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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 幕間

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第62話 無能エピローグ ②



 職人が鍛冶場で鉄を打ったとき、火花が上がる。

 もしその火花から生まれれば────火の精霊だ。


 湧き出る美しい源流からは水の精霊が生まれ

 盛り上がる豊かな大地からは土の精霊が生まれ

 植物の種子を運ぶ大気の流れからは風の精霊が生まれる。


 自然そのものが母であり父であり。

 自然そのものが故郷。


 生まれた精霊は、精霊同士で集まったり、人と契約をして生きていく。

 それが自分たち精霊という種族であり、また普遍的な在り方だ。


 …………自分は違う。

 なぜ違う。考えるまでもない。

 自分が生まれたのは、精霊の中でも特殊な、無の空間だった。


 そこは自分以外の精霊はおらず、生まれず、当たり前のように人だっていない。

 ずっと一人だった。


 その事を不満に思ったことはない。

 でも当たり前に、普通に憧れたことはあった。

 人と契約を結んだり、精霊同士で集まることに憧れて、召喚の呼びかけに応えたことがあった。


 三回ほどだ。そして三回とも──すぐに【送還】で元の無の空間に戻された。

 役立たずだとか、無能だとか、そういう言葉を浴びせられながら。




 精霊の力は絶大で、上位精霊ともなれば、まるで災害のようだと恐れられる。

 精霊は、自分の司るものを自由自在に操れる力があるからだ。


 自分だって精霊だ。

 無から生まれた、『無の精霊』。

 だから『無』を自由自在に操るというとてつもない力が、自分にはある。


 ……そう、自分では思っている。


 『無を操る』──それは字面で見れば、一瞬「おっ」となる。

 でももう少し時間を使って想像すると、すぐに多くの人がこう思うのだ。


 『……無を操るって、何だ?』、と。

 華麗に火や水や、土や風が舞う他の精霊とは違い、自分の力はそんな華々しいことできはしない。見た目としてはあまりにも地味だ。

 無を操る力──それは魔力を消す力だ。それが無を操る力。無に帰す力だ。


『それって、あまり使えなくないか……?』


 力の説明をすると、召喚したものたちは口を揃えてそういった。

 使えない、と。


 消せるのは魔力だけ。能力を消すわけでもスキルの効果を消すわけでもない。あまりにも限定されすぎて使いどころが、精々飛んでくる攻撃魔法を消すくらいで。そんなもの盾で代用できる──と言われた。


 そうやって、無の空間に送り戻されてきた。

 同じことを三回繰り返した時点で普通を諦め──召喚に応えるのをやめた。





 ◇





 無駄に威張ったりして、取り繕っていたのは劣等感からだった。

 役立たずとか、使えないとか。そういうことを思われたくない……そうした願望から起こした行動だった。


 でもそんなの表面的なことでしかない。

 自分自身がやっぱり使えなくて役立たずなら、遅かれ早かれ露見する。


 こんな風に。


「いい加減弱虫の虫の体液でカーペットが汚れるのでやめていただきたいのですが」


「……うぅぅ……ぐすっ」


 召喚された場所は化け物みたいな所だった。

 さらにいえば、召喚をした人物も化け物みたいな奴だった。


 化け物と化け物に挟まれてしまった恐怖からなのか。

 あるいは取り繕っていたものが露見してしまったショックからなのか。

 なんにせよ、これまでの自分の境遇を、いつの間にか語ってしまっていた。……泣きながら。


「春、めっ」


「……申し訳ありません、秋様」


「精霊の力で、魔力を消せるっていってたけど

 俺のやった【召喚魔法】は消せなかったのか?」


「…………慌てて出来なかったんだ」


「…………(ドジだなぁ)」


「ドジですね」


「……っ。消そうとしたけどどう考えても増える量の方が圧倒的に多かったんだっ。

 仕方ないだろうっ! ……ぐすん」


「……春」


「申し訳ありません、秋様」


 さっきから自分にではなく、あくまで灰色の男に謝る女だった。


「自分は無の精霊だから……。

 『何も無い』んだ……何も無くて役立たずで、臆病なんだ……」


「……へえ」


 どうでもよさそうに、男が相づちをうつ。


「へえって、そんな、どうでもよさそうに……」


「どうでもいいからからな」


 きっぱりと男は口にする。未だ蹲った姿勢のままだが、予想だにしなかった言葉に、地面を見つめて、ごくりとつばを飲み込むしかなかった。

 

