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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 最初で最大の衝撃
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第70話 最初で最大の──②



 色とりどりに舞う花びら。

 徐々に目につくようになってきたそれを、美しいと思う感性は残念ながら存在しなかった。


「ギィ……」


 樹海をただ一匹進む、この『ゴブリン』には。


 いくつかの季節をこえ、久しぶりに見たその姿に、胸の内に沸く感情は『忌々しさ』だけだ。自分の仲間を蝕み、住処を奪い、暮らしをめちゃくちゃにした存在を美しく思えるはずもない。

 そしてこの後におよんで、自分の身体をも蝕む、存在を──。


 ゴブリンの進む足は鈍い。

 踏み出すまでが異様に遅く、また歩く姿が少し不自然だった。足であるはずなのに、まるでたまたま付いているだけの棒で歩いているかのような。

 身体に毒の影響がすでに出始めていた。強靱な種族なら毒の影響が出るのに何日かの時間が必要でも、弱いゴブリンのような種族では一日も経たずにこうして影響がでてしまう。

 すぐにでも毒の範囲を脱しなければ、時折見せる魔物の銅像と、同じ末路を迎えるだろう。


 だが、それでも。

 ──ガサリ。


 草藪の中を、粗末に音をたてて進んでいく。固まっていく足を無理矢理前へと踏み出して。

 この毒に蝕まれて固まるにしても。せめて、この花の末路を見届ける場所で……。


 そうして進み続けたことにより、やがて広がる視界。そこに見える一面の花畑を確認して、ゴブリンはようやく目的の場所についたことを悟った。そしてすぐさま草藪の中へと身を潜めた。

 ちらりと一瞬、少し遠くの方に、『あの男』の姿を確認したからだった。


 草と草の間にできた穴を覗くように、草藪の中から男を観察する。

 男自身はあの竜木の広場で見たときから変わった様子はない。むしろそれ以外が変わっている。一緒にいたはずのニンゲンたちの姿が消えているからだ。……あの鳥の魔物も。


 男はたった一人で、花畑の縁に立ち、ぼうっと立っているように見える……──が。


「ギッ!?!?」


 驚いて声を漏らす。それとおもわず跳ねてしまった身体が、草藪をガサガサと揺らしてしまった。身を潜ませるのであれば大きな失態だ。

 心臓がドクドクと強く跳ねているのを自覚しながら、荒ぶる呼吸を少しでも抑えるために口を強くむすんで、身体を草藪の中でさらに縮ませた。


 ──この距離で気づかれた……ッ!?


 たった今、男と真っ直ぐに目と目があったような気がした。気のせいだろうか。

 内心で焦燥に駆られながらもゴブリンは祈るような気持ちで時間が経つのを待っていた。特に何かが起こる様子もなく、ゴブリンはおそるおそる顔を上げ、再び男の様子をのぞきこむと、男は前みたときと同じ場所、同じ様子で、同じようにそこにいた。こちらを気にする素振りも、なかった。


 やはり、気のせいか。偶然か。


 ──いや、そうじゃない。


 自分が観察されているという確信を持って、男は視線の元であるこちらを伺ったのだ。決して偶然だったり気のせいだったり、あるいは間違いなんかであるはずがない。言い方が少し妙だが、男の強さをゴブリンはとても信頼している。それはあの竜木の広場で起きた印象的な出来事のせいだとしても、疑う余地はなかった。


 それでもなお、男が観察されていると気づきながらも、動いたり構えたりする様子がないのは、視線の元であるゴブリンが取るに足らないからだ。

 気にする必要などなく、あえて何かを行動起こすべき相手でもない。男にとってゴブリンはそういうものなのだ。

 

 そんな当たり前のことを確認して、ゴブリンは内心で──ほっとした。


 こんなゴブリンを気にしなければならないようでは、今ここに、いる意味がない。『気にする必要』すらもない……それこそ男が災いに並び立ち、終わらせる『強さ』を持っていることの裏付けになる。

