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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 最初で最大の衝撃
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第67話 再出発と再遭遇


期間が空いてしまったり、キャラクターや設定が多くて負担をかけてしまい大変申し訳ないです。

できるだけ早くキャラクターや設定をまとめたものを別の作品として投稿したいと思います。




【おさらいtopic】


『登場済みの使用人』


・千──セン

第43話で戦う秋の加勢に入ろうとしたティアルを止めて若干揉めたりしたメイド


・錦──ニシキ

第55話で日暮が暴走して外にとびだしていったのを春に告げた人物(名前だけ)


・驃──シラカゲ

第52話でサイセ・モズを魔物から助けたり第60話で日暮にご飯作ってあげた男


・鞠──マリ

第60話で日暮の膝に座ったうにゅうにゅ言ってる小さなメイド少女




 踏み心地の良い、柔らかい絨毯を踏みしめながら進んでいた。

 目的のドアにはすぐに辿り着く。長く艶のある灰色の髪を軽く揺らしながらドアを開けて中へと入る。そして部屋の中を見渡した。

 部屋の様子をみて満足げに、軽く頷いて


「全員揃ってますね」


 春はそう呟いた。


 ──【部屋創造】。


 それは灰羽秋が使うことができる部屋を作ることのできる能力。

 一般的に想像する普通の部屋から、自然の環境を巨大な箱に閉じ込めたような部屋とは思えない部屋まで。その種類や効果は驚くほど多種で多様だ。


 作られた部屋はドアによってつなげられ、連なっていく。

 それはブロックを組み合わせて遊ぶおもちゃにも似ている。だがその規模や発揮する効果は、おもちゃというにはあまりにも絶大だ。


 連なった部屋と部屋は、やがて一つの大きな『形』へとなっていく。

 一番初めに部屋を作ったころとは比べものにならないほど広く大きく。

 小さいながらも、世界の様相を呈するほどまでに。

 

 そんな【部屋の領域】を維持し管理するための存在がいる。

 『使用人』。

 そう、呼ばれていた。




 部屋の中には『八人』の男女がいた。


 メイド服や、執事服を着た者たち。それぞれの個性にあわせて多少アレンジされている。

 そんなメイド服のスカートの裾を翻し、あるいは執事服のネクタイをしめながら彼らは扉からたった今入ってきた春の方へと身体を向けた。


 春の後ろからついてきていた冬が、続けて部屋に入ってドアを閉める。それと同時に春は、口を開く。


「話は聞いていますね?」


 使用人たちは頷く。


「では──あなたたち『使用人』を秋様のお供につけます」


 端的に告げた。


「先ほど秋様は終焉の大陸をお出になりました。

 やがて別の大陸に辿りいたとき、あなたたちは秋様と合流してください」


 秋にドアを作ってもらうための布石は打っていた。

 坂棟日暮をソリに乗せて追わせた駄狼が一瞬頭に浮かぶ。 

 

「では目的を確認しておきましょう」


 ──春たちにとって最も忌避すべき事は。

 秋が一切ドアを作ることなく移動して行動することだ。


 秋はいつでもドアを出して部屋に戻ってこれる。

 だけど反対に部屋の中から秋の場所へ行くことは難しい。

 それは極端な可能性として、もう二度とドアを作らなければ二度と会えないということだ。


 秋と部屋を、春たちは常に『繋ぎ止める』必要があった。

 

 使用人を常に秋の側に置いておき、定期的に交代していけば必然的に秋はドアを作らざるを得ない。秋はとてもよく気を遣ってくれる人間だから。使用人がいなければ部屋の世界に負担がかかることを知っている。

 だからこれで秋と部屋をつなぎとめる目的は達成できる。

 しかしこの場にいる誰も──そんな役割なんかで終えようとは思っていなかった。


「異論はありますか?」


 沈黙で部屋が満たされる。

 反対の言葉は無かった。あるはずもなかった。


 なぜなら『使用人』は春と同じだから。

 意志も、目指すものも、役割も同じ。

 ルーツすらも……どこか春と似ていた。


 だから使用人の全員が秋を崇拝して敬愛している。

 そんな彼らが常に秋に部屋を作ってもらうために、まるで足枷のように付き纏うなんて、そんな役割に満足するはずがない。

 

 ピクリ、と冬の身体が揺れる。


 使用人たちは、誰一人喋らずに沈黙を保っている。

 しかし佇まいや発する空気が。微かな身体の動きや目の奥の光が。言葉を発さずとも彼らの『力』と『意志』をいやでも感じさせた。それはやる気の表れなのか、歓喜の表れなのか。どちらにせよおっかないと冬は思う。


「──質問だが」


 落ち着いた男性の声が、尋ねた。


「何人で付けばよろしいのかね?」


 細い身体に、高い背の執事服を着た人物。声から考えるに男性のはずだが、顔の表面のすべてを包むように包帯が巻かれているため断言はできなかった。包帯によって表情も、顔の形も、瞳もすべてが隠されている。

