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第64話 イェーイ!!

※日暮視点からです




 ある日のこと。

 もうすこし詳しくいうと、私が調査団の悲鳴に気付きドアの外へ駆けだした日から、数日ほど遡った日の事だ。


 その時の私はまだ、秋の真似をして終焉の大陸の世界をドアから覗き見ていた頃で。

 だからその日も起床して、身支度を整えて、いつものようにリビングから『ラウンジ』へ出た。

 ドアを開き、柔らかい絨毯の広がるラウンジに一歩足を踏み出して──そして、足を止める。


「(……なんだろう……?)」


 違和感を抱いた。

 ここ数日ラウンジに入り浸りだった私は瞬間的に、それを感じた。

 なんというか、部屋の中がざわついているというか落ち着いていない。


 とにかくいつもと様子の違う気がする部屋の中を立ち止まって伺う。

 数人のゴブリンが忙しそうに歩いて回っていて、その中に時々、二足歩行の狼が混じっている様子が見られた。


 ラウンジというのは、色んな部屋につながる中継所のような場所なのだそうだ。

 だからこうして誰かしら、あるいは何かしらを見かけることが時々ある。

 でもそう。なぜか今日は、その数が少しだけ多い。普段は本当にまばらにしか見かけないのに。


「どうしたんだろう」


 その理由がわからず、首を捻りながらラウンジを歩くと、どこからか見られている感じがあった。


 気になったので視線の方へ顔を向ける。

 ラウンジの奥の方。そこのソファに向かい合うようにして座っている、大きな鎧の二人が、小さく鉄の擦れる音をたてて私の方に視線を向けていた。


 …………。視線。

 フルフェイスの鎧だからそもそも本当に視線があるのかわからないけど。


 魔物、なのかな。

 いや、間違いなく、魔物だとは思う……。


 私にとって魔物とは倒すべき敵だ。

 少なくとも召喚されてからベリエットではそういう風に生きてきた。

 でも、ここでは違う。魔物が普通に生きて、なんだったら、一緒に共存している。


 どうしたら、いいのだろう。

 思わずその場でたじろいでしまう。

 無視して、歩いていったほうがいいいのかな……。

 

 ──ペコリ。

 

 そんな風に思っていると、二人の鎧の人たちが会釈をするように頭を下げた。慌てて下げ返すと何もなかったかのように鎧の人たちは視線を戻し、向かいあう姿勢に戻った。


 今更で、しかももう何度も体験したことだけれど。

 やっぱりここにいると、常識というものが藁で作られた家のように簡単に崩れ去ってしまう。

 しかもまだこんなもの『序の口』といった、感覚があるのだ。


「(ずっと思ってたんだけれど

  ここには一体どれだけの人が住んでいるのだろう……」


 この部屋の世界は、召喚されてから十年の年月で秋が一から作った場所だ。

 だから当然のようにこの部屋には積み上げた歴史がある。厚みがある。そしてその厚みを私は、今のところ全く計り知ることができていない。

 未だにどんな人たちがどれだけ過ごし、どんな場所がどれだけ広がっているのかを全く知らない。

 ティアルはその辺を、食い入るようにして探っているようだけれど。


「──私とは、全く違うな」


 自嘲するように、思う。

 十年──。

 秋がこれだけ培っている間に、私はどれだけのものを培うことができただろうか。

 少し考えてみるけれど、思い浮かばない。


 培う──それどころか、失ってばかりだ。

 大切で尊敬していた人も。私を良くしてくれていた姉のような人も。

 たくさんのものが勇者という地位と共になくなってしまった。


 勇者。

『44代目赤色の勇者』。


 ついこの間まで十年間、そうだったはずなのに。そうであったことがもう随分と昔に感じられた。特にその地位に執着があったわけではない。でもやっぱり、昨日まで良くしていてくれていた先達勇者の人たちや、同じ44代目の人たちが突如、私を追う敵に回ってしまうのは少し、胸の奥に感じるものがあった。


 ──いけない……。

 その感情を、感じないように胸の奥に溶け込ます。

 あまりに自分勝手で、自業自得な、私なんかが感じていいものではないから。


 44代目赤色の勇者でなくなった私は一体今、何者なのだろうか?

 一瞬そんなことを考えたけれど、でもすぐにやめた。


 ここでそれを考えるには、あまりにも滑稽すぎる。

 44代目灰色の勇者とすら認識されていない。それどころか、これほどのことをしておいて未だこの世界で何者でもない。そんな彼の作ったこの場所で、それを考えるのは……。


「今頃……私の、捜索任務かな……。

 いや、終焉の大陸だし刻印も消えたから死亡扱いか……」

 

 私以外の44代目の顔を久しぶりに思い浮かべて、考えたのは、そんな事だった。


「坂棟日暮」


 名前を呼ばれる。

 振り返ると、そこには春さんがいた。


「今日の食事は、『食堂』の方で取っていただくよう、お願いします」


 食事は基本、秋が作ってくれるものをリビングで食べている。

 でもこうしてリビングではなく『食堂』で食べるように言われるときは、大体、秋が部屋の中にいないときだ。

 だからたぶん今、秋は部屋の中にはいないのだろう。起きて会わなかったときに、なんとなく察してはいたけれど。

 私は春さんにわかりました、と返して、それから続けて尋ねた。


「なんか今日、少し部屋の中の様子がおかしいような気がするんだけど……。

 何か、あったんですか?」


 そう聞きつつも確信があった。間違いなく何かがあったと。

 今日のこのそわそわとした空気と、秋がいないのも、きっと同じ理由だ。そう直感していた。


「何も。何も起こってなどいませんよ。

 坂棟日暮──あなたに関係あることは、気にかけるようなことは、何も。

 それと外を眺めるのも今日は控えていただくよう、お願いします」


「…………はい」


「それでは」


 言いたいことを言い終え、さっさと立ち去る春さん。

 しこりのような、疑問だけが残ってしまったけれど、立ち去る春さんの背中にもう一度物を訪ねる勇気は、私には無かった。


「……『食堂』に行こう」


 ぽつりと取り残された私は、起きてから何も食べていなかったのと、やることができなくなった事から『食堂』へ移ることにした。


 ラウンジの四隅から延びる通路の一つへ入る。通路の両脇にはズラリと、一定の間隔でドアが置かれ続けている。まるで本当にどこかのホテルに迷い込んだかのような光景。そんな通路を進むと、たくさんあるドアの中に紛れて、『食堂』と書かれた看板がぶらさがるドアを見つける。


