第69話 最初で最大の──①
※『辿魔』=てんま(フリガナ忘れて申し訳ないです)
おだやかな風の中で、まるで妖精が空中で踊ってるかのように、多くの花びらがふわりふわりと舞っていた。そんな花びらや咲いている花は、カラフルで色とりどりで元の世界にあった、詰め合わせのキャンディを思い出す。鼻をくすぐる甘い匂いは、とても良い匂いで、それが逆に蠱惑的過ぎて罠にも感じられた。
とても美しい、花畑だった。
その中でそびえている、固まった魔物たちの銅像らしきものがなければ。異様など微塵も感じずに花畑の中を走り回っていたっておかしくはないだろう。そこまでメルヘンな人間ではないけれど。それでも首が動く範囲で最大限、右から左へ大きく見渡すくらいには美しい光景だった。
ふと、動きを止める。見渡してる最中でのことだ。
視界に入ってきたすぐ近くにある木へ、目を向けるために。気になった事が一つあったからだ。それはその木の幹にの途中で、ぽつりと咲いている一輪の、花。
──同じ、花だ。
すぐ側で地面を覆うように咲いている花と、特徴が一致する、『全く同じ花』。
さらに木を伝うように地面の方へ視線を移すと、その根元に生えている草にも、ぽつりと小さな可愛らしい花が咲いていた。木の幹や、花畑の花と、『同じ花』が。
全く別の場所に目をむけて、偶然目にはいった草藪にも、同じ花が満面に咲いていた。
どれもが別の種類の植物であるのは、言うまでもない。
なのになぜ──どれも全く『同じ花を咲かせている』のだろう。
「綺麗ですっ! とぉ~っても! この光景を額縁に納めて、飾ることができればきっと素敵だと思いますっ。でもそう思うと、ちょっと残念ですっ。春様にも見せられれば、良かったのにっ」
千は少し興奮した様子で、頭に結んだ二つの髪を揺らしながら言った。
光景を、額縁に納めるか……。千の願望をかなえられそうな方法として、真っ先に頭に浮かんだものがあるが、残念ながらそれは未だに手に入っていない代物だった。
「『カメラ』とか、あればいいんだけどな」
「……えっ!? それがあれば、できるんですかっ!?」
「あぁ、千は知らないか……。見えてる光景を、紙に写して保存できるようにする機械があるんだ」
もし『カメラ』を手っ取り早く手に入れるのであれば、【部屋創造】の能力でカメラのありそうな部屋をつくればいい。たぶん『機材室』みたいな、そんな感じの部屋を。『機材室』がそもそも項目にあったかどうかは覚えていないが、しかし覚えきれないほど部屋を作る項目はあるので、まあ無いということはないはずだ。
とはいえ『備品』のために『部屋』を作るのはできれば避けたい。『RP』の消費があまりにも激しすぎる上に、『コンパス』のように手に入れたのに役に立たないなんてこともあるからだ。端的に言って、割に合わない。
ただもう終焉の大陸のような、人のいない陸の孤島ってわけでもない。普通に真っ当な手段で、手に入れればいい。ただ問題なのは……。
「こっちの世界にあるかどうか──」
「あるに決まっておるじゃろう。どれだけ原始的な世界として見ておるんじゃお主は」
あるらしかった……。
召喚前に見たことのある、フィクションの異世界にありがちな中世のようでは、どうやらないらしい。
「じゃあじゃあ、それを手に入れればこの光景を飾っていつでも見れますかっ!?」
「まぁ飾っていつでも見ることはできるだろうけど。でもこの光景は無理なんじゃないか。今手元にカメラがあるわけじゃないし」
「そうですか……残念ですっ! ではせめて、一つだけでも摘んでお部屋にかざりましょうかっ!?」
「アホ。毒じゃぞ。危険なことくらい、見れば分かるじゃろ。あの部屋の中をパニックにするつもりか」
ティアルにそう言われながらも、ちょっと諦めきれない様子の千が、伺うようにこちらに視線を向けてくる。
「ダメ」
「うっ……」
しょんぼりとしょげる千。ピクリとも動かない、不気味な魔物達の銅像がうようよいても、ここまでこの光景を楽しめる千をすごいと言えばいいのか、心配すればいいのか。ちょっとだけ考えてしまった。
「──あの花が毒って」
会話に入ってこなかった日暮が、ティアルの言葉に気になったことがあったのか言葉を発した。ただその声の質はいつもよりも低く、硬い。