 肩には、ちょこんと頭に花を咲かせた『まり』という小さなメイドの少女を乗せて。組んでいる腕の袖についているボタンには、『にしき』という文字が刻まれていた。


「そうですね。部屋の中を管理する仕事がありますから、人数がそれほど回せるわけではありません。

 ですから、そう……『二人』。二人がちょうどいいと思います。

 二人が秋様のお側について、一定の期間で交代していくように調整します。『目的』の数も『二つ』ですのでちょうどいいですね。『交代』というのも都合がいいですから」


 そう告げると、それぞれが頷く。会話の流れで二つの目的も一緒に確認しあった。

 それで真剣だった会話は、一段落する。


「別の大陸はこことは随分違うらしいね。

 ここの大陸だと僕たちは自分たちを守って生きるのに精一杯だけど、その場所なら僕達でも秋様の役に立てたり、一緒に戦えたりするかな?」


 何気なく『しらかげ』が呟いた言葉に、全員が耳を傾ける。

 別の大陸の話はティアルから、よく聞いていた。だがそれでも知っている事は驚くほど少なく、状況はかなりの手探りだ。


 それでも……言えることがあるとすれば──

 一切の淀みがない、事実があるとすれば。


「『するかどうか』という段階ではもうありません。『するしかない』のです。

 既にもう、たったそれだけが、私たちに与えられた『活路』なのですから」


 春は考える。


 灰羽秋が部屋に帰ってくるのかどうか。そんなの本来なら考える必要がない。

 普通の人からみればこの部屋こそが灰羽秋の力であり、帰る場所であり、この世界の故郷のはずだ。


 しかし灰羽秋は、孤独の性質を持つ。


 厳しい世界を生きるために、強くあるために。

 自分自身をいとも簡単に削って、研ぎ澄ますことができる。諦めて自立することができる。


 ふと、ある感覚を思い出す。それはついこの間。自分が尋常じゃないほど『強くなる』のをはっきりと感じた。

 あのとき感じた不安感や危機感は、これからも薄れることはないだろう。それほど恐ろしさが記憶と感覚に深く刻みこまれている

 

 秋は最長でも三ヶ月で終焉の大陸から部屋へ帰ってきていた。

 それは一見すると外での活動に限界が来て切り上げたように見える。しかし実際には部屋の中で不安を感じている者のために、あえて切り上げてくれていたものだったと、その時に気がついた。本来なら秋は終焉の大陸に居続けるのに『限界』なんて、とっくに存在していなかった。


 ただ現状を維持しているだけではもう、消え去っていくしかないのだ。そう感じざるをえなかった。

 『新しい風』に頼るだけでは足りない。


 ──強くなるしかない。


 そう、冬に声をかけた。

 しかしそれは冬だけじゃなく、すべてに言えることだ。

 世界の厳しさに、例外などありはしない。自分自身すらも。


 だから……。

 

「まずは見極める事から始めましょう。秋様はとても小さく弱った少女をつれて、戻ってきました。それは本来の秋様が取る行動からかけ離れていると、私は思います。なぜそうまでして少女を救ったのか。どう心境の変化があって、今現在何が変わって、逆に何が変わらずにいるのか。私たちはそれを考えて、見極めて。そしてその情報を余すことなく有効に使う必要があります」


 使用人達は全員が、春の言葉を真摯に聞いて頷いた。 




「春様っ! そういえばなんですけど~」



 話が終わり、使用人達がぽつぽつと解散していくとき『千』が声をかけてきた。 


「千、どうかしましたか?」

「あの女はどうしたんですかー? なんか、言ってましたよねっ。この間っ」

「あの女……?

 あぁ、ティアルですか。

 彼女を使用人に誘った話ですね。それは──」




 ◇◆◇




「千夏をもし他人に見せて治療してもらうのであれば

 『魔族』に限った方がいいであろう」


 ティアルがそういったのは、現状の確認をしていたときだった。

 雹を部屋に返してそのままの場所で──辺りは森が雪化粧されていて地面には雪が厚く積もっていた。


「まず誰かに『頼る』のであれば、取れる選択肢は大きく分けて二つしかない。『人間』か『魔族』か、じゃ。

 しかし実際のところは一つしかない。千夏が魔族だからじゃ。魔族と人間の対立は根深く、特に今いる南大陸から中央大陸にかけてはそれがさらに苛烈になっておる。もしここから一番近い街に行くとすれば、樹海を抜けた所にある『人間の街』になるが……そこへ魔族の子供を連れて行ったところでまともに取り合ってもらえぬであろう。問答無用で拒否されるか、街を追い出されるか……へたすれば捕まるなんてこともあり得る。わしも大陸を出て流れ着いたのがこの南大陸だったもんじゃから、苦労したのう……」

「そこまでなのか?」

「無論、これは魔族側であるわしの一方的な意見じゃ。もしかしたら違う可能性も当然ある」


 そういうと、ティアルは日暮に目配せをした。

 日暮は暗い表情を浮かべて視線から逃げるように、顔を伏せた。それは異論が無い、ということなのだろう。そして浮かべた暗い表情の意味は考えなくてもわかることだった。


「それにそういった感情を抜きにもう一つ理由がある。千夏の状態が『魔人族特有』の症状なのであれば、人間には治療の知識がない。人間は人間の治療方法しか知らぬ。一方で魔族は別種族同士でも情報の共有がある」


