第71話 一難去らず、一難①
例えばとても力が強い人がいたとする。
人が持ち上げられない物を持ち上げることができて、壊せないものを壊せすことができる、そんな人がいたとして。
彼は一見すごい人のように見えるかもしれない。
だけどその力のせいで、ドアを開けるたびにドアノブを壊してしまったり、水をのむたびにコップを壊してしまうとしたらどうだろう。
確かにその人は『力』を持っているといえるが、だけど日常生活においてその力は明らかに大きすぎるものだ。ふと場所を変えるだけで、その『力』はすごいと思えるものから彼自身を縛ってしまう『枷』となってしまう。
その程度の『力』を、果たして『強さ』だと、言えるだろうか?
「はぁ……」
思わず『花畑』の中で、ため息を漏らした。花畑といっても、樹海を蝕んでいたそれとは別物に成りはてた場所だ。『風残花』と呼ばれる災害は完全に消え去り、その証拠に周囲の様子はほんの一時間前とは明らかに異なっている。
爆発音や落雷の音がひっきりになしに轟くようになってやかましく、『もっとも静かな災害』だった時の面影なんてどこにもない。さらに視界の端に見え隠れする火柱や氷柱と遠くから聞こえてくる魔物の叫び声が合わさって、どこか『懐かしさ』すら覚える場所になってしまった。あれだけ静かで、綺麗だったのに……。
他でもない自分自身がやった出来事なので、文句も言えない所が悲しい所だ。
『やらかした』気分だった。
部屋の中からウォーウルフに槍を投げたとき、ドアを開けたまま眠ってしまった時に次いで久々だ、この感じも。
やった事に後悔はない。むしろ今やっておいてよかっただろう。
得たものは『情報』だ。それもとても大きく重要な。それは自分がこの大陸において想像以上に『突出』した力を持っているというものだ。
ティアルや日暮から散々言われてきたからもちろん前提としてわかってはいる。でも感覚的にどの程度自分はこの大陸において強いのか、というのはやはり一度試してみなければわかりようがない。だからこそ俺は、『風残花』という災害を消し飛ばした。
その結果が目の前の光景だ。
やかましい、色とりどりの花畑。見ようによっては綺麗であるかもしれないが、あまりみたい光景ではなかった。なぜならこの光景が『失敗』のせいで予想外にできたものだからだ。
自分の失敗を突き立てられ続ける光景は見ていてあまり気持ちのいいものではない。
「(ただ、根元から『枯らす』だけで留めておくつもりだったんだが……)」
想定外だったのは、森を蝕む『災害』があまりにも『弱すぎた』ことだ。実際どれくらいの力加減でやるべきかを、探りながらやってはいたけれど、枯れてまた花が咲いてくるのを見て『少し力』を強めただけで、周囲がこんなことになってしまった。全力でやるつもりだったが。
俺はゴブリンと会ったとき、想定よりも『弱い方』へ予想外ならば、支障はないと思っていた。だけどその認識は間違っていたようだ。この大陸の生き物は、思っている以上に、終焉の大陸の生き物とちがって『脆すぎる』。壊したり無くしてしまったりするには都合がいいが、目的がそうじゃなかった途端あまりにも力が『過剰』だ。
加えたほんの『少しの力』とそれによって、大きく変わり果てた目の前の光景を見て、その事を感覚で理解した。この大陸がどれほどの場所で、その中で自分がどれほどの実力なのかを。
──俺はドアノブを壊す力の強いだけの人間だった。
「(それならそれでいい──というわけには、さすがにいかない)」
風残花を広めることは阻止することができた。でもそのために樹海が変わり果てました、では本来の目的を見失っている。
この大陸で俺は、千夏を助ける方法を見つけなければならない。そのためにこのままでいいはずがなかった。花畑の奥に見える森で、木々がお辞儀したミイラのように枯れて曲がった姿を見て、なおさらそう思う。
ため息を、再びつく。
少しだけ気分が、落ち込んでいた。
自分の『失敗』で周囲の様子が激変しまったから……ではなく。得た情報によって浮かび上がった『問題』のせいでもない。気が滅入ってしまうのはきっと、『勝手が違う』からだ。