「ふむ。そろそろ、その話をしようかの。といっても見たとおりじゃが。あの花は気体の毒を発しておる。その毒を吸い続ければ最後にはあの動かなくなった魔物達のように、まずは筋肉が使えなくなり、動けなくなったあと、今度は体内がかためられる。要約すればこれがあの銅像ができるまでの経緯じゃ」
「毒……今は大丈夫なのか?」
「無論、大丈夫でない。ただ、効果がでるのに時間が必要なのじゃ。今は微かに甘い香りがするが、本来は無臭で、微弱な毒だからの。その毒の中で長時間呼吸を続けることにより、毒が堆積し、一気に効果があらわれて生物の身体が蝕まれる」
「なんのために、そんなことするんですかね~? 植物ですよねっ」
「固まった生き物は雨でほんの少しずつ溶け、風に削られながら、その下で咲く花に流れこみ養分となる。自力で、自分自身への『肥料』を作るための『毒』なのだと、わしは見ておる。諸説あるがの……。
ただ事実として、この花が咲き乱れてるころには、どこまでも静かで、花が広がる楽園のような光景だけが残るのじゃ」
「『やがて風だけを残して』」
「ほう、知っておるのか」
無臭で微弱な毒。それはおそらく『気づかれないため』の毒だ。決してこの花が弱いから弱い毒しか出せないとかそういう事ではなく。強い毒よりも、それが最善だ、ということだ。
認識外から、意表をついて獲物を狙う魔物の類と同じ感じがする。ただ、一つ気になるのは、意表をつくにしては、あまりにもこの花畑の光景は目立ちすぎているんじゃないかということだ。今実際香る甘い匂いも、あからさまでは危険だとわかって獲物が逃げるのでは無いだろうか。そこが少し矛盾している気がする。
今のところただ毒を発する少し危ない花という感じだが疑問がのこるので判断はまだできそうにない。間違いなくこの花には別の秘密があるだろう。
しかしそれはそれとして、だ。
どうやら異常な生態の植物や魔物に関して言えば、終焉の大陸で生きてきた経験が、どうやらこちらでも生かせそうだ。
「前に、この花で作られた違法の薬を売ってる罪人を捕まえたことが、ある」
「なるほど、『ベリエット』か。まあ国家に関わる者ならば、真っ先に知っておくべきじゃろうの。どの国も、この花の種子一つ持っているだけで、親類まで極刑を課せられる。それほどあらゆる方面で甚大な被害を及ぼす『災害』じゃ、これは。
もっとも静かで、もっとも美しい災害。風だけを残して、すべてを蝕む厄災の花。『風残花』はの」
「──さっき森の中で」
二人のやりとりは、一見普通なように見える。少なくともティアルはいつものように飄々とした様子で説明をしていた。
しかし日暮の方は違った。ゆっくりと、確実に、隠しきれない感情が声ににじみ出ていた。
「『すでにここまで広がっていたのか』って、すでにこの花が樹海にあると、知っていたのか……?」
「……? 当然じゃ」
「ッ! どうしてッ! 知っていて、そのままにしていたんだ!!」
抑えきれずに爆発してしまった日暮が、ティアルに詰め寄る。そしてティアルを押し倒すような勢いで、胸ぐらを掴んだ。それでもティアルはピクリとも動かず平然とたったままだった。
「そうすればこんな広まらずに、済んだじゃないかッ!
どうするつもりなんだ……。この樹海も、それ接する街だってッ! ヘタをすればすべてが飲み込まれてしまう!!」
ティアルは、しらけたような目つきをむけながら、つまらなさそうに答えた。
「そうじゃの。全く違うはずの種類である植物なのに、全く同じ花が咲いてるこの異様な光景を見れば。あそこで固まっている魔物なぞ、この花の恐ろしさの中では序の口なことがすぐ分かる。なぜならこの花は発する毒よりも、その拡大の仕方に災害と言われる所以があるのだから。
それは独特な繁殖の仕方……いや、もはや『感染』ともいうべきか。
『土の中』から別の植物の根に自らの根をつないで、その植物を内側から乗っ取り、組み替える。そうして咲く花は、本来のその植物の花ではなく、毒を発する色取り取りの『風残花』じゃ。
全くその兆候すら感じなかった場所で、いつもの光景を保ったまま。なのに「はて、こんな花を咲かせる植物であっただろうか?」と気づいたころには、もう毒は身体を蝕んでおる。
重要なのは、じゃ。
この災害は多くの出来事が結果的に地上で起きておるが、本質的な部分はすべて深い土の中で行われる、ということじゃ。要するに、ただ強い攻撃を放てばそれで済むような、簡単な事態では決してない。
それで……なぜどうにかしなかったのか、と?