 ティアルの言葉を飲み込んで、現状に当てはめて思考を巡らせていく。


 状況は極めてシンプルだ。


 終焉の大陸に転移してきた、傷ついた少女を、その手をとったのにも関わらず俺は救いきれなかった。

 傷は完璧にふさがって治っている……。そのはずなのに千夏は部屋につれてからまだ一度も目を覚ましてはいない。

 発熱で少し苦しげに眠っており、髪には時々虹色の光が輝いている。


 終焉の大陸にいたままでは千夏を治して、目を覚ませることが可能だとは思えなかった。

 だから大陸を出てここまで来た。しかし来たからといって解決というわけでもなく、むしろここからどうするかが問題だった。



 ──俺は千夏のために、どうするべきか……。



「確かに話を聞いた限りだと人間より魔族の方が良さそうだ」


 もし、頼るのであれば……だが。

 ティアルは頷いて、人差し指をピンと立てた。


「以前話したように、『魔族』という言葉は

 複数の種族をまとめた『総称』じゃ」


 つまり魔族という言葉は、一つのくくりだ。

 魔族といっても、実際に『魔族』という種族がいるわけではない。


 ティアルは立てる指を人差し指だけでなく、増やしていく。

 片手だけじゃ収まらず、最終的に止まった時九本の指が伸びていた。


「魔族はこの世界にいる『九つの種族』を指しておる」

「……え?」


 日暮が驚いたように声を漏らす。


「『九種族』……? 確か、魔族は『八種族』だって私は聞いてたんだけど……」

「ふむ、興味深いの。人間の間ではそう言われておるのか? まぁ人間には八種族でも変わらぬであろう。そもそも、『その種族』は本来なら滅多に姿を現さぬのだから。とりあえず話を戻すぞ? 今重要なのはおぬしの知ってる八種族の方であろうからの」


 さらりと流すティアルに、日暮は若干腑に落ちない素振りながらも話から身を引く。それはティアルの言う通り、千夏を治す手がかりを探すのに、謎に満ちた魔族のことなんかは関係ないからだろう。


 日暮の気持ちも、わからないでもなかった。俺自身今のやりとりで、気にかかった事があった。

 日暮が『八種族』といったとき、本来『九種族』ならどの種族が欠けているのかをまず考えてもよさそうなのに、ティアルはまるで考えるそぶりすら見せず話を進めていた。『それ』が何かわかりきっているかのように。そこまで特殊な種族ということなのだろうか?


 とはいえティアルの言うとおり、それは今考えることではない。


「確かに話を聞けば、選択肢はその『八種族』の魔族しかなさそうだな」

「もし魔族にコンタクトを取るのなら、わしが間を取り持ってもよい。魔族には割と名前が通っておる身じゃ。秋だけよりもスムーズに事が運ぶはずじゃ。

 ただ、問題なのは魔族の大規模な村落や街へ、ここから行くとなると相当の距離がかかる」


 ティアルと話をしていくなかで感じていたことがある。それは自分が想像以上に無知だ、ということだ。

 それは孤立した大陸に閉じこもっていたから当然の話だが。一方で召喚されて十年。前の世界に換算すれば十三年近い年月この世界で過ごしているのもまた事実だ。少なくとも日暮と俺はこの世界に来た年月は同じだ。

 それなのに知識の足りなさを感じる情報の不足がここまでとは、はっきりいって想像以上だった。


 思っているよりも俺はこの世界を何も知らなくて。

 そして終焉の大陸とはまた違う方向にだが、世界は思っているよりも広いらしい。


 まるで何も知らない所に放りだされたように手探りの状況だった。

 それは例えば、とてつもない大陸にその身一つで召喚されたかのような──。


 ──『ギィ……』


 ふと懐かしい出来事を思い出す。

 随分遠くなった日だけど、忘れるわけもない。


 息を深くはき出して、空を見上げる。


 千夏を完治させて目を覚まさせるために、俺は何がすべきか。


「とにかくまずは『知る』事から……かな。情報と知識が足りなさすぎる。

 この樹海の中をひとまず進んで、色々なものを把握することからまずは始めたい」


 どんな選択肢を取るにしても、知識がまず必要だ。

 もし仮に、魔族とコンタクトを取るにしてもそれは変わらないだろう。


 魔族に頼ることになったとして、話が『取引』になったとして。

 そのとき果たして魔族を信用できるか、できないのか。正しいことを言っているのか、言っていないのか。

 俺が代価として差し出せる、価値のあるものは何か。


 取引が決裂し最悪襲われたとして、俺の力はどれくらい通用するのか。


 今の俺には、その判断をするための基準が欠けていた。

 だから優先して知るべきものは、終焉の大陸とはまた別の『世界』そのものと。

 そしてそこにおける──自分自身の事を。知る必要があった。


「賛成ですっ! 千も興味ありますっ!

 『たいりく』ってやつが違うだけで、全然様子が違いますしっ!

 環境は変わらないし、魔物はいないんですかねっ?」


 ニコニコと元気よく答える千。千も俺と同じく終焉の大陸から出たことがないので、好奇心や興味は俺と変わらなさそうだ。


「いいと思う……」


 対照的に落ち込んだ様子の日暮。

 気になってどうしたのか訪ねてみると、ティアルと違って何も助力できない自分に落ち込んでいるらしい。ティアルはその様子を鼻で笑いながら「年期が違う」と突き放すように言い、千が「ウジウジとウザいですねっ!」と言った。 