 男たちに自分の境遇を話したのは──

 きっとどこかに、甘くて弱い、みえすいた意図があったのだとおもう。

 自分では気づかない──いや気づかない『フリ』をしていただけの意図が。


 この男ならもしかしたら、境遇を話せば、自分に同情してくれるかもしれないと。

 慰めてくれる男の態度に、今まで呼び出した人達とはどこか違う雰囲気を感じたから。

 優しさというか、気遣う気持ちをこの男から感じられたから。


 みっともない姿をさらすことで同情から認めてもらおうと、淡い希望を抱いていた。

 自分が変わらなくても、世界から何かが変わってくれると、そんな風に。


「実をいうと興味もないんだ」


 ──決して、そんなことは、ありえないのに。

 男はそんな意図を見透かしたように、淡々と言う。


「俺は話を聞いたところで、何をしてあげることもできない。

 結局のところ自分の足が自分にしか動かせないように。

 自分が自分自身を信じることは、自分にしかできない。あなたができないなら俺もできない。それだけの話」


「…………」


「だから興味ないし、持っても意味が無い」



 ──自分自身を信じることは、自分しかできない。


 他人から幻滅されたくない。それは真実だ。

 でもそれよりも、自分が本当に強く思っていること。

 自分で自分を幻滅したくない、だった。


 無の精霊だから弱い。無の精霊だから使えない。

 そう言われ続けて、誰よりも自分を無能だと思っているのは、結局のところ、自分だ。

 

 はっきりいうと、呪いそうになった。

 自分が無の精霊であることを。無の空間から生まれたことを。

 でもそれだけは、たったそれだけは、あってはならない。

 

 だから自分は、召喚に応えるのを三回でやめたのだ。

 自分を呪う前に。


 でも心のどこかに、呪いがある。

 自分で自分に打った、楔のような呪いが。



『GYAN、GYAN、GYAN!』


 開かれたままの扉から、さきほどからしつこく魔物が部屋に手を入れようとしていた。


「アイツも、さすがにしつこいな。

 ここ最近ドアに居着かれてて鬱陶しかったけど。勝手にやられてくれると思って、放置してたが案外しぶとい」


 ズサッと、男の足がドアに向けて踏み出される。


「行かれるのですか?」


「うん、ちょっと行ってくるよ」


「そうですか。行ってらっしゃいませ」


「あぁ」


 足音がドアの外に向かって、離れていく。

 行くってまさか、あんな化け物のほうにか?


「む、無茶だ……」


 ガタガタと震えながら言った。人間が勝てる敵じゃない。

 すると──


「『何も無い』から──始まった」


 男は歩みを止めることなく、たぶん振り返ることなく言った。


「この部屋も、俺も……。最初は何も無かった」


 そこで足音の質が変わる。

 何故かわかる。男はドアの先の魔物がいる世界に躊躇なく踏み込んだんだ。


「『何も無い』ことに辛いも辛くないもありはしない。感情は必要ない。

 それはただの現象だからだ。もし何かがあるとすれば性質だけだ。

 これからあらゆる物が生まれ得るという性質だけが歴然として、ただそこにある」


 自然と、顔をあげていた。


「その性質を前にどうするのかは、結局のところ、やっぱり人それぞれだけれど、ね」














 ──『そこ』は


 何もない空間だった。

 何もかもがありはしない。『無の空間』という名前の場所。

 なのに、無音があり、闇があり、無の空間という名前があった。


 そこは無として存在しながら多くのものが存在する矛盾した場所だった。


 ──いや、違う。


 そこには確かに、何も無いのだ。

 徹底的に何もない純粋無垢な無なんだ。


 ただ、一つ。

 そこにもし何かがあるとするならば、それは──自分だ。


 自分がいる。


 それこそが、無の空間を生んでいて形作っているのだ。

 できないことをできないと認められない子供のように、自分の五感が無理矢理感覚を当てはめて、無に有を生み出している。


 無い空間を漂い、無い名前を呼び、無い場所にいる。

 すべて──自分から生まれたものだった。

 