 

 その光景を。

 ここにあったはずのゴブリンの集落の最後の一匹として、見届ける。それから自分も仲間の元へと──。


 自分の手を見る。既に指の何本かは動かなくなっている。残された時間は長くはない。ゴブリンは男に気づかれているのならと、遠慮することなく辺りを見渡せる茂みに位置取った。


 少し経って、男は準備ができたのか(立っている以外何もしてなかったが)ようやく動きだした。前へと歩き出して、そのまま何の躊躇いも無く平然と、毒の蔓延る花畑の中へと入り進んでいく。


 ──ついに、来た。


 一体男はどうするというのだろう。

 毒が全く効いていない様子だが、まさか平然とそのまま突っ切って、この花畑を通り過ぎるだけで終わりだろうか。そうなれば死に損だ。いや……。

 頭の中に『竜木』がよみがえった光景がよぎる。続けて瀕死なところを傷を治してもらった光景も。理由は語れるほどはっきりしていないが、心のどこかで確信があった。男が花畑をただ通り過ぎるだけの人間であれば今自分はここに生きてはいないだろうことを。

 食いつくように、前のめりで男を見つめていたときだった。


 ──ドサドサドサ、と。


 背後から、地面に何かがぶつかるような音が唐突に聞こえて、振り返る。かなり数が多く、一瞬敵が現れたのかと身構えたが、そうではなかった。

 振り返って目に入ったのは、何十と森の奥まで続くように落ちている『魔避けカヅラ』の死体だった。その光景を見たゴブリンは、しかし一切の反応を見せることができなかった。さらに進む事態に、翻弄されて。


 それは竜木の広場で爆発に巻き込まれたときのことを彷彿とさせた。少なくとも、ゴブリンは『爆発』に巻き込まれたと思った。

 どこが上で、どこが下なのか。方向が全くわからず、視界がぐるぐると回って、自分に何が起きているのかの理解が全くできない状態。

 内蔵が急激に圧縮されたような、気持ち悪さと抑えきれない吐き気。思わず足下にはき出すが、そのときになって爆発に巻き込まれたわけでもなんでもなく、回っているのは景色じゃなくて自分自身の感覚である事に気がついた。感覚が暴走している。


 ──魔力だ。


 魔避けカヅラは、ゴブリンをみると嬉々として集団で襲ってくるが、強い魔物となると姿を見ることもなく察知して逃げていくムカツクやつらだ。なぜ逃げれるか。魔力を感覚として感じることができるからだ。魔法を使えるゴブリンの仲間がいるときになると滅多に姿を現さなくなるか、あるいはいつもより多い数で現れるようになる。それはゴブリンたちの間で周知の事実だった。そいつらがここまで一斉に死んでいくということは、今ここには『魔力』が充満していると考えていい。

 しかし一体どれだけの魔力が満ちているのだろう。全く魔力感知できないゴブリンが、強引に感知できてしまうほどの魔力量だなんて。


 ゴブリンは倒れてしまいそうな気分の中で、なお、顔をあげて男と花畑を視界に入れる。そのおかげか、望んでいた光景がついに現れ始めた。たくさんの色で、彩られた花々がその色を失い、萎んで枯れていくのだ。男を中心にその枯れた花が広がっていく光景は、男が花を浸食していくかのようだった。

 そのまますべての花を枯らしきるかと思っていたが、しかしくさっても、ここまで広がった『災い』だ。凄まじい生命力で、枯れた花すらも養分にして、さらに新しい花があちこちで咲き始めている。だが再びまた男の影響で枯れて……と、静かに攻防のようなものが繰り広げられていた。


 少し経って、男の様子が変わる。

 男が光に包まれ、その光がはじけたと同時に、また魔力が爆発的に増えた感覚に襲われた。さらに内臓に重りがついたような感覚に思わず膝をつく。一度目よりも平気だが、やはり気持ちが悪い。花畑の外にある木々の森にも悪影響が出はじめていて、生気を失った葉が散り始めていた。