 なんだろう。慰める様子が一切無い光景に異世界の文化を感じる。


「ふむ。ならば秋よ。『進む方向』が決まっておらぬのならば

 樹海の中にあるわしの住処の方向へ向かわぬか?」

「ティアルの家?」


 そういえば、ティアルはこの樹海からやってきたんだっけか。

 ならば暮らしていた場所があるのも当然か。


「そうじゃ。あの扉の世界に移るためにも荷物を取りに戻ろうかと思っておっての。

 ついでといえばついでだが、上手くいけば『魔族』と出会える可能性があるかもしれぬぞ?」

「魔族に……?」


 それは──悪くない提案だと思う。

 情報を得るといってもやみくもに動くよりは、指向性があったほうが効率がいい。やみくもに樹海を徘徊するよりも。

 でも疑問に思うこともあった。


「この辺りにはいないんじゃなかったのか?」

「大規模な集団はの。ただほんの少数だが樹海の中で生活している魔族がおるんじゃ。一人では揃えきれない物をいくつか取引しておる。全部一人でとなると生活にかかりきりになって、研究がおろそかになってしまうからの」

「ふむ……」


 ならば、行ってみる価値はありそうだ。

 情報を得る、魔族と面識を持つ以外にも、色々とできることがあるのがいい。

 春からも『ドア』を定期的に設置してほしいと頼まれているし。


「最初からそう言ってればよかったのではっ!?」

「ッチ。元々最後には提案するつもりだったわ。知識が不足している秋に合わせて順序立てて言っただけじゃ」

「なるほど〜見事な配慮ですねっ!」

「……むぅ」


 ティアルが複雑そうな顔で、言葉が詰まったようにうなる。突っかかってきた言葉に応戦したら、肩すかしを喰らったような感じだ。千とティアルに何があったか知らないが、仲が悪いよりはいい方が望ましい。使用人たちもこうして別の大陸にいることがいい経験につながるだろうか?

 

「とりあえずは、決まりかな」


 目的のための、道筋ができていく。

 道があるのならば、すべきことはたった一つだ。


「進もうか」


 深く続く樹海の中へと身体を向けて、歩き出す。

 前に向かって、進んでいく。




 ──『進んで』。



 ……『前へ進む』。

 それは、一体どこへなのだろうか?





 ◇




 とても強い、風が吹いていた。

 木も草も生えてない荒れ果てた、広く真っ直ぐ続く道のような場所にたった一人。


 進むこともなく。

 戻ることもなく。

 

 『孤独の道』に佇んでいた。

 

 轟音のような風の吹く音と共に、土煙の混ざった風と黄土色の雲が混ざって、縦横無尽にうねる。

 それはある魔物がいる証だ。何もかもを砕く強い風を纏わせた魔物が『道の先』にいる証。


 災害魔獣──《嵐》。


 それは終焉の大陸を生き延び、環境に完全に適応した姿だ。

 環境を塗り替え周囲をなぎ倒していく圧倒的な『力』も、不必要なものをすべてそぎ落とした瞳も。すべてが終焉の大陸の到達点である『現象の魔物』の特徴だ。


 道の先──前を見つめれば必然的に《嵐》の姿が目に入った。

 前にいる《嵐》もまた、荒れ狂う嵐の隙間からこちらを覗いていた。

 一切の感情を感じさせない、とても美しい『無機質な瞳』で──覗いて。


 そして尋ねていた。

 言葉よりも明確に、ありありと時に瞳は、どんな言葉よりも深く人に語りかけるから。



 ──『どこへ行くのか』。


 《嵐》は尋ねていた。


 ──『行き着いたはずだ』。


 《嵐》の言葉を引き継ぐかのように、別の自分自身が心の中で囁く。


 世界は、どこまでも厳しく。

 その中で、強く、幸福に生きるには。

 幸福を諦めることこそが幸福だ。


 幸福への思いを削ぎ落とすだけで。

 どこまでも強く自分を研ぎ澄ます事ができる。

 まるで『現象』のように。


 あるいは──『災害』のように。


 そこが『到達点』のはずだ。

 そこに至るまでが『進むべき道のり』で、だからもう『旅路』は終わった。

 そのはずなのに。

 

 

 『どこへ行くのか』。


 

 災害魔獣──《人外》はただ一人で、取り残されたように立ち止まっていた。

 道の先にいる、『到達』した魔物たちのいくつもの視線をただ見つめ返していた。




 視線に、何も答えず。

 


 

 ……視線──。







 『視線』を感じて振り返った。

 振り返るとすぐに目と目が合った。じっとこっちを見つめている、千の瞳と。

 千は普段浮かべている笑顔を、一切無くしてこちらを見ていた。それは真剣な表情と呼ぶべきか、あるいは無表情と呼ぶべきか。どちらにしろ、かわいらしい花から、冷たいつららになったかのような印象の変化だった。

 普段笑顔と合っているからこそ、今の表情だと飾り立てたメイド服が急に不釣り合いに見えてどこか不気味にみえる。


 まるで千が、部屋に来たばかりの頃のようだと思った。


「どうかしたか? 千」


 そう声をかけると、にこりと何も無かったように、いつも浮かべた笑顔に戻す。


「楽しみですねっ、秋様っ!」


 身体を弾ませるように隣に寄ってくる。声も同じくらい弾んでいた。

 二人で並びながら、樹海を進んで会話を続ける。


「そうか? 千は何がそんな楽しみなんだ?」

「この樹海にいるらしい『魔族』ですっ。何でも『もっとも美しさに生きる』と言われているそうですよっ。悪魔女が言ってました!」


 美しさに生きる。

 それはもっとも見た目の美しさに気を遣っている種族、ということだろうか?