 きっと命とは、ただそこにあるだけで、何かを生み出さずにはいられない。

 自分一人がいるだけでこんなにも、何かがうまれて無に変化をきたしている


 ならば──。


 それを思ったのはいつのことだっただろう。思いだせない。

 でも確かに、いつかの日に自分はそれを考えたのだ。



 『もう一人』──ここにいればどれだけのものが生まれるのだろう、と。

 『何もないこの世界』に──。





 あっという間に、戦いが始まった。


「もう一人」


 男の戦いをみながら、いつか抱いた願望のようなものが芽生える。

 

「(それがこの男ならば)」


 自分よりも数倍大きな体を持つ魔物に、ためらいもなく向かい、今もなお張り合って戦い続ける男の姿をみて、そう思った。


「ッ、秋様……!」


 緊迫した声が、耳に届いた。

 攻撃をするために、その前動作に入っていた魔物と灰色の男。

 それから互いに攻撃に移り、目にも止まらない速度で、ぶつかりあう瞬間の──ことだった。


「ッ……!」


 攻撃を今まさに、魔物に当てようとしている灰色の男。戦闘中ずっとどんな表情も浮かんでなかったその顔が一気に険しくなっていた。そしてそれは、おかしなことに、魔物の方も、だった。


 戦い合ってる両方ともが、不思議なことに互いに攻撃しあうことに不都合を感じていたのだ。

 その理由。それは攻撃を今まさに当てようと動きだした両者の、ちょうど真ん中に現れた、煌々と輝く──虹色の光だった。


 魔素溜まり。


 なんというタイミングで、なんという場所に現れるのだろう。

 それは魔物が現れる災いながらも、世界の誰もがその過程を邪魔することはない。

 なぜならそれは、より大きな災いへの、導きだからだ。


 それに触れてはならない。関わってはならない。

 自分だって生まれたときから、知っている。

 じゃなければ──

 

 パキ……パキ……と。魔素溜まりに亀裂が、入っていく。

 魔物と灰色の男の攻撃が、勢いを殺せずに魔素溜まりにぶつかった。

 ものの数秒で、その魔素溜まりは、厄災へと昇華するだろう。



「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」



 思い切り、扉の外に向かって走りだした。




「「「!?」」」



 全員が目を剥くけど、必死な自分はそのことに気づかない。


 今しかない。

 自分を信じる瞬間は、無の力を信じる瞬間は。

 そう思ったら自然と割れた魔素溜まりにむかって、走り始めていた。



「(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!)」


 マジで怖い。

 でも、走る。


 今信じられなければもう、一生自分で刺した呪いはこのままなきがした。

 これからずっと、自分を幻滅し続けることになるきがした。


 克服するときなんだ

 あっという間に足の裏の感触が、柔らかい布から、石と土と草が混じった感触に変わる。

 

「馬鹿ッ、戻れ!!」



 灰色の男の怒鳴り声を浴びながら、それでも前へ走った。

 魔物と灰色の男の攻撃が、魔素溜まりを振り抜ききる。すると魔素溜まりの亀裂が最大まで広がった。魔素溜まりの亀裂からは暴走した魔力が溢れ出そうとしている。


 魔物はすぐに、危険を察知して、背を向けてにげていく。

 灰色の男が焦った顔でこちらに向かってくるのも見えていた。


 意外に冷静な思考。そのことに驚く(鼻水と涙がすごかったことを後から教えられるが)