簡単じゃ。『しなかった』からではなく『できなかった』のじゃ。わしには地下で広がり続ける風残花の根をどうにかする手段は持ち合わせていない。せいぜい地上の花をすべて焼き払って、ほんの少し広がるのを遅らせる程度じゃ」
ちらりと、こちらへ視線を向けてくるティアルに、その詳細な説明が俺へ向けたものであることを察する。確かに今後のことを考える上で、必要な情報なのでありがたかった。がまるで気にもかけられてない日暮が少し気の毒だった。
「それにの」
ティアルは掴まれ続けていた日暮の手をつかみ返す。正面からにらみつけてくる日暮の目を見つめ返し、声を向けるのが俺から日暮へと移ったことを明確に示すかのように。語調が強く、攻撃的になる。
日暮から「ぐっ……」と声が漏れる。ティアルに負けじと向かい合っているが、苦しそうに歯を食いしばっていた。
「もし仮に、わしに何かが出来たとしてじゃ。何かをせねばならない理由が、わしのどこにあるんじゃ。まさかわしが人間へ配慮して、対処をすると……? 笑わせる。まさか、わしが何という称号でこの世に認識されているのか知らぬはずもあるまい。『勇者』であるお主が。
わしは人間と魔族を区別はせぬ。が、そこまで積極的に何かをするほど、別に人間が好きというわけではないことを、その足りぬ頭に入れておくがいい」
何かが辛くなってきたのか、日暮の顔に大きな汗の粒が流れだす。掴まれた手は赤みを帯び始め、軽く震えていた。かなり強い力でティアルは、日暮の手を握りかえしている。もはや日暮はティアルの胸ぐらをつかめてはいない。
「ぐっ……だけど……。ぅ……ッ!
この森には魔族もいるって……言ってたじゃないかッ! その人たちだってこの『災害』の影響が──」
「だからわしは魔族と人間を区別せぬと言っておるじゃろう。そもそも影響というがの、お主この『樹海』が、『どうやって生まれた』と思っておる? 『魔族』と『人間』の争いの果てにたった一人の『竜王』が……。『緑竜王』──"ハラトゥザルティ"が、暴虐をまき散らすように一つの国をつぶして、発生させた場所じゃぞ?」
…………なにやら急に知ってる名前が出てきた。
"ハラトゥザルティ"……俺が名前をつけたことにより今は名前がかわっているので現『よもぎ』だが、この樹海を、よもぎが作ったのか?
もし本当の話なら、すごいな。終焉の大陸でも、ここまでの森を作る環境魔獣はなかなかいない。『国を潰して』というあまりにも不穏漂うロクでもない単語はあえて無視した。
とはいえ、こっちにおけるティアルやよもぎの立場とは一体どういうものなんだろうか。今更になって、少し気になった。
「『影響』やら何やらを言うのなぞ、周回遅れも甚だしくはないかの? この花が樹海を覆うのと、国を樹海が覆うこと。一体なんの違いがある。国が樹海に、樹海が花畑に。より強いものが形を作る自然の成り行きに過ぎぬと、そう思わぬか?」
「ぐっ、あぁぁああああああ────ッ!!!」
力をこめ続けるティアルに、苦悶を隠す余裕のなくなった日暮はそれを強く表情に浮かべ、限界を迎え膝をついた。それと同時に、あがる叫び声。そんな様子の日暮を、ティアルはつまらなさそうに見つめながら、またさらに力を入れていた。いやここで……さらにいれるのか……?
いくらなんでも、まずい。
まさかそこまでするとは思わず、止めるのが一瞬遅れる。その一瞬の間に掴まれた手首から何かが砕けるいやな音が鳴ってしまった。
「ティ──」
いい加減止めるために声をだした瞬間、ティアルが「ふん」とつかんでいた日暮を投げ捨てる。受け身が取れない日暮は土の地面に直撃しながらゴロゴロ転がった。その姿を見ながらティアルは「それでもなんとかしたいなら、自分でするんじゃの」と吐き捨てるように言って、興味を無くしたのかのように視線をそらした。
俺は【治癒魔法】をかけるため日暮へと近づく。だがすぐに「大丈夫」と日暮に制されてしまった。どう考えても大丈夫な様子ではないが、少し動かすだけでも痛そうな手を日暮は懸命に動かし、元の世界の古い家庭用ゲームにあった【メモリーカード】のような物を一枚取り出した。そしてそれ持って、小さく【ロード】と呟く。ただそれだけで身体がすっかり元に戻っていた。
便利そうな能力だな……。
ちょっと感心した。戦って以来日暮の能力を見てなかったから、詳細は深く知らないが、服についた土汚れまでなくなっている。未だに流れている脂汗だけを残して、前の様子と何らかわりがなかった。
「どうしましょうか、秋様っ。今の話を聞いていると、私たちも結構、毒を吸ってそうですけどっ。計画を変更なさいますかっ!?」
さっきのやりとりの間中、花畑をうっとりと見つめていた千が、側に近づいてきて言った。一応話は聞いていたようだ。