「そうか。それなら、千とも気があうかもしれないな。

 なんて名前の種族なんだ?」

「『花人族かじんぞく』って言うらしいですよっ!」

「へぇー……」


 全然、知らない。それにこれまできいてきた魔族──天使族や悪魔族に比べて想像すらもつかない種族だ。

 

「誰が悪魔女じゃ」


 先導するために、先に進んでいたティアルが戻ってきて言った。

 少し遅れすぎていただろうか。日暮もティアルと一緒だった。


「そんなに悠長に進んでいられる状況でもなかろう。

 見通しの悪い状況とはいえ、無意味に時間を浪費する必要もあるまい。

 何か気になるものがなければ、先を急ぐ。よいな?」

「あぁ、うん。ごめん」


 怒られてしまった。

 気を取り直して再度、森を進んでいく。


 この森は前の世界の森と比べてみると、鬱蒼としたジャングルに近いかもしれない。

 でもそれは無理矢理当てはめてみればの話で、実際にそうかといわれれば全く違う。やはりこの世界を前の世界に当てはめ比べることは難しい──そのことをふとしたときに、実感する。


 例えば今視界の横を通った、宙に浮かぶ風船のように膨らんだ植物なんかもそうだ。

 サッカーボールくらいの大きさで、この森にいくつも浮かんでいる。木漏れ日の射さる場所に向かってその植物はふわふわとたんぽぽの綿毛のように進んで、同じように集まってる浮いた植物の群れに混ざる。そんな光景が森の中にあちこちにある陽だまりで見られた。


 それは少しでも光にありつくための進化なのだろう。

 この樹海は頭上を木が分厚く覆って薄暗く、日光がとても貴重だ。だからその草は、宙に浮かんで自分で移動して、光を自分自身で手に入れることにした。


 その植物は陽が暮れると、今度は暗い闇の中で淡く発光するそうだ。

 青色や赤色なんかに色づいて。全く陽の射してこない場所に目をむけると、陽が出てる今でもちらほらとそれを目にする。なかなか異世界っぽく幻想的な光景だと思うが、この光が薄暗くなりがちな樹海の植物にとっての貴重な光源になっているそうだ。ティアルはその植物の特性を利用して、光源として活用していた時代もあったと教えてくれた。


 こういう微妙に意表をついてくる生態の感じは、終焉の大陸でも覚えのある。


 この世界には魔素があり、魔力がある。

 さらにスキルや能力もあれば、竜や精霊なんかはこれらとは全く別の力を使うらしい。

 とにかく生き物の持つ『力』がとても豊富だ。


 そんな力を魔物も人も植物も、もしかしたら無機物でさえも持っている。

 だからこの世界は想像もできないくらい多様性に富んでいる。突拍子もない生態の魔物や植物なんかがあちこちに見られる。宙に浮かぶ植物や、水の柱を作って稚魚に空中の餌を取らせる魔物なんかが。


 これは終焉の大陸でも変わらない。同じ共通点といっていいだろう。


「秋はこうして別の大陸に来てみて。実際今森に入ってみて、どうなんだ?

 その……感じたこととか。違いとか。そういうのを感じるものなのか?」


 樹海を進みながら、雑談をするように日暮が声をかけてきた。

 少し先で進んでいたティアルも、声が聞こえていたのか、軽く後ろを振り返って歩調を緩めた。それは会話を止めるというより、どちらかといえば聞く態勢に入っているような仕草だ。それは千も同じだ。いや、千はどちらかと言えば俺側じゃないか?


「そうだな……」


 まだ森に入ったばかりで、感じたことは多くないが三人の期待する空気に呑まれて話を始める。

 今気づいたけど、女性三人に囲まれている今の状況は羨まれる状況なのかもしれないが、なんせ勇者と、魔王と、終焉の大陸で暮らすメイドの三人だから……。常識を知らない俺でも、異様な組み合わせだと分かる故か、額面通りに目の前の光景を華だと感じることはできなかった。


「終焉の大陸とこの大陸で最初に感じた大きな違いといえば

 一つ一つに目が行き渡らせられることかな」

「……? 行き渡らせられる……?」


 よく分からないとでもいうように、日暮が不思議そうに首をかしげる。


 それはさっきティアルからテプア(浮いた明かりの草)の説明を受けたときのこと。

 不思議な生態を持つ草。それはテプア以外にもこの森にたくさん生息している植物の一つ一つに同じことがいえるだろう。この樹海でいたるところに咲いている竜川花りゅうせんかという樹海特有の花とかもそうだ。


 たとえば『固有種』というのは終焉の大陸には存在しない。


 常に生まれては死んでくし、発生しては消えていく。それだけが法則で、逆にそれ以外に法則はない。

 だから何かが何かであり続けるというのはありえない。それこそ……『現象の魔物』以外は。

 そのことについて説明していると、恐ろしそうに「現象の魔物……」と日暮が呟いた。傍で、ティアルが「そうだの」と相づちをうつ。


「『固有種』の話に付け加えるならば、『魔物の種類』も終焉の大陸はおかしい。本来なら地域ごとに魔素溜まりから生まれる魔物には、必ず傾向があるはずなのにあそこにはそれが全く感じられぬ。空中で魚が生まれる、と言えばその異様さが際立つじゃろう。だからどれか特定の種類を終焉の大陸だと象徴することは不可能じゃ。むしろそのどれも選べない雑多な状況そのものが、ある意味象徴ともいえる。