 走るのをやめて止まる。

 特大の無を操り、魔素溜まりを覆う。


「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!」


 意気込んでいるのか悲鳴あげているのかわからない声を出しながら、魔素溜まりを消失させた。









◇◆◇










「とりあえず、今日はここで適当に過ごしてくれ。

 【送還】するのに、都合が良くなったら言ってほしい」


 一連の出来事が終わり、男達が生活している空間に(リビング)に通されると、そう告げられた。

 首をふりながら応える。


「【送還】はもうしなくていい」


「うん? なんで?」


「気が変わった。【送還】はもういい」


 さっきあった出来事は自分の心境を変化させていた。

 いやきっと、その少し前からもうすでに変わりはじめていたのだと思う。

 男の言った『無の性質』を聞いたときから。

 

 ほんの少しだけ自分が無という存在に、自信のようなものを感じられるようになっていた。

 さらにその先の可能性も、この男となら、目指せるのかもしれないと思った。

 だから。




「代わりに自分と契約をしてほしい」



 自分から、頼み込んだ。


「契約ねぇ……」


「駄目か……?」


 灰色の男は悩む仕草をする。


「いや、さっきもいったんだけど、そもそも契約ってなんだ?」


 そういえば知らないのだった。

 ざっと男に自分は契約について話をする。男はうんうんとうなずきながら、話を聞いていた。いい感触だ。若干話を大げさにというか、盛ってしまったけども。でも思えば自分から契約してほしいと頼み込むのも、頼みたいと思えるような人と出会うのもこれが初めてだったのだから仕方が無い。


「なるほど、つまり互いに互いの力を使い合う感じか。

 力も相乗されるし、契約することできることも増える。すごいな、契約っていうのは」


「ふふっ、そうなんだ! どうだ、契約するだろう?」


 手応えを感じて、意気揚々と男に尋ねた。


「いや、しない」


「ぇぇ……」


 一気に空気がぬけてしぼんだような、情けない声が出た。


「必要ないしな」


 そこで一瞬、灰色の女が、灰色の男の方にむけて視線を向ける。

 だが男は気付かず女も視線をすぐに元へ戻した。


「でも……」


 それでも食い下がらずにいようとすると、パチンと、男が手を鳴らす。


「とりあえず現状は把握した」


 現状の整理をするかのように、きっぱりとした口調で、男は口にする。


「とりあえず、帰りたくなるまで部屋には自由に居ていい。あんま動きすぎると、さっきみたいに魔物に食べられかけて危ないが。もし俺以外の人間に帰してもらいたいっていうなら、人里を探すのに力を入れよう。あるなら、俺も見つけたいしな。

 【召還魔法】の方も訓練して制御できるようにすれば、問題が解決するかもしれない。もし、そうなら全力でやるよ。ただ──」


 男はじっと、自分と目を合わせる。

 その目を見て一瞬、ぞっとする。

 急に、感情が削げ落ちたように、その瞳から何も感じられなくなった。

 まるで無のようだと、そう思った。


「俺がしようと思えるのは──俺が感じる『罪悪感のライン』は、ここまでだ。今回のことは、間違いなく俺のせいだけれど。完全に、揺るぎなく、ね。だから罪悪感を感じるし、責任も取りたいとは思うよ。俺も召還で理不尽を味わった身だからな。

 でもやはり罪滅ぼしや責任でも、出来るラインと出来ないラインがある。線引きがある。その線を踏み越えて俺に何かを求めるのであれば、俺は一転して、『加害者』でいることを躊躇わない。許されることを諦めて、あなたに責められながら、加害者になりきる。勝手だって、思うかもしれないけれど。そう、俺は勝手で、究極的には自分を優先する人間だ。できればそうしたくないとは思うが」


「…………」


「そしてその契約は、線を越えている」


 あまりにも強い、拒絶。

 正直に言って、ひるみそうだった。いや、ちょっとひるんで声がもれた。

 でも──

 さっきの、自分の信じ方を、思い出す。


「あ、諦めないっ!」


 ちょっと声を裏返らせて、言った。


「絶対にっ、ここに居続けて、契約を結ぶっ!」


 もはや駄々をこねる子供のようだった。体裁なんて、とうに無かった。

 数秒感情のない男の瞳と目を合わせ、男が口を開く。


「──なら」


「でも、償いじゃなくていい」


「…………」


「よ、要するに、償いとして、弱みから求められるのが、嫌なんだろう?