これまでは力が強すぎるなら、それで構わなかった。襲ってくる敵をなぎ倒して、壊れてしまったものは諦めて。そうやって生きるためにあがいていればそれだけでよかった。そうやって生きてきた。
でもこれからはそうじゃいられない。今こうして『強いこと』が足かせになっている現状がなによりもその証拠だ。この大陸へ入ってから感じてきた『やりづらさ』もきっとそのせいなのだろう。
何かが『大きく変化』してしまっている。それは確かだ。そしてそれを招いてしまうほどの選択を、良くも悪くも、してしまったのだと。こんなにも目に見える形で突きつけられると、少し憂鬱だ。
現実逃避のように竜木で見た、かつての自分と重なったあのゴブリンを思い出す。そういえばさっき視線を感じて、見返したときにいたが、何故ここにいたのだろう。特に関係はないし脅威でもないから放って置いたが。一応ゴブリンのいたほうへ視線を向けるが当たり前のように姿はなかった。せっかく生き残れたのに、また巻き込まれるなんてあのゴブリンも災難だな……。
「まぁ、いいか。とにかく対策をしないとな」
このままではまた同じ問題を引き起こしそうだし、早めに何かしらの手を打つ必要がある。それが今回で感じたことの結論だった。
それに今回で自分の強さとこの大陸の強さに対する情報収集はある程度つかめたし、そろそろ千夏を助けるための手がかりをほんの小さなものでも何か見つけたいところだ。
これから向かうティアルの住処にそれが見つかればいいが……。
◇◆◇
「凄まじいの……」
その光景を、わしは上空から一部始終見ていた。わしにとって馴染み深い普通の光景……それを『異常』と呼ぶこの大陸で見る日がくるとは。一つの環境が、別の環境に覆われて消えていく。この樹海も竜王によって構築されたある意味一つの環境といえるが。両方ともこの目で見てきたわしにとって、二つの力は全くの別物だとはっきり言えた。『手軽さ』が違う。片方は力を振り絞ってやったのに対して、片方は呼吸をするように行う。全く根本的に、力の物差しが違う。
そんな桁外れた災獣を彷彿する出来事を、淡々とこなした秋。いや彷彿というよりかはもはや……。
人の身でありながらどれだけの力を宿しているのか。どうやって宿したのか。やはり興味がつきない男だった。
そんな秋は今、変わり果てた花畑の中で一人、立っていた。あるいは立ち尽くしていたのだろう。
その胸の内にわしは覚えがあった。かつての自分また、同じ。終焉の大陸に置き去りにしてきた『基準』を、こちらへ持ってくるのはとても苦労する。できうる限り手助けをすることができればいいが。千夏のこともあるしの。柄ではないが……。
地面に降り立ち、花畑の中に入る。『つぼみ』はどうやら近づいてはならないことはすでに遠目から把握しているが、この辺りは花が開ききっているので問題ないであろう。しかし一体なんの花なのか、さっきから気になって身体がうずいてしかたなかった。花を観察するために身をかがませる。そして一目見て、気がついた。どうやらこの花……これで『終わり』の花ではなさそうじゃの……。すでに咲ききっているのにも関わらずさらにその『先』が……『変化』が未だ残されているようだった。
もう少し詳しく調べたかったが、そうとなればあまり悠長にここにいられない。一輪だけ根から掘り起こし、もっていた袋に入れて研究用に持ち帰る。
上空にいたので残りの二人の様子がわからぬが、たださっさと合流して秋の元へいき、進めるうちに進むべきだと判断した。
辺りを見渡して、二人の姿を見つける。白い頭の部屋の中の女使用人と、女々しい赤い勇者。二人は花畑に入らない位置で、結構な距離の間隔を開けて、花畑の方へ視線をむけていた。一緒にいるとはその様子では言いづらいものがあった。
先に、手前にいる使用人へと近づき、声をかけることにする。なにやら顔を俯かせている様子に、そういえば『風残花』の咲いた姿を大層魅力に感じていたのを思い出す。
「残念じゃったのぉ~。『きれいな花畑』が無くなってしまって」