 そのドアの前で止まり、そして中へ入る。

 入った先は、少し洒落た、シックな雰囲気の食堂というよりもレストランって感じの部屋だった。でも机は長いものがいくつか置かれていて、その周りを椅子が囲う光景は、食堂らしい。


「おや、いらっしゃい。食事かい?」


 声をかけられる。奥にある調理スペースにつながる通路の手前で、体重を壁にかけるようにして立っていたその人は、私が入ってきたことに気づいて歩みよってきた。組んでいた手を解いたとき、袖についているボタンがキラリと照明に当てられて光る。そのボタンには、冬さんと同じように執事服を纏った、その人物の名前が書かれていた。


「(使用人──)」


 この部屋の中に複数人いる、執事服やメイド服を纏った人たち。

 その中の一人。


 ──『しらかげ』とかかれていた。


「あっ、えっと……はい。そうです」


「うん、そうかい。じゃあ、席に座りなよ。

 今作って持ってくるから。何か注文はあるのかな? ああ、そういえば何か、食べたらダメなものがあるとかいってたね、日暮ちゃん」


「えっと注文は、何でもいいんですけれど、その……前の世界の、馴染みのある料理がちょっと食べられません」


「そうかい。なんかざっくりとしているね。

 まあ、いいや。適当に作って持ってくるよ」


 そういってキッチンへと入っていく。

 私はキッチンからそのまま食事を渡せる、カウンター席の一つに座った。

 席の向こうでは驃さんの調理する後ろ姿。一定のリズムで何かを切る音と、少し遅れて何かが焼ける音が聞こえてきた。


「…………」


 食堂でご飯をたべるのは三回目だけれど、やっぱりまだ、緊張する。

 広すぎる空間で一人きりの食事っていうのが理由なのか、まだあんまり交流のない使用人の驃さんと二人きりというのが理由なのか。……両方ともな気がした。

 気まずさを紛らわせるため、考え事を、私はすることにした。

 さっきから残っている、しこりのような疑問。考えるのは自然と、そのことだった。


「秋、どうしたのかな」


「戦ってる」


「え?」


 独り言のつもりで呟いた言葉に不意に答えが返ってきたことに驚く。

 声のした方へ振り向くけど、誰もいない。かわりに服が引っ張られる感覚を感じて、視線をさらに下へ移すと、小さな女の子が「んしょ、んしょ」と私の膝までよじ登ろうとしているところだった。

 まず──目に飛び込んできたのは、一枚一枚が大きい、花弁の形をした髪飾り。花びらを見立てたその飾りの、中心からはポニーテールが飛び出していて、全体を見ると、大きな一輪の花をまるごと頭に乗せているようだった。

 

 小さな身長に合わせて作られている、メイド服は可愛らしく、よじ登っている間に服のボタンが目に入った。当然のようにそこに書かれている一つの字──『まり』と書かれていた。


「──まりちゃん」


「にゅー……」


 私の膝にまでたどり着くと、小さな少女、鞠ちゃんは気だるそうに上半身を机に投げ出した。この少女はいつもこの調子で、これまでも何度か会ったことがあるけれど、常に眠たそうにしている。半目以上に目が開かれているところを見たことがない。

 こんな様子でも、この少女は、驃さんと同じ『使用人』の一人。


「鞠ちゃんは、今日はもう、仕事はいいのか?」


「うにゅー……。今日はもう休み」


「そうなんだ」


 『使用人』──部屋を管理するためにいる存在。でもそれ以上の詳しい話はしらない。何人いるのかも、どんな存在なのかも。

 そもそも彼らは、存在からして謎が多すぎる。あらゆる種族が立ち入らない終焉の大陸で、何故、人がこんな所にいるんだろうと当たり前のように思う。秋が言うには、ここに初めてやってきたのは、私が最初だったはずなのに。


 ティアルは何か気付いた様子だったけど……。


 でもその時の様子が尋常じゃなかったので、聞くのを躊躇っていた。

 気付くことで顔が青くなる存在なんて、首を突っ込んでいいと思えない……。

 

「今日は、外で『流れ』が暴れてるからね」


 目の前に、ことりと料理の乗ったお皿が置かれる。

 途端に広がる、料理のおいしそうな匂い。そんな誘惑から一旦目をそむけ、驃さんとの会話を続けた。


「流れ……」


「うん。だから今日は全員、部屋の中に避難して引きこもる日になったんだ」

 

 それは台風を家の中でやり過ごすみたいなものなのだろうか。

 でも、そうだったんだ。だから今日は少しざわついていて、見かける人が多かったんだ。

 驃さんや鞠ちゃん達使用人だって、普段そんな顔をあわせることがないというのに。


「あれ、でも秋は出かけてるって」


「……秋様は『流れ』の対処に出ているね」


 流れって、確か、秋達の生活している終焉の大陸のスペースである『領域』に迷い込んできた魔物だったはずだ。魔素溜まりから発生したばかりの魔物よりも、生きている年月が長く、一段と強いって聞いた。

 そんな魔物がいるというのに、秋は────


「……一人で?」


「そうだね」


 驃さんは少し困った風に、笑みを浮かべながら頷く。

 

「え──それは、でも、おかしい……ですよね」


「…………」


「…………」


 まるで秋一人を犠牲にして、生きているかのような構造に疑問を感じた私は、深く考えることはせず簡単に言葉を口走った。


「一緒に、戦わないんですか……?」


「それは──」


「ルールだから」


 驃さんの声を遮って、膝の上に乗った鞠ちゃんが毅然と答えた。

 いつもみたいに気だるげな声じゃない、きっぱりとした声。

 気になって私は膝の上に座る鞠ちゃんの方へ視線を向けるけど

 でも続きの言葉は、いつまで待っても無かった。


「『秋様と一緒に戦ってはならない』──それがこの部屋の中で生きる『使用人』や『住人』たちの共通のルールなんだよ」


 続きの言葉は驃さんから、だった。

 『酷』だと、思った。それは──誰に対しても。あまりにも酷すぎる。


「僕たちの主人──秋様は強い。それは外の『厳しさ』に真っ向から立ち向かえるほどにね。だから並んで戦うとね、僕たちはあまりにも足を引っ張りすぎてしまうんだ。そうすると僕たちも危険だし、秋様も気遣う必要ができて危険で、お互いを守るためにはこのルールが必要なんだ」