 おぬしの言う『現象の魔物』についてはわしはあまりしらぬがそれも特定の種族だから、頂点にたったというわけではあるまい」


 終焉の大陸は、『種族』の括りなんて存在しない。《大森林》は『樹虫』という種族だが、他の『樹虫』が《大森林》と同じかと言えば全くもって、そんなことはない。だから終焉の大陸は『自分の種類』なんかで推し量ることはできないのだ。


 ただどこまでも、『力』と『生き延びること』だけを中心にして巡る世界だ。


 終焉の大陸では強い魔物を常に思考に入れて判断していく必要がある。

 本来ならいろんな種類の魔物や植物が生きているはずだが、戦う余波で消えていくような魔物を思考にいれることはない。無駄なことに思考を割く余裕なんてないから。

 

 だけどこの大陸ではそんな終焉の大陸にとって『無駄』な一つ一つを見渡せる。

 それが大きな違いであり、新鮮さだろう。


「……ずっと思ってたけど、秋はそんな厳しい大陸で最初はどうやって生き延びたんだ? 能力とかスキルで、ていうのはわかるけど……。でも同じ状況で私が同じことできるかといえば無理なのはもちろんだけど、例えば私が秋だったとしても、生きていけるとは思えないんだ」

「それは……」

「わしも気になるのぉ」

「私もですっ! 昔の秋様、とても気になりますっ!」


 適当にはぐらかそうと思ったら、予想以上に需要があり気圧される。

 情報を得るためなのに、むしろ与えてばかりな気がしたが……でもそうでもないか。

 特にティアルには大陸を出てからずっと、色々なものを教わっているのだから。

 ここらで少しずつ返すのもいいだろう。


 気を取り直して、俺はちょうどさっき思い出した一番始めに出会ったゴブリンとの逃走劇を話すことにした。


 興味深そうに耳を傾ける三人に話をしながら、森を進む。

 すでに樹海を進み始めてかれこれ三時間。若干の肌寒さはあるものの、雹のせいで積もりに積もった雪道からはすでに脱している。足元には草や花、土が顔を覗かせていた。

 ここらで、そろそろ認めなければいけないことが一つ、あった。



 ──おかしい。


 ……魔物に出会わない。

 どうしてか、その様子が一切感じられない。


 ティアルの話ではここは植物と同じくらい魔物が多いとも言っていた。

 気配を探ってはいるものの、生き物の気配は感じているが植物の気配があまりにも強くて少し分かりづらい。本当にここの植物は生命力に満ちている。へたしたら森林を作る環境魔獣『緑』が生み出す森よりも上だ。


 所々にある魔物の痕跡なんかを見ると、いるにはいるようだが、なんだか魔物に避けられている気がする。

 もしかして終焉の大陸に合わせた立ち振る舞いが悪いのだろうか?

 

 木を隠すなら森の中というが終焉の大陸で隠れるなら魔物の中だ。どんな環境だろうが魔物がいないというのはほぼない。

 強すぎず、かといって弱すぎず。魔物の群れの中の一体のようにして魔物に紛れこむこと。その立ち振る舞いが終焉の大陸での汎用性に富んでいて、すでに行動として染み付いているから今も実際そうしている。


 『終焉の大陸にいる魔物の群れの一体として紛れ込むように』──だ。


 だがしかし、ここでは魔物と出会わない。ティアルは普段この森で魔物とよく出会うと言っていたからティアルが理由なわけじゃないはずだ。そうなると千と俺がおかしいことになるが……たぶんこちらの方に問題がありそうだ。

 つまり俺自身が『紛れ込めて』いないのだ。強さと弱さ、どちらかに過剰に傾いていてあまりにもくっきりと浮いている。


 加減が難しいな……。

 終焉の大陸でこんな風に悩んだことなんて無かったから勝手が掴めない。『魔物と出会いたい』だなんて、そういえば一度も思ったことがなかった。

 

 『終焉の大陸は桁が違う』とは、元々言われていた。

 だがその桁が違う大陸で、少なくともティアルは魔物を倒している。

 そんなティアルと同格の存在がこっちの大陸には何人かいるらしいから、あまり油断しすぎるのもどうかと思ったんだが……。

 

 別の大陸の基準がつかみにくい。だからこそ早く魔物に会って色々確認したい。


 とりあえず気配と存在感をもう少し無くして、目立たないように振る舞うように努める。

 これでもう少し時間が経てば、魔物が出てくるようになろうだろう。


 小さな変化に敏感に気づいたティアルが、ちらりとこちらに目を寄せてきた。

 千は変わった様子がないが、気づいていないということはないだろう。

 唯一日暮だけが、今話していた大陸の日々を聞いて「どちらをすごいと言えばいいのか……」と唸るように呟いていた。


「秋は私たちほかの『44代目勇者』とは、大違いだ。最初の方はとにかく常識を勉強したり、スキルの使い方や能力の使い方を学んで、戦いの訓練したり。最初に戦う相手すら『ベリエット帝国』にお膳立てされて、何不自由なく過ごしていたから」


「それはまた、あまりにも違うな」


 ──『44代目勇者』。

 それが本来俺がなるべきはずだったものだそうだ。


 俺は誤転移せず、普通に召喚されたらどうなっていただろうか?

