部下を自分がかついでつれてくるよりも、彼にかついでもらいそれを護衛する方が安全度は高い。彼はマスクをつけて躊躇なく煙の中へと入り、ボロボロになった部下を連れてきた。彼らを狙うゴブリンどもを切り捨てていく。


 結果的に、この戦いは長く続いた。そして善戦したとは言えないが我々はなんとか犠牲を出すことなく乗り切ることができた。惜しむらくはゴブリンを殲滅しての勝利でなく、撤退させて乗り切ったにすぎないことだが。今の我々にはそれ以上の成果は贅沢だろう。


 そして今更ながらに『危険地帯』という評価がいかにして付けられるのかを身にしみて感じていた。普通の森と、この樹海は明らかに別物だ。多種多様な植物はもちろんのことだが、そこに順応して生きる魔物もまた別物の一つだった。理解の及びきらない環境や生態系が入り乱れてできていく、この場所独自のルール。その土台の上で戦わされるのが、こんなにもやりづらいものだったとは。


 そんな場所に平然として入っていく冒険者というものにも、今更ながら畏敬の念を感じる。もう少し我々も、冒険者のように『危険地帯』というものに馴染んだ方がいいのかもしれないと思う。


 それが実際にできるかどうかは、また別の話だが……。


 戦いを終えて、傷の手当や仲間の介抱をする。今日はもう進むのは無理そうだと助手殿と相談し、先へ進むヨクン殿に一人が報告へ行った。その間残された者たちは息も絶え絶えな体力の回復に努めるため地面に座り込んでいる。

 そんな場の空気は非常に重たかった。

 理由はなんとなくわかっていたものの、だまっていると声があがった。


「あんな……ゴブリン共なんかにッ! 我らシープエットの騎士がなんて無様な戦いを……!」


 隊の中ではまだ経験が浅い方の、部下の声。とはいえ場の空気は全体的にそんな彼の声を肯定しているようで、彼一人の意見といわけでもなさそうだ。ベテランの騎士だけが静かにただ身を横たえて体力の回復に努めている。たしなめる役割はどうやらウォールグルトがしなければならないようだった。隊長の役割とはいえ、どうも馴れたものではない。


「ゴブリンといえど、街の近くで畑を荒らすようなのとは違う。『100LV』は越えていただろう。確かに十分ではないとはいえ、誰も死んでいない。何かを責め立てるほどでもないだろう」

「そんなの……そんなのは言い訳です! こんな戦いが、大国シープエットの誇る騎士の戦いであるはずがない。そうでしょう、隊長! ゴブリンごときにこんなにやられて……これから『シープエットの騎士』を名乗ることができますか……ッ。一生の汚点ですッ!」


 ため息をつきたくなるのを我慢する時間が、ほんの少しの沈黙を生む。ふとある言葉が思い浮かんだ。まさにこの状況にぴったりの言葉だ。


「こんな言葉がある。知っているか。『最初に死ぬのは、ゴブリンを笑う奴からだ』」

「…………」


 それはある、冒険者の言葉だ。かの《冒険王》と共に『終焉の大陸』へと上陸して、生きて帰ってきた三人の仲間のうちの一人が残したものだ。終焉の大陸から帰ってきた仲間たちはそれぞれが別々の分野で偉業を成したが、その中でも彼は後年を、冒険者の後継の指導に注いで育成の基礎を築いた。そのときに彼が愛用した言葉だ。彼が著作した本や彼のことを研究する本にはたびたびその言葉が登場する。

 ウォールグルトは、本を読むのが好きだった。


「この言葉が何を言いたいか、分かるはずだな。『甘く見るな』ということだ。何事も。今の戦いを終えて、そういう感想が出てくるということは、それそのものこそが追い込まれた大きな要因に他ならないということだ」

「……侮ってなどいません。正しく見積もっただけです。向こうは精々『100LV』でこちらは最低でもその倍です……! 追い込まれる道理がありません!!」

「だが実際には追い込まれた。なら貴殿の見込みが甘かったということだ」

「そんな……『LV』は神のもたらした平等の奇跡です。神の意思を否定するおつもりですかウォールグルト隊長! ……何しているんですか?」


 話の最中にも関わらず、一番近くにあったゴブリンの死体に近づいたウォールグルトに怪訝な声で尋ねる。  

 ウォールグルトはその死体を漁って再び戻ってきた。手の中に何かを握っているようだった。


「見てみろ」


 その手の中を広げて見せる。


「……何ですか、それは」


 広げた手の平の上には、汚い小さな黒い団子のようなものが三つのっていた。ゴブリンの持っていた泥団子でも持ってきたのかと、部下の目は明らかに汚いような物を見る目に変わる。