普通に声をかけるのはなんとなくしゃくだったので、嫌味を込めてそう声をかけてみる。女使用人、千は、ゆっくりと俯かせていた表情をあげる。その姿を見て「うっ」と声を漏らしてしまう。恍惚とした表情でまるで幸福に浸るかのように号泣していた。
「うぅ……千は幸せですっ……。世界で、世界で『もっとも美しいもの』を、今日も目撃してしまいましたっ……」
「そ、そうか。良かったの」
この女は道中、やれあれがかわいい、これがきれいなどうるさいくらいに言っており、そういったものが好みなのはわかるが。しかしそのときとは明らかに違う、限度を越えている反応に思わず半歩後ろに下がってしまった。返事も、こちらから嫌味を言ったというのに、普通に返してしまった。
こやつはわしが秋の能力でできた部屋の中にまだ来たばかりのころ、少し揉めた過去があり特にきっかけがあるわけでもなかったので、そこまでいい関係ではなかった。だがもうそれも、どうでもよくなってきたの……。向こうは全く気にも止めておらず、わしもそんなにこだわりがあるわけでもない。
妙に毒気が抜かれたが、しかし今はあまり女使用人に触れたく無かったわしは、少し距離をおいて奥にいる赤い勇者に目を向ける。とはいえこっちはこっちであまり触れたい様子ではなかった。
「(この赤いのは……自分で、気がついておるのだろうか……)」
今自分がどんな姿をしているのか、どんな目をして秋を見つめているのか。
──『どうして知っていてそのままにしていたんだ!!』
ほんの少し前、この花畑がまだ『風残花』だったとき、この赤いのがわしにつっかかって交わしたやりとり。わしはそれを『望むならば自分でやれ』と一蹴した。その直後に実際自分で望み自分でやってしまう、自分の成しえないことを成す秋の姿は、赤い勇者にとってさぞ強烈に映ったじゃろう。
しかし瞬きすらもせず釘付けになったように見開いた両目。その奥に見える瞳。とりつかれたように何度も呟く言葉。秋を見ている今の姿は……とてもまともには見えぬの……。
──強くならなければ
──強くならなければ
──強くならなければ
──秋のように、強く
声は届かないが動く唇から言葉を読み取ってしまい、思わずため息をつきたくなる。手前には未だ号泣止まぬ使用人。先へ進みたいというのに、わしが話しかけなければならぬのだろうか?
気持ちはわからぬでもない……いや、わからぬが。
わかるのは、『彼ら』の力は見るものに、強烈なまでに語りかけてくることじゃ。終焉の大陸に生きる、魔物達。彼らのどこまでも生きるために研ぎ澄まされた姿、力、振る舞い。その全てがまるで究極の強さの結晶のようで、それを見てしまえば何かを強く感じずにはいられない。わしにも経験のあることじゃ。
ならば秋の力を目の当たりにしたこの二人の反応も当たり前ということになるのかもしれぬ。
『二人』……?
…………いや、そうではないの。
きっと、必ず。間違いなくそれだけでは『収まらない』。
少し考えていたとき、背後から背中を押されて振り返る。しかし背後には誰もおらず、わしを押したような物も何も無かった。
「何をぼうっとしているんですかっ! 時間がないんですから、ぼんやりとせずに先へ進みますよっ!」
正面に再び顔を向けたとき、いつも仮面のように浮かべた笑顔に既にもどっていた使用人が声をかけてきた。わしを押したのはこやつの糸か……。
思わず舌打ちをしそうになってしまうが、考えこんでいたのも、先へ急ぐのも事実なので秋のほうへ向かうことにした。赤い勇者も黙ってついてきているようだった。
『灰羽秋』。
その異質な存在を少なからず、何かしらの形で世界の誰かが察することになる。
これだけの存在と力を隠し通せるはずがない。終焉の大陸というルーツや強すぎる力を除いたとしても、なお余りあるその異質さを。
──『ティアル、あなたはどうなのですか?』
春の声が頭の中で語りかけてくる。
かつて春から秋の事を勇者と一緒に聞いた時の記憶。
──『ずっとそうして、知るだけですか?』
わしに振る舞いを、決めろと言うのか。
嵐が来る、その前に。