 私が何かをいう前に、驃さんが答えてくれた。

 でも感じたことは聞く前と聞く後で何も変わらない。あんまりにも残酷だと、そう思った。


 でも秋たちは、そんな世界で必死に生きているんだとやっぱり思い知らされる。その必死さの形がそのルールなのであって、よく知らない私が感情的な言葉で、彼らを批難する気持ちを表してはならなかったと今更ながら後悔する。


「……ごめんなさい。

 何もよく知らずに、口を出してしまって。終焉の大陸だって部屋だってどんな厳しさがあるのか知らないのに、それなのに……」


「いや、気にしないでよ」


「うん。いい」


 二人とも気にした様子なく、答えてくれる。

 その気遣いにほっとするけれど、でもやっぱり、自分の無神経さと甘さに少し落ち込んだ。


「それに、言っていることは正しいしね。僕たちも、現状で満足しているわけじゃないんだよ。いつか、秋様と一緒に横に並んで戦いたいって、みんな思ってる」


「うにゅ」


 驃さんの言葉に、鞠ちゃんも膝の上で頷いた。

 思わず、お詫びというわけでもないけれど、鞠ちゃんの頭を撫でると「うにゅ〜」と喜んで(?)くれた。花の飾りがちょっと邪魔で撫でにくかったけれど。


「まあでも、可能性が今一番あるのは、『筆頭』かな」


 驃さんは少し気まずくなった場の空気を和らげるかのように、話を振った。 


「『筆頭』?」


「秋様と一緒に戦える人の話だよ」


 秋と一緒に戦う──実力差がありすぎて互いに不幸になるため、しないのがルールなこの場所でそれを超越することができる人。それは要するに、最も実力が秋に近くて、秋と一緒に戦うに足りうる人物のことで、驃さんは言った。『筆頭』、と。


「強さや弱さなんて、状況によって変わるもので、あんまそういう枠で考えるのは意味ないけどね。それでもやっぱり外で過ごしているときにふと、明確な『格』を感じるんだ。その格が最も高く感じられる──強く思えるのは、この部屋で冬の次に古株で、『筆頭』だろうって話だよ」


「──『筆頭』。そんなすごいんですか?」


「疑うのかい? 本当だよ。たぶん使用人の中でも一番だろうさ。ねえ?」


「うにゅー」


 驃さんは膝に座る鞠ちゃんに同意をもとめるように話を振った。

 同じ使用人として筆頭と呼ばれる人物のことを鞠ちゃんも知っているのだろう。返事は結局、そうなのかそうでないのか、よくわからないものだったけど……。


「別に疑ったわけじゃ、ないんですけどね……」


 ただあまりに計り知れなかっただけだ。

 私にとってここにいる人たちは全員、化け物じみた終焉の大陸を生きる卓越した人たちという認識で、その人たちの実力すらも計り知れていないのに、さらにそれよりも上というものに。


「長話しちゃったね。ほら、ご飯食べておくれよ。食べれそうかい?」


「ああ、大丈夫です。食べられます」


「そうか、よかったよ」


「うにゅー。

 鞠も、ご飯」


「はいはい、ただいま作って参りますよ」


 筆頭。

 卓越者たちがさらに一番だという人。

 確かに、気になる。その人がどれほどの実力なのか、どんな人物なのだろう。

 一度会ってみたい気もする。


 でも同じ場所で生活しているわけだし、急がなくてもいつか、会えるだろう。


 それよりもやはり感じざるを得ないのは、そんな実力者ですらも、先ほどの『戦ってはいけない』という『ルール』の内側だということだ。足手まといのように横に並ぶのを許さない、秋の強さと、終焉の大陸の厳しさをやっぱりこの場所でも感じた。


 ──もっともっと、強くなりたい


 そう思わざるを得なかった。

 このあと今日の予定を変更して、私は『トレーニングルーム』へ行った。


 強くあるために。

 厳しいこの世界で、少しでも──











 ◇◆◇◇◆◇◇◆◇














 世界ってチョロすぎないか?




 

 森の中を──走っていた。

 一定のリズムで刻まれる足音。

 だけどその中に割って入るように、複数の別の足音が、森の中に響いていた。


 横を見ると、木の陰や草の陰を、併走している黒い影。

 今にも襲いかかろうとする殺気をその黒い影からひしひしと感じていた。

 森は今、とてつもない緊張に包み込まれている。


 ──ガサリと、音がなった。


 横にある黒い陰は、併走したまま、何ら変わった様子がない。

 ならば──


 後ろだ。


 走りながら後ろに向けて剣をを突き出す。剣から伝わる手応えと同時に、鮮血が舞って視界を横切った。苦しげな声と同時に魔物が地面に倒れる。




 はい、余裕。




 奇襲が失敗したからだろうか。

 さっきまで目視していた黒い影から、魔物が一斉に飛び出だしてきた。

 突き立てられる、槍や剣、弓矢。

 だけどそのすべての攻撃を身軽に躱し、あるいは華麗にいなす。

 いや──それだけじゃない。

 躱し際に、致命傷のカウンターを魔物に入れていた。


 すべては、一瞬のことだった。

 一斉に魔物の集団に襲われ、次の瞬間にはもう、魔物の集団は一斉にやられて地に伏していた。

 ドサドサドサと、複数の倒れる音が耳に届いた。




 世界、イージーすぎる。




 弓矢を放たれていたので、遠くを見回すと逃げるそぶりを見せている魔物が一匹いた。

 仕上げとばかりに、その魔物に向けて、剣を投げた。

 放たれた剣はくるくると回りながら、ちょうど魔物の首の後ろに突き刺さり、魔物は絶命した。

 全部の魔物を倒したからか、緊張感を纏っていた森から、殺気が消える。


 

 やっぱりさ、思うんだよね。

 世界──チョロすぎるって。

 戦いが終わった森の中で、大きく息を吸う。


 そして──

 


「イェェェェェーーーーイ!」



 ──叫んだ。


 俺です!

 ついにこれほどの実力まで、ここまで来ました。

 44代目──『黄色の勇者』こと『渡辺涼太』はここまで!!


 ついでにもう一回──


「イェェェェェェェェェーーーーーーーーーイ!!!! いだっ」


 頭に強い、打撃が加わる。

 しまった、まだ取り残した魔物がいたのか!?