「これがゴブリンの『強さ』を物語っていると言ったら、信じるか?」


 その言葉をきいて手のひらを見つめる部下の目に、真剣さが少し宿った。だがそれも少しだけの時間でしかないが。


「ゴブリンの群れがどれだけ厄介なのかをはかるには『食事』を観察すればいいそうだ」

「……そんなものが、食料、ですか」

「そうだ。我々が普段見るゴブリンは畑を荒らし、腐肉にもかじりつく獣と遜色がない。力も弱く、頭も回らない。禄に徒党すらも、組めやしない。それを『低級ゴブリン』だと仮定しよう。彼らは何も考えず直接、そまつな食料に口を近づけてかじりつく」


 低級よりも発達した『中級ゴブリン』はどうか。

 低級と違い、群れを作り初める。自分たちが弱いことに気づいて常に一定の数で行動をするようになり、また魔物の牙や骨などを持って使い始める。そんな『中級ゴブリン』の食料には道具によって採取された低級では取れないだろう食料が現れ始めるし、また『串』や『皿』などを模した道具が使われはじめる。直に食べる事実はかわらなくとも、たべるものや、食べ方に違いが出る


 食事に火を通すなどの『調理』を行っていれば、それは最早『上級ゴブリン』だ。同じ人を襲うという行為にも、罠を張ったり、待ち伏せをしたりなど行為がとても多様化して厄介になる。火を通した食料を持っているゴブリンをみたなら、近くには集落や拠点があるとみていい。最悪の場合、群れには長があらわれ『辿魔』になっている可能性すらある。


「そんな観点でゴブリンを見たら、どう思う。とても卑下できたものではないと、そう思わないか。本当に、ここのゴブリンは見事だ。なぜならこのゴブリンたちには『保存食』の概念があるのだから」

「……それが、ですか」

「そうだ」


 そう答えて、手のひらを鼻に近づけ臭いを嗅ぐ。ひどい臭いだ。青臭さや土臭さ、他にも鉄分のにおい……おそらくは血のようなものに、虫のはらわたを混ぜたようなエグ味のある臭い。だが何度も嗅いでいる内にその中に混じって『蜜の香り』が微かに存在するのが分かる。食べられるものをただ蜜とこねくり混ぜただけの、あまりにもひどいものだが、間違いなくこれはここのゴブリンたちが、保存という発想の元に生み出した『食料』なのだ。


「『レベル』は確かに神から与えられた奇跡のような法則だ。だからこそ、その数値を『何が裏付けているのか』を理解する必要がある。我々と知っているのとは違う、『レベルの高いゴブリン』ならば、そのレベルが高いだけの理由を理解しないといけなかった。いやそこに『差』があることにすらも気づかずに『10レベル』と『100レベル』のゴブリンをただレベルの違いだけで見ていた。我々は『90』という数値に裏付けられた強さの理解を怠り、これだけ追い込まれてしまったのだ」


 それはまさにヨクン殿が、出発前に忠告したとおりの出来事だ。


「しかし……」


 納得の出来ない部下とそれから数分ほど、言い争いを続ける。

 冒険者の言葉を思い出したついでではないが、本にのっていた冒険者を手引きする内容を試してみたものの、そううまくはいかないようだ。


 結局熱くなってきたところを、ベテランの部下である一人にたしなめられるように止められる。気をつけていたものの少し熱くなっていたようだ。やはり隊長というのはどうにも性が合わないし馴れない。そもそもウォールグルトは、一人静かな部屋で落ち着きながら本を読むような、そういう人間だ。


「『アクシデント』もあったのだから、仕方がない」


 ベテランの部下が、熱くなった部下をなだめるように何度も言っている。


 ……そうだ。


 確かにゴブリンたちは強く、危険地帯の樹海は厄介だった。

 しかし『アクシデント』が無ければここまでひどい戦いにはならなかった。


 それはゴブリンに襲われた直後に起きた出来事だ。全く何の前兆もなく唐突に、部下が三人倒れた。倒れた者の中に遠隔攻撃をする『魔法師』や魔法は使えないが『豊富な魔力』を持っている部下がいた。そのせいで我々は遠隔攻撃や支援を失い、さらに彼らを守る必要すらも生まれた。苦戦する要因の大きな一つになった。