 あまりにも違いがありすぎて想像がつかないが、間違いなく言えるのは今の俺とその俺は全くの別人なのだろうということだ。


「そんなに、かな?」


「そりゃあね」


 魔物が寄ってくるまでの間、暇つぶしもかねて話を続ける。


「終焉の大陸で藻掻いている間はずっと思っていたよ。

 ここは──『想像出来ない事が入った箱だ』と。

 とにかくどんな対策をしようと、どんなに備えようと、開ければ確実に箱の中身は想像を越えてくる。起きた出来事はでたらめで、千差万別なのに、想像が出来なかったということだけがすべてにおいて共通しているんだ」


 その認識は十年生き続けた、今現在も変わっていない。


「言い得て妙じゃの……」


 ティアルが進みながら、相づちをうった。

 日暮は黙っているが、頭の中で何かを考えていそうだ。少し気を抜きすぎだな。


「そろそろ魔物が出てくるから、気を抜きすぎないほうがいいな」

「えっ?」


 驚いたような日暮を余所に、頭上の木の枝が、ガサガサと音を立ててゆれる。

 その場所から、ひょこりと獣の魔物が表れた。


 やっと魔物が現れてくれた。

 これでこの大陸の魔物が一体どれほどなのか、知ることができる。

 まずはスキルの【鑑定】をして《ステータス》を──


 そんな事を思っている間に、魔物は崩れ落ちるように木から落ち、ドサリと音をたてて地面に力なく倒れた。


「「えっ?」」


 さっきと同じように日暮が驚きの声を上げるが、今回は別の声が加わっている。俺だ。


「ピクリとも動かないな……。死んでるのか?」


 スキルの【鑑定】を発動する。




 『魔避けカヅラの死体』

 魔避けカヅラの死んだ身体。




 どうやら本当に死んでいるらしい。

 倒していないのに、《ステータス》を確認する前に死んでしまった。

 ティアルを探りながら呟く。


「『魔避けカヅラ』──気絶かと思ったが、どうやら本当に死んでおるようじゃの。

 わしでも気絶までなんじゃが……本当に桁違いなんじゃの……」


 どこかショックを受けているような声色で。


「くっ! 痛っ、このっ!」


 背後で別の魔避けカヅラに木から飛びかかられた日暮が、頭に乗られて襲われていた。

 引き剥がそうと格闘する日暮の側でちょうどいいからもう一度【鑑定】をかける。今なら《ステータス》が見えるはずだ。


「【鑑定】」




 『魔除けカヅラの死体』 

 魔除けカヅラの死んだ身体。




「「え……?」」


 【鑑定】から意識を離して、視線を戻すと驚いた日暮と目があった。

 日暮の手には魔避けカヅラが力が抜けたようにして握られている。直前まで引きはがそうともがいていたのに、急に簡単に引きはがせて驚いていた様子だった。


「秋様を見た瞬間に、死んだようでしたよっ!」

「俺を見て……?」

「魔避けカヅラ──魔避けカヅラの『魔避け』は『魔族を避ける』という意味からきておる。相手の『強さ』を感覚的に見抜くことに長けていて……ほれ、これがそのための器官じゃ」


 ティアルが死体を持ち、頭についていた猫のひげのようなものを指ではじく。


「この大きな目は視覚に秀でており、固有スキル【強者心眼】も相まって力を見抜くことに関してはかなり特化しておるといっていいじゃろう。勝てぬ相手を見極めて素早く逃げ、反対に弱い相手には何十匹もたかってなぶるように狩る。レベルの基準が高い魔族の子供は襲われぬが人間やゴブリンなどの亜人にとっては害獣扱いじゃの」


 日暮からもう一体の死体を受け取り、観察しながらティアルの声を耳に入れていた。

 大きい目だからかかなり愛くるしい見た目をしている。変な狸やアライグマのようだ。

 しかし説明を聞いても、『俺を見て死ぬ』という、若干失礼だとも思えるふざけた現象の理由にはならないんじゃないだろうか。


「くくく……これは俗説なんじゃがのう」


 面白そうに、ティアルが笑う。


「あまりにも強すぎる相手を見ると、どうやらこの魔避けカヅラは感覚が暴走してショック死してしまうらしい。こんなふうにの。わしでも見られて気絶されるくらいで、実際に死ぬのはみたことないが。

 どうやら秋がいればこの森の魔避けカヅラは取り放題じゃの、くくく」


 おかしそうにティアルが笑う。

 この魔物の《ステータス》は結局分からなかった。『情報を得る』という目的の道中において手痛い肩透かしだが、俺がこの森で歩き回るだけでどうやらこの魔物がバタバタと死んでいくらしい事はとりあえずわかった。しかしどうやってこの情報を生かせばいいんだ?


「枯れてる」


 ティアルと会話の間、黙っていた日暮が唐突に呟いた。

 日暮の方へ視線を向けると、こちらの足下をじっと見つめていた。ふと見ると、千も同じ場所を同じように見ている。


「枯れてる?」


「ほら」


 足下に目を向けると、確かに生気がぬけたように枯れた草が敷き詰められていた。

 なんだろう。ただ草が枯れた場所に、たまたま俺がいただけなのか?