 急いで撃退を……あれ、剣が無い。あちゃあ、さっき投げたんだった。


「うっさい、もう! なんで叫ぶの!?」


 とがった針のような甲高い女の声が耳に入る。

 うっ、打撃は魔物からじゃなかった。

 振り返って、その姿を目に入れる。


「いや、なんていうか、自分の実力に急に感慨深くなったっていうか、高まったというか」


「はぁ? 意味分かんないんだけど」


「……すんません」


 俺と同い年ほどの少女は、馬鹿にするように俺へ視線を向けていた。

 陽の光にあたって、『白い髪』が真珠のように光り輝いている。纏う服装はベリエット帝国から支給された勇者の正式な服装のそれだ。まあ要するに制服みたいなもんだよね。


 ベリエット帝国の勇者の服はスマートながらも所々に飾りのついた非常に洒落たデザインをしていて、俺も今着ているけど非常に気に入っていた。制服っていうよりも礼服っていうか軍服っていうか、格式高さを感じるんだ。服の色は、勇者の色に習って一二色あるけれど、大体みんな無難な無彩色の色を選んで着ている。


 中には切った貼ったして、好きなように制服をデコレーションしている奴もいるけどさ──。

 じとっと、目の前の少女を見詰めると、「なによ、何か文句あんの?」と強気に言われた。もはや原型が感じられないほど改造された制服。きっと泣いていると思うんだよね。あぁ……俺が特に気に入っているマントが、スカートのように腰の周りに巻かれて、さらさらと風に揺られてるよ……。


 格式高い儀式のときとかはちゃんと着ていかないと怒られるけど、基本的に改造服に対してベリエット帝国はなにも言わない。自由だなぁ、勇者って。

 ただ右肩についてる、召喚された代と色がわかる肩章と、胸についてるベリエット帝国のエンブレムは外すなと先輩勇者とベリエットに念を押された。俺の右肩には『肆四』と書かれていて、黄色い縁取りを施されている。これで『44代目黄色の勇者』って意味ね。


 目の前の少女の肩章は白い縁取りをされていて中には『肆一』と書かれていた。

 肆一、つまりこの人は俺より三代前に召喚された41代目だ。41代目、白色の勇者──『椎名しいな真心まごころ』。


「ていうか、あんたさ。馬鹿なの?」


「へ?」


 唐突に、そんなことを言われた。

 椎名真心──椎名先輩はくるりと反対を向いて、こちらに背を向けて森の中を少しだけ歩く。

 そして立ち止まったのは、俺の剣を後頭部に刺した、魔物の死体のある場所だった。


「あ……」


 まずい……。

 椎名先輩は、魔物から俺の剣を抜くと再びこちらの方を向いた。その表情には明らかに、呆れの感情が、そりゃもう目一杯浮かんでいた。


「最後の敵だからってさぁ、普通、自分の得物手放したりしないでしょ。走れば普通に追いつける敵だったし。実際あたしが敵だったら、あんた、もう死んでたよ?」


 剣を回して遊びながら椎名先輩は口にする。


「はぁ……、十年もたったんだからさぁ、これぐらい当たり前のことはもう、言わせないでほしいわよね……。いつまでたってもほんっと成長しないんだから」


「…………いやでも」


「でもじゃない」


 そういって椎名先輩は、刀身の部分をまっすぐに俺の方へ向ける。

 そしてそのままゆっくりと、ダーツでもやるように、手を引いた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!」


 た、確かに、俺が悪かったけど、でもそこまで怒ることじゃないでしょ!

 椎名先輩はそのまま俺に向けて、剣を投げる。


「ひっ」


 顔を腕で覆う。直後に衝撃。でも痛みはない。

 ゆっくりと衝撃の走ったところを見る。腰の部分。見ると、剣が俺の腰につけられた鞘の中に綺麗に収まっていた。余韻なのか、ほんの小さく、微かに揺れている。すごいのやら、からかわれてむかつくのやらで、複雑な感情だった。


「くっ……」


「あっはっは。今のマジでビビってたでしょ。ウケる。

 ほら、いつまで拗ねてんの。もう倒すもん倒したんだから、さっさと街に帰るわよ」


「拗ねてないし!!」


「はいはい。あーもう、虫いっぱい飛んでるわこの森」


 そう言って森の外へ向けて歩いていく、椎名先輩の後を俺は追った。










 ──十年。


 十年かぁ、俺たち44代目が召喚されてからもうそんな経ったのか。なんていうか、めちゃくちゃ時間過ぎるのがはやく感じる。体感的には精々三年くらいの感覚なんだよなぁ。不老だからとか、関係あんのかな?


 ちらりと、前を歩く椎名先輩の姿を目に入れる。

 召喚された俺たち44代目はすぐに、一人につき、一人。こうして先輩勇者を割り当てられパートナーを組まされた。『研修』と称した、慣習なのだそうだ。そうやって付きっきりで各地を巡ったり、仕事をこなしたり、魔物を倒したりすることでこの世界と、ベリエット帝国での生き方を学ぶためらしい。


 その期間はおよそ十年。

 最初聞いたときは長いって、思ったけどでも、過ぎてみればあっという間だった。

 俺は十年間、ほとんど各地を歩いて魔物を倒して回ってた。異世界をみたいって気持ちもあるけど、やっぱりそれよりも、レベルを上げるために、ね! ステータスアップしたいでしょ、そりゃ!

 他の44代目たちは、そういったこと以外にも、いろいろなことに手を出しているようだけどさ。


「お、涼太様お帰りかい」


 街の姿が見えてくるとぽつぽつと、声を掛けられるようになった。

 軽く返して、先に進む。でもまたすぐ、別の人から声をかけられた。


「やや、帰りましたか、勇者様」


 軽く返して、先に進む。 

 でもまたすぐ、別の人から声を


「あー! 勇者様だー!」


 かけられ──


「ほんとうだ!」


「渡辺様、是非うちの店にご贔屓を!」


「涼太様、俺ついに彼女できました!」


「これうちの試作品なんです、勇者様どうぞ!!」


「今日はなにしてらっしゃったのですか? 勇者様」


 いや、掛けられすぎだわっ!!

 街に近づき、これから門をくぐって街の中に入ろうってときにはもう、人だかりになっていた。


 いや、嬉しいよ?

 有名人みたいでいいじゃん、って思ってたよ、俺も。

 でもこれ行く先々で毎回なるんだよな。しかもこの街に俺らまだ居着いて日が浅いから、ことさら人がよってくる。進みにくい。椎名先輩は馴れてるのかひょいひょいと身軽に進んでいくけど……。


「わかった! わかったから!! あとでまとめて聞くから後にして!

