第4話 春の訪れ
「春はどこまで知識をもっているんだ?この世界について知っていることがあれば教えてほしいんだが。というか春って能力で産まれたと言っていたけどまだ産まれて間もないのか?」
「秋様、質問をする際は一つずつにしたほうがよろしいかと。愚かに見えますので」
「あぁ……悪い……」
俺と春は今、『玄関』の靴を履き替える段差のところで隣合うように座っていた。そこで腰を落ち着け現状とこれからについて話し合おうとした矢先、春に出鼻をくじかれたところだ。
春はさっきまで猫のように目を細めて撫でられていたのに、今はその時の面影もなくツンとしている。
そして言うことがいちいち正しいため、俺自身も何も言い返せずなんともいえない気持ちだ。
「まぁいいです。私たちは今現在『何も知らず』、『何も決まっていない』状況。食料や水の確保と早めに対処したい問題がある今、時間を無駄に使うのは愚かというもの。進められる話は素早く進めていきましょう」
そういうと春は俺の最初の質問に答えはじめた。
「私はさきほど、この『ドア』があそこの森に現れたと同時……この部屋と共に産まれました」
さっきもさらっと言っていたけど信じがたい話だ。
別に春の言うことが信じられないわけではない。ただ俺の中にある『命はこうあるもの』、『命とはこう産まれるもの』という『決めつけ』が、春の産まれた経緯を受け入れることを否定、拒否する。
しかし今横に座っている春はどのような経緯で産まれようと、今『生きている』のは確か。撫でられると目を細める歴とした生きている女の子。その感覚だけは俺の中ではっきりとしてる。たとえ『決めつけ』が否定しようとも。
「といっても私には昔から『存在していた感覚』があるのでついさっき産まれたという感じではありませんが」
「存在していた感覚?」
ただ能力によって産まれたってことじゃないのか?すごい気になるな。
「はい。この服に見覚えはありませんか?秋様」
「服?」
何故突然服のことを?見覚えなんてあるわけない。
春が着ている服は黒を基調としたワンピースだ。所々に白い飾り付けがアクセントとして飾られており、その飾りが黒色を重くしすぎないよう絶妙に気が配られている。
はっきり言って俺の感性というか好みにピッタリ……あうな。いやちょっと待て、合い過ぎだ。
待てよ、本当に見覚えが無いか?記憶の中に『引っかかり』があるぞ。
その瞬間、雷のように記憶が頭の中で浮き上がる。
「そうだ。昔、中学生のとき授業中に暇だからノートに書いた服のデザインだ」
ずいぶん昔の、それも俺の記憶にあるのは平面の『絵』。春が着ているのはすでに出来上がった『服』、それを見て思い出せないのも無理はない。
しかし何故春がきている?これが春の言っている存在していた感覚に関係あるのか?
「思い出しましたか。そう、これは中学生のとき数学の授業に退屈されていた秋様がデザインした服。かわいらしいですね。私は気に入っていますよ」
そう言いながら春はスカートの端をつまんで軽く持ち上げる。その仕草はとても絵になっていた。
自分の作ったものをほめられるというのは嬉しいものだ。しかしこれは相当昔のものなので俺の中では正直照れというかくすぐったい気持ちの方が強い。
しかし、だ。今はそれよりも春に聞かなければならないことがある。先ほどの春の言葉のおかしい点。多分あえてそういう言葉の選び方をしたのだろうが。
「春、俺は『数学の授業』なんて言ったか?」
俺は確か春に「授業中に」としか言っていなかったはず。数学なんて言葉は一度も俺は使っていない。
「そうです、秋様。正しい指摘です。そこで私という存在の本質。そしてこの秋様がデザインした服につながります」
春は既にしっかりとしていた姿勢をさらに正して、言葉を続ける。
「結論からいいます。私は『秋様から産まれました』。これは既に『能力で産まれた』というところから想像つくと思います。ですが、重要なのは、私はもとから『秋様の中に存在していた』ということです。これが『存在していた感覚』の話に繋がります」
俺の中に存在していた?どういうことだ?