「申し訳……ないです……ウォールグルト隊長殿……」


 微かに聞こえてくる声に振り向くと、倒れた三人のうちの一人が起き上がってきていた。しかしまだ具合は悪そうで顔色が悪い。

 「いや……気にしなくていい」と首を振りながら、無理に起き上がろうとする彼の元へ近づいて腰を下ろす。楽な姿勢でいるようにと仕草で伝えながら「それよりも……」と気になることを尋ねた。当然聞くことは一つだ。


「一体あのとき何があった?」


 彼は口を開き、端的に答えた。


「あの時……私は、『膨大な魔力』を感知致しました」

「……それで気絶したのか?」

「はい……戦闘中だというのに……大変な失態を……」


 なんでもあまりにも膨大な魔力は馴れていないと感知しただけで感覚が暴走してしまうそうだ。魔力感知に目覚めたばかりの子供がただ当たり前にあるだけの魔力を感知して、酔って気持ち悪くなるのと根本的には同じだ。簡単に訓練することができるし対処も存在し、なんなら時間がすぎれば馴れると話にはきいたことがある。だが今話している魔法師の彼はベテランで普通ならそんなことにはならないだろう。


「かつて私は『魔王』を見たとき、あまりの魔力に底冷えするような、こんな生き物がいるのかと絶望にも似た感覚を抱きました。だがその時でも『気絶』まで至りませんでした。なのでなぜ起きたのか、因果関係にも発生源にも思い当たるものが私にはありません」

「ふむ……」


 魔王を上回るというのはもはや信じがたいを超えて『想像ができない』な。一体どんな存在ならあの凶悪な魔王どもをたやすく凌げるというのか。

 とはいえ嘘だとは思えなかった。なぜならウォールグルトもまた、魔力は感知できないまでも何か『悪寒』をそのとき感じたからだ。同じようにゴブリンもまた何かを感じていたのかピタリと動きを止めていた。戦闘の真っ只中だというのにまるで時間がとまったかのように奇妙な一瞬だった。


「(これほど、大きな話になるとは……)」


 果たしてこれも樹海特有の『危険地帯』の洗礼の一つなのか。あるいはヨクン殿の危惧する『異変』か。それとも……。


「この森には《勇者狩り》がいるという噂もありますが」

「……それは真っ先に頭に思い浮かんだ。あの狂気な学者が……何か得体のしれない実験でもしているのか、ティアル・マギザムード……。とはいえ今出くわすのは避けねばなるまい。戦力が足りなさすぎる、『魔王』を獲るにはな」


 ある程度情報を共有したところで会話を切り上げる。どちらにせよ、油断せずに気を引き締めて進むことしか、今はできないだろう。そのことを隊員達に促した。


「隊長ッ!! 魔物が一体、急速に接近しています! かなり強力な魔物です!」

「『強力な一体の魔物』か。承知した。では全員、この場から避難を。起き上がれない者には、手を貸してやるか、運んであげてやれ。個体名は見えるか?」

「はい……! 『廻狼(かいろう』です!」

「『廻狼』……!? ウォールグルトさん、その魔物は『辿魔』です! 『ディガディンディル』に並ぶ樹海の強力な魔物で……ヘタをすれば簡単に『500LV』を超えますよ! 一人で挑むのは無謀です!」

「大丈夫だ。それよりも助手殿も避難を急いでほしい」


 半ば無理矢理避難させ、ウォールグルトは一人その場所で取り残された。

 一人息をつく。剣を握って構えた。こうしていると一兵卒だったころを思い出す。

 しかし浸れる時間は長くない。強大な気配はすでに分かるほどまで、迫ってきている。


 森の奥から、とてつもない速さで走る狼型の魔物の姿が木々を縫うように姿を見せる。風になびく、つやのある黒い毛並み。たくましく力のみなぎった身体は人の身体よりも少し大きい。

 こちらに気づいた廻狼の瞳に、ありありとした殺意が浮かぶ。完全にこちらをとらえて離さないつもりだ。


 中々美しい魔物だ、とウォールグルトはそんな感想を抱いた。


 こちらを翻弄するように速度を維持したまま、廻狼は左右へ揺れながら走る。ついには地面から森の木々へ移って、バネのようにあちこちを跳ねるように走りはじめた。その姿はまさしく縦横無尽だ。速さもとてつもなく、目で追っても微かな残滓しか捉えることができない。