 あとリア充は爆発しろっクソ!」


 てめえ、魔道具屋の息子このやろ。

 一緒の時期に彼女見つけようなって約束したじゃん! 裏切りやがって!


「あんちゃん」


「ひぇ」


 筋肉モリモリのおっちゃんに声をかけられて、思わず変な声出た。

 

「俺南の方で、『帳様』に崩れた荷物積み直すの手伝ってもらったんだよ。

 帳様にあったら、お礼いっといてくれよ!」


「あ、うん。言っておくよ」


 服がはちきれそうになるほど、膨れ上がったおっちゃんの筋肉に気圧されたのか、思わず返事をしてしまう。たぶん休みの日の冒険者の人だな……。

 ちなみに帳様っていうのは、俺と同じ、44代目の『橙』の勇者のことだ。44代目つながりでおっちゃんは、俺に頼んだのだろう。そんな会う機会ないんだけどなぁ。意外と同じ世代での繋がりって淡泊なんだよね。まぁ勇者が一斉に集まる日とかあるから、そういう時に言っておけるけどさ。……覚えてたらね。


「俺も、俺も! 九重様に壊れた橋を渡らせてもらったんだ!」


「わかったわかった、言っておくから」


 一つ返事してしまうと、答えが返ってくると思った人たちに、続けざまに話しかけられるのが仕様だ。答えた俺が悪いけれど、めんどくさいっ! 逃げちゃおうかな? いやでも人だかりの中心にいるのは、あんま悪くないんだよね。みんなの中心、みたいな?


「近月様の発明した魔道具にはいつも助かっているわぁ。お礼言っておいてほしいの」


「……まぁ、ペガサスにも一応言っておくよ」


「ぼ、僕は白崎ちゃんのライブ行ったんだ、えへ」


「いやそれ感謝関係なくない?

 っていうかうらやましいなっ!」


「渡辺様も、鳳様のように頑張らないとねぇ」


「……ばあちゃんさあ、あいつのことは頼むから言わないでくれ」


 マジでへこむ。


「黄色勇者のお兄ちゃん」


 服を女の子に、軽く引っ張られる。


「えっ、なにっなに? どうかした?」


「あのね、私もお礼いってほしい人がいるの」


 またかぁ。

 まぁもういいかぁ。この際だからとことん聞いてあげよう。この渡辺涼太がな!


「街を救ってくれてありがとうって、言ってほしいの。赤色勇者のお姉ちゃんに」


「おおっ、そうだぜ。44代目といえば、赤色の勇者──『坂棟様』にゃあ、俺たちは真っ先にお礼を言わなくちゃならねえ、なぁ?」


「おうよ、なんせ以前この街に来てくれた時、暴れた魔族を取り押さえてくれたんだからな。あのまま放っておいたらただでさえ魔族に半壊させられていた街が全壊してたぜ……」


 そうだ、そうだ──と、広がっていく声。

 赤色の勇者、坂棟日暮を称える声だった。

 あっちゃあ……。よりによって、日暮ちゃんか……。


「お願い、黄色勇者のお兄ちゃん」


「えっ、あー……」


 思わず言いよどむ。

 現在、その当人がどうなっているか。どんな状況にあっているかを俺はすでに知っている。知っているから、悩む。どういえばいいんだろうなぁ、これ。いっそ本当のこと言っちゃおっかな。

 ……ぶん殴られるな、それ。


「あーちょいちょい」


 と割って入る声。

 少し先を進んでいたはずの、椎名先輩の声だった。 

 椎名先輩は俺のすぐそばまでやってくると、しゃがんで女の子の目線にあわせる。


「こいつ忘れんぼうだから、あたしが代わりに言っておいてあげる。それでいい?」


「うん、ありがとう! 白色勇者のお姉ちゃん」


「いいえー」


 笑顔を浮かべる少女に、椎名先輩は俺には一度も向けてくれない、純度百%の笑顔を浮かべて少女の頭を撫でて、たちあがる。


「悪いわね、こいつ、任務終わったばかりで疲れてんのよ。私は余裕なんだけど、コイツ、ヘボいから。休ませてあげたいから、もういっていいかしら」


 いで、いでっ。

 なんで耳引っ張るの!?

 しかも言い方ひどくね!?


「おっと、確かに長々と声かけちゃって、勇者様に悪いな。おう、そろそろ散ろうや」


「そうだな」


「ごめんね、黄色勇者のお兄ちゃん」


 そういって散らばっていく街の人たち。

 さすがに椎名先輩、街の人の扱いに馴れてるな……。


「チッ、アンタ顔に出過ぎなのよ。へたくそ」


「いやー……あの」


 言い訳をしようとすると、そんなこと聞きたくないとでも言うように椎名先輩はくるりと背を向けた。


「罰に呑みに行くわよ」


「いや、向かってる方向、全く変わってないんすけど……。罰もなにも最初っからいく気だったでしょ」


「当然でしょ!! 仕事終わりは呑むしかないわ!!」


「はぁ……」


 ため息をついて、椎名先輩の後を追う。

 さすがに十年もこれだと、馴れるよね……。






 バキバキって、音が鳴っている。

 何の音だと思う?

 俺の心の中の、何かが、壊れてる音だよ!


「くぅーっ!」


 向かいの席に座る、椎名先輩は、気持ちよさそうな声を恥ずかしむ様子もなく、あげる。直後、テーブルの上に大きなグラスが叩きつけられた。さっきまで黄金色の飲み物がなみなみと注がれていたはずのグラスは一瞬で空になり、今や仲間とはぐれたような少量の泡だけが、虚しく内側に張り付いているだけだった。


「染みるわ!」


「……そすか」


 わかるかなぁ、俺の気持ち。

 41代目白色の勇者、椎名先輩がこっちの世界に召喚されたのは、椎名先輩が高校二年生の時だ。勇者は老化しないから椎名先輩の見た目は──今も、ピチピチの女子高生のままといっていい。

 俺もちょうど同じ歳に召喚されてるから、身体の年齢だけで言えば、椎名先輩は俺と同い年と言っていいわけ。つまりこのテーブルは、まあ、仮にだよ? 見ようによっては、女子高校生と男子高校生のカップルが相席してるようにも、見えていい。

 そのはずなんだよ!!