「そうですね。主人公の視点になってプレイするゲームのようなものでしょうか。主人公を操作できないという点がゲームとは違いますが、主人公の視点と一緒になって知識を学び、経験を得る。つまり私は秋様の中で既に『秋様がしてきたこと』を『してきた』という感覚があるのです。存在していた感覚とはつまりそういうことですね。ただ私の中にあるのはあくまで秋様の『経験』と『知識』だけ。秋様の『感情』や『思い』などは私は知りません。私はあくまで私ですので。
ちなみにこの服は私が部屋に産まれたときに最初から着ていたものです。主の前で裸体を晒すなどという失態は愚かの極みですので。そのような醜態を晒すわけには参りません」
話を聴きながら頭の中で、たしかに、と頷く。
元々俺はそんなに人と急激に仲がよくなるタイプの人間ではない。一人っ子で一人で過ごす時間が苦に感じないということもあってか、そもそも今までに友達らしい友達ができたことすらない。知り合い程度の人間関係ならあったが。
なのに今俺は、春と苦もなく隣り合って座れているのは春のそういった経緯があるからなのかもしれない。
ただ、今までの俺の行動をほぼすべて知っている事に関しては、言いたいことがいくつかあるが。主に羞恥心絡みで。
「理解したよ、春の事は。なんとなくじゃなく完璧に。確かに顔もよくみれば俺の面影が少しあるしな。灰色の髪の毛は全く似てないけど」
俺がそういうと春は俺を見つめて小さく首をかしげる。なんだろう。何かおかしいことを言っただろうか?まるで「何言っているんだコイツは」と言いたげな仕草だ。
「秋様の髪の毛も見事な灰色ですけれど」
「え……?」
嘘だろう? 俺は黒髪黒目の純粋な日本人のはず。いやそもそも他国にも灰色の髪の毛がいるなんて聞いたことないし関係ないか。そうなると異世界に来てからか?髪の毛が灰色になったのは。何かあったか?
「髪の毛……変化……『灰色』……あっ」
ステータスを見る。灰色というワードから起こされた記憶の通り、称号の欄には『灰色の勇者』の文字があった。そういえば勇者として召喚されたんだよな、俺。
「灰色の勇者だから灰色の髪ということか?」
「おそらくそうかと思われます。それより、秋様。話はまだ終わりではありません、まだ私は秋様の質問『どこまで知識があるのか』について答え終えておりませんので」
「ん?春の知識は俺の『経験』と『知識』じゃないのか?」
確かにさっき春はそういっていたが。
「私の『役割』をお忘れですか秋様。愚かです。私には秋様の『経験』と『記憶』の他にもう一つ持っている知識がございます。それは秋様の能力【部屋創造】についての知識です」
春はさっき自分のことを『部屋管理人』といっていた。なるほど。【部屋創造】の能力で産まれ、それを管理する立場にいる春が【部屋創造】の能力について知らないはずがない。
「『【部屋創造】の知識』。確かに【部屋創造】は俺の能力なのに、俺はまだ自分の能力について何も知らない」
それは自分の手と足がどういう形をしていてどういう風に動くのか、全く知らないということ。
「我が部屋の主様は今後どうなさるおつもりでしょうか?」
春が立ち上がり、俺の正面に立つ。品性を感じる立ち姿だが春の瞳には今までにないほど真剣な眼差しをしていた。
「今後というのは『理想』に対しての今後ではありません。食料も、水も、レベルも、力も、情報も何一つ足りず明日生き残るのも厳しい今この瞬間の現状、『現実』に対しての今後です」
「……」
確かに今、俺のおかれている状況はかなり厳しい。いや厳しいなんてものじゃない。
外には間違っても俺が倒せないような魔物がごまんといて、食料や水のあてもない。武器も道具もなく、あるのはこの『玄関』という安全地帯とほんの少しのスキルのみ。それでもあるだけましだと思うが、だが今の俺は実質この『玄関』に閉じ込められている状態。それが今の俺の『現実』だ。『詰み』といっていいくらいの絶望的な状況。
だが
「まだ、分からない。判断はできない。なぜなら俺の手には未知の手札があるからだ。そうだろう、春」
そういうと春は真剣だった顔を一転し、名前に負けないふわりとした柔らかい笑顔を浮かべた。
「もうしわけありません秋様。少し、出し惜しみをしてしまいましたね。愚かでした。ですが秋様に現状を正しく認識していただきたかったのです」
「ああ、分かっているよ」
気にしてないという意をこめて、春の頭を撫でる。
撫でられている春は本当に猫みたいだ。