 まだこれでも災いは持ちこたえるのかと思ったが、そんなこともなく。

 すべての花が──花畑の花も、横で木に生えた花も、背後で草藪に咲いた花も。すべてが枯れて散っていく。その残骸の多くは風にのって、塵として消えていった。花が占領していた地面がむき出しになって、どこを見渡してもその花を視界に入れることはできなかった。


 ふわりと身体が軽くなる。

 自由になっていく身体が、ゆっくりと今起きた出来事の実感へとつながる。


 ──ついに、やったのだ。


 固さの取れていく身体を確かめながら、感じた。

 自分たちを追い詰めたか『災い』が、森を狂わせた『元凶』が、終わった。

 その最期をこの目で見届けたのだ。一つの災害の確かな終焉を。


 何もかもが、これで『収まった』のだ。


 ……ヒョコリ。


 まるでそんな風に、足下に植物の小さな、芽が生える。

 ただそれだけの出来事なのに、身体が一瞬でこわばるのが分かる。

 いや……。確かに災いは、消えた。それは身体から毒が無くなったことからも確かなのに。どうして新しく、芽がはえるのか。一面を被っていた花が散り、むき出しになった地面の──こんな、あちこちに……。


 一つはえた芽を追うように、次から次へとはえてくる芽。

 その芽はすくすくと育ち、あっという間に『つぼみ』を付けた。つぼみは丸く、栄養を豊富に蓄えたかのように張っていて、開かなくても微かに内側の花の色がこぼれている。


 ゴブリンはその光景を見て、ほっとする。


 ──これは違う。花の形が、つぼみの形が。『災い』の花とは全く違うものだ。


 何度も見ているそれを見間違うはずもない。間違いなく別の花、別の植物だ。ゴブリンは目の前にある、今にも咲きそうな『赤い色』のつぼみに視線が釘付けになりながらもそう結論づけた。

 

 そしてゴブリンはその事実を確かめるかのように、ゆっくりと『つぼみ』へと手を伸ばす。今にも咲きそうな、『赤い花』のつぼみへ。


 ……それは、気が緩んだ故の行動だった。


 自分の決めた役目を終えた達成感か。

 あるいはすべてが終わってしまったことによる虚無感か。

 それとも再び起こった異常に対する動揺か。


 なんにせよ、ゴブリンは普段とは違う思考で考え、普段なら取らない行動を、とってしまった。

 気が緩んでしまった。


 その結果は──


「ギィィィィィィイイイイ────ッッッ!!!」


 かなきりごえのような、絶叫。それはゴブリンのあげた悲鳴だった。

 唐突に起きたその『出来事』に耐えきれず、ゴブリンは後ろへ崩れ落ち、そのまま数回地面を転がる。それから「フゥ、フゥ」と荒い息を漏らして、片方の手を身体でかかえこんだ。咲きそうな花にむかって伸ばしていた方の手だ。

 ゴブリンは必死に、今起きた出来事がなんだったのかを確かめようとする。しかし腕を襲う強い感覚が、それを邪魔する。


「ギィ、ギィ、ギィ(痛い、痛い、痛い)──」


 頭が全く回らない。

 ただどうしようもなく、目の前で咲く『赤い花』から視線を離すことができない。


 何が起きたのか、まるで理解できなかった。


 いや……『出来事』そのものは明確に覚えている。焼きついたように今も頭の中で再生されている。鼻をくすぐる『肉の焼けた臭い』と、『焦げ臭さ』が何度も繰り返し想起させるのだ。何よりもその出来事は、とてもシンプルな出来事で、低い知能のゴブリンでも捉えることは簡単だ。