「GAAAAAA────!!」


 口を大きく開けて、武器である牙を見せつけるように突っ込んできた。

 その口の中へ向けて、剣を突き入れる。が、手応えはない。


 ──……ザッ。

 土の擦れる音が、微かに『背後』から鳴る。


「──【決死】ッ!」


 【スキル】を発動しながら、身体を無理矢理背後にむけて捻る。背後では胴体を今まさに噛み潰すため大口を開けた廻狼が目に入った。その口が届くよりも先に、片手で持った剣の柄の底を目一杯の力で顔の横から叩き付けた。剣の柄がちょうど廻狼の片側の目の中にエグるようにめりこむ。それでも力を抜かずに入れ続け、もはや倒れ込む勢いで、地面に廻狼の頭を叩きつけた。


 地面に当たる瞬間、絞り出したような「ギャン……」という鳴き声を最後に廻狼はピクリとも動かなくなった。確実に首を切り落としたところで、部下達と助手殿が姿を現す。終わってみればあっという間の戦いだった。


「驚きました……まさか一撃だなんて……。しかもあの《決死騎士》だったんですね。聞いたことありますよ、『魔王を退けた』という騎士がいるという噂は。ウォールグルトさんの事だったんですね、お見事でしたよ」


 ユニークスキル【決死】は、レベルの差が大きければ大きいほど高くなる一撃を放つことができ、さらに短時間だけ身体の力も強化されるスキルだ。こちらもレベルの差が大きいほど効果が高くなる。反対に敵のレベルが低い場合にも一応最低限の強化と一撃が使える。が効果はあまりにも薄い。


 また低すぎる場合には身体の力が急激に抜けて戦えなくなってしまうのでよく見極めて使う必要があるが、『廻狼』の頭を剣の柄で潰すほどの威力を放てるこのスキルをウォールグルトは重宝し、その強さを根底から支えていた。


 ウォールグルトは助手殿の褒め言葉を受けて、しかし首を振った。


「魔王を退けたなど、何の意味もない。倒さなければ、な。さっきの狼もなぜかあせって勝負を急いでいた。まるで何かから逃れるようにな」

「随分謙遜するんですね。この樹海で廻狼を脅かす存在なんていませんよ。他の辿魔も廻狼より強かったとしてもその速さには追いつけませんから。それはそうと、とりあえず廻狼から採取を始めて、移動しましょうか」


 それから戻ってきたヨクンと合流したのち、少しだけ進んでその日は多くを休息にあてた。そして次の日からまた再び森の深層を目指して一行は進み続ける。


 目的はある特殊な魔族を見つける──という建前で。

 真実は勇者の存在を、まずは見つけるために。



 それから数日ほど森を進んだ日のことだった。


「隊長そういえば──『花人族』を実際に見つけたとしたらどうするので?」


 声をひそめて副隊長が尋ねる。それは建前のはずの目的を見つけてしまったら、ということだろう。


「無論、捕らえて帰る」

 

 はっきりとそう、返事をする。

 魔族の戦いのとき、かの種族にどれだけ苦しまされた事か。その特殊な力を持つ種族をわざわざ視界に入れて逃がす理由もない。奴隷にすれば苦しめられた力を今度は自分たちが使うことができるのだから。

 その考えを副隊長に伝えると、納得するように頷いた。


「──隊長、前方に『男』がいます」

「む……」


 森の先で、確かに不審な男がいた。


「冒険者か……?」

 

 その男に、ウォールグルトは近づく。背後から声をかけた。


「一体そこで何を──」


 そう、声をかけているうちに、気がついた。気がついた途端、自然と声がこわばるのがわかる。間違いない。ウォールグルト自身の【感知スキル】も、そうだといっている


「──貴様、勇者か」


 男は、ゆっくりとふりかえる。

 目的との接触は、森を入って数日のこの日に果たされた。







 ◇◆◇





 森の喧噪は、止まることを知らない。だけどそのうねりは確かに、影響を与え、大きくなっていく。


 ──ケルラ・マ・グランデの海沿いのとある場所。


 氷の災獣の力で雪が降り積もったこの場所にもまた、『影響』があった。

 重く佇む、厳然な空気をまとった異様な【門】。むき出しの、ただそれだけの【門】が、取り残されたように置かれている。


 その扉は今この瞬間開いていた。

 重く地面にその扉をこすらせながら。


 開かれた門の中からは、何故か、陽気な歌が聞こえてくる。


「赤黒青ノ赤色ハ~甘いノ、大好キ、チャーミング~~~。

 仕事もキッチリこなス、ゴブリン、イチノ、働きモノ~~~」


 謎の歌と共に、開いた門から現れたのは二人の『ゴブリン』だった。

 彼らは左腕に、一人は『青色』の模様を、一人は『赤色』の模様を。それぞれ入れている。最初の声は赤色のゴブリンのものだ。


「だけど、汚職はするよ~顔も怖いよ~」


 続けて青色が歌う。


「「ア~~よいしょ!!」」


 とはいえそのゴブリンたちは、この大陸にいるゴブリンの特徴からはかけ離れていた。

 やせこけているはずの身体は、研ぎ澄まされたように、しなやかかつ強靱に発達している。

 そもそも歌を歌うゴブリンなどこの大陸で見かけることは、まずない。


「赤黒青の青色は~忠義を貫く、一番の忠信!!