 ──いや。


 この樹海の植物はどこをみても青々と茂っている。

 枯れている植物を探すのが難しいほどに、だ。

 なのに足元ではまるで枯れ草が水たまりのように広がっている。

 


 そしてその光景を目にしたのは、不思議になって視線を枯れ草と青い草の分け目のところにうつしたときだった。


 茶色が緑色を浸食するように。

 今まさに、この瞬間、茂っていた植物が枯れていた。はっきり言って異常な速度だといっていい。

 次々と。まるで何かに感染するかのように、はっきりと草が枯れていく。そんな光景が『円状』に広がり続けている。

 

 『俺自身』を中心とした『円状』に……。


「……一体何をしておるのじゃ?」


 そういってティアルは、自然に視線を向けたのは俺だった。

 当然だ。どう考えてもこの不自然な枯れる現象は、他でもない俺自身の影響でそうなっている。現状ではそう思うのが自然だ。俺だってそう思ってる。

 ただどんな理由で、どんな影響を与えてこうなっているのかは知る由もないが。


「何もしてるつもりは、俺にはないな」

「ふーむ……。これはさすがにわしでも何が起きておるのかわからぬのう」


 広がり続ける枯れ草を見てティアルがそう呟いた。

 

「最初は雪道を歩いていたから分からなかったんだろうが、とはいえ歩いているときも特に異常はなかったけどな」

「立ち止まると影響を及ぼす、かの?

 ふむ……。なら、ひとまず進むかの。枯れる前に進めばとりあえずはそう影響も大きくはなるまい。わからぬものを考えたところで、わからないものはわからぬからの」

「……それもそうだな」



 そうして再び、森の中を進んでいく。


 『知る』ために。

 これはそのための道のりだ。


 『自分自身』がこの場所で何ができるか。

 『この大陸』はどういう場所なのか。

 まずはそれを知らなければ始めようがない、だからこそ知る。


 そして何かを知るということは『接触』をするということだ。

 どんなものでもそうだ。終焉の大陸だってドアの中から外を眺めていたが、結局実際に出て大陸と接触することで知識を得ていった。

 それはこの場所でもきっと変わらないはずだ。


 だからこそほんの微かに頭によぎる。

 それはあまりにも微かで思考というよりも感覚に近かった。 


 たったこれだけの『接触』で、起こった出来事を見て。



 ──『耐えられる』だろうか、と。


 『接触』に。



 『この場所』は。

 この──『世界』は。


 

 それからさらに樹海を進んでいくと、周囲から浮いたかなりの大木が見えた。

 なぜか根元には朽ち果てた家のような廃墟があり、その木はそんな廃墟の屋根を突き破って生えていた。


「もともとこの場所は人間の国があったが、一夜にして丸々森に飲み込まれた。だから廃墟がいたるに存在し建物と同化しておるのじゃ。これから先こんなのが、いくつも見られる。中には魔物の巣になっていたり冒険者が宝探しに訪れるような場所もある」


 一夜にして国が森に飲み込まれる……。

 何をすればそんなことになるんだろう。災獣か?


「この木の周りだけ、ぱったりと『植物』が途絶えてるのは何故なんだ?」

「それはこの木が『竜木』と呼ばれる種類だからじゃ。この木はこの森の『ぬし』とも言える存在で、『竜脈』の影響を受ける植物はこの木の周囲に入るとたちまちに枯れてしまう。竜木はこの樹海に一定の距離を開けて点在しておるから、樹海に慣れた者なんかは、この竜木を道しるべにして自分の居場所を確認したり、魔物のなわばりなんかを察知したりしておる」

「なるほどな」


 竜木、竜脈……。やたらとこの樹海は『竜』の単語が出てくるな。

 それとこの場所に来て気づいたが、なんとなく地下から感じる大きな力の流れは一体なんなのだろうか。これがもしかして竜脈か? 終焉の大陸では感じたことない力だ。

 逆に今更だが終焉の大陸には全く別の力が満ち溢れていたのだとようやく自覚する。『魔素』とティアルや日暮は呼んでいたが、こっちの大陸では『魔素』が強い違和感を覚えるほど薄い。それは終焉の大陸をでる氷の道の途中からすでにそうだったけど。


「もしかしたら──お主が植物を枯らしてしまうのはこれと同じやもしれぬのう」

「同じねぇ……」


 ──ガサガサ。

 竜木が植物を枯らしてしまう範囲の外。廃墟を突き破って生えた大木を囲うように存在する植物の茂みが唐突に揺れた。

 会話を止めて、音がなった方へむけて振り返る。


「おぉっ?」


 現れたのは魔物だった。しかしそれは気配ですでにわかっている。

 それでも少し驚いたのは、知っている魔物だったからだ。 

 馴染みが深い魔物だ。やはり縁があるのだろうか? だいぶ姿は違うものの……。

 

 緑色の肌。

 知っているよりも、少し明るい色をしている。


 腕も細くて、体つきも知っている姿に比べればとても弱々しく感じられた。

 顔つきだって、頭に思い浮かぶのはもっと凶悪だ。


 その魔物は、俺たちの存在に今気がついたように身体を硬直させる。

 そしてどうやら緊張した様子で、声をあげた。




「…………ギィ」



 それは別の大陸で初めて出会う、ゴブリンだった。



【新着topic(new!)】


『魔族』

世界にいる九つの種族を束ねた総称。平均的なレベルが人間よりも高く、基本的に人間とは対立関係にあるとされている。


『魔族一覧』

・魔人族

・天使族

・悪魔族

・獣人族

・森人族

・花人族

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 使用人の数が一致しない??全員そろった。8人だよね?? 春、冬、千、紅、鞠、蛮、しがらきだよね。あれ筆頭はどこに入るの??まさかの同一人物かな??
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