 それでも……。

 何が起きたのか、それをわかっていながらも、理解できない。何が起きたのかわからない。

 その未知さが、抑えきれない恐怖となって、赤い花から目が離せなくなる。


「ギィ──、ギィ──ッ!!(熱い、熱いッ!!)」


 結果は──あまりにも手痛いものだった。


 ゴブリンが『赤い色』がこぼれるつぼみへと手を伸ばしたときだった。

 その『つぼみ』は今にも咲きそうな、つぼみだ。


 そのつぼみに、ちょうどゴブリンがてを伸ばした瞬間。『つぼみ』が花開き、情熱的な真っ赤な花びらが綺麗に咲いた。

 それと同時に『炎』が柱のように、けたたましく上がり、伸ばした手を焼いたのだ。


 それだけが起こった出来事だ。

 起きたことはたったこれだけのシンプルな事なのに、なぜここまで意味がわからないのだろう。


 どうして炎があがる? こんな熱く、こんなにも強く。

 理解できないし意味がわからない。これまで生きて培ってきた、ちんけだがそれでも縋って生きてきた、経験が、まるで役にたたない。


 あまりの意味のわからなさに、思考がぐるぐると回る。だがすぐに恐怖が現実へと引き戻した。なぜならまたすぐそばに、『今にも咲きそう』な、別の『つぼみ』があったからだ。

 そのつぼみから溢れる『黄色』。

 そしてわずかな花びらの隙間から、覗けるほんの小さな光。そして光が発してる一瞬弾けたような音が、本能的に危機を理解させる。


 ──バチ……バチ……。


 ゴブリンはすぐさま立ち上がって走り出す。その時、ピチャリと音が上がった。水を弾く音だ。足下にある水色の花が今いるこの場所を水浸しにしているようだった。

 しかしゴブリンは構うことなく、立ち上がってすぐに走っていた。思考のキャパシティなど、とっくに越えている。今のゴブリンが理解していることなど『たった一つ』だけだ。そんな理解できないたくさんの事態よりも、本能で感じた危機だけを信じて走りだした。



 ゴブリンは『逃げる』。


 これまで生きてきたどんな状況よりも、異様なほど速く走って。

 だが走りだしてすぐに、落雷が落ちる尋常じゃない音が背後から鳴り響いた。濡れた足が感電したのかしびれと痛みが走り、出ている速度を落とせず無様に地面を転がった。だが転がった勢いのままに再び立ち上がり、また走り始めた。

 転がったときの衝撃も、腕の焼けるような痛みも、足のしびれも何も感じなかった。ただ恐怖と生存本能のままに、『アレ』から少しでも離れるために逃げ続けた。




 ──どれだけ想い違いをすればいいのだろう。


 ゴブリンは自分たちを滅亡まで追い込んだ災害の終わりを見届けるためにここへやってきた。あの男がすべてを終わらせることを期待したためにだ。

 でもそれは間違ってはいなかった。すべてが想っていた通りだった。男は災いをどうにかしてしまうほどの力があり、さらに災いと相容れなかった。結局災いと男は衝突して災いは消滅した。ここまでは何もかもが正しい。


 ……『間違って』いたのは。

 ……『想い違い』だったのは。


 すべての物事がそれで『収まる』と思ったことだ。


 結局認識の甘さがいつでも命とりだ。考えてみればそれは当たり前すぎるほど当たり前のことなのに。


 『災害』が、もし何かの『要因』で無くなったのなら。

 その『要因』となった『それ』は否応なしに──『災害』だ。


 そんな当たり前の事に、思い至らない知能の低さに苛立ちすらこみ上げてきそうだった。しかしそれも恐怖をごまかすために苛立ちにすぎない。ここへ来る前に感じた自分の命の役目なんて、今や幻のように消え去っている。その感覚がどうだったのか、今はもう思い出せない。


 災害をどうにかすると、簡単に捉えていたが。

 もしそれをどうにかできたなら、端から見てそれは災害と何が違うのか。何も変わることなんてありはしない。


 つまるところ……。

 この目で見届けた出来事は、災害が災害に取って代わっただけの『現象』だ。残った災害の方が当然、元いた災害よりも強く、そして取るに足らないゴブリンたちにとって災害はこれまでと同じように『あり続ける』。