「毒は無臭なら四日から、五日程度で堆積の許容を越えて症状が起き始める。ここは微かに香りがするから、かなり毒が強まっておると考えて……危機的に捉えるなら今日中には毒の範囲を脱したいところじゃの。無論スキルやレベルによりけりなのは言うまでも無いが」
「ここをすすまないと、ティアルの住処にはいけないのか?」
「最短ルートではあるが、ここを突っ切る必要は別にない。ただ……これだけ広がっておるともはやどこまで風残花の影響が続いてるのやら……。へたすれば樹海の外周を半周ぐるりと回るぐらいにはなるかもしれぬな」
「それは時間がかかりそうだな……」
とはいったものの、この花と毒から逃れるのは、簡単だ。今すぐにドアを出して部屋の中に逃げこむ、それだけでいい。
さらに未だおきっぱなしである、この大陸について最初においた『門』を使えば、迂回をするときの時間を短縮することができるだろう。
あるいはティアルが言ったように、目に見える花のすべてを焼き尽くしてしまうのも手かもしれない。根本的な解決にはならなくても今すすむための手段としては十分有効だ。
そこまで考えて……。
しかしすでに俺の中での『答え』は、すでに決まり切っていた。
「今ここで"対処"して進もう」
『災害』と真っ向から『対峙』することを──。
選択するのに時間は全くかからなかった。
なぜなら選択肢は多いように見えて……その実あまりにも少ないから。
俺は今千夏を救うためにここにいる。だがその猶予は果たしてどれだけあるのか。
死の淵ギリギリまで命を投げ出した少女が。傷を治療したからといって、食事も水分もまともに自分でとれず、苦しげに目を覚まさずにいる状態を、一体どれだけの時間続けることができる?
『残された時間』は、俺が思っているよりも、きっと遥かに短い。その事実が、選択を自然と限らせる。
とにかく今重要なのは、少しでも千夏を助けることにつなげるための有益な何かへとつなげることだ。解決の助けになる情報でも、千夏の状態を見てくれる人でも、治すことのできる薬草でも。何か一つでも巡り会う確率を上げて、天秤を少しでも千夏が救える方へと傾けるためには、目の前の災害を放っておくことはできなかった。
千夏を救える人が毒に蝕まれ、千夏の助けになる薬草が感染して作り替えられては、元も子もありはしないのだから。
さらに、もう一つ付け加えるならば。
この災害は、あまりにも『あつらえ向き』だということだ。
最初目的にしていた、情報を得ること。そのうちの『自分の力がこの大陸においてどの程度なのか』という情報を得る相手として。
この大陸の『災害』がどれほどのものなのかを。終焉の大陸の『災害』を身にしみて知っているからこそ、その二つにどれだけの差があるのかを理解することができる。俺自身が全力でこの『災害』と真っ向することで、だ。
結局のところ俺は手段として力も用いる。ならばそれがどの程度のものなのかを知っておくことは、これから行動していく上で役に立つし、いつかしなければならないことだろう。知らずに重要な場面で何か予想の出来ない事態に陥るよりかは、早ければ早いほどいい。
これが今俺の考える、最善の選択だった。
「本当に、できるの……か?」
日暮の不安そうな声には、答えなかった。
代わりに三人に少し遠くへ離れてもらうよう指示をした。
これだけの規模の災害だ。躊躇も、迷いも、油断もいらない。手をぬいて災害が残っちゃいましたなんて事態がおきる確率は、確実に潰しておく必要がある。そのためには三人には遠くにいてもらったほうが都合がいい。
「とりあえずそう長くは、かからないはずだ」
日暮、千が頷いて遠くへ離れていく中、最後にティアルがこちらへと近づいてくる。
「大丈夫かの?」
果たしてそれは、『どちら』の心配をしているのか。
「大丈夫」と答えるとティアルは翼を広げて宙へ飛ぶ。
三人が離れたことを確認した俺は、再び花畑を目に入れた。周囲は『もっとも静かな災害』というだけあって、とても静けさに満ちていた。そしてやっぱり、花畑の光景は圧巻なほど美しかった。
「とっとと、やろうか」
一瞬『竜木』のときに感じた『やりづらさ』の感覚がよみがえる。
だがそれは今、必要のないものだ。すぐにそんな思考を無理やりかき消す。
そして俺は────
【新着topic(new!)】
『風残花』
風だけを残してすべてを蝕むと言われる、厄災の花。根から別の植物をのっとり、咲く範囲を広げると毒で様々な生き物を固めて自分ようの肥料をつくる。国家にとっては土地も人も空気も蝕む天敵のような存在。大量の奴隷を投入し消耗を惜しまずに地道に除去することが一番確実に処理する方法として定着している。
※次回更新予定は1月10日の予定です。
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