 な、なら。ここに居続けて、自分と契約することがどれだけすばらしいことか、教える。それでそっちが、勝手に契約をしたくなる。それなら問題ない……んじゃない……か?」


 自分だってそんな弱さにつけ込むような契約などしたくない(ちょっとしようと思ったがそれはばれる前に頭から消し去った)。

 これならきっと、すべてが、丸く収まる。そのはず……だと、思う。

 言葉を言い切ると、灰色の男は目に感情を戻していた。そして元の口調でこう言った。


「そうだな。それに関しては、まあ別に、好きにすればいいさ」


 黄色い髪の少女が謝り、それを笑って許してる灰色の男の会話が耳に入る。自分を召喚したことが、責任として押しつけられあっている事実に、落ち込みそうになる。さっきは、ああ言ったけど本当に出来るのか、自信はない……。


「でもさっきみたいに突然外に飛び出すのは、勘弁してくれ。

 本当にあぶないし、さっきも俺は普通に、逃げられたんだからな、あれ」


「えぇっ!?」


 せっかく勇気を出して行ったのに。

 意味、なかったのか……。

 男はくつくつと、笑う。


「まあでも、少しだけ見直したよ。弱いだけじゃないってね」


 少し悲しい気分になったけど、そういわれると少しだけうれしかった。


「そうだ」


 男が思い出したように言う。


「そういえば、名乗ってなかったな。

 俺は秋、灰羽秋だ。これから当分の間一緒に過ごすことになりそうだし、名前、良かったら教えてくれないか?」


「名前は……ない……」


 名前は、初めて契約するときの契約者からもらうものだ。

 一度も契約をしたことがない自分は名前を持ったことが今までなかった。


「んー、無いのか。それじゃあ呼びにくいな……。

 『無の精霊』って呼べばいいのか?」


 そこでピンと、ある考えが思い浮かぶ。

 自分は自信ありげに、その提案を男に言った。


「無いからつけてくれ!」


 本来なら契約のときにもらう名前。

 でも今つけてもらうことで既成事実を作ってしまおう。

 そんな悪い考えがうかぶ。


「俺がか?」


「そうだ!」


「うーん……名前か……」


 少し渋る男。

 悪い魂胆をしているのはこっちなのだが、渋られると単純に、落ち込む。

 いじけそうになっていると、男が苦笑しながら、言った。


「まあ名前つけるだけなら、いっか。ちょうどいいのがあるし。ちょうどいいていうか、ちょうど空いているっていうか。白い髪がよく見たら、結構合ってるかもしれないな」


 灰色の男──秋は続けて言う。


「俺がいて、春がいて、夏がいる」


 それはきっと、名前なのだろう。

 この場にいる自分以外の、三人の名前。

 

 そう三人、いたのだ。

 あきがいて、はるがいて──そしてなつがいた。


「『トウ』。──冬だ。本当は『フユ』って呼ぶべきだろうけど

 語呂がいまいちだから読み方はトウで。どうだ?」


 名前が生まれる感じというのは──こんな気持ちなのか。

 自分が自分としてあっていいと思えるような、そんな暖かさを感じる。

 なんとなく、無の空間から、自分が生まれた意味がこのときわかった。


 自分に、無の空間と名付けられた、『それ』の気持ちが──

 ゆっくりとさしのべられる、手のひら。

 その手の平に向かって、自分もまた手をのばす。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「ふゆ」より「とう」の方が語呂がイマイチな気がする
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