「ッチ……」


 椎名先輩が、険しい顔で舌打ちをする。


「この店、お通しに『ガバス焼き』出してくるなんて…………憎いわね!」

 

 箸がとまらないわ、とすさまじい早さで口の中に料理を放り込み、キリのいいところでグラスをもって黄金色の飲み物を気持ちよさそうに呑む。


「ちょっと涼太、はやくいれなさいよっ!」


「はいはい、わかりましたよ……」


 げんなりしながら俺は瓶をあけて、さっき椎名先輩が飲み干したグラスの中に黄金色の飲み物を注ぐ。椎名先輩は大きなグラスを二つ頼んで交互に呑むので、片方呑んでいる間にもう片方のグラスに俺が酒を注ぐのがルールだ。

 

 見た目ピチピチの女子高校生な、椎名先輩がさ。

 ちょっとあることないこと想像しちゃいそうな、いい歳の女子高校生が。

 そりゃもう怒濤の勢いで、色々なものを全開にして呑んでいるこの光景が、なんていうか──。


 すごい、萎えるんだよなぁ……。

 現実というものにタコ殴りされてる気分だ……。

 十年たっても、この光景にだけは未だ慣れていない。


 じとっとした目つきで椎名先輩を見てると、ほんのりと赤みを帯びた頬の先輩と目が合う。

 数秒、そのままじっとする。さすがに俺も不審に思った。


 なんだ? もしかして失礼なこと考えてるのばれたのか!?

 いつでも逃げられるように、腰を少しだけ浮かした。そのときだった。


「あんた……」


 椎名先輩がグラスを置いて、俺をまっすぐに見る。

 いつになくまっすぐむけられた、その視線に、たじろぎながら耳を傾ける──


「エロいこと考えてるわね?」


「考えてねえよ!!」


「あっはっは! その反応、まだあんた、どーていなんだ。うけるんですけどぉ」


「あーもうっ、そういうこといわないで!!」


 呑むとやたらと下ネタ振ってくるところも、本当、嫌なんですけど!

 もうさ、椎名先輩と一緒にいると、俺の中の女の人のイメージがすごい勢いで壊れていく。最初のころはきれいな人とパートナーになれて良かったって思ってたのに、イメージが違いすぎる。


 そりゃ勇者は見た目とは裏腹に実際は何十年、もしかしたら何百年規模で生きてるんだろうけどさ。想像したくないけど、いろいろと経験豊富な事察せるけどさ。でももうちょっと女子高校生感がほしい。オバサンなんだよ、中身が!!


「勇者なら相手なんて事かかないでしょーに。

 あんたも、さっさとやることやっちゃいなさいよ」


 確かにいろんな女の人が勇者様、勇者様、って寄ってくる。

 でもこの世界の女の人ガッツリしすぎなんだよね。肉食感が強すぎるんだよ。ギラギラしてる目ってどういうのか知ってるか? 俺は知ってる。


 違うんだよ、そういうのじゃないの。

 俺はもっとライトノベルみたいにお互い照れながら歩んでいく恋がしたいの!

 だから──


「俺は──好きな人に初めてを捧げる!」


「へ──?

 ぷっ、あっははは、あっはははははははは」


 腹を抱えて、足をバタバタさせて笑う椎名先輩。ちょっと尋常じゃないくらい笑ってる。涙まで出たのか、目を軽くぬぐってた。

 ふん、いいもんね。俺、椎名先輩との研修がおわって自由になったら他国にいって不幸な奴隷の子を買って一緒に幸せになるって決めてるもんね。

 それから頼んだ料理がずらりとテーブルの上に並ぶまで、椎名先輩は笑っていた。さすがに笑いすぎじゃないか? 傷つくんですけど。


 それから椎名先輩のいじりと、下ネタが続く。

 女子高校生が酒をガバガバあおる絵面に耐え続けていたとき、不意に椎名先輩が別の話を振り始めた。

 机の上の皿も、すでに空になったものが多くなった、そんなときだった。


「ところであんたさぁ。

 もっと、うまくやりなさいよね」


「うまくって、何がっすか?」


「店に来る前のアレよ」


「あー……」


 店に来る前、女の子の言葉に言い淀んでしまった事を思い出す。

 椎名先輩は一旦箸を止めて、声の調子を落として言う。


「あんなんじゃ、すぐに察し付かれちゃうでしょ。

 44代目赤色の勇者──『坂棟日暮』は、すでにベリエット帝国から逃亡した……『脱國者だっこくしゃ』なのだから」


 ベリエット帝国はめちゃくちゃ勇者に寛容だ。

 でも勇者がベリエット帝国以外の勇者になることと、ベリエット帝国から離脱することは、決して許さない。執拗なほどまで、追っ手を出す。俺もここまで苛烈だとは正直思わなかった。逃げることなんて少しも考えたことないけど、でもこれまで以上にそんな事、考えないようにしようって堅く誓うほどまでに。


「勇者はベリエットで高等な存在で、その高等な存在が逃げ出すと、みんなどっちを信じればいいかわからなくなる。

 例えば崇めていた神様が一人いたとして、突然分裂したら、誰だって困るでしょ。二人とも信じようとしても、もしその神様が悪い物を自分から取り出すために出したものだとしたら、悪いものを人々が崇めることになってしまう。だから神様は人々に正しくあってもらうためには、ひっそりと陰で、まるでそれが無かったかのように、悪いものを取りのぞかなければならないの。それは全部、これまで通りでいるためにね。

 あんたも、そういうところ、もっと気を回せるようにならないと勇者として使えるとは言えないわよ」


「……はい。気をつけます」


 少し真剣な調子で話す椎名先輩の言葉に俺は、素直に頷いた。

 でも俺レベルも随分と上がったし、魔物も結構な数倒して回ってるし、ぶっちゃけ結構使えてる方だと思うんだよね。

 なんてったって、44代目でレベルが一番高いのは、俺だし。


「それにしても、全く、あの子も厄介なことしてくれるわ。

 これで脱國者だっこくしゃも史上『五人目』ね」


 それから少し、話の内容は最初の頃よりも重くなっていく。

 椎名先輩は酒をあおりながら続けた。


「五人中、すでに二人は『駆除済み』だけど、二人は未だ生きてて、もう一人は生存の安否を確認中──でもその確認しに行く場所はあの禁忌中の禁忌、『終焉の大陸』で安否確認はままならないってね。頭おかしくなるくらい面倒だわ」