 ゴブリンはただ『一つ』だけ理解していた。

 今日この出来事において、『良くなった』ことや『解決したこと』など、何もありはしない……ということを。


 今ここで走るゴブリンは、あの日と同じだった。

 集落を蝕む『災い』から逃げたときのゴブリンと。

 しかしその時よりも、絶望感が大きいのはなぜなのだろう。



「GAaaaaaaA──────!!」


 走っている最中、『ディガディンディル』が木を何本もへし折りながら、併走するように現れる。

 しかしゴブリンは驚くことなどなかった。その余裕がないというのもあるが、『併走』しているということは『同じ』なのだ。この森の強者である、辿魔であるはずの『ディガディンディル』すらも。身体に火がついて火だるまのようになりながら、一本無い足の切断面に氷を包ませながら、この魔物は同じように『逃げて』いるのだ。


 そんな魔物が気がつけばあちこちにいた。

 木の上や、さらにその上の空や。地面の上や地面の中なんかに。

 狂ったように走って、目の前にいる同族を踏みつぶして我先に逃げようとする魔物たちが。


 みんな認識せずには、いられなかった。

 『ゴブリン』と『ケルラ・マ・グランデ』の樹海そのものだけが、はっきりと『認識』したのだ。



 とてつもなく大きな──『異変』を。




 ◇◆◇



 ヨクン=シーベルは一人、樹海の中を進んでいた。

 一人なのは先行して危険な植物の群生地帯や魔物の巣などを避けるためだ。あるいは場合によっては事前に取り除いておくため。

 丈夫な糸を垂らしながら、十分に周囲を把握して森の中を進む。糸は少し距離をおいたところにいる、助手の一人につながっていて、安全な箇所をたどりながら糸を回収して進むというようになっている。今はそこに依頼主である騎士の集団もついてきていることだろう。


「ん……? これは……」


 そんなヨクンは足下にある、一枚の『花びら』に気づく。その花を見つめて、少しずつ顔に真剣さがおびえていく。頭に浮かぶのはいくつも国や街を飲み込んだ『世界で最も静かな災害』をまき散らす花だ。


「もしかして、今この森で起きているのは……」


 小さいころから樹海とふれあっているヨクンは不思議な力があった。それはスキルや能力といった《ステータス》に現れるほどの力ではないが、『ケルラ・マ・グランデに起きた異常を感じ取る』という力だった。

 ヨクンが生まれ育った街は、この危険な樹海と隣り合わせの辺境の街。危険地帯と接する分、当然、他の人間が暮らす街よりも街を襲う危機は多い。


 ヨクンはそんな街を襲う危機の多くを、事前に『感じる』ことができた。だからこそ、これまでヨクンの親しい人間はその危機に巻き込まれずにすんでいた。時々外れることのある力を、強い絆のある人たちは信じて行動してくれるからだ。彼らとのつながりは生まれ育った故郷と同じほど大切なものだ。


 だからこそ……ヨクンは同時に無力感と共に育った。

 強い絆と同じほど、大切にしている故郷の街が、黙って危機に襲われるのを見ているしかなかったからだ。あまりにも無力で周りに異常を知らせるのが精一杯で、ただ街が壊滅する光景を何度、歯を食いしばって見てきただろう。

 家族を失いながら弔いや悲しみにくれる余裕もなく生きるのに必死になるしかない街の人々の姿を見るのはもう十分だった。


「急がなきゃ…………」


 ヨクンは先を急ぐ。危機を止めることは、子供のころより力のあるヨクンにもできはしないだろう。

 ただ確固たる『異常』の証拠を掴み、それを持ち帰れば、より多くの人に信じてもらい行動に移ってもらうことができる。かつて強い絆で自分を信じてくれた人のように。


 そのために。


 街を襲う前に今度こそ──


「必ず……『異変』を突き止めてみせる」



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