 仲間も全力で守る~ゴブリン一の不法者~~!」


「だケド、言イ間違エルよ、オバカだヨ~」


「「ア~~よいしょ!!」」


 そして最後にもう一人──ゴブリンが【門】から現れる。

 他の二人のように同じような身体つきをしており、左腕にもまた同じように『黒色』の模様が入っていた。


「…………」

 

 その黒の模様を入れたゴブリンは、他の二人と違って、歌う様子はなかった。


「「赤黒青の黒色は~ノリが悪いよ~お堅いよ~」」


「そんな僕たち私たち〜」


「サんニン合ワせて〜」


「「ゴブリントーリーオ〜〜〜!!」」


「「ア~~よいしょ!!」」


 代わりに他の二人──『青鬼』と『赤鬼』がうたった。

 それを聞いて黒色の模様を入れた『黒鬼』は──


「俺だけ悪口だけなのか……」


 とぼそりと呟いた。

 黒鬼以外の二人はとてもやりきったような表情をしていた。


「やはり『歌』はいいであるな!!とても『卑しい』気持ちになる!!」

「『楽しイ』だ……。だガ、悪くなイ……」

「『錦』殿が教えてくれたのだが、どうやら『文化』というやつらしいぞ!?

 もっと増えるといいなぁ!? 歌や踊り! 文化が!

 我らが村にも!! なぁ!?」

「飯とカ……お菓子もナ……」


 そんな話をしながら、平然と前へ進んでいく赤鬼と青鬼の二人。立ち止まったままの黒鬼は、そんな二人に後ろから声をかけた。なぜならそのままいけば当たり前のように森の中へと入ってしまうからだ。


「おい……本当に行くのかよ……? 親父とオジキに怒られるんじゃないか。勝手に行ったらよぉ」

「少し……だけダ……」

「黒も気になるだろう!?」

「そりゃ、まあ、気になるけどよ。でもなんかよくわからねえが『薄い』な、ここは。何が薄いのかはよく分からねえが。環境も変わらないし魔物も全然いねぇ。っておい、待てよ……何でそんな自信たっぷりにグイグイ行くんだよ、お前達は」

「むむ、もしや黒鬼……バビっているのか!? そうだろう!?」

「ビビってんのカヨ黒」

「チッ……さっさと行くぞ……俺についてこい」


 一人歩調を強める黒鬼が、二人をぬいて先頭へとたった。


 森の喧噪は、止まることを知らない。


「おい、赤。お前なに食べてるんだよ」

「な、なんと赤一人だけずるいでござるなぁ!?

 えーとそれは、何てやつだっただろうか……うーん」


 だけどそのうねりは確かに影響を与え、大きくなっていく。


 むしゃむしゃと『皿』に乗せていたそれを丁寧に赤鬼は口にいれ、ゴクリと飲み込み、未だに言葉が出てこない青鬼の質問に答える。


「これハ、『オレットのタルト』、ダ」


 三人は樹海の中へと入っていく。

 『異変』を知る人は、まだ誰も居ない。


【おさらいtopic】



【キャラクター】


赤鬼あかき


部屋の世界に住むゴブリンたちのまとめ役の一人。長の剛に次ぐ実質幹部的な存在。怖い見た目で仕事に手を抜かないので他のゴブリンに恐れられている。甘いものがすきで汚職に走ろうとするができたことは一度もない。(41話登場)



青鬼あおき


部屋の世界に住むゴブリンたちのまとめ役の一人。長の剛に次ぐ実質幹部的な存在。言葉がまだたどたどしいゴブリン達の中で結構言葉を話せるほうだが時々言い間違えることがある。秋や剛をやたらと敬いたがったり、仰々しい仕草をしようとする。侍が好き。(42話登場)



黒鬼くろき new!


部屋の世界に住むゴブリンたちのまとめ役の一人。長の剛に次ぐ実質幹部的な存在。青鬼と赤鬼と親しいようだがノリはあまりよくない。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ついさっき魔王以上の膨大な魔力を感知したって話を聞いたばかりなのに この樹海で廻狼を脅かす存在なんていませんよって頭悪すぎないか
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