 44代目赤色の勇者、坂棟日暮は、持っていた転移の神器を使って『終焉の大陸』へと転移した。

 現在その安否をウォンテカグラ国に調査するよう依頼している……という話を椎名先輩からぼんやりと聞いていた。

 終焉の大陸──その言葉にピクリと体が反応する。

 昔俺は終焉の大陸の話を先輩勇者から聞いたことがあった。まだ召喚された初日のことだ。そのときの先輩から聞かされたその大陸の話は恐ろしくかったけど、でも少し憧れを感じたんだ。今もその感情は少なからず俺の中にあった。 


 終焉の大陸の情報と日暮ちゃんの顔を重ねる。

 俺よりレベルが低いのに、よくそんなところいく気になったなぁ。 

 俺もそろそろ行こうかな? いや、マジでやばいらしいから、もっともっとレベルあげてから行こう、うん。 


「でも、ま、いつかは何か問題起こすと思ってたわ、あの子。

 組まされたかなでを、いつも、気の毒に思っていた……。あんな弱い、弱すぎる子。弱すぎて、それでいて脆すぎる子。どうあがいたって、手がつけられない。同じ弱いでも、まだあんたのほうがましね」


 落とした声の調子を変えず、椎名先輩はそう、俺に言った。

 はぁ? 弱い? 

 急に印象の悪い話を振られて、俺は少しむっとした。


「俺は別に脱國する気なんて、ないし。

 それに俺、弱くないと……思う……んすけど……」

 

 ちょっと控えめに、抵抗してみる。

 すると椎名先輩は少し据わった目を俺にまっすぐ向けて言った。


「弱いわね。正直44代目でも坂棟日暮とあんたがぶっちぎりで弱い」


「えぇー? いやいや、それはさすがにないでしょ。一番弱いだなんて、そんなはずないし。むしろ逆じゃん。俺は今44代目で一番レベルが高い。言っちゃうけど、なんだったら椎名先輩にだって勝ってるし、『第三世代』の人たちよりも、へたしたら『第二世代』の人たちよりもずっと高いよ、俺」


 『世代』──っていうのは勇者の、時代ごとのくくりみたいなもので、44代目まで勇者は召喚されてるわけだけど、見ての通り多すぎるだろ? だからさらに大まかに、時代ごとで、召喚された人たちをくくってるわけだ。

 そして現在世代は『第4世代』まであり、一番新参な俺たち44代目は当然ながら『第4世代』に区分されている。第4世代は37代目からなので、椎名先輩も俺と同じ第4世代だ。


「レベル……レベル、ね。

 ねぇ、あんたたちの代でさ、あんたの次にレベル高いの誰だっけ」


「…………」


 椎名先輩は、俺にそういった。確実にその答えを分かっているはずなのに、意味ありげに、俺に何かを分からせるために聞いたんだ。くそ。


「……坂棟日暮だよ。

 なんだよ、レベルをあげるてる奴らは弱いって言いたいのか?」


 少し不貞腐れながら答えた。だってそうだろ。

 実際レベルを上げて、俺は強くなっているっていうのに、そんな言い方ないだろ。


「別にレベルが弱いとか意味ないとか言いたいんじゃないのよね。

 でもそこまでレベルレベルいうなら、さっさと、そのレベルとやらで、私を倒してみてほしいものだわ。41代目よ、私って。あんたより3代前でしかない。そんな私すらも倒せずに、第3世代、第2世代云々だなんて言葉よく言えるわよね、価値がないどころかマイナスで害があるくらいよ」


「うっ……」


 確かに俺はまだ、この十年で一度も椎名先輩に勝てたことが、無い。

 でも違うんだ。それにはちゃんと理由があるんだ。


「俺には簡単につかえない、奥の手があるの!」


「出たっ、奥の手。一体いつ使うのよ、その手は。

 奥すぎて不能になってんじゃないの。あんたの下半身と一緒で」


「不、不能じゃねえよっ!

 ちょっと使うのにリスクがあるんだっつーの!」


「そ……。じゃあ、あんたの奥の手、期待せずに待っておくわ」


 空いたグラスに、酒を注ぐ。

 少し場の空気が、重かった。

 話題を変えるため、っつーよりも、単純に。「そういえば……」と思い浮かんだことがあるので、俺はそれを椎名先輩に訊ねてみた。


「そういえば、結局俺たちの代って『全色世代』なんすか?」


「なに? 急に」


「いや、前に俺たちの代で『世代交代』するかどうかって、話があったじゃないですか」


「ああ、そういえば、あったわね……」


 さっき『世代』って話が出たけど、この世代はどうやって数字が増えるのかっつーと、『全色世代』が召喚されたときに、その時の全色世代と、その後ろの代が、新しい世代ってことになるんだ。

 でも『44代目』は十一人しか召喚されていなくて、十二人である全色には一人足りない。だから当然、全色ではなくて、それで話は終わりのはず──なんだけど。


 おかしなことに44代目には、空白のはずの色に、召喚者がいるらしいんだ。


 謎の、行方不明の──『44代目灰色の勇者』っていうのが。

 一度だけ昔、俺もその話を直接、ベリエットから聞いたことがある。ライトノベルなら確実に主人公だよな、そいつって当時思ったっけ。でも俺はそういう斜に構えてることがカッコいいみたいな、メタを売りにしたラノベは認めてないからな!?


 ちょっと話がそれたけど、その行方不明の灰色の勇者ってのが、かなりなんていうかベリエット帝国の上層部で物議をかもしてるらしいんだ。内容はまあ、様々だけど、とりあえず一番重要なのは全色世代と認めるかどうか、ということらしい。


 なんてったってさ、俺たちがもし全色世代だったら、第4世代じゃなくて、第5世代の始まりになっちゃうからな。だからベリエットも、事実を軽視できずに、しっかりと見極めないといけないんだ。

 

 そのことを椎名先輩に、訊ねた、つもりだったんだけど。


「知ーらないっ」


 ぷいっ、と赤い顔を逸らして椎名先輩は答えた。


「いや……知らないって……」


「だってぇ、知らないもんは知らないもーんっ」


 大分酒回ってきたな、この人!


「いや……でも、結構重要でしょ」


「別に、あたしはそんなの、どっちでもいいし。

 適当に仕事して、ほどほどに終わらせて、酒を飲めればそれでいーの。ついでにちょっとイイ男をつまみにできたら、最高ねっ!」


 そう自分で言うと、何がおかしいのか、椎名先輩はげらげらと笑いだす。

 自分の言葉でよくそこまで笑えるな!?


「まあでも、無いでしょ」


 少しテンションを素に戻して、椎名は言った。

 酔いを自分で操ってるのかってぐらい、この人は、テンションが入り乱れている。

 そんなことより、話の続きが気になったので、俺は訊ねた。


「なんでっすか?」


「だって──『災厄』がないし」


「は? なんで災厄?」


 酔って言ってんのか?

 まあ聞きなさいと、椎名先輩はグラスを一度おいた。いや中身無いだけだわ。


「この話はね、別に、何か根拠があって言ってるわけじゃないの。

 絶対になんの関連性もないし、因果関係も絶対にないってはっきりとそう、断言できる。でも皆漠然と信じてる。……まあ中には信じてないやつもいるけど、少なくとも私は割と信じてるわ」


「……何のことっすか?」


「『全色世代』が、召喚された時代っていうのはね。

 何か大きな、世界を揺るがすほどの『出来事』があるのよ」


 何それ。

 なんかすっごい、面白そうな話じゃん!

 姿勢を少し正して、椎名先輩の話を聞き入れる。


「聞いた話だけどね。一番古い全色世代の9代目のときから始まって、16代目、25代目、37代目とね、それぞれ大きな出来事が起きて人間も魔族もベリエット帝国もそれぞれが、それぞれとも大きく変質を余儀なくしたのよ」


「……へえ」


 あんまり、ピンとこない。


「……あんた、ちゃんと歴史をこの世界の歴史を学んでないわね。

 ただ魔物を倒してりゃいいってわけじゃないのよ」


「あーわかったわかったから! 先早く話してくださいよ!」


「……はぁ。あんた、このまま歴史学ばなさそうだから詳しく言い過ぎるのはやめにするわ。楽しい話にも、ならないし、酒がまずくなるわね。とりあえず言いたいのは、全色世代っていうのは大きな災厄と一緒にあるって事ね。勇者が災厄をひきつけるのか、災厄の対抗手段として全色召喚されるのかは、知らないけど。──そもそもこの話自体が眉唾の俗説だし。

 でも妙につじつまが合ってるって、いうのかしら。確かに召喚された近辺で、そういった大きな出来事が起きてるのだから、気味が悪いのよね。だから私はこの話を結構信じてるし用心してるってわけ」


 でも、と椎名先輩は続ける。


「今は世界中でそんな大きな出来事が起きてるわけでも、起きそうなわけでもないでしょ。召喚からもう十年経ったし本当に災厄が起きるっていうのならとっくに起きててもいいはずなのに。

 災厄の種は今、何もないわ。だから私はあんたたち44代目は全色世代じゃないと思うわけ。行方不明の灰色の勇者なんて、それこそ、眉唾でありえない話よ。そもそもいること自体信じられないし、いたとしてももう、どっかでのたれ死んでいるでしょ」


「そうかなあ……」


 じゃあ、俺たちこのまま第4世代のままか。別に世代にこだわりはないけどさ。でも災厄とともにある全色世代っていうのは、かなりカッコいいからなりたいけど。あ、でも危ないかな? 危ないなら嫌だなぁ。


「ま、無理矢理見出すとすれば、精々南が少し荒れてるくらいね」


「その原因も、俺たちの世代の勇者ですけどね……」


 すっごい微妙というか、締まりがない災厄だなあ。

 南があれてるのは日暮ちゃんが南へ逃げたからだ。要するに自分たちで蒔いた種といっていい。

 俺の言葉に、椎名先輩は「あっはっは」と笑う。冗談として俺の言葉を受け取ったようだ。


「そうね。言われてみれば、確かに、世界よりもあんたら44代目のほうがよっぽどトラブルの種だわ。金色の子の躍進もそうだし、青色の子は捕まるし、桃色の子の人気も凄まじいものよほんと。それに赤色は──史上五人目の脱國者。他の色の子だって、良くも悪くも、本当にいろいろとアグレッシブに動いてくれちゃって話題が尽きることないわ。それに──いないはずの灰色まで、ただそれだけでトラブルってんだからもう、百点中、百二十点って感じよね」


 俺はそのとき、ピンと思いついたことがあった。

 あっ、これだったら、格好いいかもなっ!


「じゃあ実は──災厄は俺たちだったって感じっすっかね!?」


 先輩はキョトンとした、顔を浮かべる。

 そして次の瞬間店中に響きわたるほど大きな声で──爆笑した。





【新着topic(new!)】


『勇者の制服』

洒落たデザインをしていて学校の制服っていうイメージよりは軍服とか礼服に近い服装。格式と品格を象徴するように作られている。色は勇者にそって12色用意されているが結構皆好き勝手に着飾っている。色は和の色を意識されていて、蛍光色というよりは少し落ち着いた色をしているため同じ色の服を着ても、全身真っ黄色になってダサいみたいな感じにはあまりならない。飾りや服の内側や外側ごとに、同じ色でも、微妙な色合いの変化がある。



【おさらいtopic】



『44代目勇者一覧』


44代目勇者一覧


赤の勇者:坂棟日暮

特徴:史上5人目の脱國者。困っている人を助ける。


青の勇者:幅音澪

特徴:坂棟日暮を気にかけていて、身代わりになった。


黄の勇者:渡辺涼太

特徴:お調子者。好みの女性は黒髪ロング。


橙の勇者:幌健介

特徴:元自衛隊だった人。突如異世界に召喚された時も冷静だった。


緑の勇者:近月天馬

特徴:メガネ。ペガサスというと怒る。


紫の勇者:小鳥遊芽衣

特徴:大声が嫌い。


桃の勇者:白崎留美

特徴:元の世界でアイドルだった。


灰の勇者:灰羽秋

特徴:終焉の大陸に誤転移した。


黒の勇者:彰※名字不明

特徴:名前以外は謎。


白の勇者:九重清

特徴:困っている人を助ける。かっこいい。


金の勇者:鳳蓮

特徴:野心家。権力大好き。


銀の勇者:穹峰心螺

特徴:マイペース。ご飯大好き。

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― 新着の感想 ―
日暮が話し出てくるたびに飛ばしたくなる、早く死ねばいいのに。
[一言] フラグいただきました
[気になる点] 今回の話の中で、44代目は現在第4世代だといわれており、世代の切り替えは全色世代召喚以降が次の世代になるとなっております。また、全色世代は9,16,25,37の認識です。 この場合、1…
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